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明ける
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※前話「倉知家のおおみそか」を未読の方はお戻りください。
〈千葉編〉
点けっぱなしのテレビから、除夜の鐘が聞こえた。
日付が変わり、年が明けたらしい。
みんなで「あけましておめでとうございます」と慇懃に頭を下げ合った。
「今年もよろしくお願いします、ということで、お父さんのリャンピン、ロンです」
加賀さんが手牌を倒して宣言した。
「うおー、またかよ、全然読めん!」
六花さんのお父さんが、真後ろに倒れて「今年も負けたー」とぼやく。
一回戦を敗退した俺は、加賀さんの後ろでずっと見物していた。どっちを捨てるか、どういう手を目指すのか、迷った末にいつも選択を誤り、上手くいかない俺とはまったく違った。
「また今年も加賀さんが優勝かあ。うふっ、よかったね、七世」
六花さんが弟の上腕二頭筋をツンツンしている。倉知君の頬が、カアッと朱に染まる。優勝賞品が「加賀さんを好きにしていい権利」なのは知っているが、そういえば、加賀さんが優勝したらどうなるのかは知らない。
「終わった? みんな順番にお風呂入っちゃって」
六花さんのお母さんが台所から声をかけた。一回戦敗退組のお母さんは、ずっと台所で何かを作り続けている。
決勝に進出したのは、お父さんと加賀さん、倉知君と六花さんの四人だ。先に入浴を済ませた五月さんと大月君が、ダイニングテーブルでアイスを食べている。
「千葉君、お先どうぞ」
寝転がったまま、お父さんが言った。正座をした格好でお父さんに向き直り、胸を張って答えた。
「恐れながら、出るときに禊《みそぎ》を済ませてきたので大丈夫です」
「みそぎ?」
お父さんが訊き返す。
「シャワーを済ませてきました」
「はは、千葉君面白い」
と褒めてくれたのは加賀さんだ。
「じゃあ二人、入ってきて。片づけは俺らでやっとくから」
「了解。加賀さん、いこ」
「うし、禊に行くか」
倉知君が加賀さんの手を引いて、リビングから出て行った。思わず目が二人を追う。一緒に入るのか、という感想だった。
六花さんがその後姿を見届けて、ウキウキと麻雀牌を片付け始めた。俺もそれに倣い、牌を詰める。この作業には自信があった。
「千葉君はさあ」
麻雀牌をケースに片付けながら、お父さんが言った。
「はいっ」
「実家はどこ? 県内? 兄弟は? 長男?」
「はい、一人っ子で、一応長男ではあります。県内の出身ですが、実家となると……どこになるんだろう」
「ん?」
不可解そうにお父さんが俺を見る。
幼少期に親が離婚し、俺を引き取った母は直後に再婚した。その後再び離婚と再婚を経て、現在は三人目の夫とシンガポールに移住している。
すべてをつぶさに打ち明けたが、ヤバい家庭の男だと思われたくなかった。急いで最後に付け足した。
「不仲ではないんです。親たちには感謝してます」
「なかなかファンキーなおうちなんだね」
「ありがとうございます」
褒められたのかはわからないが、念のため礼を言った。
「自由でいいじゃん、うん。知ってたか?」
お父さんが六花さんに訊いた。
「まあね」
六花さんの返事はそっけなかったが、俺が直接話したときもこんな感じの反応だった。どんな環境で育ったかは、あまり問題じゃないというようなことを言っていた。
「じゃあ千葉君、提案っていうかちょっと聞いて欲しいんだけど」
「はい」
「今から俺が言うことは選択肢の一つとして、こういうことも可能なんだってくらいで軽ーく聞き流してくれたらいいんだけどね」
「はい」
軽く聞き流してはいけない気がする。ごくりと唾を飲み込んだ。
「六花も聞いて」
「何、同居の話?」
「なんだよ、ネタバレすんなよ」
同居、という言葉に胸が高鳴った。
「うちの二階、がら空きじゃん? だからどうかなって。婿養子に来いってんじゃなくて、マスオさんだよ、わかる?」
「わかります」
「ただまあ、二人きりで新婚生活楽しみたいって気持ちもわかるしな。たとえば数年部屋借りて二人で暮らして、子どもができたら戻ってくるとか、金が貯まったら自分たちの家建てて出てくんでもいいし、二世帯住宅にするとか、まあいろいろ選択肢はありますよって話。もしよければね。こっちは歓迎するから、あとは六花と話し合って」
ここで暮らしたいです、と即答するところだった。
「はい……、はい、ありがとうございます、ありがとうございます……」
気遣いがありがたかった。お父さんとお母さんにそれぞれお礼を言うと、五月さんが声を上げた。
「ほんっとーによく考えなよ。りっちゃんも、今は寂しくて離れたくなくても家出たらもう自由だから! いいよぉ、自由は」
「このように、五月は戻ってくる気、まったくないから。そこは気にしないで」
お父さんが肩をすくめた。こんなに寄り添った条件を出してくれているのに、なぜ戻りたくないのだろう。価値観は人それぞれということか。
ちら、と六花さんを見た。
ずっとここにいたい、この家を離れたくなかった、と言っていた。言ってくれたらよかったのに、と思ったが、それを言うと俺が気を遣い、強制になると感じて黙っていたのかもしれない。
「あっ」
唐突に、お母さんが声を上げた。
「客間にお布団敷かなきゃ」
「よし、ゆけ、要よ」
五月さんが大月君の背中を叩く。
「えっ、俺?」
「あたしは今忙しいから」
「しょうがない人だなあ、もう」
スマホの画面を忙しくタップしまくる彼女を見て、大月君が腰を上げた。
「俺も手伝います」
挙手して名乗り出るとお母さんが顔をほころばせた。
「嬉しいなあ。また一人、頼もしくて可愛い息子が増えちゃった」
お母さんは、小さな人だった。押し入れから布団を出すのも一苦労なほどに、小柄だ。
俺の母は長身で、メイクに一時間かけ、自分を着飾ることが大好きな人だった。母というよりいつでも「女」だった。
だから、六花さんのお母さんの素朴な温かさが新鮮だ。なんだかとても、心が和む。
「お布団は三つかな。ここにこう、頭はあっちで並べようか」
お母さんが言うと、大月君が「ハッ」と声を発した。
「待って、俺と千葉さんと、あと一つは加賀さん?」
「一応そうだよ。要君は五月と寝たい? 二階にお布団持って上がっても」
「いや! 加賀さんと! 寝たい!」
「もうー、大好きだね」
娘の夫が息子の夫を大好きなことになんの疑問もないらしい。ほのぼのと笑っている。
「明日十時ぐらいに初詣行くけど、千葉さんも行く?」
「みなさんで? ご一緒してもいいんでしょうか」
驚いて訊き返すと、お母さんが「うん」と微笑んだ。
初詣は彼女と二人きりか、仲のいい女友達に囲まれていた。そうか、家族で行くというパターンもあるらしい。
「これからよろしくね、ハルタ君」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。そして実は遥人《はると》です」
惜しいっ、と大月君が指を鳴らす。
「ごめんごめん、遥人君、よしっ、覚えたよ」
お母さんが、キリッとした顔で頼もしげに胸を叩く。
「でも加賀さんは加賀さんっすよね」
大月君が、押し入れから布団を出しながら言った。
「そうなの、定光さんとか定光君って逆に他人行儀になっちゃって。サザエさんをさん付けで呼ばないと落ち着かないのと一緒だね」
「そっすねー」
敷き布団を下ろし、畳の上に広げてから、動きを止めた大月君が「あはは」と腹を抱えた。
「それはまた別の話っすよ!」
「えー、そう?」
二人の会話を聞きながら、すごい、と感心した。こんなにも打ち解けられるものなのか。ぜひ見習いたい。
俺もいつか自然に、この家に溶け込める存在になりたい。
もう俺の中では、倉知家のマスオさんになる方向で固まってしまった。
「へー、意外だな」
お父さんからこんな提案があったと加賀さんに話すと、驚いていた。
「二人で暮らしたい派かと思ってた」
「一緒に暮らせるなら形は問いません」
「お、カッコイイじゃん」
加賀さんを真ん中に挟んで、川の字で寝ている。修学旅行みたいでなんだか楽しかった。大月君は最初からずっと興奮気味で、加賀さん加賀さんとやかましい。
もう一時を過ぎている。寝なければいけないのだが、目は冴えている。
「あ、そうだ。加賀さんにお願いがあるんすよ」
大月君が上半身を起こして加賀さんに詰め寄った。
「子どもの名付け親になって欲しくて」
「え、できたの?」
「まだっす。もしもの未来の話っす」
「いやさすがに俺が決めることじゃないよね」
「夫婦二人の夢なんすよ! もしだめなら性別問わず定光になるだけっす」
「やめて差し上げて」
なるほど、子どもか。俺も人の親になる可能性があるのか。
それも、六花さんとの子どもが。
現実味がない。
シーリングライトのオレンジの光を見上げて夢想する。
二人で築く、温かい家庭を、夢想する。
「待って、加賀さんの寝顔が見たい……、そうだ、寝顔が見たいっす! 先に寝てください、今すぐ、どうぞ!」
「絶対、意地でも先に寝ない」
「そんな!」
いつまでも電池が切れる様子のない大月君に、加賀さんが羽毛布団を被せた。
「寝ろ、ほら寝ろ、頼む、寝てくれ。いい子いい子、よーしよし」
布団の上からポンポンし、子守唄を口ずさむ。布団の中で悶絶しているふうの大月君が、やがて動きを止めた。寝息が聞こえてくる。
「勝った……」
加賀さんが重いため息をつく。
「お疲れ様です」
「めっちゃ眠い。おやすみ」
「おやすみなさい」
とは言ったものの、なかなか寝つけない。いよいよ結婚できると思うと、昂って駄目だった。寝て起きたら、全部夢だった。というオチだったら。そう思うと眠れなかった。
しばらくして、となりの布団で人影が身を起こした。
「どうかしました?」
常夜灯の淡い光の中で、加賀さんが俺を見下ろした。
「あれ、まだ起きてたの?」
「目が冴えて、眠れなくて」
「興奮してる?」
「ええ、はい……」
「大丈夫、寝ても消えないよ。現実だから、安心して寝ろ」
眠れない理由を当てられた気がした。返答に詰まっていると、加賀さんが立ち上がる。
「トイレですか?」
「専用の抱き枕がないと寝つけなくて。倉知君とこで寝るわ、おやすみ」
恥ずかしがらずに堂々と宣言し、客間を出て行った。
変に言い繕ったり嘘をついたりしない。加賀さんのカッコイイところだ。
小さく笑う。なんだか不思議と気持ちが落ち着いた。
深く息を吐き、目を閉じて、眠りに落ちる。
〈おわり〉
〈千葉編〉
点けっぱなしのテレビから、除夜の鐘が聞こえた。
日付が変わり、年が明けたらしい。
みんなで「あけましておめでとうございます」と慇懃に頭を下げ合った。
「今年もよろしくお願いします、ということで、お父さんのリャンピン、ロンです」
加賀さんが手牌を倒して宣言した。
「うおー、またかよ、全然読めん!」
六花さんのお父さんが、真後ろに倒れて「今年も負けたー」とぼやく。
一回戦を敗退した俺は、加賀さんの後ろでずっと見物していた。どっちを捨てるか、どういう手を目指すのか、迷った末にいつも選択を誤り、上手くいかない俺とはまったく違った。
「また今年も加賀さんが優勝かあ。うふっ、よかったね、七世」
六花さんが弟の上腕二頭筋をツンツンしている。倉知君の頬が、カアッと朱に染まる。優勝賞品が「加賀さんを好きにしていい権利」なのは知っているが、そういえば、加賀さんが優勝したらどうなるのかは知らない。
「終わった? みんな順番にお風呂入っちゃって」
六花さんのお母さんが台所から声をかけた。一回戦敗退組のお母さんは、ずっと台所で何かを作り続けている。
決勝に進出したのは、お父さんと加賀さん、倉知君と六花さんの四人だ。先に入浴を済ませた五月さんと大月君が、ダイニングテーブルでアイスを食べている。
「千葉君、お先どうぞ」
寝転がったまま、お父さんが言った。正座をした格好でお父さんに向き直り、胸を張って答えた。
「恐れながら、出るときに禊《みそぎ》を済ませてきたので大丈夫です」
「みそぎ?」
お父さんが訊き返す。
「シャワーを済ませてきました」
「はは、千葉君面白い」
と褒めてくれたのは加賀さんだ。
「じゃあ二人、入ってきて。片づけは俺らでやっとくから」
「了解。加賀さん、いこ」
「うし、禊に行くか」
倉知君が加賀さんの手を引いて、リビングから出て行った。思わず目が二人を追う。一緒に入るのか、という感想だった。
六花さんがその後姿を見届けて、ウキウキと麻雀牌を片付け始めた。俺もそれに倣い、牌を詰める。この作業には自信があった。
「千葉君はさあ」
麻雀牌をケースに片付けながら、お父さんが言った。
「はいっ」
「実家はどこ? 県内? 兄弟は? 長男?」
「はい、一人っ子で、一応長男ではあります。県内の出身ですが、実家となると……どこになるんだろう」
「ん?」
不可解そうにお父さんが俺を見る。
幼少期に親が離婚し、俺を引き取った母は直後に再婚した。その後再び離婚と再婚を経て、現在は三人目の夫とシンガポールに移住している。
すべてをつぶさに打ち明けたが、ヤバい家庭の男だと思われたくなかった。急いで最後に付け足した。
「不仲ではないんです。親たちには感謝してます」
「なかなかファンキーなおうちなんだね」
「ありがとうございます」
褒められたのかはわからないが、念のため礼を言った。
「自由でいいじゃん、うん。知ってたか?」
お父さんが六花さんに訊いた。
「まあね」
六花さんの返事はそっけなかったが、俺が直接話したときもこんな感じの反応だった。どんな環境で育ったかは、あまり問題じゃないというようなことを言っていた。
「じゃあ千葉君、提案っていうかちょっと聞いて欲しいんだけど」
「はい」
「今から俺が言うことは選択肢の一つとして、こういうことも可能なんだってくらいで軽ーく聞き流してくれたらいいんだけどね」
「はい」
軽く聞き流してはいけない気がする。ごくりと唾を飲み込んだ。
「六花も聞いて」
「何、同居の話?」
「なんだよ、ネタバレすんなよ」
同居、という言葉に胸が高鳴った。
「うちの二階、がら空きじゃん? だからどうかなって。婿養子に来いってんじゃなくて、マスオさんだよ、わかる?」
「わかります」
「ただまあ、二人きりで新婚生活楽しみたいって気持ちもわかるしな。たとえば数年部屋借りて二人で暮らして、子どもができたら戻ってくるとか、金が貯まったら自分たちの家建てて出てくんでもいいし、二世帯住宅にするとか、まあいろいろ選択肢はありますよって話。もしよければね。こっちは歓迎するから、あとは六花と話し合って」
ここで暮らしたいです、と即答するところだった。
「はい……、はい、ありがとうございます、ありがとうございます……」
気遣いがありがたかった。お父さんとお母さんにそれぞれお礼を言うと、五月さんが声を上げた。
「ほんっとーによく考えなよ。りっちゃんも、今は寂しくて離れたくなくても家出たらもう自由だから! いいよぉ、自由は」
「このように、五月は戻ってくる気、まったくないから。そこは気にしないで」
お父さんが肩をすくめた。こんなに寄り添った条件を出してくれているのに、なぜ戻りたくないのだろう。価値観は人それぞれということか。
ちら、と六花さんを見た。
ずっとここにいたい、この家を離れたくなかった、と言っていた。言ってくれたらよかったのに、と思ったが、それを言うと俺が気を遣い、強制になると感じて黙っていたのかもしれない。
「あっ」
唐突に、お母さんが声を上げた。
「客間にお布団敷かなきゃ」
「よし、ゆけ、要よ」
五月さんが大月君の背中を叩く。
「えっ、俺?」
「あたしは今忙しいから」
「しょうがない人だなあ、もう」
スマホの画面を忙しくタップしまくる彼女を見て、大月君が腰を上げた。
「俺も手伝います」
挙手して名乗り出るとお母さんが顔をほころばせた。
「嬉しいなあ。また一人、頼もしくて可愛い息子が増えちゃった」
お母さんは、小さな人だった。押し入れから布団を出すのも一苦労なほどに、小柄だ。
俺の母は長身で、メイクに一時間かけ、自分を着飾ることが大好きな人だった。母というよりいつでも「女」だった。
だから、六花さんのお母さんの素朴な温かさが新鮮だ。なんだかとても、心が和む。
「お布団は三つかな。ここにこう、頭はあっちで並べようか」
お母さんが言うと、大月君が「ハッ」と声を発した。
「待って、俺と千葉さんと、あと一つは加賀さん?」
「一応そうだよ。要君は五月と寝たい? 二階にお布団持って上がっても」
「いや! 加賀さんと! 寝たい!」
「もうー、大好きだね」
娘の夫が息子の夫を大好きなことになんの疑問もないらしい。ほのぼのと笑っている。
「明日十時ぐらいに初詣行くけど、千葉さんも行く?」
「みなさんで? ご一緒してもいいんでしょうか」
驚いて訊き返すと、お母さんが「うん」と微笑んだ。
初詣は彼女と二人きりか、仲のいい女友達に囲まれていた。そうか、家族で行くというパターンもあるらしい。
「これからよろしくね、ハルタ君」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。そして実は遥人《はると》です」
惜しいっ、と大月君が指を鳴らす。
「ごめんごめん、遥人君、よしっ、覚えたよ」
お母さんが、キリッとした顔で頼もしげに胸を叩く。
「でも加賀さんは加賀さんっすよね」
大月君が、押し入れから布団を出しながら言った。
「そうなの、定光さんとか定光君って逆に他人行儀になっちゃって。サザエさんをさん付けで呼ばないと落ち着かないのと一緒だね」
「そっすねー」
敷き布団を下ろし、畳の上に広げてから、動きを止めた大月君が「あはは」と腹を抱えた。
「それはまた別の話っすよ!」
「えー、そう?」
二人の会話を聞きながら、すごい、と感心した。こんなにも打ち解けられるものなのか。ぜひ見習いたい。
俺もいつか自然に、この家に溶け込める存在になりたい。
もう俺の中では、倉知家のマスオさんになる方向で固まってしまった。
「へー、意外だな」
お父さんからこんな提案があったと加賀さんに話すと、驚いていた。
「二人で暮らしたい派かと思ってた」
「一緒に暮らせるなら形は問いません」
「お、カッコイイじゃん」
加賀さんを真ん中に挟んで、川の字で寝ている。修学旅行みたいでなんだか楽しかった。大月君は最初からずっと興奮気味で、加賀さん加賀さんとやかましい。
もう一時を過ぎている。寝なければいけないのだが、目は冴えている。
「あ、そうだ。加賀さんにお願いがあるんすよ」
大月君が上半身を起こして加賀さんに詰め寄った。
「子どもの名付け親になって欲しくて」
「え、できたの?」
「まだっす。もしもの未来の話っす」
「いやさすがに俺が決めることじゃないよね」
「夫婦二人の夢なんすよ! もしだめなら性別問わず定光になるだけっす」
「やめて差し上げて」
なるほど、子どもか。俺も人の親になる可能性があるのか。
それも、六花さんとの子どもが。
現実味がない。
シーリングライトのオレンジの光を見上げて夢想する。
二人で築く、温かい家庭を、夢想する。
「待って、加賀さんの寝顔が見たい……、そうだ、寝顔が見たいっす! 先に寝てください、今すぐ、どうぞ!」
「絶対、意地でも先に寝ない」
「そんな!」
いつまでも電池が切れる様子のない大月君に、加賀さんが羽毛布団を被せた。
「寝ろ、ほら寝ろ、頼む、寝てくれ。いい子いい子、よーしよし」
布団の上からポンポンし、子守唄を口ずさむ。布団の中で悶絶しているふうの大月君が、やがて動きを止めた。寝息が聞こえてくる。
「勝った……」
加賀さんが重いため息をつく。
「お疲れ様です」
「めっちゃ眠い。おやすみ」
「おやすみなさい」
とは言ったものの、なかなか寝つけない。いよいよ結婚できると思うと、昂って駄目だった。寝て起きたら、全部夢だった。というオチだったら。そう思うと眠れなかった。
しばらくして、となりの布団で人影が身を起こした。
「どうかしました?」
常夜灯の淡い光の中で、加賀さんが俺を見下ろした。
「あれ、まだ起きてたの?」
「目が冴えて、眠れなくて」
「興奮してる?」
「ええ、はい……」
「大丈夫、寝ても消えないよ。現実だから、安心して寝ろ」
眠れない理由を当てられた気がした。返答に詰まっていると、加賀さんが立ち上がる。
「トイレですか?」
「専用の抱き枕がないと寝つけなくて。倉知君とこで寝るわ、おやすみ」
恥ずかしがらずに堂々と宣言し、客間を出て行った。
変に言い繕ったり嘘をついたりしない。加賀さんのカッコイイところだ。
小さく笑う。なんだか不思議と気持ちが落ち着いた。
深く息を吐き、目を閉じて、眠りに落ちる。
〈おわり〉
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