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〈倉知編〉
目が覚めると、加賀さんがベッドにいなかった。
反射的に時計を見る。寝過ごしたのかと思ったが、いつも通りの起床時間だ。
「おはよ」
寝室を出ると、キッチンに加賀さんが立っていた。フローリングを忍者走りで駆けて、加賀さんの体を掻き抱いた。
「おはようございます」
「さすが、ジャスタイム。ご飯だよ」
「今日どうしたんですか? 早起きですね」
加賀さんがコンロの火を切った。フライパンにはハムエッグが完成しているし、みそ汁も出来上がっている。
「うん、洗濯も終わってる」
「え、もう?」
「午後から半日だけ有休とれたから、家のことは任せろ。夜なんかリクエストある?」
「有休? なんでですか?」
皿にハムエッグを盛りつけて、加賀さんが俺を仰ぎ見る。
「その顔、やっぱ忘れてんな」
「え? 何を?」
「誕生日おめでとう」
優しい顔で笑って、加賀さんが俺の頬を撫でた。
「あっ、今日誕生日ですか? 俺の?」
「はは、うん。ほんとに忘れてたんだ」
ハムエッグの皿を二枚俺に押しつけて、加賀さんが肩をすくめた。
「まさに忙殺ってやつだな」
「いや、はい……、自分の誕生日って忘れがちですよね。あ、でも加賀さんの誕生日は何があっても忘れないので安心してください」
「俺も絶対忘れないよ。合法に倉知君を抱ける日だもん」
「……あの、合法って?」
味噌汁をよそう加賀さんの横顔が笑っている。無性に吸いつきたくなった。両手に皿を持ったまま、加賀さんの横顔に唇を寄せる。
「こらこら、味噌汁危ないから」
「すいません」
すごすごとダイニングテーブルに皿を並べ、味噌汁のお椀もせっせと運ぶ。味噌汁の具が、じゃがいもと玉ねぎとわかめだ。俺の好きな具材の取り合わせなのは、加賀さんも知っている。
急激に、舞い上がり始めた。
そうか、今日は誕生日だったのか。だから、俺を起こさないように静かに早起きをして、洗濯を済ませ、朝食を作ってくれたのだ。
加賀さんが、俺のために。眠い目をこすりながら、作ってくれた朝食。なんという尊さだ。食べずに金庫に保管しておきたい。
目頭が熱くなり、涙ぐんで「幸せです」と声を震わせると、加賀さんが笑った。
「去年のリベンジだよ」
「去年、なんでしたっけ」
「誕生日の前の夜、気絶させられたじゃん」
そんなこともあった。持ち上げて立ったまま揺さぶるやつに、加賀さんは弱い。思い出すと、股間が疼いてきた。
「それ、朝勃ち? じゃねえな」
勃起する俺に加賀さんが気づいた。視線がじっとりと、股間にまとわりつく。
「はい、すいません、思い出し勃起です」
「はは、やべえ」
ご飯茶碗を二つテーブルに置いて、加賀さんが椅子を引く。
「とりあえず食うか」
「はい、あったかいうちに食べましょう」
席に着き、顔を見合わせて手を合わせた。
「いただきます」
声を揃え、箸と茶碗を持つ。
加賀さんをチラ見した。
俺が勃起していても意に介さない感じがなんだかカッコイイと思った。まあでも確かに、俺は年がら年中、加賀さんのちょっとした言動で勃起しているからこういう反応は当然かもしれない。
食事を優先し、勃起を放置するこの状況に多少の興奮を覚えてしまう。
「で、夜。何がいい?」
味噌汁をすすって加賀さんが俺を見る。口の中のものを飲み込んでから、真顔で答えた。
「夜は駅弁がいいです」
「ん? え、どっちの?」
「体位の駅弁です」
「俺の訊き方が悪かった。何食べたい?」
「うーん……、駄目です、頭の中が加賀さんでいっぱい」
「じゃあなんか、適当に倉知君の好きなの作るわ」
「はい、よろしくお願いします」
誕生日は素晴らしい。ウキウキする。ワクワクする。ニヤニヤする。
笑顔で完食すると、唐突に股間に感触があった。ごちそうさまの合掌をした格好で、硬直する。
「あれ? 硬いな。ずっとこんなだったの?」
加賀さんの足だ。テーブルの下で、足の裏が、ズボン越しにスリスリとこすってくる。
「はい、ずっとこうです」
「どうやったら食べながらこの硬度保てんの? 二十四歳ってこんなだっけ」
先端を足の指で弄ばれ、びくん、と身体が跳ねた。五本の指が、まるで子どもの頭をよしよしと撫でるように、俺の亀頭を左右に往復している。
今日は、時間に余裕がある。そういうことか。このあとの流れを勝手に妄想し、ごく、と喉を鳴らす。
加賀さんと目が合った。瞬間、下腹部の刺激が消失した。
「あ、あれ……?」
「さて、片付けるか。ごちそうさまでした」
加賀さんが腰を上げた。
「今日、送ってくわ」
テーブルの上の皿を片付けながら、俺を見ないで淡々と言った。
「えっ、ありがとうございます」
椅子から飛び上がり、「そっか」と独り言ちる。出勤前にイチャイチャするために早起きをしたわけではなさそうだ。
二人で後片付けをして、顔を洗って歯磨きをして、着替えを始めた。加賀さんは面白そうに俺の股間のふくらみを何度も見ていたが、直接触れてはこなかった。
触ってもいいんですよ? と言ってみたが、大笑いでかわされた。
本当に、イチャイチャする気はないらしい。
せっかく誕生日で、時間に余裕があるのになぜだ。気落ちすると同時に、股間もしぼんでしまった。
でも、わかる。加賀さんの気持ちはよくわかる。出勤前にセックスをするといろいろと支障がある。わかる。仕方がない。別に、いい。だって夜は絶対に、する。するはずだ。すると思う。するかな? するといいなあ。
不安になってきた。
「あの、加賀さん」
「んー」
「今日の夜、抱いていいですか?」
「直球きた」
「ちょっと心配で。予約しておこうと思って」
軽く笑い声を上げた加賀さんが、スーツのスラックスに脚を通して振り返り、俺の股間を見た。
「お、萎えた? 円周率?」
「いえ、なんかちょっとしょんぼりしちゃって」
「しょんぼり可愛い」
「落胆しちゃって」
「落胆可愛い」
落胆は可愛くないだろう。俺は黙って肩をすくめた。
「俺が勃起に食いつかないからしょんぼり?」
加賀さんがベルトを腰に回しながら、俺の顔を下から覗き込んできた。
「はい、まさに」
妖艶に笑う加賀さんが、俺の腰に手を回す。体を密着させて、鎖骨に鼻先をこすりつけてくる。猫みたいで可愛い。
「溜めといて」
「え?」
「夜にめちゃくちゃ濃厚なのちょうだい。今は我慢な」
「あの、また勃ちそうです」
「あ、そうだ」
触れ合った下半身を揺すってやろうと企んだ途端、加賀さんがさっさと離れていく。未練がましく右手の指を二本つかんだが、するりと逃げられた。誕生日なのに、全然くっついていられない。もっと、ギュッとしてスリスリしてチュッチュしたい。
「これ着けてってよ。プレゼント」
クローゼットの引き出しからラッピングされた箱を取り出して、加賀さんが振り返る。
「誕生日おめでとう」
「ありがとうございます。何か身に着けるものですか?」
ハッとなって、加賀さんの顔とプレゼントを見比べた。
「まさか、サングラス……」
「ふはは。開けていいよ」
「失礼します」
包装紙を丁寧に広げ、中の箱を恐る恐る開いた。
「よかった、ネクタイだ」
ホーッと安堵のため息が出た。淡いピンクのストライプ、水色のドット柄、赤系の幾何学模様の三本が、丁寧に丸められている。
「うん、もう、毎年ネクタイにしようと思って。今年は三本セット」
「こんなにたくさん……、ローテーションできるのがすごく嬉しいです。ありがとうございます」
去年もネクタイを貰った。毎日着けていきたくても、意外と生徒が見ているのだ。三日連続そのネクタイですけどお気に入りなんですか? と訊かれたこともある。もちろん、質問主は持田町子だ。
「つーか、スーツじゃなくてもいいんだろ? もっと涼しいカッコすればいいのに」
確かに、スーツである必要はない。他の教師はもう少しラフな服装で出勤している。
でも加賀さんがスーツだから俺もスーツがいい。
「エアコン効いてるから大丈夫です。今日はこの水色のにします」
「じゃあ俺もブルー系にしよ」
スタンドミラーの前に並んで、一緒にネクタイを結んだ。ほぼ同時に結び終わると、鏡の中の加賀さんの顔が、ふわっと微笑んだ。
「なんかお揃いぽくない?」
「はい、お揃いコーデですね」
加賀さんが、俺を見上げた。鏡から目を離し、実物の加賀さんと視線を合わせた。完全にキスのタイミングだ。ちょっとだけ屈んで距離を縮めてみた。なのに加賀さんは、俺のネクタイを撫でて満足げに笑うだけだった。
「似合う。爽やか。可愛い」
「ありがとうございます。一生大事にします」
「はは、一生」
笑った顔が大好きだ。たまらなくなった。体が勝手に動いて、加賀さんを抱きしめていた。
「加賀さん、好き」
囁くと、加賀さんの体がブルっと震えた。
「あー、駄目だ。ちょっと、キスしていい?」
「いいに決まってるんじゃないですか、なんで」
そんなことを訊くんですか、という言葉は、キスでふさがれた。唇が、すぐに離れていく。
「もっかい、いい?」
「何回でもどうぞ」
加賀さんが俺の顔を両手でつかんできた。何度も、唇を押しつけてくる。チュッチュッと音を立てて、合間に「好き」と囁いてくる。なんだろう。ものすごく、可愛い。
「やべえ、止まんねえ。ほら見ろ」
「ほら見ろ?」
「絶対こうなると思ったんだよ。ほらな? めっちゃ我慢してたのに、好きすぎておかしくなるんだって」
よくわからないが、加賀さんが俺をすごく好きなのだということはわかる。無性にキュンとした。
「あの、なんで我慢するんですか?」
加賀さんの腰を両手でがっしりとホールドして、ニヤニヤしながら訊いた。
「時間はあるじゃないですか。それに今日は俺の誕生日です」
「だってお前、勃起すんじゃん」
「勃起はしますよ、そりゃあ」
「勃ったら挿れたくなるだろ」
「いえ、どうしても挿れないといけないってことは」
「違う。俺が、挿れたくなるんだよ」
「は、はあ」
「朝一で会議あるから体力温存しときたい」
テーブルの下で悪さをしたり、濃厚なのちょうだいといやらしくおねだりしてきたり、煽ってきたのは加賀さんなのに。おのれ、と口中でつぶやき、腰に手を回して引き寄せた。
何か言おうと開きかけた唇に、軽く吸いついた。すぐに離すと至近距離でじっと目を見る。それから舌先でゆっくりと唇をなぞると、加賀さんが俺の胸を押した。
「待て、舌入れんのなし。あ、やべえ、なんだこの硬いの」
「それはスマホです」
「いやいや、俺がお前のチンコとスマホを間違えるかよ。俺を誰だと思ってる? この硬さはお前の……、これスマホだわ」
「ふふ」
「はは」
抱き合って、しばらく笑い続けた。数分後、二人同時に「はあ」と息をつく。
「仕事、行きますか」
「おう」
どんなに楽しくても、どんなに一緒にいたくても、俺たちは社会人なので仕事に行かなければならない。
フェアレディZで学校に向かう間、なんでもない会話を交わした。赤信号のたびに顔を見合わせてニコ、ニコ、と謎のアイコンタクトを送り合う。
渋滞にはまって意図せず遅刻するのもいいかもしれない、と病んだ願望を抱いてみたが、とてもスムーズに到着した。
学校の正門付近でZが減速し停車する。
「送ってくれてありがとうございます」
シートベルトを外しながら言った。
「どういたしまして」
サングラスを頭の上に押し上げて、加賀さんが右手を差し出した。その手を握る。上下に軽く振りながら、加賀さんが言った。
「いってらっしゃい」
「いってきます。あの、今日、半休とってくれてありがとうございます。すごく嬉しいです」
「おう、隅々までピカピカにしとくわ」
「あ、掃除」
「いや、俺の体」
「恐れ入ります」
「晩ご飯も楽しみにしといて。もう何作るか決めた」
「え、なんですか?」
「絶対、お前が笑顔になるやつ」
「おにぎりかな」
「なんでだよ、可愛いな」
喋りながら、車内でずっと握手を交わし続けている。今は夏休みで、かつ早朝だ。生徒の姿はない。だからなかなかふれあいを終了させることができなかった。
加賀さんが唐突に「せーの」と言って、それをきっかけにようやく手を離すことができたが、異様に寂しい。泣きそうだったので急いで車を降りた。
「加賀さん、気をつけて」
「うん、いってらっしゃい、いってきます」
「いってきます、いってらっしゃい」
助手席のドアを閉める。窓越しに手を振り合う。加賀さんが頭のサングラスを元に戻し、敬礼をして見せてから、Zが走り出した。送ってもらったときは、必ず車体が見えなくなるまで見送ると決めている。
歩道に立って眺めていると、大きく手を振る女の子が視界に割り込んできた。彼女はZとすれ違い、手を振りながらこっちに走ってくる。
「倉知先生ーっ」
持田町子が制服姿で息を切らして駆けてくる。
「おはようございます、爽やかな朝ですね。今日は空気も澄んでるし目が覚めるような青空だし太陽もきらめいてるのできっと全世界が、全地球が、全宇宙が、祝福してるんだと思います。そう、倉知先生の誕生日を……、先生、おめでとうございます!」
一気にまくしたてると、彼女は胸を押さえてハアハア言い出した。
「あ、ありがとう」
「はし、ってきたから、ハア、しんど……っ」
「今日は部活? 早いね。朝練かな?」
ソワソワしながら訊いた。車から降りるところを見られなかっただろうか。持田は加賀さんと面識がある。でも、彼女の中で俺と加賀さんは結びついていないはずだ。もし一緒にいるところを見られたら。結びついてしまう。
「部活はついでです。誰よりも早く倉知先生におめでとうって言いたくて。あっ、もちろん、奥さんが一等賞ですよね」
「うん、持田さん、朝早くに走ってきてくれてありがとう」
誕生日を教えたとき、なんとなくこうなる気はしていた。でも現実に、夏休み中にも関わらずわざわざお祝いを言いに駆けつけてこられると、感動で胸が温かくなった。
「あーっ、それ、見たことないネクタイ!」
「うん、新品のネクタイ。すごい、よくわかったね」
「キターッ、奥さんからのプレゼントですね? うおおおお、ありがてえええ」
テンションの高い持田と一緒に正門をくぐり、校舎に向かう。どうやら加賀さんを見られていなかったらしいとわかり、安堵する。
いや、もしかしたらこの子なら大丈夫かもしれない。この子なら、たとえ真実を知ったとしても言いふらさないだろう。
とは思うものの、自ら打ち明ける必要はない。
玄関で持田町子と別れ、職員室に向かう。落ち着いて、黙々と仕事をこなし、決して浮かれない。帰宅後も、焦らず堂々としていよう。なんせ俺は二十四歳。だいぶ大人だ。大人は自分の誕生日で浮かれたりしない。去年より大人になったところを加賀さんに見せてあげたい。
まずは手料理を堪能して、お酒を飲みながら談笑し、二人の時間を大切に過ごす。そのあとにまったりとお風呂に浸かって、ゆるやかに、行儀よく、加賀さんを抱く。
加賀さんを、抱く。
深呼吸をして、平静を装った。一旦、誕生日のことは忘れよう。
でも、ふとした瞬間によぎってしまう。
夕飯のメニューはなんだろうか。何を作ってくれるんだろう、とか。
トイレの鏡でネクタイが目に入り、にっこりしてしまったり。
俺は誕生日が嬉しくてたまらない。
一分でも早く、加賀さんに会いたくなった。
だから仕事を頑張った。集中し、ゾーンに入ると時間の経過はあっという間だった。
無事定時に仕事を切り上げ、まだ外が明るいうちに学校を出た。快挙だ。「今から帰ります」とLINEを送り、ダッシュで駅に向かう。電車に乗って、降りて、マンションへ向かうのも全速力。エレベーターは使わずに、階段を駆け上がった。
玄関のドアを開けると、部屋の奥から「はっや、おかえりー?」と加賀さんの声が聞こえた。
「ただいま」
「めっちゃ速い。また空飛んできたな?」
靴を脱いで振り返ると、加賀さんがおかしそうに笑って出迎えてくれた。
「またって……、空を飛んだのは今日が初めてですよ」
「はは、うける。やるじゃん」
加賀さんが俺の肩を軽くこぶしで突いて、破顔した。俺は目をこすった。加賀さんが、いやに色っぽい。香り立つほどに、美しい。表情と立ち姿がなまめかしい。勝手に、「誘われている」と感じた。
俺の脳は、どうなったのだ。
息を荒げながら、笑顔の加賀さんを抱きしめた。
「好きです」
力いっぱい、抱きしめた。
急に、わけがわからなくなった。好きという気持ちと性欲が融合して、暴発した。
加賀さんを抱え上げ、寝室に直行する。ベッドに押し倒し、服を剥く。眼下に横たわるしなやかな肢体。それを見ながら急いでベルトを外し、前をくつろげた。
勢いよくペニスが飛び出した。全力で勃起して、揺れ動いている。
「すぐ挿れたい感じ?」
加賀さんが屹立する俺のペニスに向かって訊ねた。
「はい、今すぐ挿れたいです」
根元をつかんで情けなく懇願してしまった。加賀さんが笑いを噛み殺す表情で、自分から大きく股を開いた。
「だろうなと思って、さっきまでめっちゃほぐしてた」
「え、さっきまで、ですか?」
「ほら、準備万端」
加賀さんの中指が、肉壁に埋もれていく。さっきまでほぐしていたのは本当らしい。ジェルで濡れたそこはすでに柔らかそうだ。
指が出たり入ったりするのを食い入るように見ていると、加賀さんの太ももがかすかに痙攣した。
「や、っべえ、ちょっといじりすぎた。中、めっちゃ気持ちいい」
加賀さんのペニスがぴくぴく動いて、頭をもたげている。目が、離せない。すごい。すさまじい光景だった。
「近すぎ」
頭を押され、そうはさせるかと思わずかぶりついていた。加賀さんが「あっ」と可愛い声を上げた。半勃起のペニスが、口の中で一気に硬度を増したのがわかる。
「待って、気持ちいい、あー……、あっ、ちょっと、もう、舌、うわ、技使うなって。あー、駄目、イクイク出る、出るって」
加賀さんがやかましくて可愛い。俺のおでこに掌底を当てて、押してくる。駄目と言うわりにその力は弱々しく、腰は物欲しそうに揺れていて、自分自身で出し入れしている指はリズミカルに動いている。
「あー、ホントにイク……っ、いい? 出していい?」
上目遣いで加賀さんを見て、いいですよ、という意味で、大きくまばたきをした。
ペニスが脈打ち、喉の奥に吐き出される精液。なんのためらいもなく吸い上げて、全部飲み込んだ。
「うーあー、もう、めっちゃじょうず……」
「よかったです」
身を起こし、シーツに大の字になった加賀さんの腰を持ち上げた。トロトロになったピンクのつぼみがよく見える。ペニスの先端を押し込みながら、「いいですか?」と訊いた。
「ん……、生? ていうかもう入ってない?」
腰を進めた。ぬるぬると入っていく。
「あっ……、でっか……、はっ、はあっ、ちょっと、なんかでかくない?」
「でかいです。全部入りました」
ゆっくりと腰を動かして、中をこする。達したばかりの加賀さんのペニスが、腹の上でビクンと大きく跳ねた。
「う……、あー、すげ……、それ気持ちいい。動いて、めちゃくちゃガンガン当てて」
甘い声色でねだられて、俺は奮い立つ。細い腰を両手でつかみ、激しく揺さぶった。腰を大きくグラインドさせ、加賀さんのいいところを執拗に、攻める。
波打ち、弓なりになる加賀さんの体を抱きしめて、言われたとおりにガンガンに、いいところを狙い撃ちにした。ペニスの先から、白濁液が飛ぶ。軽く、何度かイッているらしかったが、動きを止めなかった。
加賀さんの抑え気味な喘ぎ声が、次第に泣き声に変化していく。それが可愛くて、愛しくて、たまらなかった。見悶える加賀さんに、何度も「好きです」「可愛い」と繰り返した。
「イク、ヤバい、なんか来る、出る、七世、やめて、止まって」
加賀さんが俺の腕に爪を立てたが、止まらなかった。止めようと思えば止められる。でも、止められないふりで、腰を打ちつけた。
「あっ、あっ、だめ、あっ、う、うう……、ばか、七世ぇ」
加賀さんがふにゃふにゃな声を出す。ペニスから、透明の液体がどんどん吹き出てくる。突くたびに溢れてくる液体で、加賀さんの腹が、胸が、びしゃびしゃになっていく。
「加賀さん、すごい、イキ続けてます?」
声にならない声で、加賀さんが返事をする。中がうねっていて、きゅうきゅうと締めつけがすごい。イキそうになって動きを止めたが、加賀さんが下から腰を突き上げてくる。恍惚とした表情で「七世」と求められ、ぷつりと糸が切れた。
抗いようのない、快感。
頭の中が白くなり、うめいて、果てた。
加賀さんの濡れた腹に落下して、大きく息をつく。
射精をしてようやく冷静さを取り戻した俺は、びしょ濡れの加賀さんの体を抱きしめて、「すごかったです」と感想を述べた。
「うん、あー……、やっべえ、めちゃくちゃ潮吹いた」
俺の髪を両手で掻き混ぜながら、加賀さんが気だるげに言った。
「倉知君すごすぎ」
「俺ですか? 加賀さんでは?」
「いや俺は普通」
「普通かな?」
二人同時に力ない笑いが漏れた。気持ちよすぎて余韻がすごい。
「なんか、本当によかったです、ね」
「ね」
同意が可愛い。いちいち可愛い。
ふふふ、と笑みを漏らし、加賀さんの体を抱き抱きスリスリしながら幸福を噛み締めていたが、気づいてしまった。思い描いていた計画とは、だいぶ違ってしまった。まずは、食事のはずだった。
慌てて体を起こし、頭を抱えた。
「加賀さん、すいません」
「ん、どした?」
「ご飯、もしかして冷めちゃいました?」
「あー、いや、あと焼くだけの状態だから」
寝ころんだままの加賀さんが、俺の背中に指先をくっつけて、何か書いている。
「はい、なんて書いた?」
「ひらがな? やきにくですか?」
「ブー、違います」
「お好み焼き?」
「ブー」
ブーが可愛いので、永遠に不正解でもいいなと思った。
「倉知君が笑顔になるやつだよ?」
「なんだろう……、え、本当になんですか?」
「まず、白いご飯を用意します」
「白米大好きです。もう笑顔です」
「うん。次に、キャベツの千切りをのっけて、その上にハンバーグと目玉焼きを」
「あっ、ロコモコだ」
ぱあ、と自分で顔が輝くのがわかった。
「ほら、笑顔になった」
そう言って笑う加賀さんの顔はとろけそうなほど、優しい。
「加賀さん、大好き」
「誕生日おめでとう。愛してる」
シーツの上で、加賀さんが両手を大きく広げた。胸に飛び込み、頬をすり寄せる。
夜のとばりが、落ちていく。
〈おわり〉
目が覚めると、加賀さんがベッドにいなかった。
反射的に時計を見る。寝過ごしたのかと思ったが、いつも通りの起床時間だ。
「おはよ」
寝室を出ると、キッチンに加賀さんが立っていた。フローリングを忍者走りで駆けて、加賀さんの体を掻き抱いた。
「おはようございます」
「さすが、ジャスタイム。ご飯だよ」
「今日どうしたんですか? 早起きですね」
加賀さんがコンロの火を切った。フライパンにはハムエッグが完成しているし、みそ汁も出来上がっている。
「うん、洗濯も終わってる」
「え、もう?」
「午後から半日だけ有休とれたから、家のことは任せろ。夜なんかリクエストある?」
「有休? なんでですか?」
皿にハムエッグを盛りつけて、加賀さんが俺を仰ぎ見る。
「その顔、やっぱ忘れてんな」
「え? 何を?」
「誕生日おめでとう」
優しい顔で笑って、加賀さんが俺の頬を撫でた。
「あっ、今日誕生日ですか? 俺の?」
「はは、うん。ほんとに忘れてたんだ」
ハムエッグの皿を二枚俺に押しつけて、加賀さんが肩をすくめた。
「まさに忙殺ってやつだな」
「いや、はい……、自分の誕生日って忘れがちですよね。あ、でも加賀さんの誕生日は何があっても忘れないので安心してください」
「俺も絶対忘れないよ。合法に倉知君を抱ける日だもん」
「……あの、合法って?」
味噌汁をよそう加賀さんの横顔が笑っている。無性に吸いつきたくなった。両手に皿を持ったまま、加賀さんの横顔に唇を寄せる。
「こらこら、味噌汁危ないから」
「すいません」
すごすごとダイニングテーブルに皿を並べ、味噌汁のお椀もせっせと運ぶ。味噌汁の具が、じゃがいもと玉ねぎとわかめだ。俺の好きな具材の取り合わせなのは、加賀さんも知っている。
急激に、舞い上がり始めた。
そうか、今日は誕生日だったのか。だから、俺を起こさないように静かに早起きをして、洗濯を済ませ、朝食を作ってくれたのだ。
加賀さんが、俺のために。眠い目をこすりながら、作ってくれた朝食。なんという尊さだ。食べずに金庫に保管しておきたい。
目頭が熱くなり、涙ぐんで「幸せです」と声を震わせると、加賀さんが笑った。
「去年のリベンジだよ」
「去年、なんでしたっけ」
「誕生日の前の夜、気絶させられたじゃん」
そんなこともあった。持ち上げて立ったまま揺さぶるやつに、加賀さんは弱い。思い出すと、股間が疼いてきた。
「それ、朝勃ち? じゃねえな」
勃起する俺に加賀さんが気づいた。視線がじっとりと、股間にまとわりつく。
「はい、すいません、思い出し勃起です」
「はは、やべえ」
ご飯茶碗を二つテーブルに置いて、加賀さんが椅子を引く。
「とりあえず食うか」
「はい、あったかいうちに食べましょう」
席に着き、顔を見合わせて手を合わせた。
「いただきます」
声を揃え、箸と茶碗を持つ。
加賀さんをチラ見した。
俺が勃起していても意に介さない感じがなんだかカッコイイと思った。まあでも確かに、俺は年がら年中、加賀さんのちょっとした言動で勃起しているからこういう反応は当然かもしれない。
食事を優先し、勃起を放置するこの状況に多少の興奮を覚えてしまう。
「で、夜。何がいい?」
味噌汁をすすって加賀さんが俺を見る。口の中のものを飲み込んでから、真顔で答えた。
「夜は駅弁がいいです」
「ん? え、どっちの?」
「体位の駅弁です」
「俺の訊き方が悪かった。何食べたい?」
「うーん……、駄目です、頭の中が加賀さんでいっぱい」
「じゃあなんか、適当に倉知君の好きなの作るわ」
「はい、よろしくお願いします」
誕生日は素晴らしい。ウキウキする。ワクワクする。ニヤニヤする。
笑顔で完食すると、唐突に股間に感触があった。ごちそうさまの合掌をした格好で、硬直する。
「あれ? 硬いな。ずっとこんなだったの?」
加賀さんの足だ。テーブルの下で、足の裏が、ズボン越しにスリスリとこすってくる。
「はい、ずっとこうです」
「どうやったら食べながらこの硬度保てんの? 二十四歳ってこんなだっけ」
先端を足の指で弄ばれ、びくん、と身体が跳ねた。五本の指が、まるで子どもの頭をよしよしと撫でるように、俺の亀頭を左右に往復している。
今日は、時間に余裕がある。そういうことか。このあとの流れを勝手に妄想し、ごく、と喉を鳴らす。
加賀さんと目が合った。瞬間、下腹部の刺激が消失した。
「あ、あれ……?」
「さて、片付けるか。ごちそうさまでした」
加賀さんが腰を上げた。
「今日、送ってくわ」
テーブルの上の皿を片付けながら、俺を見ないで淡々と言った。
「えっ、ありがとうございます」
椅子から飛び上がり、「そっか」と独り言ちる。出勤前にイチャイチャするために早起きをしたわけではなさそうだ。
二人で後片付けをして、顔を洗って歯磨きをして、着替えを始めた。加賀さんは面白そうに俺の股間のふくらみを何度も見ていたが、直接触れてはこなかった。
触ってもいいんですよ? と言ってみたが、大笑いでかわされた。
本当に、イチャイチャする気はないらしい。
せっかく誕生日で、時間に余裕があるのになぜだ。気落ちすると同時に、股間もしぼんでしまった。
でも、わかる。加賀さんの気持ちはよくわかる。出勤前にセックスをするといろいろと支障がある。わかる。仕方がない。別に、いい。だって夜は絶対に、する。するはずだ。すると思う。するかな? するといいなあ。
不安になってきた。
「あの、加賀さん」
「んー」
「今日の夜、抱いていいですか?」
「直球きた」
「ちょっと心配で。予約しておこうと思って」
軽く笑い声を上げた加賀さんが、スーツのスラックスに脚を通して振り返り、俺の股間を見た。
「お、萎えた? 円周率?」
「いえ、なんかちょっとしょんぼりしちゃって」
「しょんぼり可愛い」
「落胆しちゃって」
「落胆可愛い」
落胆は可愛くないだろう。俺は黙って肩をすくめた。
「俺が勃起に食いつかないからしょんぼり?」
加賀さんがベルトを腰に回しながら、俺の顔を下から覗き込んできた。
「はい、まさに」
妖艶に笑う加賀さんが、俺の腰に手を回す。体を密着させて、鎖骨に鼻先をこすりつけてくる。猫みたいで可愛い。
「溜めといて」
「え?」
「夜にめちゃくちゃ濃厚なのちょうだい。今は我慢な」
「あの、また勃ちそうです」
「あ、そうだ」
触れ合った下半身を揺すってやろうと企んだ途端、加賀さんがさっさと離れていく。未練がましく右手の指を二本つかんだが、するりと逃げられた。誕生日なのに、全然くっついていられない。もっと、ギュッとしてスリスリしてチュッチュしたい。
「これ着けてってよ。プレゼント」
クローゼットの引き出しからラッピングされた箱を取り出して、加賀さんが振り返る。
「誕生日おめでとう」
「ありがとうございます。何か身に着けるものですか?」
ハッとなって、加賀さんの顔とプレゼントを見比べた。
「まさか、サングラス……」
「ふはは。開けていいよ」
「失礼します」
包装紙を丁寧に広げ、中の箱を恐る恐る開いた。
「よかった、ネクタイだ」
ホーッと安堵のため息が出た。淡いピンクのストライプ、水色のドット柄、赤系の幾何学模様の三本が、丁寧に丸められている。
「うん、もう、毎年ネクタイにしようと思って。今年は三本セット」
「こんなにたくさん……、ローテーションできるのがすごく嬉しいです。ありがとうございます」
去年もネクタイを貰った。毎日着けていきたくても、意外と生徒が見ているのだ。三日連続そのネクタイですけどお気に入りなんですか? と訊かれたこともある。もちろん、質問主は持田町子だ。
「つーか、スーツじゃなくてもいいんだろ? もっと涼しいカッコすればいいのに」
確かに、スーツである必要はない。他の教師はもう少しラフな服装で出勤している。
でも加賀さんがスーツだから俺もスーツがいい。
「エアコン効いてるから大丈夫です。今日はこの水色のにします」
「じゃあ俺もブルー系にしよ」
スタンドミラーの前に並んで、一緒にネクタイを結んだ。ほぼ同時に結び終わると、鏡の中の加賀さんの顔が、ふわっと微笑んだ。
「なんかお揃いぽくない?」
「はい、お揃いコーデですね」
加賀さんが、俺を見上げた。鏡から目を離し、実物の加賀さんと視線を合わせた。完全にキスのタイミングだ。ちょっとだけ屈んで距離を縮めてみた。なのに加賀さんは、俺のネクタイを撫でて満足げに笑うだけだった。
「似合う。爽やか。可愛い」
「ありがとうございます。一生大事にします」
「はは、一生」
笑った顔が大好きだ。たまらなくなった。体が勝手に動いて、加賀さんを抱きしめていた。
「加賀さん、好き」
囁くと、加賀さんの体がブルっと震えた。
「あー、駄目だ。ちょっと、キスしていい?」
「いいに決まってるんじゃないですか、なんで」
そんなことを訊くんですか、という言葉は、キスでふさがれた。唇が、すぐに離れていく。
「もっかい、いい?」
「何回でもどうぞ」
加賀さんが俺の顔を両手でつかんできた。何度も、唇を押しつけてくる。チュッチュッと音を立てて、合間に「好き」と囁いてくる。なんだろう。ものすごく、可愛い。
「やべえ、止まんねえ。ほら見ろ」
「ほら見ろ?」
「絶対こうなると思ったんだよ。ほらな? めっちゃ我慢してたのに、好きすぎておかしくなるんだって」
よくわからないが、加賀さんが俺をすごく好きなのだということはわかる。無性にキュンとした。
「あの、なんで我慢するんですか?」
加賀さんの腰を両手でがっしりとホールドして、ニヤニヤしながら訊いた。
「時間はあるじゃないですか。それに今日は俺の誕生日です」
「だってお前、勃起すんじゃん」
「勃起はしますよ、そりゃあ」
「勃ったら挿れたくなるだろ」
「いえ、どうしても挿れないといけないってことは」
「違う。俺が、挿れたくなるんだよ」
「は、はあ」
「朝一で会議あるから体力温存しときたい」
テーブルの下で悪さをしたり、濃厚なのちょうだいといやらしくおねだりしてきたり、煽ってきたのは加賀さんなのに。おのれ、と口中でつぶやき、腰に手を回して引き寄せた。
何か言おうと開きかけた唇に、軽く吸いついた。すぐに離すと至近距離でじっと目を見る。それから舌先でゆっくりと唇をなぞると、加賀さんが俺の胸を押した。
「待て、舌入れんのなし。あ、やべえ、なんだこの硬いの」
「それはスマホです」
「いやいや、俺がお前のチンコとスマホを間違えるかよ。俺を誰だと思ってる? この硬さはお前の……、これスマホだわ」
「ふふ」
「はは」
抱き合って、しばらく笑い続けた。数分後、二人同時に「はあ」と息をつく。
「仕事、行きますか」
「おう」
どんなに楽しくても、どんなに一緒にいたくても、俺たちは社会人なので仕事に行かなければならない。
フェアレディZで学校に向かう間、なんでもない会話を交わした。赤信号のたびに顔を見合わせてニコ、ニコ、と謎のアイコンタクトを送り合う。
渋滞にはまって意図せず遅刻するのもいいかもしれない、と病んだ願望を抱いてみたが、とてもスムーズに到着した。
学校の正門付近でZが減速し停車する。
「送ってくれてありがとうございます」
シートベルトを外しながら言った。
「どういたしまして」
サングラスを頭の上に押し上げて、加賀さんが右手を差し出した。その手を握る。上下に軽く振りながら、加賀さんが言った。
「いってらっしゃい」
「いってきます。あの、今日、半休とってくれてありがとうございます。すごく嬉しいです」
「おう、隅々までピカピカにしとくわ」
「あ、掃除」
「いや、俺の体」
「恐れ入ります」
「晩ご飯も楽しみにしといて。もう何作るか決めた」
「え、なんですか?」
「絶対、お前が笑顔になるやつ」
「おにぎりかな」
「なんでだよ、可愛いな」
喋りながら、車内でずっと握手を交わし続けている。今は夏休みで、かつ早朝だ。生徒の姿はない。だからなかなかふれあいを終了させることができなかった。
加賀さんが唐突に「せーの」と言って、それをきっかけにようやく手を離すことができたが、異様に寂しい。泣きそうだったので急いで車を降りた。
「加賀さん、気をつけて」
「うん、いってらっしゃい、いってきます」
「いってきます、いってらっしゃい」
助手席のドアを閉める。窓越しに手を振り合う。加賀さんが頭のサングラスを元に戻し、敬礼をして見せてから、Zが走り出した。送ってもらったときは、必ず車体が見えなくなるまで見送ると決めている。
歩道に立って眺めていると、大きく手を振る女の子が視界に割り込んできた。彼女はZとすれ違い、手を振りながらこっちに走ってくる。
「倉知先生ーっ」
持田町子が制服姿で息を切らして駆けてくる。
「おはようございます、爽やかな朝ですね。今日は空気も澄んでるし目が覚めるような青空だし太陽もきらめいてるのできっと全世界が、全地球が、全宇宙が、祝福してるんだと思います。そう、倉知先生の誕生日を……、先生、おめでとうございます!」
一気にまくしたてると、彼女は胸を押さえてハアハア言い出した。
「あ、ありがとう」
「はし、ってきたから、ハア、しんど……っ」
「今日は部活? 早いね。朝練かな?」
ソワソワしながら訊いた。車から降りるところを見られなかっただろうか。持田は加賀さんと面識がある。でも、彼女の中で俺と加賀さんは結びついていないはずだ。もし一緒にいるところを見られたら。結びついてしまう。
「部活はついでです。誰よりも早く倉知先生におめでとうって言いたくて。あっ、もちろん、奥さんが一等賞ですよね」
「うん、持田さん、朝早くに走ってきてくれてありがとう」
誕生日を教えたとき、なんとなくこうなる気はしていた。でも現実に、夏休み中にも関わらずわざわざお祝いを言いに駆けつけてこられると、感動で胸が温かくなった。
「あーっ、それ、見たことないネクタイ!」
「うん、新品のネクタイ。すごい、よくわかったね」
「キターッ、奥さんからのプレゼントですね? うおおおお、ありがてえええ」
テンションの高い持田と一緒に正門をくぐり、校舎に向かう。どうやら加賀さんを見られていなかったらしいとわかり、安堵する。
いや、もしかしたらこの子なら大丈夫かもしれない。この子なら、たとえ真実を知ったとしても言いふらさないだろう。
とは思うものの、自ら打ち明ける必要はない。
玄関で持田町子と別れ、職員室に向かう。落ち着いて、黙々と仕事をこなし、決して浮かれない。帰宅後も、焦らず堂々としていよう。なんせ俺は二十四歳。だいぶ大人だ。大人は自分の誕生日で浮かれたりしない。去年より大人になったところを加賀さんに見せてあげたい。
まずは手料理を堪能して、お酒を飲みながら談笑し、二人の時間を大切に過ごす。そのあとにまったりとお風呂に浸かって、ゆるやかに、行儀よく、加賀さんを抱く。
加賀さんを、抱く。
深呼吸をして、平静を装った。一旦、誕生日のことは忘れよう。
でも、ふとした瞬間によぎってしまう。
夕飯のメニューはなんだろうか。何を作ってくれるんだろう、とか。
トイレの鏡でネクタイが目に入り、にっこりしてしまったり。
俺は誕生日が嬉しくてたまらない。
一分でも早く、加賀さんに会いたくなった。
だから仕事を頑張った。集中し、ゾーンに入ると時間の経過はあっという間だった。
無事定時に仕事を切り上げ、まだ外が明るいうちに学校を出た。快挙だ。「今から帰ります」とLINEを送り、ダッシュで駅に向かう。電車に乗って、降りて、マンションへ向かうのも全速力。エレベーターは使わずに、階段を駆け上がった。
玄関のドアを開けると、部屋の奥から「はっや、おかえりー?」と加賀さんの声が聞こえた。
「ただいま」
「めっちゃ速い。また空飛んできたな?」
靴を脱いで振り返ると、加賀さんがおかしそうに笑って出迎えてくれた。
「またって……、空を飛んだのは今日が初めてですよ」
「はは、うける。やるじゃん」
加賀さんが俺の肩を軽くこぶしで突いて、破顔した。俺は目をこすった。加賀さんが、いやに色っぽい。香り立つほどに、美しい。表情と立ち姿がなまめかしい。勝手に、「誘われている」と感じた。
俺の脳は、どうなったのだ。
息を荒げながら、笑顔の加賀さんを抱きしめた。
「好きです」
力いっぱい、抱きしめた。
急に、わけがわからなくなった。好きという気持ちと性欲が融合して、暴発した。
加賀さんを抱え上げ、寝室に直行する。ベッドに押し倒し、服を剥く。眼下に横たわるしなやかな肢体。それを見ながら急いでベルトを外し、前をくつろげた。
勢いよくペニスが飛び出した。全力で勃起して、揺れ動いている。
「すぐ挿れたい感じ?」
加賀さんが屹立する俺のペニスに向かって訊ねた。
「はい、今すぐ挿れたいです」
根元をつかんで情けなく懇願してしまった。加賀さんが笑いを噛み殺す表情で、自分から大きく股を開いた。
「だろうなと思って、さっきまでめっちゃほぐしてた」
「え、さっきまで、ですか?」
「ほら、準備万端」
加賀さんの中指が、肉壁に埋もれていく。さっきまでほぐしていたのは本当らしい。ジェルで濡れたそこはすでに柔らかそうだ。
指が出たり入ったりするのを食い入るように見ていると、加賀さんの太ももがかすかに痙攣した。
「や、っべえ、ちょっといじりすぎた。中、めっちゃ気持ちいい」
加賀さんのペニスがぴくぴく動いて、頭をもたげている。目が、離せない。すごい。すさまじい光景だった。
「近すぎ」
頭を押され、そうはさせるかと思わずかぶりついていた。加賀さんが「あっ」と可愛い声を上げた。半勃起のペニスが、口の中で一気に硬度を増したのがわかる。
「待って、気持ちいい、あー……、あっ、ちょっと、もう、舌、うわ、技使うなって。あー、駄目、イクイク出る、出るって」
加賀さんがやかましくて可愛い。俺のおでこに掌底を当てて、押してくる。駄目と言うわりにその力は弱々しく、腰は物欲しそうに揺れていて、自分自身で出し入れしている指はリズミカルに動いている。
「あー、ホントにイク……っ、いい? 出していい?」
上目遣いで加賀さんを見て、いいですよ、という意味で、大きくまばたきをした。
ペニスが脈打ち、喉の奥に吐き出される精液。なんのためらいもなく吸い上げて、全部飲み込んだ。
「うーあー、もう、めっちゃじょうず……」
「よかったです」
身を起こし、シーツに大の字になった加賀さんの腰を持ち上げた。トロトロになったピンクのつぼみがよく見える。ペニスの先端を押し込みながら、「いいですか?」と訊いた。
「ん……、生? ていうかもう入ってない?」
腰を進めた。ぬるぬると入っていく。
「あっ……、でっか……、はっ、はあっ、ちょっと、なんかでかくない?」
「でかいです。全部入りました」
ゆっくりと腰を動かして、中をこする。達したばかりの加賀さんのペニスが、腹の上でビクンと大きく跳ねた。
「う……、あー、すげ……、それ気持ちいい。動いて、めちゃくちゃガンガン当てて」
甘い声色でねだられて、俺は奮い立つ。細い腰を両手でつかみ、激しく揺さぶった。腰を大きくグラインドさせ、加賀さんのいいところを執拗に、攻める。
波打ち、弓なりになる加賀さんの体を抱きしめて、言われたとおりにガンガンに、いいところを狙い撃ちにした。ペニスの先から、白濁液が飛ぶ。軽く、何度かイッているらしかったが、動きを止めなかった。
加賀さんの抑え気味な喘ぎ声が、次第に泣き声に変化していく。それが可愛くて、愛しくて、たまらなかった。見悶える加賀さんに、何度も「好きです」「可愛い」と繰り返した。
「イク、ヤバい、なんか来る、出る、七世、やめて、止まって」
加賀さんが俺の腕に爪を立てたが、止まらなかった。止めようと思えば止められる。でも、止められないふりで、腰を打ちつけた。
「あっ、あっ、だめ、あっ、う、うう……、ばか、七世ぇ」
加賀さんがふにゃふにゃな声を出す。ペニスから、透明の液体がどんどん吹き出てくる。突くたびに溢れてくる液体で、加賀さんの腹が、胸が、びしゃびしゃになっていく。
「加賀さん、すごい、イキ続けてます?」
声にならない声で、加賀さんが返事をする。中がうねっていて、きゅうきゅうと締めつけがすごい。イキそうになって動きを止めたが、加賀さんが下から腰を突き上げてくる。恍惚とした表情で「七世」と求められ、ぷつりと糸が切れた。
抗いようのない、快感。
頭の中が白くなり、うめいて、果てた。
加賀さんの濡れた腹に落下して、大きく息をつく。
射精をしてようやく冷静さを取り戻した俺は、びしょ濡れの加賀さんの体を抱きしめて、「すごかったです」と感想を述べた。
「うん、あー……、やっべえ、めちゃくちゃ潮吹いた」
俺の髪を両手で掻き混ぜながら、加賀さんが気だるげに言った。
「倉知君すごすぎ」
「俺ですか? 加賀さんでは?」
「いや俺は普通」
「普通かな?」
二人同時に力ない笑いが漏れた。気持ちよすぎて余韻がすごい。
「なんか、本当によかったです、ね」
「ね」
同意が可愛い。いちいち可愛い。
ふふふ、と笑みを漏らし、加賀さんの体を抱き抱きスリスリしながら幸福を噛み締めていたが、気づいてしまった。思い描いていた計画とは、だいぶ違ってしまった。まずは、食事のはずだった。
慌てて体を起こし、頭を抱えた。
「加賀さん、すいません」
「ん、どした?」
「ご飯、もしかして冷めちゃいました?」
「あー、いや、あと焼くだけの状態だから」
寝ころんだままの加賀さんが、俺の背中に指先をくっつけて、何か書いている。
「はい、なんて書いた?」
「ひらがな? やきにくですか?」
「ブー、違います」
「お好み焼き?」
「ブー」
ブーが可愛いので、永遠に不正解でもいいなと思った。
「倉知君が笑顔になるやつだよ?」
「なんだろう……、え、本当になんですか?」
「まず、白いご飯を用意します」
「白米大好きです。もう笑顔です」
「うん。次に、キャベツの千切りをのっけて、その上にハンバーグと目玉焼きを」
「あっ、ロコモコだ」
ぱあ、と自分で顔が輝くのがわかった。
「ほら、笑顔になった」
そう言って笑う加賀さんの顔はとろけそうなほど、優しい。
「加賀さん、大好き」
「誕生日おめでとう。愛してる」
シーツの上で、加賀さんが両手を大きく広げた。胸に飛び込み、頬をすり寄せる。
夜のとばりが、落ちていく。
〈おわり〉
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