電車の男ー社会人編ー番外編

月世

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筋トレ

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〈倉知編〉

「乗っていい?」
 腕立て伏せをしていると、加賀さんが言った。
 動きを止めてソファを見る。ワクワクした目の加賀さんが、俺の背中を指差してもう一度訊いた。
「乗っていい?」
「いいですよ、どうぞ」
 床にうつ伏せになり、快諾する。読んでいた本を閉じて、加賀さんがソファから飛んできた。
「ちゃんとつかまってて。落ちないでくださいね」
 ゆっくりと、腕を押し上げる。軽い。負荷としては物足りないくらいだ。
「すげえ、軽々」
 下ろして、持ち上げて、下ろす。俺の背中で、わー、おー、すげーとはしゃいでいる。無邪気で可愛い。自然と頬が緩む。
「楽勝じゃない? もう一人乗れそう」
「百人乗っても大丈夫です」
「はは、物置」
「ただし、加賀さんに限ります」
「百人の俺?」
「百人の加賀さん」
 腕立て伏せを繰り返しながら、妄想する。
 百人の加賀さん。加賀さんが百人。
 すごい、天国だ。
「お、そろそろハアハア言ってきた」
 指摘され、思わず「違うんです」と反論した。
「このハアハアは、決して、きついとか、疲れたからじゃ、なくて、ちょっと、興奮して、あの、ハア、加賀さんが、百人いたら、一人ひとり、全員といろいろ、できるなあって、幸せで」
 上下運動を止めずに説明すると、加賀さんが俺の上で笑いを漏らす。
「でもなんか腕プルプルしてない? ストップ、止めて、降りる」
 加賀さんが俺から飛び降りた。膝をつき、無様に息を乱す俺のとなりに加賀さんが寝転んだ。目が合うと、「気持ちいい?」と訊かれた。
「気持ちいいです」
 筋トレは、気持ちがいい。きつければきついほど、いい。スポーツをする人の多くがこの快感を知っていて、だからやめられない。
「俺も腹筋しよ。倉知君、脚押さえて」
 笑って、「はい」と返事をした。
 加賀さんは筋トレじゃなく、スキンシップがしたいのだ。
 膝を立てた加賀さんの両脚を、抱え込むようにして固定する。
「いくぞー、いーち」
 加賀さんが上体を起こした。両手を伸ばし、俺の顔を手のひらで一瞬だけ包み込むと、すぐに手を放し、戻っていく。
 数を数えながら上半身を起こし、そっと俺の顔に触れていくというのを五回繰り返す。その間、もちろん俺も加賀さんも、ニコニコだ。なんでいちいち触るんですか、と訊くまでもない。
「ろーく」
 六回目は、キスをくれた。触れるだけで、あっという間に離れていく。
「あ、このご褒美方式、永遠にできるわ」
 七回目もキスをくれて、八回目は俺から押し倒して上に乗る。
「筋トレより気持ちいいことしましょう」
 恥ずかしい俺の誘い文句に、加賀さんが目尻を下げた。
 汗で湿った下腹部に、細く、長い指が侵入する。

〈おわり〉
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