夫より、いい男

月世

文字の大きさ
上 下
14 / 15
その後のオマケ

イチの話

しおりを挟む
 みっつんは、真面目な女だった。
 マッチングアプリにこんな女はいない。あまりにもまっすぐで、馬鹿正直すぎた。
 旦那の浮気で自棄になるところは可愛かったし、素朴な見た目が新鮮で、体の相性もよかった。既婚者なんて関係ない。もう一度会いたい。
 ホテルで別れてからすぐアプリを通してメッセージを送ったが、反応はなかった。しばらくして彼女はアプリを退会した。
 あの日待ち合わせたファミレスに何度か訪れてみた。あのとき使ったラブホの周辺をさまよってみた。消えたみっつんを追って他のアプリを探したが、彼女は見つからなかった。
 旦那とよりを戻したのだろうか。
 まさか。
 鼻で笑う。
 夫に不倫され、仕返しで男と寝る妻。
 夫婦として、完全に終わりだ。元に戻れるはずがない。
 だから俺は、マッチングアプリでも街中でも、いつでもみっつんを探している。旦那と別れたら、男が欲しくなるはずだ。そのときは、俺が。俺が満たしてあげたい。
「みっつん……!」
 吠えてから、ハッとなる。
「……はあ?」
 俺の下で、女が怒りの青筋をひたいに浮かべている。
「ちょっと、みっつんって誰よ」
 女の手が首に巻きついて、締め付けてくる。
「ぐっ、ぐえっ?」
「あんた、また浮気した?」
「いや、浮気っていうか、この前ちょっと、相談乗った子で……、どうしたかなって考えてたらつい、あの、苦しいです」
「つい、じゃねえ! 無職のくせに! あたしの稼ぎで生きてるくせに! クズ、このヒモ男が! ああもうキレた、別れるから。出てけ、ほら、今すぐ出てけ!」
 激昂する女は俺を裸のまま追い出した。服をください、せめてパンツを、と玄関のドアを叩いていると、クスクス笑いが聞こえた。
「にぎやかですね」
 隣の部屋から出てきた女が、意味ありげに微笑んでいる。全身から、夜の女のオーラを放っている。
「そんな格好だと通報されちゃいますよ。うち、来ます?」
 彼女の目は俺の顔と股間を行ったり来たりしている。
 俺は股間を隠さない。なぜなら自信があるからだ。
「いいの?」
 玄関のドアを開けて、彼女は面白そうに言った。
「今から仕事だから。いい子で待ってて」
 そうやって、俺はいろんな女を渡り歩く。仕事をせず、稼ぐ女に飼われる生活を続けた。飼われながら、セフレは何人もいた。バレたら大体捨てられたが、それでもよかった。次の飼い主に拾われるだけのこと。
 そんな生活を知りもしない姉から、ウキウキで電話がかかってきた。結婚の報告だった。「次はあんたの番だね」と嬉しそうに言われ、ゾッとする。結婚なんてしてたまるか。俺はきっと、一生こうやって生きていく。
 働かなくていい。なんの責任もない。自由だ。
 今日も今日とて可愛い子を捕まえた。人生は楽しい。浮かれていると、思わぬ人と再会した。
「みっつん?」
 ずっと探していた。舞い上がったのは一瞬で、すぐにスッと熱が冷めた。
 赤ちゃんを抱っこしている。頭の中で、咄嗟に逆算する。ありうる。ゴムは付けたが、100%避妊を保証するものじゃないのは知っている。
 俺の子では?
「違いますよ?」
 心の内でうずまく疑惑を、みっつんがきっぱりと否定した。
 みっつんは、笑顔だった。怖い笑顔だ。訊いてもないのに否定するのが逆に怪しい。
 そうか、そうなんだな? これはやっぱり俺の子なのだ。
 不貞の子だとわかっていながら旦那を騙して産んだのか。はたまた、離婚してシングルマザーになったのか。
 責任の二文字が空中から落ちてきて、勢いよく肩にのしかかる。
 逃げなければ。
 自由でハッピーな生活が、終わってしまう。
 俺は、逃げた。
 責任を振り払い、全力で、逃げた。
 そのままラブホに駆け込んで、女を抱く。抱こうとした。俺の下半身は役に立たず、女は怒って部屋を出て行った。
 一人取り残されたラブホテルの一室。
 焦っていた。
 嘘だろ、やめてくれ、とブツブツ言いながら、何度も試した。右手が攣りそうなくらい、がんばった。
「待って、いやだ、そんな馬鹿な……嘘だと言ってくれ……、あああああああああああ」
 絶叫。そして暗転。

〈おわり〉
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

夫に元カノを紹介された。

ほったげな
恋愛
他人と考え方や価値観が違う、ズレた夫。そんな夫が元カノを私に紹介してきた。一体何を考えているのか。

一年で死ぬなら

朝山みどり
恋愛
一族のお食事会の主な話題はクレアをばかにする事と同じ年のいとこを褒めることだった。 理不尽と思いながらもクレアはじっと下を向いていた。 そんなある日、体の不調が続いたクレアは医者に行った。 そこでクレアは心臓が弱っていて、余命一年とわかった。 一年、我慢しても一年。好きにしても一年。吹っ切れたクレアは・・・・・

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

私の家事に何でも文句を言う夫に内緒で、母に家事をしてもらったら…。

ほったげな
恋愛
家事に関して何でも文句を言う夫・アンドリュー。我慢の限界になった私は、アンドリューに内緒で母に手伝ってもらった。母がした家事についてアンドリューは…?!

処理中です...