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動いてる倉知君
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〈加賀編〉
倉知先生は、今日も帰りが遅い。
先に帰宅した俺が、必然的に夕飯担当になる。
牛肉とキャベツをにんにく醤油で炒めたやつと、サラスパにほうれん草の白和え。
普通に美味そうではある。が、我ながらパンチが足りない。食卓を見下ろして、首をかしげた。
俺が料理をするときに、一番大切にするのは時間だ。いかに素早く完成させるか。そんなポリシーだから味に深みもない。
倉知は何を食べても美味しいと言うが、もう少し手の込んだ料理を勉強しなければ。
ソファに寝転んでスマホを見る。「おすすめ、レシピ」で検索して眺めてみたものの、ピンとこない。ブラウザを閉じて、流れるように画像のフォルダを開く。
可愛い、はい可愛い、これも可愛い、と絶賛しながら、写真を見ていて思った。
動いたやつが欲しい。
うすうす気づいてはいた。俺の宝物庫は、圧倒的に動きが少ない。もっと動画を蓄えなければ、今年を乗り切れないかもしれない。
というのも、二年生は十月の頭に三泊四日の修学旅行があるからだ。三泊四日。つまり、一人で寝なければならない夜が、三日もある。
夜寝るときも、朝起きるときも、一人。想像だけで切なくなった。でもきっと、動画があれば多少はまぎれるだろう。馬鹿らしいと思われるかもしれないが、俺は本気だ。
ということで、今日から動画を撮りためようと思った。なるべくいつも通り、自然な表情が欲しい。撮っていることを悟られないようにしなければ。
どうやって?
悩んでいると、玄関のドアが開く音がした。急いでスマホのカメラを立ち上げて、動画に切り替え、録画ボタンを押す。
「おかえり」
靴を脱ぐ倉知の背中に声をかけた。
「ただいま」
振り返った倉知が、向けられたスマホには気づかずに、俺を抱きしめた。
「加賀さん好き」
俺の首筋に鼻をくっつけてスーハーしている。
「まだ風呂入ってないよ」
「そのほうがありがたいです」
しばらく匂いを嗅ぐ音だけが響いていた。この間、スマホは床を撮影し続けている。音が拾えていることを願う。あとで動画を見るのが楽しみだ。
「ただいま」
倉知がもう一度言った。疲れていそうだ。背中を撫でて、労った。
「うん、お疲れ」
「加賀さん、ご飯食べました?」
「まだ」
「先に食べていいんですよ?」
「うん、知ってる」
俺の帰りが遅いとき、いつも倉知は待っていた。先に食べてと言っても、待っていた。まれに待ちきれなくて食べてしまうときもあるのが可愛くて仕方がなくて、謝ることなんて何もないのに謝る姿も可愛いし、とにかく、なんでも可愛い。
「加賀さん」
「うん」
「加賀さん、好き」
俺を呼ぶ声の、質感でもうわかる。
セックスがしたいのだ。
「ご飯の前に」
「うん、いいよ」
倉知のあごに唇を押しつけて、軽く吸う。目を上げると、はにかむ倉知と目が合った。なんだよこの可愛らしい表情は。むず痒くなる。
「その前に、うがいと手洗いをしますね。待っててください」
「はは、うん」
洗面台に向かう後姿を、ひそかに撮る。手を洗っているだけなのに、愛しい。後姿が愛しい。可愛い。何かに似ている。アライグマだ。いや、アライグマより絶対に可愛い。
「アライグマより絶対に可愛い」
口に出して言わずにはいられなかった。倉知が照れ笑いを浮かべながら鏡越しに俺を見た。
「なんでアライグマ?」
「おててをアライグマ」
ふっと吹き出して、「可愛いです、おてて」と目を細める横顔に、無意識にスマホを近づけてしまった。
「近い。なんですか? 写真?」
「しまった、バレた。動画撮ってる」
「なんで動画?」
「動画、全然なくてさ。一人で寂しいときに、動いてる倉知君見たら元気になるかなって」
「なるほど」
柔軟に理解してくれるから、助かる。水を止めて、視線をカメラに向けてから、ふい、と逸らして倉知が頭を掻いた。
「別に俺、何も面白いことできませんよ?」
「面白いとかじゃないんだよ。普通にしてて」
何か言いたそうだったが、濡れた手をタオルで拭くと、そわそわと視線を動かした。
「どういう顔をすればいいのかわかりません」
困った顔で倉知が言った。
「いいね、可愛い」
俺の「可愛い」は聞き飽きたのだろう。もはや「何がですか」と問うこともなく、スマホを持つ俺の手首をそっとどかして、顔を近づけてくる。唇に軽いキス。
「ただいま」
離れていく倉知の顔にスマホを向けながら、大げさな口調で実況する。
「ただいまのキス、いただきました。ありがとうございます」
「あの……、それいつまで撮ります?」
ネクタイを緩めながら、俺とスマホを見比べている。
「止める前になんか一言ちょうだい」
「え? えっと……」
緩めたばかりのネクタイを律儀に締め直してから、まっすぐスマホを見て、真面目な顔で口を開いた。
「加賀さん、愛してます」
無性にキュンときた。胸を押さえ、「俺も」と返すと、倉知が再びネクタイを緩めて言った。
「そろそろ抱いてもいいですか?」
顔つきと口調が、絶妙に男臭い。腰が砕けそうだ。
録画を止めて、飛びついた。
〈おわり〉
倉知先生は、今日も帰りが遅い。
先に帰宅した俺が、必然的に夕飯担当になる。
牛肉とキャベツをにんにく醤油で炒めたやつと、サラスパにほうれん草の白和え。
普通に美味そうではある。が、我ながらパンチが足りない。食卓を見下ろして、首をかしげた。
俺が料理をするときに、一番大切にするのは時間だ。いかに素早く完成させるか。そんなポリシーだから味に深みもない。
倉知は何を食べても美味しいと言うが、もう少し手の込んだ料理を勉強しなければ。
ソファに寝転んでスマホを見る。「おすすめ、レシピ」で検索して眺めてみたものの、ピンとこない。ブラウザを閉じて、流れるように画像のフォルダを開く。
可愛い、はい可愛い、これも可愛い、と絶賛しながら、写真を見ていて思った。
動いたやつが欲しい。
うすうす気づいてはいた。俺の宝物庫は、圧倒的に動きが少ない。もっと動画を蓄えなければ、今年を乗り切れないかもしれない。
というのも、二年生は十月の頭に三泊四日の修学旅行があるからだ。三泊四日。つまり、一人で寝なければならない夜が、三日もある。
夜寝るときも、朝起きるときも、一人。想像だけで切なくなった。でもきっと、動画があれば多少はまぎれるだろう。馬鹿らしいと思われるかもしれないが、俺は本気だ。
ということで、今日から動画を撮りためようと思った。なるべくいつも通り、自然な表情が欲しい。撮っていることを悟られないようにしなければ。
どうやって?
悩んでいると、玄関のドアが開く音がした。急いでスマホのカメラを立ち上げて、動画に切り替え、録画ボタンを押す。
「おかえり」
靴を脱ぐ倉知の背中に声をかけた。
「ただいま」
振り返った倉知が、向けられたスマホには気づかずに、俺を抱きしめた。
「加賀さん好き」
俺の首筋に鼻をくっつけてスーハーしている。
「まだ風呂入ってないよ」
「そのほうがありがたいです」
しばらく匂いを嗅ぐ音だけが響いていた。この間、スマホは床を撮影し続けている。音が拾えていることを願う。あとで動画を見るのが楽しみだ。
「ただいま」
倉知がもう一度言った。疲れていそうだ。背中を撫でて、労った。
「うん、お疲れ」
「加賀さん、ご飯食べました?」
「まだ」
「先に食べていいんですよ?」
「うん、知ってる」
俺の帰りが遅いとき、いつも倉知は待っていた。先に食べてと言っても、待っていた。まれに待ちきれなくて食べてしまうときもあるのが可愛くて仕方がなくて、謝ることなんて何もないのに謝る姿も可愛いし、とにかく、なんでも可愛い。
「加賀さん」
「うん」
「加賀さん、好き」
俺を呼ぶ声の、質感でもうわかる。
セックスがしたいのだ。
「ご飯の前に」
「うん、いいよ」
倉知のあごに唇を押しつけて、軽く吸う。目を上げると、はにかむ倉知と目が合った。なんだよこの可愛らしい表情は。むず痒くなる。
「その前に、うがいと手洗いをしますね。待っててください」
「はは、うん」
洗面台に向かう後姿を、ひそかに撮る。手を洗っているだけなのに、愛しい。後姿が愛しい。可愛い。何かに似ている。アライグマだ。いや、アライグマより絶対に可愛い。
「アライグマより絶対に可愛い」
口に出して言わずにはいられなかった。倉知が照れ笑いを浮かべながら鏡越しに俺を見た。
「なんでアライグマ?」
「おててをアライグマ」
ふっと吹き出して、「可愛いです、おてて」と目を細める横顔に、無意識にスマホを近づけてしまった。
「近い。なんですか? 写真?」
「しまった、バレた。動画撮ってる」
「なんで動画?」
「動画、全然なくてさ。一人で寂しいときに、動いてる倉知君見たら元気になるかなって」
「なるほど」
柔軟に理解してくれるから、助かる。水を止めて、視線をカメラに向けてから、ふい、と逸らして倉知が頭を掻いた。
「別に俺、何も面白いことできませんよ?」
「面白いとかじゃないんだよ。普通にしてて」
何か言いたそうだったが、濡れた手をタオルで拭くと、そわそわと視線を動かした。
「どういう顔をすればいいのかわかりません」
困った顔で倉知が言った。
「いいね、可愛い」
俺の「可愛い」は聞き飽きたのだろう。もはや「何がですか」と問うこともなく、スマホを持つ俺の手首をそっとどかして、顔を近づけてくる。唇に軽いキス。
「ただいま」
離れていく倉知の顔にスマホを向けながら、大げさな口調で実況する。
「ただいまのキス、いただきました。ありがとうございます」
「あの……、それいつまで撮ります?」
ネクタイを緩めながら、俺とスマホを見比べている。
「止める前になんか一言ちょうだい」
「え? えっと……」
緩めたばかりのネクタイを律儀に締め直してから、まっすぐスマホを見て、真面目な顔で口を開いた。
「加賀さん、愛してます」
無性にキュンときた。胸を押さえ、「俺も」と返すと、倉知が再びネクタイを緩めて言った。
「そろそろ抱いてもいいですか?」
顔つきと口調が、絶妙に男臭い。腰が砕けそうだ。
録画を止めて、飛びついた。
〈おわり〉
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