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町子のこと好きな子の視点
知らない奴ばかりの新しい教室。
二年に進級すると、元々多くはなかった友人と離れ、一人になった。
退屈だった。
頬杖をついてぼんやりと虚空を眺めていると、前の席に座った女子が、勢いよく振り向いた。
「後ろの人、こんにちは」
「はあ、こ、こんにちは……」
「初めまして。何君ですか?」
大きな目で見つめられ、声が震えそうだった。なんて可愛い顔だ。
「や、八坂です」
「八坂神社の八坂?」
「え、は、はい、そうです」
「すごーい、カッコイイね」
名字をカッコイイなんて褒められたことは、今まで一度もなかった。
変わった子だ。上手く言えないが、変人オーラがにじみ出ている。
たとえ変人でも、この可愛い顔さえあれば人生イージーモードだろう、と恨みがましい気持ちが芽生えた瞬間、彼女が右手を差し出した。
「よろしくね、神社君」
「神社君?」
「違った、八坂君だった」
どんな間違え方だよ、というツッコミを飲み込んで、手を握る。
「私、持田町子っていいます。よろしくね」
握った手があまりにも小さくて、華奢で、好きかもしれないと思った。
好きかも。いや、なんだかすごく、この子が好きだ。
彼女が動くたびに、黒髪のツインテールがふわふわと揺れる。女子に囲まれて、とても楽しそうに笑っている。よく笑う子だ。というか、常に笑っている。
すごい。
キラキラしている。
エネルギーに満ち溢れ、全力で生きているみたいな、まるで野生動物みたいな、生命力を感じる。
というと、ゴリラかな、と勘違いされそうだが、はっきり言って、顔がハチャメチャに可愛い。こんな可愛い子は見たことがなかった。テレビで踊っていても不思議じゃない。いやきっと、テレビで踊っている子だ。
心臓が、ドキドキ鳴っている。
嘘みたいに可愛い。
アイドルを通り越して、天使だ。
今日から一年間、この天使と同じクラスなんて。しかも後ろの席なんて。
幸せ、かもしれない。
「町子、おはよー」
「さっちゃん、おはよ。また同じクラスだね、イエーイ」
キャッキャと手を握り合わせている。一人二人と女子が増えていく。みんな、町子町子と親しげに話しかけている。
そりゃそうだ、と思った。どう見ても陰キャの俺にさえ、話しかけてくれた。
誰にでも優しく、みんなの人気者なのだろう。
「担任、誰かなあ」
「倉知先生だったら、町子どうする?」
「倉知先生が担任だったらおそらく私は一生分の運を使い果たしたことになるので、明日、隕石に当たって死にます」
「死ぬな町子」
死ぬな、生きろ、と女子たちにもみくちゃにされている。
持田さんはどうやら倉知先生が好きらしいということがわかった。
倉知先生は、数学を担当している新卒の若い教師だ。背が高くてカッコよくて、劣等感の塊の俺なんかは、見た瞬間に引け目を感じた。
でも、いい先生だ。優しくて、穏やかで、授業は丁寧でわかりやすい。昼休みに男子とバスケやサッカーをしているところをよく見る。歳が近いせいか、そうしている姿は生徒と見分けがつかないほどだ。
親しみやすさがあって、男子にも女子にも人気だが、先生は既婚者だ。
不毛な恋。
いや、俺が持田さんを好きだとして。どちらかというとこっちのほうが、不毛な恋だ。
「担任ガチャ、当たれ!」
チャイムが鳴ると、女子たちがドアの前に並んで立ち、祈り始めた。大半の生徒が着席しているのに、彼女たちは無邪気に祈り続けている。
教室のドアが、わずかに開いた。
全員が、固唾をのむ。ドアの隙間からひょこりと顔を出したのは、歴史の西村先生だった。西村先生は楽しいし面白い。彼女たちのいう「担任ガチャ」は、大当たりだ。わっ、と拍手が起きたが、ドアの付近で祈っていた女子たちは、崩れ落ちている。
「はい、みんな、席に着いて」
西村先生が手を叩くと、女子たちがゾンビのような動きで各自席に着く。持田さんも唇をとがらせて戻ってきた。
「二年二組のみなさん、副担任の西村です。担任はこちら……、ほら入って」
ざわめきの中、なぜか申し訳なさそうにぺこぺこしながら倉知先生が入ってきた。その瞬間、椅子に腰を下ろしたばかりの持田さんが、弾かれたように立ち上がった。彼女の全身が、小刻みに震えている。彼女が握り締めている机が、ガタガタ鳴った。
友人たちが、「町子!」「やったね!」「町子、死ぬな!」と笑顔で彼女を振り返っている。
教室の最後尾に移動した西村先生に代わって、倉知先生が教壇に立つ。
「おはようございます。二年二組の担任になった、倉知です。一年間、よろしくお願いします」
教室を見渡して、先生が頭を下げた。歓声と拍手が鳴り響く。持田さんが、「あああああああよろしくお願いしまああああす! あああああああ!」と叫んでいる。誰よりも大きく、誰よりも激しく、拍手を繰り出している。
半狂乱で喜ぶ彼女を見て、俺は思った。
可愛いな。
やっぱり好きだな。
と。
揺れ乱れるツインテールを見上げて、高鳴る胸を、押さえた。
〈おわり〉
知らない奴ばかりの新しい教室。
二年に進級すると、元々多くはなかった友人と離れ、一人になった。
退屈だった。
頬杖をついてぼんやりと虚空を眺めていると、前の席に座った女子が、勢いよく振り向いた。
「後ろの人、こんにちは」
「はあ、こ、こんにちは……」
「初めまして。何君ですか?」
大きな目で見つめられ、声が震えそうだった。なんて可愛い顔だ。
「や、八坂です」
「八坂神社の八坂?」
「え、は、はい、そうです」
「すごーい、カッコイイね」
名字をカッコイイなんて褒められたことは、今まで一度もなかった。
変わった子だ。上手く言えないが、変人オーラがにじみ出ている。
たとえ変人でも、この可愛い顔さえあれば人生イージーモードだろう、と恨みがましい気持ちが芽生えた瞬間、彼女が右手を差し出した。
「よろしくね、神社君」
「神社君?」
「違った、八坂君だった」
どんな間違え方だよ、というツッコミを飲み込んで、手を握る。
「私、持田町子っていいます。よろしくね」
握った手があまりにも小さくて、華奢で、好きかもしれないと思った。
好きかも。いや、なんだかすごく、この子が好きだ。
彼女が動くたびに、黒髪のツインテールがふわふわと揺れる。女子に囲まれて、とても楽しそうに笑っている。よく笑う子だ。というか、常に笑っている。
すごい。
キラキラしている。
エネルギーに満ち溢れ、全力で生きているみたいな、まるで野生動物みたいな、生命力を感じる。
というと、ゴリラかな、と勘違いされそうだが、はっきり言って、顔がハチャメチャに可愛い。こんな可愛い子は見たことがなかった。テレビで踊っていても不思議じゃない。いやきっと、テレビで踊っている子だ。
心臓が、ドキドキ鳴っている。
嘘みたいに可愛い。
アイドルを通り越して、天使だ。
今日から一年間、この天使と同じクラスなんて。しかも後ろの席なんて。
幸せ、かもしれない。
「町子、おはよー」
「さっちゃん、おはよ。また同じクラスだね、イエーイ」
キャッキャと手を握り合わせている。一人二人と女子が増えていく。みんな、町子町子と親しげに話しかけている。
そりゃそうだ、と思った。どう見ても陰キャの俺にさえ、話しかけてくれた。
誰にでも優しく、みんなの人気者なのだろう。
「担任、誰かなあ」
「倉知先生だったら、町子どうする?」
「倉知先生が担任だったらおそらく私は一生分の運を使い果たしたことになるので、明日、隕石に当たって死にます」
「死ぬな町子」
死ぬな、生きろ、と女子たちにもみくちゃにされている。
持田さんはどうやら倉知先生が好きらしいということがわかった。
倉知先生は、数学を担当している新卒の若い教師だ。背が高くてカッコよくて、劣等感の塊の俺なんかは、見た瞬間に引け目を感じた。
でも、いい先生だ。優しくて、穏やかで、授業は丁寧でわかりやすい。昼休みに男子とバスケやサッカーをしているところをよく見る。歳が近いせいか、そうしている姿は生徒と見分けがつかないほどだ。
親しみやすさがあって、男子にも女子にも人気だが、先生は既婚者だ。
不毛な恋。
いや、俺が持田さんを好きだとして。どちらかというとこっちのほうが、不毛な恋だ。
「担任ガチャ、当たれ!」
チャイムが鳴ると、女子たちがドアの前に並んで立ち、祈り始めた。大半の生徒が着席しているのに、彼女たちは無邪気に祈り続けている。
教室のドアが、わずかに開いた。
全員が、固唾をのむ。ドアの隙間からひょこりと顔を出したのは、歴史の西村先生だった。西村先生は楽しいし面白い。彼女たちのいう「担任ガチャ」は、大当たりだ。わっ、と拍手が起きたが、ドアの付近で祈っていた女子たちは、崩れ落ちている。
「はい、みんな、席に着いて」
西村先生が手を叩くと、女子たちがゾンビのような動きで各自席に着く。持田さんも唇をとがらせて戻ってきた。
「二年二組のみなさん、副担任の西村です。担任はこちら……、ほら入って」
ざわめきの中、なぜか申し訳なさそうにぺこぺこしながら倉知先生が入ってきた。その瞬間、椅子に腰を下ろしたばかりの持田さんが、弾かれたように立ち上がった。彼女の全身が、小刻みに震えている。彼女が握り締めている机が、ガタガタ鳴った。
友人たちが、「町子!」「やったね!」「町子、死ぬな!」と笑顔で彼女を振り返っている。
教室の最後尾に移動した西村先生に代わって、倉知先生が教壇に立つ。
「おはようございます。二年二組の担任になった、倉知です。一年間、よろしくお願いします」
教室を見渡して、先生が頭を下げた。歓声と拍手が鳴り響く。持田さんが、「あああああああよろしくお願いしまああああす! あああああああ!」と叫んでいる。誰よりも大きく、誰よりも激しく、拍手を繰り出している。
半狂乱で喜ぶ彼女を見て、俺は思った。
可愛いな。
やっぱり好きだな。
と。
揺れ乱れるツインテールを見上げて、高鳴る胸を、押さえた。
〈おわり〉
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