電車の男ー社会人編ー番外編

月世

文字の大きさ
上 下
43 / 52

収拾

しおりを挟む
 筋張った硬い指の感触とぬくもりに驚いて、私は思わず肩をすくめた。
「急にどうしたの?」
 従兄にいさんを見上げながら問う。
「いや。本当は頭を撫でたかったんだが、人前では撫でるなと以前言われたから」
 頭を撫でる代わりに手を握るって……。従兄さんの考えは、私にはよくわからない。
「でも私、手を握られる方が恥ずかしいよ」
「そうなのか?」
「他の人はどうかわからないけど、私は恥ずかしい。人前じゃなくても、恥ずかしいよ」
 それ以前に、女の子の手に勝手に触るのはセクハラな気がする。
「そうか」
 残念そうに従兄さんの右手が離れていく。大きくて男性らしいその手が離れていった瞬間、未練を感じた。気付いた時には、私は自分から従兄さんの手を掴んでいた。
「どうした?」
 従兄さんの声は驚きに満ちている。当然だ。暗に離せと言われたから離した手を掴まれたのだから。
「あっ、え、えっと」
 私はとっさに言い訳が思いつかなかった。
「ごめんなさい。気が付いたら掴んでたの」
 無意識下での行動。それが心底恥ずかしかった。どうして自分から手を掴んじゃったんだろう。
 私は顔をカーッと熱くさせながら、従兄さんの手を離そうとした。だけど従兄さんは、私の左手をぎゅっと握ってきた。
「お前が嫌じゃないのなら、しばらくこのままでいたい」
 そう言って、従兄さんが優しげな眼差しを向けてくる。自分から手を掴んでしまった手前、私は反論できなかった。それどころか、嫌じゃないと思っていた。
 やっぱり恥ずかしいとは思ったけど、従兄さんと手を繋いでいることに抵抗はなかった。この感覚が意味するものが恋愛感情なのか、家族愛のようなものなのか、今の私には分からないけど。
「別に……嫌じゃないよ」
 だからそう返事をして、左手を大きな右手と繋げたままにした。

 園内で他の来園者とすれ違う度、私はどきどきした。
 手を繋いで歩いている私と従兄さんは、他人から見たらどんな関係に見えているのだろう。やっぱり、年の離れた兄妹? そう思われるのが自然だよね。
「どうかしたのか?」
 落ち着きのない私を見かねたのか、従兄さんが訊ねてきた。
「うん。あのね、私たちって、やっぱり他の人から見たら兄妹に見えるのかなって考えてたんだ」
「俺はお前を妹のようだとは思ってないぞ」
 そう話す従兄さんの瞳は、私を女として見ているのが明白だった。スケベ。
「従兄さんがじゃなくて、他の人が、だよ」
「他の人間からどう見られているかが気になるのか?」
「従兄さんは気にならないの?」
「ならないな」
 答えは即、返ってきた。悩む時間なし。
 そもそも人目を気にするような人なら、最初から私にアプローチなんかしないか。中学生の私と将来結婚したいなんて、真面目に言ってくる人だもんね。
 従兄さんは続けて言う。
「他人にどう思われようが、何を言われようが、俺はお前が好きだ。俺とお前はいとこ同士で、合法的に結婚できる男と女だ」
 男らしい、真っ直ぐな言葉。だけど今、目の前にあるのは色んな種類の食虫植物で、いまいち格好がついていない。
「ふふっ」
 口を開けたままのハエトリグザを見ながら思わず笑うと、従兄さんは眉を下げて残念そうな顔をした。
「俺は真面目に言ったんだが」
「ごめんなさい。食虫植物の展示コーナーで格好いいこと言うから、なんだかおかしくて」
「やっぱり女は、シチュエーションとか気にするものなのか?」
「うーん、そうだなあ。もし薔薇園で同じことを言われても、それはそれでクサすぎて笑っちゃうかも」
 私の回答に、従兄さんは困った表情を浮かべた。
「なら、いつ言えば正解なんだ」
「さあ?」
 そう意地悪く返して、私は笑った。本当は少しどきどきしていたけど、従兄さんに気付かれたくなくて、感情が表に出ないように頑張った。
 外出先でも恥ずかしいことを憚りもなく言われるのは、ちょっと困る。

 薔薇園の入り口の近くに来た時、二十代後半から三十代前半くらいのラフな格好の女の人が左側から歩いてきた。そして従兄さんを見るなり、驚きに満ちた声を上げた。
「わー、黒沼くんじゃない。こんな所で会うなんてびっくり」
 それに対して従兄さんは、「どうも志村しむらさん。日頃、お世話になっております」と丁寧に頭を下げた。
 この志村さんって人、会社の人なのかな? 私がそう考えていると、志村さんはわざとらしく渋い顔をした。
「やあねえ、黒沼くん。プライベートでまで真面目すぎ、大げさすぎ! で、今日は何? そちらのお嬢さんとデート?」
 志村さんの好奇心に満ちたような視線が私へと向けられる。そのせいで、少し居心地が悪くなった。
 しかも従兄さんは、彼女のからかうような発言に対して「はい。そうです」と迷いなく返事をしてしまった。……ええっ!?
「ちょ、ちょっと……!」
 私は慌てて、従兄さんの右手を引っ張った。
「ああ。紹介するのが遅れたな。こちらは俺が勤めている会社の先輩のーー」
 従兄さんは悠長に志村さんの紹介なんてし始めてしまった。当の志村さんはぽかんとしている。 
「そうじゃなくてっ、デートだなんて認めちゃったらーー」
 従兄さんが変に思われちゃうじゃない。そう口にするのを遮るように、従兄さんは言った。
「俺とお前が今デートをしてるのは、本当のことだろう」
「馬鹿っ! 従兄さんは世間体をもっと気にしてよ!」
 ああもう、なんでしれっとしてるの! 明日から従兄さん、社内で年下好きの変態だと思われちゃうかもしれないのに!
「さっき話した通り、俺は誰にどう思われようが気にしない」
「会社の人のことは気にしてよ!」
「どうしてお前がそんなに必死になるんだ」
「従兄さんが心配だからに決まってるでしょ!」
 私が声を上げた次の瞬間、私たちのやり取りを黙って見ていた志村さんが大笑いし始めた。
「あははははは!」
 私と従兄さんの視線が、お腹を抱えて笑っている志村さんに集中する。なんで笑ってるの?
「あの……」
「ご、ごめん、ごめん。なるほど。黒沼くんが寄ってくる女子社員たちを相手にしない理由がわかったわ」
しおりを挟む
感想 107

あなたにおすすめの小説

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

処理中です...