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バレンタインの陣
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〈倉知編〉
加賀さんの元気がない。
朝から憂鬱そうだ。
目が合えばニコッとする。でも、口数が異様に少ない。
不機嫌とは違う。気が重そうだ。
年に一度、こうなる。
そう、今日はバレンタインデーだ。
加賀さんにとって、一年でもっとも忙しい日なのだ。
「今日、カレーにしますね」
俺にできることは限られている。少しでも助けになりたい。
革靴を履きながら俺を見上げた加賀さんが、真顔で「好き」と言った。
「倉知君、好き」
「はい、俺も好きです。そうだ、あの、これ」
スーツのポケットに手を入れた。中のものを取り出して、加賀さんに手渡した。名刺サイズほどの小さな封筒だ。
「何、手紙?」
「今日一日大変だし、疲れたときに」
読んでくださいね、と言い切る前に、加賀さんがさっさと中からメッセージカードを引き抜いてしまった。
「あっ、待って、ちょっと、まだです、早い、今じゃなくて、ここで見ないで」
目の前で開けられることを想定していなかった。謎の羞恥に襲われ、カーッと顔が熱くなる。
「可愛い」
ワタワタする俺とメッセージカードを見比べてから、加賀さんが抱きついてきた。
「よ、よかったです。練習して、やっとなんとなくそれっぽく描けるようになったかなって」
メッセージカードには、「がんばってください!」という一言に、柴犬の絵を添えてある。加賀さんが喜ぶものと言ったら、カレーか犬だ。カレーにもチャレンジしたが、「※これはカレーです」と注釈を入れないとわからなかったので、ボツになった。
「あの、なんの絵かわかりますか? ヒントは加賀さんの好きなものです」
「え、うん、犬だろ?」
「犬に見えます? 一応、柴犬ですけど」
「うん、はは。あーあ、可愛いなあ」
加賀さんの表情が、みるみる柔らかくなっていくのを見て、胸を撫でおろす。本当は、つらくなったときに励ます意味で用意したのだが、元気づけることができたのならなんでもいい。
「倉知君の絵、めっちゃほのぼのする。あと字が可愛い。字が完全に倉知君だよね。すげえ好き。可愛い。全部可愛い。はあ、うわ、やべえ、泣きそう」
「え? なぜ?」
慌てて加賀さんの顔を覗き込むと、本当に目が赤い。
「愛しすぎてわけわかんねえ。やることがもうほんと、天使なんだよ。俺の天使。愛してる」
チュッチュッチュ、と三連続で細かいキスをくれた。
「加賀さん」
こんなことをしている場合じゃないのはわかっていた。
でも、止まらなかった。抱きしめて、好き、愛してる、可愛い、の応酬が止まらない。衣擦れの音、キスの音、呼吸の音、ドアに体がぶつかる音が、混ざり合っている。
ふれあうだけのキスから、唇を吸い、舌を入れるまでになった頃、理性が働いた。
「ストップ、そろそろ勃起します」
キスの合間に自己申告をすると、加賀さんが吹いた。
「もう行くか」
明るくなった加賀さんの頬を撫でる。安堵の息を吐いて、微笑んだ。
「行きましょう。いざ、出陣」
加賀さんが、おー、とこぶしを振り上げる。
戦いの幕が上がる。
〈おわり〉
加賀さんの元気がない。
朝から憂鬱そうだ。
目が合えばニコッとする。でも、口数が異様に少ない。
不機嫌とは違う。気が重そうだ。
年に一度、こうなる。
そう、今日はバレンタインデーだ。
加賀さんにとって、一年でもっとも忙しい日なのだ。
「今日、カレーにしますね」
俺にできることは限られている。少しでも助けになりたい。
革靴を履きながら俺を見上げた加賀さんが、真顔で「好き」と言った。
「倉知君、好き」
「はい、俺も好きです。そうだ、あの、これ」
スーツのポケットに手を入れた。中のものを取り出して、加賀さんに手渡した。名刺サイズほどの小さな封筒だ。
「何、手紙?」
「今日一日大変だし、疲れたときに」
読んでくださいね、と言い切る前に、加賀さんがさっさと中からメッセージカードを引き抜いてしまった。
「あっ、待って、ちょっと、まだです、早い、今じゃなくて、ここで見ないで」
目の前で開けられることを想定していなかった。謎の羞恥に襲われ、カーッと顔が熱くなる。
「可愛い」
ワタワタする俺とメッセージカードを見比べてから、加賀さんが抱きついてきた。
「よ、よかったです。練習して、やっとなんとなくそれっぽく描けるようになったかなって」
メッセージカードには、「がんばってください!」という一言に、柴犬の絵を添えてある。加賀さんが喜ぶものと言ったら、カレーか犬だ。カレーにもチャレンジしたが、「※これはカレーです」と注釈を入れないとわからなかったので、ボツになった。
「あの、なんの絵かわかりますか? ヒントは加賀さんの好きなものです」
「え、うん、犬だろ?」
「犬に見えます? 一応、柴犬ですけど」
「うん、はは。あーあ、可愛いなあ」
加賀さんの表情が、みるみる柔らかくなっていくのを見て、胸を撫でおろす。本当は、つらくなったときに励ます意味で用意したのだが、元気づけることができたのならなんでもいい。
「倉知君の絵、めっちゃほのぼのする。あと字が可愛い。字が完全に倉知君だよね。すげえ好き。可愛い。全部可愛い。はあ、うわ、やべえ、泣きそう」
「え? なぜ?」
慌てて加賀さんの顔を覗き込むと、本当に目が赤い。
「愛しすぎてわけわかんねえ。やることがもうほんと、天使なんだよ。俺の天使。愛してる」
チュッチュッチュ、と三連続で細かいキスをくれた。
「加賀さん」
こんなことをしている場合じゃないのはわかっていた。
でも、止まらなかった。抱きしめて、好き、愛してる、可愛い、の応酬が止まらない。衣擦れの音、キスの音、呼吸の音、ドアに体がぶつかる音が、混ざり合っている。
ふれあうだけのキスから、唇を吸い、舌を入れるまでになった頃、理性が働いた。
「ストップ、そろそろ勃起します」
キスの合間に自己申告をすると、加賀さんが吹いた。
「もう行くか」
明るくなった加賀さんの頬を撫でる。安堵の息を吐いて、微笑んだ。
「行きましょう。いざ、出陣」
加賀さんが、おー、とこぶしを振り上げる。
戦いの幕が上がる。
〈おわり〉
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