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入学式
火の国の留学生達の髪の色
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「あ、やっぱり分かりましたか?」
とイチロウが兄を思わせた茶色い頭を掻くのにアーロンは頷く。
「アーロン様の国では黒髪は王族の証って聞いたから、おいら達染めて来たんだよ~」
とあっけらかんと言うタイスケの頭は、火の様に真っ赤だ。アーロンも多分そんな理由だろうと思ったが、あえて口に出したのには訳がある。
「火の国の方が黒髪だというのは兄から聞いてましたし、何より眉毛と睫毛が黒かったので、その」
「え、眉毛?」
「睫毛?」
アーロンの指摘にタイスケがイチロウの顔を覗き込む。イチロウの眉と睫毛は黒い。イチロウも同様にタイスケのそれらが黒いのを確認してから、二人同時にアーロンの方を振り向いた。そうしてアーロンの顔をじっくり観察して納得がいった様だ。
「確かに言われて見ればそうですね」
「うわー、眉毛の色迄は気が付かなかったよ、おいら」
「アーロン様の眉毛も睫毛も銀色ですしね」
アーロンは頷いた。
母に似たアーロンは銀髪に菫色の瞳をしている。だから眉毛も睫毛も銀色だ。
「その、何で魔道具を使わなかったのかと不思議に思って。髪も短いし。確かお国では皆さん髪が長いんですよね? 男性は頭の上で、女性は頭の下の方で括っていると兄が言ってましたが」
実は髪色を変える魔道具がある。もちろんそれに合わせて眉毛と睫毛の色も変わる上に、更には髪型も変えられる物があった筈だ。値段は張るだろうが、長い髪を切ってしまったらまた伸びる迄に時間が掛かる。染めるのも一回きりでは済まないだろうし、三年間学院に留学するのであれば魔道具を買った方が良い気がしたのだ。
アーロンの疑問に、タイスケがイチロウを横目で見る。そして、
「それなんすけどね~、若が」
とにやにやするのにイチロウが恥ずかしそうにまた頭を掻く。そんな主人の様子を見ながらタイスケは話を続ける。
「留学するならば形からして整えなければ、って言い出して、留学が決まった途端、髷をばっさり落としちゃったっす。もうお方様、イチロウ様の母上様ですけどー、なんて卒倒しちゃって」
と言うのに、イチロウは益々恥ずかしそうに丸っこい身体を小さくする。
「仕方ないから、おいらも若に倣いましたけど~。若が髪の色も変えなくちゃって言うんで染めたんすけど~、真っ赤にした翌日に師匠が魔道具持っていらっしゃって、お前ら何してるんだって大笑いされました」
「なるほど」
それは、なんとも間が悪かったと言うよりは他に無い。
「魔道具は貰ったんで、色が剥げて来たら使おうと思ってたんすけど、眉毛と睫毛の事を考えると明日から使った方がいいかもっすね!」
「確かに」
タイスケが暴露するのに、イチロウはもう身の置き場の無い様子だ。どんどん小さくなっていく。散々暴露したタイスケは主の立場を回復しようと思ったのかただの食い意地なのか、急に鍋を見て、
「若、そろそろうどん!」
と催促した。言われて鍋を見たイチロウは「ああ、これは。ちょっと茹でて来ます」と逃げる様に席を立った。
そんな主の後ろ姿を見送りながらタイスケは「本当はらーめんがいいんすけど、手に入らなかったんで、今日はうどんっす!」と言うから、イチロウに催促したのはただの食い意地だったのかも知れぬ。
「因みに若が、茶色く染めたのは師匠の真似っす。おいらは目立ちたかったんで、真っ赤にしましたけど。でも桃色とか紫の髪の毛の方がいらっしゃるんじゃ、赤なんて大した事なかったなあって、今日思いました。いろんな髪の色の方がいらっしゃるんですね~」
とタイスケが感心した様に話すのに、王太子に絡んでいた桃色髪の少年と彼を回収して行った紫髪の生徒の事だろうとアーロンは思い出した。
「あのお二人ももしかしたら黒髪を隠しているのかも知れません」
「え、どういう事なんすか?」
アーロンの国では、一般的に茶色い髪に茶色い瞳の人が多い。因みにアーロンの他の家族、父と兄達もそうだ。ただ一口に茶色と言っても同じ色では無い、人によってその濃淡が違うし、瞳の色は茶色く無い人もいる。父と兄達の茶色もちょっと特徴がある茶色だ。そしてライム先輩の様な金髪や、アーロンと母の銀髪はあまり多くは無い。
ただ、髪色を変える魔道具が出来てからは、裕福な貴族は服や気分に合わせて変えていると聞く。お洒落の為だ。だが、あの二人に関しては「公爵家」と話している声が聞こえたので、お洒落の為では無いだろうとアーロンは思う。でもこの話はイチロウが戻って来てからの方が良さそうだとアーロンは話を変える事にした。
「後で、ご説明します。ところで、表とは別に厨房があるんですか?」
「ああ、それ、やっぱり気になっちゃいました?」
「はい」
「うーん、これ多分若が居る時に話すと、若がまたちっちゃくなっちゃうと思うんで、言っちゃいますけど、ぶっちゃけ、使い方が分かんなかったっす!」
「やっぱり」
「んでも、この部屋を見つけたし、裏に井戸もあったし、薪もあるしで。後は食器や道具は元々国から色々持って来てたんで。その、食べ物が合わなかったら困るなと思って。だから何とかなってるっす!」
「いやあ、でもそれじゃあ不便ですよね」
「それがそうでもないっす! この家、厨房は古かったけど、風呂と厠は最新式でしたし!」
「最新式?」
「あ、いや最新式ってのは言い過ぎですけど、魔道具の風呂と厠に交換されてたっす!」
「へえ」
「それなりに古くはなってましたけど、他に比べたら新しいっていう意味で。だから外で行水する羽目は免れたっす。立ちションも。今の時期は良いけど、この先どうしようかなぁって思ってましたもん」
「ふふふ」
「ここを使ってた王太子様の時代に直したんじゃないじゃないんすか? いいやつでしたよ」
「なるほど」
それだったら何とかなるのかなと考えつつも、このまま冬が来たらさすがに不味いだろうと考えアーロンは提案してみる。
「厨房の使い方お教えしましょうか?」
「え、アーロン様分かるんすか?」
「分かりますよ。母を手伝っていたので。薪オーブンの使い方が分かれば中で調理できるでしょ? さっき通ってきた部屋に薪ストーブも暖炉もありましたし。王都の冬はだいぶ寒いと聞いています、この竃だけでは冬は辛いと思います」
「あ、確かにそうっすね。火の国より寒いんすよね? この部屋でずっといる訳にもいかないし」
「ここで寝ている訳じゃないですよね?」
「はい。ベッドのある部屋で寝てるっす!」
「だったら、やっぱり火の付け方をお教えしますよ。水だけは井戸で汲んで来て貰う事になっちゃいますけど」
「あ、それは構わないっす! 国でもそうでしたし、いい鍛錬になるっす! そしたら、後でやり方を教えて欲しいっす」
「はい」
とイチロウが兄を思わせた茶色い頭を掻くのにアーロンは頷く。
「アーロン様の国では黒髪は王族の証って聞いたから、おいら達染めて来たんだよ~」
とあっけらかんと言うタイスケの頭は、火の様に真っ赤だ。アーロンも多分そんな理由だろうと思ったが、あえて口に出したのには訳がある。
「火の国の方が黒髪だというのは兄から聞いてましたし、何より眉毛と睫毛が黒かったので、その」
「え、眉毛?」
「睫毛?」
アーロンの指摘にタイスケがイチロウの顔を覗き込む。イチロウの眉と睫毛は黒い。イチロウも同様にタイスケのそれらが黒いのを確認してから、二人同時にアーロンの方を振り向いた。そうしてアーロンの顔をじっくり観察して納得がいった様だ。
「確かに言われて見ればそうですね」
「うわー、眉毛の色迄は気が付かなかったよ、おいら」
「アーロン様の眉毛も睫毛も銀色ですしね」
アーロンは頷いた。
母に似たアーロンは銀髪に菫色の瞳をしている。だから眉毛も睫毛も銀色だ。
「その、何で魔道具を使わなかったのかと不思議に思って。髪も短いし。確かお国では皆さん髪が長いんですよね? 男性は頭の上で、女性は頭の下の方で括っていると兄が言ってましたが」
実は髪色を変える魔道具がある。もちろんそれに合わせて眉毛と睫毛の色も変わる上に、更には髪型も変えられる物があった筈だ。値段は張るだろうが、長い髪を切ってしまったらまた伸びる迄に時間が掛かる。染めるのも一回きりでは済まないだろうし、三年間学院に留学するのであれば魔道具を買った方が良い気がしたのだ。
アーロンの疑問に、タイスケがイチロウを横目で見る。そして、
「それなんすけどね~、若が」
とにやにやするのにイチロウが恥ずかしそうにまた頭を掻く。そんな主人の様子を見ながらタイスケは話を続ける。
「留学するならば形からして整えなければ、って言い出して、留学が決まった途端、髷をばっさり落としちゃったっす。もうお方様、イチロウ様の母上様ですけどー、なんて卒倒しちゃって」
と言うのに、イチロウは益々恥ずかしそうに丸っこい身体を小さくする。
「仕方ないから、おいらも若に倣いましたけど~。若が髪の色も変えなくちゃって言うんで染めたんすけど~、真っ赤にした翌日に師匠が魔道具持っていらっしゃって、お前ら何してるんだって大笑いされました」
「なるほど」
それは、なんとも間が悪かったと言うよりは他に無い。
「魔道具は貰ったんで、色が剥げて来たら使おうと思ってたんすけど、眉毛と睫毛の事を考えると明日から使った方がいいかもっすね!」
「確かに」
タイスケが暴露するのに、イチロウはもう身の置き場の無い様子だ。どんどん小さくなっていく。散々暴露したタイスケは主の立場を回復しようと思ったのかただの食い意地なのか、急に鍋を見て、
「若、そろそろうどん!」
と催促した。言われて鍋を見たイチロウは「ああ、これは。ちょっと茹でて来ます」と逃げる様に席を立った。
そんな主の後ろ姿を見送りながらタイスケは「本当はらーめんがいいんすけど、手に入らなかったんで、今日はうどんっす!」と言うから、イチロウに催促したのはただの食い意地だったのかも知れぬ。
「因みに若が、茶色く染めたのは師匠の真似っす。おいらは目立ちたかったんで、真っ赤にしましたけど。でも桃色とか紫の髪の毛の方がいらっしゃるんじゃ、赤なんて大した事なかったなあって、今日思いました。いろんな髪の色の方がいらっしゃるんですね~」
とタイスケが感心した様に話すのに、王太子に絡んでいた桃色髪の少年と彼を回収して行った紫髪の生徒の事だろうとアーロンは思い出した。
「あのお二人ももしかしたら黒髪を隠しているのかも知れません」
「え、どういう事なんすか?」
アーロンの国では、一般的に茶色い髪に茶色い瞳の人が多い。因みにアーロンの他の家族、父と兄達もそうだ。ただ一口に茶色と言っても同じ色では無い、人によってその濃淡が違うし、瞳の色は茶色く無い人もいる。父と兄達の茶色もちょっと特徴がある茶色だ。そしてライム先輩の様な金髪や、アーロンと母の銀髪はあまり多くは無い。
ただ、髪色を変える魔道具が出来てからは、裕福な貴族は服や気分に合わせて変えていると聞く。お洒落の為だ。だが、あの二人に関しては「公爵家」と話している声が聞こえたので、お洒落の為では無いだろうとアーロンは思う。でもこの話はイチロウが戻って来てからの方が良さそうだとアーロンは話を変える事にした。
「後で、ご説明します。ところで、表とは別に厨房があるんですか?」
「ああ、それ、やっぱり気になっちゃいました?」
「はい」
「うーん、これ多分若が居る時に話すと、若がまたちっちゃくなっちゃうと思うんで、言っちゃいますけど、ぶっちゃけ、使い方が分かんなかったっす!」
「やっぱり」
「んでも、この部屋を見つけたし、裏に井戸もあったし、薪もあるしで。後は食器や道具は元々国から色々持って来てたんで。その、食べ物が合わなかったら困るなと思って。だから何とかなってるっす!」
「いやあ、でもそれじゃあ不便ですよね」
「それがそうでもないっす! この家、厨房は古かったけど、風呂と厠は最新式でしたし!」
「最新式?」
「あ、いや最新式ってのは言い過ぎですけど、魔道具の風呂と厠に交換されてたっす!」
「へえ」
「それなりに古くはなってましたけど、他に比べたら新しいっていう意味で。だから外で行水する羽目は免れたっす。立ちションも。今の時期は良いけど、この先どうしようかなぁって思ってましたもん」
「ふふふ」
「ここを使ってた王太子様の時代に直したんじゃないじゃないんすか? いいやつでしたよ」
「なるほど」
それだったら何とかなるのかなと考えつつも、このまま冬が来たらさすがに不味いだろうと考えアーロンは提案してみる。
「厨房の使い方お教えしましょうか?」
「え、アーロン様分かるんすか?」
「分かりますよ。母を手伝っていたので。薪オーブンの使い方が分かれば中で調理できるでしょ? さっき通ってきた部屋に薪ストーブも暖炉もありましたし。王都の冬はだいぶ寒いと聞いています、この竃だけでは冬は辛いと思います」
「あ、確かにそうっすね。火の国より寒いんすよね? この部屋でずっといる訳にもいかないし」
「ここで寝ている訳じゃないですよね?」
「はい。ベッドのある部屋で寝てるっす!」
「だったら、やっぱり火の付け方をお教えしますよ。水だけは井戸で汲んで来て貰う事になっちゃいますけど」
「あ、それは構わないっす! 国でもそうでしたし、いい鍛錬になるっす! そしたら、後でやり方を教えて欲しいっす」
「はい」
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