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〈加賀編〉
朝起きると倉知が可愛かった。
可愛いのはいつものことなのだが、今日はわずかにおもむきが違う。
俺を見るたびに、ふわっと照れ笑いを浮かべたり、恥じらうように目を逸らしてみたり。心の準備をしている真っ最中みたいな、ソワソワとした空気を感じる。
顔を合わせるとまず「誕生日おめでとうございます」と祝福された。「ありがとう」ではなく「可愛い」と返事をすると、倉知はわかりやすく頬を染めた。
いつもなら、呆れ顔で「もう」とか「また」とかでやり過ごす。
でも今日の「可愛い」には特別な感情が込められていることに、倉知も気づいている。
ただ向き合って朝食を食べているだけでも、普段とは明らかに違う。意識しているのが丸わかりで、ニヤニヤが止まらなくなった。
並んで歯を磨きながら、尻を撫でる。別に誕生日だから撫でているわけじゃない。そこに尻があるから撫でるのだ。
つまりこれは日常だ。俺たちは、常日頃からお互いの体のあちこちに触れている。性的な意味など何もなく、ただ触れていることのほうが多い。あくまで体温を確かめる感じで、無邪気に触れる。
そういう爽やかなボディタッチとは違う空気を、勝手に感じたらしい。鏡の中の倉知の目が、泳いでいる。
なんでもないふりがへたくそすぎる。可愛い。めちゃくちゃそそる。もう駄目だ。
誕生日というだけで、「抱かれるスイッチ」が入ってしまう倉知が可愛すぎて、俺は自制することを放棄した。
左手で歯ブラシを動かしながら、右手を中に滑り込ませた。指が直接尻に触れると、筋肉がキュッとなり、倉知が「んっ」と声が漏らす。ゲホゲホしながら口の中の白いものを洗面台に吐き出して、鏡越しに俺を見た。
「歯磨き粉、ちょっと飲んじゃったじゃないですか」
「えっろ」
「何がですか、もう」
倉知が口をゆすぎ、うがいをする。顔を洗っている間もひたすらに、一心不乱に尻を撫でた。
「あの、一体いつまでそうして……」
タオルで顔を拭きながら、鏡越しに訴えてくる。倉知と目を合わせたままで、尻を揉む。揉みしだく。割れ目に人差し指を突っ込んで、上下にこする。
「う……、ちょっと、それは……、まずいです」
肉に挟まれた指が、締めつけられている。
ベッドにうつ伏せで寝かせ、この双丘の谷間にペニスをこすりつけるのが好きだ。肉の棒を尻に押しつけられ、ひそかに興奮する倉知の背中を眺めるのが好きだ。ということを唐突に思い出し、実践したくてたまらなくなった。
普段は我慢する。理性のある紳士を演じるのは簡単だ。
でも今日は誕生日だし、我慢しなくてもいいはずだ。
歯磨きを終わらせると、倉知の手を取って廊下に出た。
「加賀さん」
異変を感じたらしい。声が不安げだ。
「何をする気ですか?」
「お前をベッドにうつ伏せに寝かせて、むき出しにした尻の割れ目で素股をしようと思う」
丁寧に説明すると、握っている倉知の手が瞬時に湿り気を帯びた。
「すま……、え、え? 今から? 朝ですよ?」
それでも足を止めることもなく、従順についてくる。
「素股だから、大丈夫」
「大丈夫じゃないです」
「大丈夫だって。今日は送ってやるよ。張り切って家のこと済ませてくれたから、時間はめっちゃある」
「はあ、でも」
何か言いたそうにもじもじしている倉知をベッドに転がした。サイドテーブルの引き出しからローションを取り出し、太ももに乗る。
「ちょっと待ってください、挿れませんよね?」
俺の挙動を目で追っていた倉知が、慌てて訊いた。
「挿れる?」
「いや、ダメですよ?」
「あれ? 挿れて欲しくない?」
「今はダメってだけで……」
「夜は挿れて欲しいと」
倉知が黙る。含み笑いをしながら、素早くシャツをめくり上げ、ズボンとパンツをずり下げた。
「いい尻」
むき出しにした尻を、両手で優しく包み込む。うつ伏せの倉知が静かに息を吐く。体全体が強張っていて、緊張感がひしひしと伝わってくる。
「知ってるか、いいお尻の日が年に二回あることを」
「急にどうしたんですか」
尻を揉まれながら、倉知が少し笑った。
「調べたら、十一月四日と十一月三十日、どっちもいいお尻の日なんだよ」
「十一月三十日って昨日じゃないですか?」
「うん、昨日。いいお尻の日、つまり、倉知君の日だよな。次の日が俺の誕生日ってのが感慨深い」
「ちょっと意味がわかりませんけど、うわ」
尻にローションを垂らすと、倉知が声を上げた。
「ほんとにやると思わなかった……」
頭を持ち上げ、背中の俺を振り返る。
「シーツ、汚れません?」
「どうせあとで汚れるからいいよ。あー、めっちゃ勃ってきた」
倉知の目が、俺の股間を凝視する。ズボンの生地を持ち上げるペニスを上から握って見せると、倉知が息をのんだ。目が合う。微笑むと、恥ずかしそうに顔を背ける。この一連の仕草が愛くるしい。
シーツに突っ伏した倉知の後ろ頭を見ながら、シャツを脱ぐ。下半身をくつろげて解放すると、ローションで濡れた湿地帯にペニスを押し当てた。
腰を揺する。
筋肉の弾力が気持ちいい。
こすりつけるたびに、倉知が盛り上がっていくのがわかる。抑えきれない淫靡な吐息が、漏れ聞こえてくる。気持ちよさそうな、鼻から抜けるみたいな声が、とんでもなく可愛い。
「挿れてないのにお尻気持ちいいんだ?」
「うっ、あっ、違う、違うんです、違わないけど、違う……、うう……、うわあ……、あーっ、気持ちいい」
「ふはは」
笑いが込み上がってくる。悶える倉知を眺めながら、激しめに腰を動かした。倉知の腹ばいの体が、シーツの上で前後に揺れる。喘ぎが、大きくなっていく。知っている。前がこすれて気持ちいいのだ。
「数時間後には教壇に立ってんだよな。倉知先生の尻を犯してると思うとめっちゃ燃える」
「ちょ、ちょっと、変なこと言わないで」
「授業中に思い出す?」
シーツに顔をうずめた倉知の耳が、赤い。一旦動きを止める。背中に覆いかぶさり、うなじにキスをする。
「七世」
首の裏で囁いた。
「一日中、俺の感触、思い出して」
倉知の肩がビクンと跳ねた。
「あっ、あっ、ダメだ、なんか、イキ、そう」
途切れ途切れに訴えて、倉知がシーツを握り締めた。
「いいよ、俺もイッていい?」
ニヤニヤしながら腰を振っていると、倉知が小さく叫んだ。
「ダメです!」
「え、なんで?」
動きを止めて訊いたが、倉知は「ダメです」しか言わない。自分で腰を揺すって、勝手に果てたのがわかった。
「イッた?」
「……はい、でも加賀さんは、イッちゃダメです……」
「なんで? 拷問?」
「だって、夜……」
「あ、夜勃たなくなるかもって? 見くびるな、勃つ」
「その心配はしてません。じゃなくて……」
倉知は口ごもり、ためらったあとでつぶやいた。
「俺の中に、たくさん出して欲しいから」
「何言ってんの? 可愛いな?」
鬼気迫る声が出た。急いで愛しい背中を抱きしめる。
「お前可愛いな? 可愛いなお前、どうした? はあ? 可愛いな? 待て待て、え? たくさん出して欲しいの? 中に? めっちゃエロくない? あ、出そう、ちょっと出たかも。中出しする量、減ったらごめんね」
背中にスリスリしてまくしたてると、倉知が俺の太ももを叩いた。
「落ち着いて、あの、もう、ほら、仕事行かなきゃ、遅刻するから降りてください」
照れ隠しで早口になる倉知が可愛い。
まあでも、気持ちは理解できる。よくわかる。俺だって、どうせ出されるなら濃厚なやつが欲しい。
それにしても、可愛いな。
俺の中に、たくさん出して欲しいから。
そういう可愛いおねだりを、なんの計算もなく口にすることができる。
天賦の才だ。倉知は、可愛いという能力を持って生まれたのだ。
可愛い。
可愛いというこの感情だけで達することもできるが、我慢した。俺はわりと自分で射精を抑制できるタイプだ。寸止めされても発狂はしないし、素直に刀を収められる。
毎度そうとは限らないが、わりとそんな感じだ。倉知も俺の性質を理解しているから「今はダメ」と言ったのだ。
精液とローションの後始末を終え、着替えを始めた頃には昂ぶりはほとんど鎮まっていた。スーツのスラックスの下で大人しくしている俺の下半身を、倉知は感心したように見つめている。
「勃起、収まりましたね」
「おう」
「でも、まだ大きい」
「透視やめろ」
ネクタイを結びながら、倉知がふふっと笑った。透視にウケたわけではなく、今のは思い出し笑いだ。
「何?」
「いいお尻の日を検索する加賀さん、想像しちゃって」
加賀さん可愛い、と倉知が笑う。まるで少年のように澄み切った瞳。
出すもん出したら清々しい顔しやがって。
「ほんっと、お前は可愛いな」
笑顔を返し、情欲から、目を逸らす。
〈倉知編〉
加賀さんが変なことを言うから。
思い出してしまう。
硬いものを、押しつけられて。
動く。
何度も行ったり来たりして、ヌルヌルの感触が気持ちよくて、思い出すと目がくらむ。
七世、と呼ぶ声。
首の後ろで、甘い快感が広がる感覚。
「先生、大丈夫?」
呼ばれて、我に返る。チョークを持ったまま、黒板の前でトリップしていた。
「だい、じょうぶ、でふ」
「あ、噛んだ」
「でふって言った」
「ヒーッ、先生可愛いっ、可愛いでふ!」
後ろで生徒たちが騒ぎ出す。チラ、と下を確認した。よかった、勃起はしていない。
一日中、俺の感触、思い出して。
加賀さんの呪文は強力だった。何度も思い出して、何度も冷や汗をかくはめになった。それでもなんとかすべての授業を乗り切った。ちゃんとしなければというプロ意識の勝利だ。
事務仕事と翌日の授業準備を終えると、定時の一分前。両腕を天井に突き上げた。
終わった! と、脳内で叫ぶ。
「なんか今日、倉知先生ずっと面白かったね」
向かい側の席から、西村先生が話しかけてきた。湯飲み茶わんを両手で持って、湯気をふうふうしながら微笑んでいる。
「えっ、どこか変でしたか?」
「うん、なんかいいことあったの? 幸せそうっていうか、楽しそうだったけど」
幸せそうで楽しそうに見えたらしい。おかしい。どちらかというと、苦悩していたつもりだった。もしかして、俺は本格的なマゾヒストなのだろうか。
「今日は早く帰ってカレーを作りたくて。お先に失礼します」
定時に帰ることなんてなかなかできない。年に一度か二度、あるかないか。みんなそうだ。無限にある仕事を調整して、「定時帰り」を捻出している。
だから、誰かが早く帰ることに対して誰も文句は言わない。お疲れ、と労いの言葉が飛ぶ。
早足で学校を出て、電車に飛び乗り帰宅すると、まずスマホを確認した。
加賀さんからのLINEは届いていないが、早ければ七時頃には帰ってくるだろう。とりあえずシャワーを浴びて、カレーを作ろうか、と考えて、頬を叩く。
今日は加賀さんの誕生日だ。抱かれることばかりで、浮かれている場合じゃない。
自分の喜びよりも、優先すべきは加賀さんだ。もっとも重要なのが、カレーだ。帰ってきて、カレーが完成していなかったらガッカリするかもしれない。
材料は朝のうちに準備しておいた。鍋に材料を入れて、炒めること十五分。あとは蓋をして弱火で煮込むだけ。タイマーをセットして、今だ、と風呂場に駆け込んだ。
シャワーを浴びながら、鏡の結露を手のひらで拭う。そこにはニコニコの自分が映っていた。うわー、顔が笑う、とつぶやきながら、頬を揉む。
抱かれることが、こんなにも嬉しい。
こっち側は、いつ以来だったか。思い返してみる。去年の誕生日は確実に、抱かれた。それ以降はもしかして、一度もないのでは?
意識すると、駄目だった。緊張と期待で、体のあちこちが疼き出す。手が、下腹部に伸びる。
早く。
早く、抱いて欲しい。
心と身体の準備が完璧に整った。
頭の中が加賀さんでいっぱいだ。加賀さんまだかなぁ、加賀さん大好きぃ、とメロディをつけて口ずさみながら、パンツ一丁で脱衣所のドアを開けた。
「何その歌」
スーツの加賀さんが立っていた。面白いほど体がビクッと跳ね上がる。ドア枠に頭をぶつけ、「痛い」と声が出た。
「大丈夫?」
加賀さんの声が笑っている。
「大丈夫です、おかえりなさい、あの、は、早かったですね」
「ただいま。頭、痛くない?」
「平気です、ちょっとビックリしただけです」
加賀さんは俺の頭を撫でながら、笑いを堪えた顔をしている。目が合うと、肩が揺れ、吹き出した。
「可愛い、ダメだ。ベッド行くぞ」
「その前に、カレーの様子を見にいかないと」
「大丈夫、カレーなら元気でやってるよ」
加賀さんが俺の腰に手を回す。触れられただけで、反応しそうだった。加賀さんの指が、冷たい手のひらが、気持ちいい。
煌々と明かりの灯った寝室。ベッドに寝かされた。加賀さんは、ピクリとも動かない俺にまたがって、面白そうに見下ろしている。
「なんか緊張してる?」
ネクタイを緩めながら、加賀さんが訊いた。
「だって、ブランクありすぎて、どうしていいか……」
「あー、そっか。あれ? 一年ぶり?」
「多分……」
「マジか、めっちゃ我慢強いな俺」
二人とも記憶があいまいではあるが、どうやら去年の誕生日以来、抱かれていないらしい。果たして入るのだろうか、とそこから心配になってきた。
「滾ってきた。一年ぶりのごちそう」
加賀さんの両手が、俺の腰をつかんだ。くすぐるように脇腹を上下していた手が、するすると上がっていく。
「う……」
人差し指が乳首に触れ、勝手に声が漏れた。
「乳首勃ってる。可愛い」
首筋がゾクゾクして、胸がしめつけられ、意識が飛びそうになる。目を固く閉じて、歯を食いしばった。気を抜くと、絶対に変な声が出る。
ただ腹を撫でられているだけで、指先が胸の突起をかすめるだけで、腰が浮く。
全身が、熱い。汗がにじむ。
シーツを握り締めて懸命に堪えていると、加賀さんが言った。
「おーい、緊張しすぎ。力抜いて、ほら」
軽く触れるだけのキス。唇を三回押しつけたあと、吸いついて、甘嚙みして、そのたびに「七世」「可愛い」「愛してる」と囁いてくる。
限界だった。
「ダメ、もうダメ、好き、好きです、気持ちいい」
力が入らない。とろとろな状態で、泣き声を上げる。
「うん、パンツめっちゃ濡れてる」
目を開けて、自分の股間を見た。ふくらみの頂点が、濡れて変色している。異様に恥ずかしくなって、顔が火照ってきた。
「あの、見ないで」
「見るよ?」
至近距離で股間を凝視して、ふーっと息を吹きかけてくる。それに耐えると今度は匂いを嗅いできた。スーハースーハーわざとらしく呼吸の音が聞こえる。
「はは、中で動いてる。可愛い」
パンツごと口に含まれた。チュウチュウと音を立てて、吸われている。内腿の震えが止められない。
「あっ、あっ、やめ、やめて」
息を荒げる俺の股間から口を離すと、加賀さんがサディスティックに笑う。
「さて、御開帳」
ゆっくりと下ろされた下着の中から、勃起したペニスが勢いよく飛び出した。慌てて股間を隠す。無意味だとわかっている。
「はい、股開いて。手はここ。自分で持ってて」
大股を開いた両方の太ももを、自分で固定するように指示された。ひどい格好だ。恥ずかしさのあまり目を逸らす。
「いい眺め」
ペニスの根元に指が触れる感触。裏筋をたどって、上に滑ってくる。濡れた先端をグリグリと刺激され、情けない声が出た。
何をされても、どこを触られても、感じてしまう。加賀さんはそれを面白がっているようだった。全身を撫でまわして、口づけて、なかなか挿れてくれない。下半身にローションを塗りたくり、指を挿れて、すぐに出ていく。何度かそれを繰り返し、でも、奥には来てくれない。
焦らしている。
挿れてと言うのを待っている。
ヘロヘロになった頃にそれに気づき、俺は叫んでいた。
「挿れてください……!」
満足そうに笑った加賀さんが、ようやく服を脱ぐ。
裸の加賀さんに、しがみつく。
腰を押しつけて、「挿れて」と急かす。
「ん、待って、すげえきつい」
「あっ、はっ、入ってる……っ」
下腹部の圧迫感。奥に進んでいくのがわかる。一つになれた幸福感で、泣きそうになった。無言で抱き合って、浸る。
「動いていい?」
静かに訊かれ、何度もうなずいた。
加賀さんが、動く。俺の中を出入りする。二人分の呼吸の音。恍惚の吐息が入り乱れていく。
最初は優しく柔らかかった動きが、徐々に激しくなっていく。スプリングの軋む音、裏返った俺の声、肉を打つ音。
喘いで、見悶えて、わけがわからなくなる。
加賀さんが動くたびに、快感が膨れ上がる。声が止まらない。ずっと気持ちいい。抜けていくときも、入っていくときも、全部が気持ちいい。
自分の乱れるさまを、見られたくなかった。変な声が出るし、きっと変な顔をしている。恥ずかしくて、顔を隠したかった。
でもそれ以上に、加賀さんを見たかった。
目を、逸らさない。
ずっと、見つめ合ったまま。
体位を変えずに延々と、一時《ひととき》も相手から目を逸らさない。ゆるく揺すられたり、強烈に抜き差しされたり。緩急をつけたセックスに、骨抜きになっていった。永遠に続けばいいのにとさえ思った。
キスされて、体の弱いところを撫でられて。それから、何度も名前を呼ばれた。
七世、可愛い、と繰り返し囁かれ、中をこすられ、ペニスをしごかれ、我を忘れた。
快楽の渦に、沈む。
「可愛い。好き。大好き。愛してる」
やがて動きを止めた加賀さんが、一語一語ゆっくりと、俺の目を見て言葉を紡いだ。泣き声なのに気がつくと、伝染する。何か返事をしたいのに、胸が詰まって声が出ない。
「なんかもう、めっちゃ愛しい。なんで? なんでお前こんなに可愛いんだ?」
加賀さんの両手が、俺の顔面を撫でまわす。
「ありがとう。ほんっと、大事な宝物」
見下ろしてくる加賀さんが、あまりにも優しくて、勝手に涙が溢れてきた。泣きながら、完璧に整った美しい顔に手を伸ばす。
「俺も、俺もです、幸せです」
加賀さんが笑う。みぞおちに甘い痛みが襲ってくる。胸が強烈にときめいて、むずがゆい。苦労して唾を飲み込んでから、汗で濡れた加賀さんの頬を撫でた。
「あの、加賀さん、顔が」
声を絞り出す。
「ん?」
「顔がカッコイイ、です」
「はは、何」
もっと気の利いた言葉があるはずなのに、頭が上手く回らない。咳払いでごまかして、加賀さんの首に腕を回す。
「加賀さん、動いて……、ください」
恥ずかしいお願いをしながら、自分の腰が揺れている自覚があった。
「可愛い」
加賀さんが目尻を下げて微笑んで、律動を再開する。
サラサラの黒髪が、揺れる。白い陶器の肌から、汗が滴り落ちた。射精感を堪える表情。
イキそう、と囁く加賀さんに、俺も、と答えた。
達したのはほとんど同時だった。中に出されながらの絶頂。目の前が白く爆ぜる。
汗だくの体で抱き合って、息を弾ませて、笑い合う。
「中に」
俺が言うと、加賀さんが続けた。
「たくさん出た。嬉しい?」
「はい……、えっと、一旦抜きますか」
「あー、出てくる、めっちゃ出てる」
「ありがとうございます」
「いや、うん、どういたしまして。何このやり取り」
中に出した精液の処理でしばし盛り上がったあと、軽くシャワーを浴びて、カレーを食べることにした。
「誕生日プレゼントです」
カレーの鍋を温め直している加賀さんに、クローゼットに隠し持っていたプレゼントを差し出した。
「ん、おう、サンキュ。ネクタイ?」
「わあ、バレてる」
「開けて見せて」
包装紙を剥がして、箱の蓋を開けた。鍋を掻き混ぜながら、加賀さんが覗き込んでくる。
「三本も買ったの?」
「はい、誕生日に三本貰ったじゃないですか。だから俺も犬柄三点セットをご用意しました。コーギー、ポメラニアン、柴犬のシルエットになってます。こちら控えめなデザインなので、ビジネスシーンでの使用も特に問題ないかと」
「けしからん」
「ちょっと可愛すぎますか?」
「ちょっと可愛すぎるな、倉知君が」
何も可愛い要素がなくても、加賀さんはいつも俺を可愛いと言う。頭を掻いて、苦笑する。
「可愛いのはネクタイですよね」
「俺の可愛いは、全部倉知君のことだから」
「え、そんなことないですよ。だってほら、この前わたあめ? わたがし? 白い犬のこと可愛い可愛いって褒めてたじゃないですか。加賀さんはいつも犬にデレ」
喋っている途中で唇を塞がれた。
「尖った唇が可愛い。ヤキモチ可愛い」
日に日に可愛いと言われる回数が増えている気がする。
自分は可愛いと勘違いしないように心がけなければ。
そんな馬鹿らしい自戒が必要なほど、最近の加賀さんは「可愛い」を乱発している。
わかっている。他の誰も、俺を可愛いとは思わない。
でも、加賀さんは本気で俺が可愛いのだ。すべての「可愛い」が本音だと知っている。積み重なっていく「可愛い」が、俺には全部大切だった。くすぐったくて、幸せだ。
「加賀さん」
抱きしめて、綺麗な髪に頬をすり寄せる。
「うん」
「生まれてきてくれて、ありがとうございます」
可愛い、愛しい人。
〈おわり〉
〈加賀編〉
朝起きると倉知が可愛かった。
可愛いのはいつものことなのだが、今日はわずかにおもむきが違う。
俺を見るたびに、ふわっと照れ笑いを浮かべたり、恥じらうように目を逸らしてみたり。心の準備をしている真っ最中みたいな、ソワソワとした空気を感じる。
顔を合わせるとまず「誕生日おめでとうございます」と祝福された。「ありがとう」ではなく「可愛い」と返事をすると、倉知はわかりやすく頬を染めた。
いつもなら、呆れ顔で「もう」とか「また」とかでやり過ごす。
でも今日の「可愛い」には特別な感情が込められていることに、倉知も気づいている。
ただ向き合って朝食を食べているだけでも、普段とは明らかに違う。意識しているのが丸わかりで、ニヤニヤが止まらなくなった。
並んで歯を磨きながら、尻を撫でる。別に誕生日だから撫でているわけじゃない。そこに尻があるから撫でるのだ。
つまりこれは日常だ。俺たちは、常日頃からお互いの体のあちこちに触れている。性的な意味など何もなく、ただ触れていることのほうが多い。あくまで体温を確かめる感じで、無邪気に触れる。
そういう爽やかなボディタッチとは違う空気を、勝手に感じたらしい。鏡の中の倉知の目が、泳いでいる。
なんでもないふりがへたくそすぎる。可愛い。めちゃくちゃそそる。もう駄目だ。
誕生日というだけで、「抱かれるスイッチ」が入ってしまう倉知が可愛すぎて、俺は自制することを放棄した。
左手で歯ブラシを動かしながら、右手を中に滑り込ませた。指が直接尻に触れると、筋肉がキュッとなり、倉知が「んっ」と声が漏らす。ゲホゲホしながら口の中の白いものを洗面台に吐き出して、鏡越しに俺を見た。
「歯磨き粉、ちょっと飲んじゃったじゃないですか」
「えっろ」
「何がですか、もう」
倉知が口をゆすぎ、うがいをする。顔を洗っている間もひたすらに、一心不乱に尻を撫でた。
「あの、一体いつまでそうして……」
タオルで顔を拭きながら、鏡越しに訴えてくる。倉知と目を合わせたままで、尻を揉む。揉みしだく。割れ目に人差し指を突っ込んで、上下にこする。
「う……、ちょっと、それは……、まずいです」
肉に挟まれた指が、締めつけられている。
ベッドにうつ伏せで寝かせ、この双丘の谷間にペニスをこすりつけるのが好きだ。肉の棒を尻に押しつけられ、ひそかに興奮する倉知の背中を眺めるのが好きだ。ということを唐突に思い出し、実践したくてたまらなくなった。
普段は我慢する。理性のある紳士を演じるのは簡単だ。
でも今日は誕生日だし、我慢しなくてもいいはずだ。
歯磨きを終わらせると、倉知の手を取って廊下に出た。
「加賀さん」
異変を感じたらしい。声が不安げだ。
「何をする気ですか?」
「お前をベッドにうつ伏せに寝かせて、むき出しにした尻の割れ目で素股をしようと思う」
丁寧に説明すると、握っている倉知の手が瞬時に湿り気を帯びた。
「すま……、え、え? 今から? 朝ですよ?」
それでも足を止めることもなく、従順についてくる。
「素股だから、大丈夫」
「大丈夫じゃないです」
「大丈夫だって。今日は送ってやるよ。張り切って家のこと済ませてくれたから、時間はめっちゃある」
「はあ、でも」
何か言いたそうにもじもじしている倉知をベッドに転がした。サイドテーブルの引き出しからローションを取り出し、太ももに乗る。
「ちょっと待ってください、挿れませんよね?」
俺の挙動を目で追っていた倉知が、慌てて訊いた。
「挿れる?」
「いや、ダメですよ?」
「あれ? 挿れて欲しくない?」
「今はダメってだけで……」
「夜は挿れて欲しいと」
倉知が黙る。含み笑いをしながら、素早くシャツをめくり上げ、ズボンとパンツをずり下げた。
「いい尻」
むき出しにした尻を、両手で優しく包み込む。うつ伏せの倉知が静かに息を吐く。体全体が強張っていて、緊張感がひしひしと伝わってくる。
「知ってるか、いいお尻の日が年に二回あることを」
「急にどうしたんですか」
尻を揉まれながら、倉知が少し笑った。
「調べたら、十一月四日と十一月三十日、どっちもいいお尻の日なんだよ」
「十一月三十日って昨日じゃないですか?」
「うん、昨日。いいお尻の日、つまり、倉知君の日だよな。次の日が俺の誕生日ってのが感慨深い」
「ちょっと意味がわかりませんけど、うわ」
尻にローションを垂らすと、倉知が声を上げた。
「ほんとにやると思わなかった……」
頭を持ち上げ、背中の俺を振り返る。
「シーツ、汚れません?」
「どうせあとで汚れるからいいよ。あー、めっちゃ勃ってきた」
倉知の目が、俺の股間を凝視する。ズボンの生地を持ち上げるペニスを上から握って見せると、倉知が息をのんだ。目が合う。微笑むと、恥ずかしそうに顔を背ける。この一連の仕草が愛くるしい。
シーツに突っ伏した倉知の後ろ頭を見ながら、シャツを脱ぐ。下半身をくつろげて解放すると、ローションで濡れた湿地帯にペニスを押し当てた。
腰を揺する。
筋肉の弾力が気持ちいい。
こすりつけるたびに、倉知が盛り上がっていくのがわかる。抑えきれない淫靡な吐息が、漏れ聞こえてくる。気持ちよさそうな、鼻から抜けるみたいな声が、とんでもなく可愛い。
「挿れてないのにお尻気持ちいいんだ?」
「うっ、あっ、違う、違うんです、違わないけど、違う……、うう……、うわあ……、あーっ、気持ちいい」
「ふはは」
笑いが込み上がってくる。悶える倉知を眺めながら、激しめに腰を動かした。倉知の腹ばいの体が、シーツの上で前後に揺れる。喘ぎが、大きくなっていく。知っている。前がこすれて気持ちいいのだ。
「数時間後には教壇に立ってんだよな。倉知先生の尻を犯してると思うとめっちゃ燃える」
「ちょ、ちょっと、変なこと言わないで」
「授業中に思い出す?」
シーツに顔をうずめた倉知の耳が、赤い。一旦動きを止める。背中に覆いかぶさり、うなじにキスをする。
「七世」
首の裏で囁いた。
「一日中、俺の感触、思い出して」
倉知の肩がビクンと跳ねた。
「あっ、あっ、ダメだ、なんか、イキ、そう」
途切れ途切れに訴えて、倉知がシーツを握り締めた。
「いいよ、俺もイッていい?」
ニヤニヤしながら腰を振っていると、倉知が小さく叫んだ。
「ダメです!」
「え、なんで?」
動きを止めて訊いたが、倉知は「ダメです」しか言わない。自分で腰を揺すって、勝手に果てたのがわかった。
「イッた?」
「……はい、でも加賀さんは、イッちゃダメです……」
「なんで? 拷問?」
「だって、夜……」
「あ、夜勃たなくなるかもって? 見くびるな、勃つ」
「その心配はしてません。じゃなくて……」
倉知は口ごもり、ためらったあとでつぶやいた。
「俺の中に、たくさん出して欲しいから」
「何言ってんの? 可愛いな?」
鬼気迫る声が出た。急いで愛しい背中を抱きしめる。
「お前可愛いな? 可愛いなお前、どうした? はあ? 可愛いな? 待て待て、え? たくさん出して欲しいの? 中に? めっちゃエロくない? あ、出そう、ちょっと出たかも。中出しする量、減ったらごめんね」
背中にスリスリしてまくしたてると、倉知が俺の太ももを叩いた。
「落ち着いて、あの、もう、ほら、仕事行かなきゃ、遅刻するから降りてください」
照れ隠しで早口になる倉知が可愛い。
まあでも、気持ちは理解できる。よくわかる。俺だって、どうせ出されるなら濃厚なやつが欲しい。
それにしても、可愛いな。
俺の中に、たくさん出して欲しいから。
そういう可愛いおねだりを、なんの計算もなく口にすることができる。
天賦の才だ。倉知は、可愛いという能力を持って生まれたのだ。
可愛い。
可愛いというこの感情だけで達することもできるが、我慢した。俺はわりと自分で射精を抑制できるタイプだ。寸止めされても発狂はしないし、素直に刀を収められる。
毎度そうとは限らないが、わりとそんな感じだ。倉知も俺の性質を理解しているから「今はダメ」と言ったのだ。
精液とローションの後始末を終え、着替えを始めた頃には昂ぶりはほとんど鎮まっていた。スーツのスラックスの下で大人しくしている俺の下半身を、倉知は感心したように見つめている。
「勃起、収まりましたね」
「おう」
「でも、まだ大きい」
「透視やめろ」
ネクタイを結びながら、倉知がふふっと笑った。透視にウケたわけではなく、今のは思い出し笑いだ。
「何?」
「いいお尻の日を検索する加賀さん、想像しちゃって」
加賀さん可愛い、と倉知が笑う。まるで少年のように澄み切った瞳。
出すもん出したら清々しい顔しやがって。
「ほんっと、お前は可愛いな」
笑顔を返し、情欲から、目を逸らす。
〈倉知編〉
加賀さんが変なことを言うから。
思い出してしまう。
硬いものを、押しつけられて。
動く。
何度も行ったり来たりして、ヌルヌルの感触が気持ちよくて、思い出すと目がくらむ。
七世、と呼ぶ声。
首の後ろで、甘い快感が広がる感覚。
「先生、大丈夫?」
呼ばれて、我に返る。チョークを持ったまま、黒板の前でトリップしていた。
「だい、じょうぶ、でふ」
「あ、噛んだ」
「でふって言った」
「ヒーッ、先生可愛いっ、可愛いでふ!」
後ろで生徒たちが騒ぎ出す。チラ、と下を確認した。よかった、勃起はしていない。
一日中、俺の感触、思い出して。
加賀さんの呪文は強力だった。何度も思い出して、何度も冷や汗をかくはめになった。それでもなんとかすべての授業を乗り切った。ちゃんとしなければというプロ意識の勝利だ。
事務仕事と翌日の授業準備を終えると、定時の一分前。両腕を天井に突き上げた。
終わった! と、脳内で叫ぶ。
「なんか今日、倉知先生ずっと面白かったね」
向かい側の席から、西村先生が話しかけてきた。湯飲み茶わんを両手で持って、湯気をふうふうしながら微笑んでいる。
「えっ、どこか変でしたか?」
「うん、なんかいいことあったの? 幸せそうっていうか、楽しそうだったけど」
幸せそうで楽しそうに見えたらしい。おかしい。どちらかというと、苦悩していたつもりだった。もしかして、俺は本格的なマゾヒストなのだろうか。
「今日は早く帰ってカレーを作りたくて。お先に失礼します」
定時に帰ることなんてなかなかできない。年に一度か二度、あるかないか。みんなそうだ。無限にある仕事を調整して、「定時帰り」を捻出している。
だから、誰かが早く帰ることに対して誰も文句は言わない。お疲れ、と労いの言葉が飛ぶ。
早足で学校を出て、電車に飛び乗り帰宅すると、まずスマホを確認した。
加賀さんからのLINEは届いていないが、早ければ七時頃には帰ってくるだろう。とりあえずシャワーを浴びて、カレーを作ろうか、と考えて、頬を叩く。
今日は加賀さんの誕生日だ。抱かれることばかりで、浮かれている場合じゃない。
自分の喜びよりも、優先すべきは加賀さんだ。もっとも重要なのが、カレーだ。帰ってきて、カレーが完成していなかったらガッカリするかもしれない。
材料は朝のうちに準備しておいた。鍋に材料を入れて、炒めること十五分。あとは蓋をして弱火で煮込むだけ。タイマーをセットして、今だ、と風呂場に駆け込んだ。
シャワーを浴びながら、鏡の結露を手のひらで拭う。そこにはニコニコの自分が映っていた。うわー、顔が笑う、とつぶやきながら、頬を揉む。
抱かれることが、こんなにも嬉しい。
こっち側は、いつ以来だったか。思い返してみる。去年の誕生日は確実に、抱かれた。それ以降はもしかして、一度もないのでは?
意識すると、駄目だった。緊張と期待で、体のあちこちが疼き出す。手が、下腹部に伸びる。
早く。
早く、抱いて欲しい。
心と身体の準備が完璧に整った。
頭の中が加賀さんでいっぱいだ。加賀さんまだかなぁ、加賀さん大好きぃ、とメロディをつけて口ずさみながら、パンツ一丁で脱衣所のドアを開けた。
「何その歌」
スーツの加賀さんが立っていた。面白いほど体がビクッと跳ね上がる。ドア枠に頭をぶつけ、「痛い」と声が出た。
「大丈夫?」
加賀さんの声が笑っている。
「大丈夫です、おかえりなさい、あの、は、早かったですね」
「ただいま。頭、痛くない?」
「平気です、ちょっとビックリしただけです」
加賀さんは俺の頭を撫でながら、笑いを堪えた顔をしている。目が合うと、肩が揺れ、吹き出した。
「可愛い、ダメだ。ベッド行くぞ」
「その前に、カレーの様子を見にいかないと」
「大丈夫、カレーなら元気でやってるよ」
加賀さんが俺の腰に手を回す。触れられただけで、反応しそうだった。加賀さんの指が、冷たい手のひらが、気持ちいい。
煌々と明かりの灯った寝室。ベッドに寝かされた。加賀さんは、ピクリとも動かない俺にまたがって、面白そうに見下ろしている。
「なんか緊張してる?」
ネクタイを緩めながら、加賀さんが訊いた。
「だって、ブランクありすぎて、どうしていいか……」
「あー、そっか。あれ? 一年ぶり?」
「多分……」
「マジか、めっちゃ我慢強いな俺」
二人とも記憶があいまいではあるが、どうやら去年の誕生日以来、抱かれていないらしい。果たして入るのだろうか、とそこから心配になってきた。
「滾ってきた。一年ぶりのごちそう」
加賀さんの両手が、俺の腰をつかんだ。くすぐるように脇腹を上下していた手が、するすると上がっていく。
「う……」
人差し指が乳首に触れ、勝手に声が漏れた。
「乳首勃ってる。可愛い」
首筋がゾクゾクして、胸がしめつけられ、意識が飛びそうになる。目を固く閉じて、歯を食いしばった。気を抜くと、絶対に変な声が出る。
ただ腹を撫でられているだけで、指先が胸の突起をかすめるだけで、腰が浮く。
全身が、熱い。汗がにじむ。
シーツを握り締めて懸命に堪えていると、加賀さんが言った。
「おーい、緊張しすぎ。力抜いて、ほら」
軽く触れるだけのキス。唇を三回押しつけたあと、吸いついて、甘嚙みして、そのたびに「七世」「可愛い」「愛してる」と囁いてくる。
限界だった。
「ダメ、もうダメ、好き、好きです、気持ちいい」
力が入らない。とろとろな状態で、泣き声を上げる。
「うん、パンツめっちゃ濡れてる」
目を開けて、自分の股間を見た。ふくらみの頂点が、濡れて変色している。異様に恥ずかしくなって、顔が火照ってきた。
「あの、見ないで」
「見るよ?」
至近距離で股間を凝視して、ふーっと息を吹きかけてくる。それに耐えると今度は匂いを嗅いできた。スーハースーハーわざとらしく呼吸の音が聞こえる。
「はは、中で動いてる。可愛い」
パンツごと口に含まれた。チュウチュウと音を立てて、吸われている。内腿の震えが止められない。
「あっ、あっ、やめ、やめて」
息を荒げる俺の股間から口を離すと、加賀さんがサディスティックに笑う。
「さて、御開帳」
ゆっくりと下ろされた下着の中から、勃起したペニスが勢いよく飛び出した。慌てて股間を隠す。無意味だとわかっている。
「はい、股開いて。手はここ。自分で持ってて」
大股を開いた両方の太ももを、自分で固定するように指示された。ひどい格好だ。恥ずかしさのあまり目を逸らす。
「いい眺め」
ペニスの根元に指が触れる感触。裏筋をたどって、上に滑ってくる。濡れた先端をグリグリと刺激され、情けない声が出た。
何をされても、どこを触られても、感じてしまう。加賀さんはそれを面白がっているようだった。全身を撫でまわして、口づけて、なかなか挿れてくれない。下半身にローションを塗りたくり、指を挿れて、すぐに出ていく。何度かそれを繰り返し、でも、奥には来てくれない。
焦らしている。
挿れてと言うのを待っている。
ヘロヘロになった頃にそれに気づき、俺は叫んでいた。
「挿れてください……!」
満足そうに笑った加賀さんが、ようやく服を脱ぐ。
裸の加賀さんに、しがみつく。
腰を押しつけて、「挿れて」と急かす。
「ん、待って、すげえきつい」
「あっ、はっ、入ってる……っ」
下腹部の圧迫感。奥に進んでいくのがわかる。一つになれた幸福感で、泣きそうになった。無言で抱き合って、浸る。
「動いていい?」
静かに訊かれ、何度もうなずいた。
加賀さんが、動く。俺の中を出入りする。二人分の呼吸の音。恍惚の吐息が入り乱れていく。
最初は優しく柔らかかった動きが、徐々に激しくなっていく。スプリングの軋む音、裏返った俺の声、肉を打つ音。
喘いで、見悶えて、わけがわからなくなる。
加賀さんが動くたびに、快感が膨れ上がる。声が止まらない。ずっと気持ちいい。抜けていくときも、入っていくときも、全部が気持ちいい。
自分の乱れるさまを、見られたくなかった。変な声が出るし、きっと変な顔をしている。恥ずかしくて、顔を隠したかった。
でもそれ以上に、加賀さんを見たかった。
目を、逸らさない。
ずっと、見つめ合ったまま。
体位を変えずに延々と、一時《ひととき》も相手から目を逸らさない。ゆるく揺すられたり、強烈に抜き差しされたり。緩急をつけたセックスに、骨抜きになっていった。永遠に続けばいいのにとさえ思った。
キスされて、体の弱いところを撫でられて。それから、何度も名前を呼ばれた。
七世、可愛い、と繰り返し囁かれ、中をこすられ、ペニスをしごかれ、我を忘れた。
快楽の渦に、沈む。
「可愛い。好き。大好き。愛してる」
やがて動きを止めた加賀さんが、一語一語ゆっくりと、俺の目を見て言葉を紡いだ。泣き声なのに気がつくと、伝染する。何か返事をしたいのに、胸が詰まって声が出ない。
「なんかもう、めっちゃ愛しい。なんで? なんでお前こんなに可愛いんだ?」
加賀さんの両手が、俺の顔面を撫でまわす。
「ありがとう。ほんっと、大事な宝物」
見下ろしてくる加賀さんが、あまりにも優しくて、勝手に涙が溢れてきた。泣きながら、完璧に整った美しい顔に手を伸ばす。
「俺も、俺もです、幸せです」
加賀さんが笑う。みぞおちに甘い痛みが襲ってくる。胸が強烈にときめいて、むずがゆい。苦労して唾を飲み込んでから、汗で濡れた加賀さんの頬を撫でた。
「あの、加賀さん、顔が」
声を絞り出す。
「ん?」
「顔がカッコイイ、です」
「はは、何」
もっと気の利いた言葉があるはずなのに、頭が上手く回らない。咳払いでごまかして、加賀さんの首に腕を回す。
「加賀さん、動いて……、ください」
恥ずかしいお願いをしながら、自分の腰が揺れている自覚があった。
「可愛い」
加賀さんが目尻を下げて微笑んで、律動を再開する。
サラサラの黒髪が、揺れる。白い陶器の肌から、汗が滴り落ちた。射精感を堪える表情。
イキそう、と囁く加賀さんに、俺も、と答えた。
達したのはほとんど同時だった。中に出されながらの絶頂。目の前が白く爆ぜる。
汗だくの体で抱き合って、息を弾ませて、笑い合う。
「中に」
俺が言うと、加賀さんが続けた。
「たくさん出た。嬉しい?」
「はい……、えっと、一旦抜きますか」
「あー、出てくる、めっちゃ出てる」
「ありがとうございます」
「いや、うん、どういたしまして。何このやり取り」
中に出した精液の処理でしばし盛り上がったあと、軽くシャワーを浴びて、カレーを食べることにした。
「誕生日プレゼントです」
カレーの鍋を温め直している加賀さんに、クローゼットに隠し持っていたプレゼントを差し出した。
「ん、おう、サンキュ。ネクタイ?」
「わあ、バレてる」
「開けて見せて」
包装紙を剥がして、箱の蓋を開けた。鍋を掻き混ぜながら、加賀さんが覗き込んでくる。
「三本も買ったの?」
「はい、誕生日に三本貰ったじゃないですか。だから俺も犬柄三点セットをご用意しました。コーギー、ポメラニアン、柴犬のシルエットになってます。こちら控えめなデザインなので、ビジネスシーンでの使用も特に問題ないかと」
「けしからん」
「ちょっと可愛すぎますか?」
「ちょっと可愛すぎるな、倉知君が」
何も可愛い要素がなくても、加賀さんはいつも俺を可愛いと言う。頭を掻いて、苦笑する。
「可愛いのはネクタイですよね」
「俺の可愛いは、全部倉知君のことだから」
「え、そんなことないですよ。だってほら、この前わたあめ? わたがし? 白い犬のこと可愛い可愛いって褒めてたじゃないですか。加賀さんはいつも犬にデレ」
喋っている途中で唇を塞がれた。
「尖った唇が可愛い。ヤキモチ可愛い」
日に日に可愛いと言われる回数が増えている気がする。
自分は可愛いと勘違いしないように心がけなければ。
そんな馬鹿らしい自戒が必要なほど、最近の加賀さんは「可愛い」を乱発している。
わかっている。他の誰も、俺を可愛いとは思わない。
でも、加賀さんは本気で俺が可愛いのだ。すべての「可愛い」が本音だと知っている。積み重なっていく「可愛い」が、俺には全部大切だった。くすぐったくて、幸せだ。
「加賀さん」
抱きしめて、綺麗な髪に頬をすり寄せる。
「うん」
「生まれてきてくれて、ありがとうございます」
可愛い、愛しい人。
〈おわり〉
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