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その後のオマケ
里子の話
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美津みたいに他の男と寝れば、解決するかもしれない。
浅はかな考えがよぎったのは一瞬だった。
私と美津とでは立場が違う。そんなことをしたからと言って、旦那への仕返しにはならないだろう。あの人が、嫉妬なんてするはずもない。
あんたが浮気してるから私もやった、などと言えば、お互い様だから慰謝料は相殺だと逆に喜ばせてしまう。浮気に浮気で対抗できるのは、気持ちが残っている場合だ。私たち夫婦の関係は冷めきっている。
そもそも私は、浮気をする母親にはなりたくない。あんな奴のために、自分が泥をかぶりたくない。旦那への当てつけで、子どもたちを傷つけるなんて絶対にしたくない。
もう、離婚しかないのだ。
でもしたくない。子どもが可哀想だ。父親が不倫を、しかも友達の母親となんて、絶対に知りたくないだろう。心に大きな傷を残すことになる。
最近子どもたちは「パパのと一緒に洗濯しないで」と言うようになった。旦那に対してそっけなく、明らかに侮蔑の視線を投げることもある。
思春期の娘の特徴だ、と旦那は笑いながら肩をすくめていた。
はっきりと、パパ嫌いと言うこともあるが、それでも子どもたちにとってはかけがえのないただ一人の父親だ。
クズの正体をばらすか、隠し通すか。どちらが子どもにとって幸せなのだろう。
わからない。
LINEの着信音が鳴った。
画面を見た途端、もう限界だと思った。
──みんな起きてる~? 今週末BBQ行きませんか? いっしょにたのしみましょ!
我が家とあちらの家族のグループLINEだ。あの女の名前と自撮りアイコンが、私の怒りを煽る。
のんきな「起きてる~?」に腹が立つ。深夜の0時に近い。子どもたちへの配慮がなさすぎる。この女の、こういうところが嫌いだった。
──いいねえ、肉食おうぜ、肉!
旦那だ。レスポンスが早すぎる。今日は会社に泊まる、徹夜かも、と言っていた。スマホを見ている暇なんてないはずだ。
──肉食ですね~(・∀・)ニヤニヤ
間髪入れずに女の発言が現れた。
そうか、仕事じゃなかったのだ。
今、二人はおそらく一緒にいる。
スマホを壁に投げつけたいのを我慢して、ダイニングテーブルをこぶしで打つ。テーブルの真ん中でティッシュケースが震え、箸立てが音を鳴らす。
こぶしはジンジンと痺れ、鈍い痛みが尾を引いた。
テーブルに突っ伏して、目を閉じる。
子ども同士仲が良く、家族ぐるみで出かけることはよくあった。みんな本当の家族みたいに仲がよかったが、思い返してみれば、旦那とあの女は異様に親密だった。
まるで、本当の夫婦のように。
二家族合同で映画館に行ったとき、旦那のとなりにはあの女が座っていた。海へ行ったとき、旦那はあの女の水着姿を褒めた。遊園地のジェットコースターも、ファミレスの席も、いつも二人で並んでいた。
ヒントはたくさんあったのに、私は気づきたくなかったのかもしれない。
陰で私をあざ笑う二人。
私はもう、ピエロを演じたくない。
顔を上げた。
トーク画面のテキストボックスをタップする。
──二人で行けば? 全部知ってます。今も一緒でしょ? クズ同士お幸せに
入力したものの、送信ボタンを押せずに削除ボタンをタップする。
「ママ」
真後ろから娘の声がした。ぎく、として振り返る。
「何、あんたまだ起きてたの?」
「それ、消さないで」
「え?」
「送っちゃいなよ」
スマホの画面には、消し損ねた「二人で行けば? 全部知ってます」が残っている。
「あんた、知ってたの?」
「ごめん、ママ以外、みんな知ってる。あっちのパパも」
「うそ、なんで……うそでしょ?」
「言い逃れできない証拠集めたから。いつでも離婚できるよ」
高校生になったばかりの娘。まだまだ子どもなのに、大人みたいな顔で、頼もしく微笑んでいる。
「ママを苦しませたくなくて、黙ってた。ごめんね」
娘が私を抱きしめた。温かい人肌。私の口から、震える呼吸が漏れた。
「パパを捨てよう」
娘の声は、しっかりしていた。迷いのない、力強い口調。
私を覆っていた黒く醜い感情が、消えた。
娘の背に手を回し、慟哭する。
〈おわり〉
浅はかな考えがよぎったのは一瞬だった。
私と美津とでは立場が違う。そんなことをしたからと言って、旦那への仕返しにはならないだろう。あの人が、嫉妬なんてするはずもない。
あんたが浮気してるから私もやった、などと言えば、お互い様だから慰謝料は相殺だと逆に喜ばせてしまう。浮気に浮気で対抗できるのは、気持ちが残っている場合だ。私たち夫婦の関係は冷めきっている。
そもそも私は、浮気をする母親にはなりたくない。あんな奴のために、自分が泥をかぶりたくない。旦那への当てつけで、子どもたちを傷つけるなんて絶対にしたくない。
もう、離婚しかないのだ。
でもしたくない。子どもが可哀想だ。父親が不倫を、しかも友達の母親となんて、絶対に知りたくないだろう。心に大きな傷を残すことになる。
最近子どもたちは「パパのと一緒に洗濯しないで」と言うようになった。旦那に対してそっけなく、明らかに侮蔑の視線を投げることもある。
思春期の娘の特徴だ、と旦那は笑いながら肩をすくめていた。
はっきりと、パパ嫌いと言うこともあるが、それでも子どもたちにとってはかけがえのないただ一人の父親だ。
クズの正体をばらすか、隠し通すか。どちらが子どもにとって幸せなのだろう。
わからない。
LINEの着信音が鳴った。
画面を見た途端、もう限界だと思った。
──みんな起きてる~? 今週末BBQ行きませんか? いっしょにたのしみましょ!
我が家とあちらの家族のグループLINEだ。あの女の名前と自撮りアイコンが、私の怒りを煽る。
のんきな「起きてる~?」に腹が立つ。深夜の0時に近い。子どもたちへの配慮がなさすぎる。この女の、こういうところが嫌いだった。
──いいねえ、肉食おうぜ、肉!
旦那だ。レスポンスが早すぎる。今日は会社に泊まる、徹夜かも、と言っていた。スマホを見ている暇なんてないはずだ。
──肉食ですね~(・∀・)ニヤニヤ
間髪入れずに女の発言が現れた。
そうか、仕事じゃなかったのだ。
今、二人はおそらく一緒にいる。
スマホを壁に投げつけたいのを我慢して、ダイニングテーブルをこぶしで打つ。テーブルの真ん中でティッシュケースが震え、箸立てが音を鳴らす。
こぶしはジンジンと痺れ、鈍い痛みが尾を引いた。
テーブルに突っ伏して、目を閉じる。
子ども同士仲が良く、家族ぐるみで出かけることはよくあった。みんな本当の家族みたいに仲がよかったが、思い返してみれば、旦那とあの女は異様に親密だった。
まるで、本当の夫婦のように。
二家族合同で映画館に行ったとき、旦那のとなりにはあの女が座っていた。海へ行ったとき、旦那はあの女の水着姿を褒めた。遊園地のジェットコースターも、ファミレスの席も、いつも二人で並んでいた。
ヒントはたくさんあったのに、私は気づきたくなかったのかもしれない。
陰で私をあざ笑う二人。
私はもう、ピエロを演じたくない。
顔を上げた。
トーク画面のテキストボックスをタップする。
──二人で行けば? 全部知ってます。今も一緒でしょ? クズ同士お幸せに
入力したものの、送信ボタンを押せずに削除ボタンをタップする。
「ママ」
真後ろから娘の声がした。ぎく、として振り返る。
「何、あんたまだ起きてたの?」
「それ、消さないで」
「え?」
「送っちゃいなよ」
スマホの画面には、消し損ねた「二人で行けば? 全部知ってます」が残っている。
「あんた、知ってたの?」
「ごめん、ママ以外、みんな知ってる。あっちのパパも」
「うそ、なんで……うそでしょ?」
「言い逃れできない証拠集めたから。いつでも離婚できるよ」
高校生になったばかりの娘。まだまだ子どもなのに、大人みたいな顔で、頼もしく微笑んでいる。
「ママを苦しませたくなくて、黙ってた。ごめんね」
娘が私を抱きしめた。温かい人肌。私の口から、震える呼吸が漏れた。
「パパを捨てよう」
娘の声は、しっかりしていた。迷いのない、力強い口調。
私を覆っていた黒く醜い感情が、消えた。
娘の背に手を回し、慟哭する。
〈おわり〉
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みんなの感想(7件)
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苦いけれど、爽やか…
個人的に、同じことやってやるよ、出来ないってなめてたよね どう?っていう主人公好きです。
私は同じところに落ちたくないって我慢パターンが多いですが、元サヤなら尚更こっちだけ我慢したって思いがずっと残りそうで。
別れるといいながらも、まだ不倫相手の前で取り繕うズルさとか居そうだなと思いました。
ご感想ありがとうございます。
主人公美津のこと、好きっておっしゃっていただけてうれしいです。
きれいごとだけじゃない、取り繕わない人間臭い部分、見てくださってよかったです。
浮気題材の話で別れない結末は別れる結末に対してとても少ない。
しかも浮気前より良い状態になる話は殆ど見かけない。
雨降って地固まる、ここに至る迄の心理描写・葛藤がとても良かったです。
オマケの話もそれぞれがフフッと感じる面白さ。
そんな中の里子の話。
本編に相対して真逆。
夫の状態、浮気相手の面識の有無、ダブル不倫、里子自身の心情、子供の有無。
何もかもが真逆故に里子の話を結末迄読みたいと思いました。
子供が言った決意の言葉。
あの一言を言わせる迄に至った父親。彼は子供が言った一言を知ったら、もしくは言われたらどう思うのだろうか?
お読みいただきありがとうございます。
不倫ものの醍醐味は不倫夫(妻)を倒すことにある気がするので、この作品はその点からズレてはいるのかもしれません。王道から外れている部分を好意的に読んでいただけてありがたいです。
オマケSSまでじっくり丁寧に読み込んでいただいたのだなとうれしく思います。
里子の夫は娘のことは大事に思っていそうなので、荒れそうですね。
里子の話の続きを読みたいという方が他にもいたので少し考えてみます。
感想いただきありがとうございました!
なんというのか、現実をとても素晴らしく書いているなって思いました。やるせなさ、でもやっぱり夫が好きででも許せなくて、ずるい!って気持ちもあったり、裏切られた怒りもあったり、浮気相手のあんぽんたんさが、番外での言葉になり。。なんか隅々まで、いい一作読んだなあって思いました。
イチへの心理的ざまあも、自業自得(プッ)
何度も読みに来ます。私の中では最高作トップ10入です!
トップ10入り!すごくうれしいです、ありがとうございます😊
気に入っていただけてよかったです。すてきな感想いただき感謝いたします!