電車の男ー社会人編ー番外編

月世

文字の大きさ
上 下
16 / 52

芽吹く

しおりを挟む
町子のこと好きな子の視点

 知らない奴ばかりの新しい教室。
 二年に進級すると、元々多くはなかった友人と離れ、一人になった。
 退屈だった。
 頬杖をついてぼんやりと虚空を眺めていると、前の席に座った女子が、勢いよく振り向いた。
「後ろの人、こんにちは」
「はあ、こ、こんにちは……」
「初めまして。何君ですか?」
 大きな目で見つめられ、声が震えそうだった。なんて可愛い顔だ。
「や、八坂やさかです」
「八坂神社の八坂?」
「え、は、はい、そうです」
「すごーい、カッコイイね」
 名字をカッコイイなんて褒められたことは、今まで一度もなかった。
 変わった子だ。上手く言えないが、変人オーラがにじみ出ている。
 たとえ変人でも、この可愛い顔さえあれば人生イージーモードだろう、と恨みがましい気持ちが芽生えた瞬間、彼女が右手を差し出した。
「よろしくね、神社君」
「神社君?」
「違った、八坂君だった」
 どんな間違え方だよ、というツッコミを飲み込んで、手を握る。
「私、持田町子っていいます。よろしくね」
 握った手があまりにも小さくて、華奢で、好きかもしれないと思った。
 好きかも。いや、なんだかすごく、この子が好きだ。
 彼女が動くたびに、黒髪のツインテールがふわふわと揺れる。女子に囲まれて、とても楽しそうに笑っている。よく笑う子だ。というか、常に笑っている。
 すごい。
 キラキラしている。
 エネルギーに満ち溢れ、全力で生きているみたいな、まるで野生動物みたいな、生命力を感じる。
 というと、ゴリラかな、と勘違いされそうだが、はっきり言って、顔がハチャメチャに可愛い。こんな可愛い子は見たことがなかった。テレビで踊っていても不思議じゃない。いやきっと、テレビで踊っている子だ。
 心臓が、ドキドキ鳴っている。
 嘘みたいに可愛い。
 アイドルを通り越して、天使だ。
 今日から一年間、この天使と同じクラスなんて。しかも後ろの席なんて。
 幸せ、かもしれない。
「町子、おはよー」
「さっちゃん、おはよ。また同じクラスだね、イエーイ」
 キャッキャと手を握り合わせている。一人二人と女子が増えていく。みんな、町子町子と親しげに話しかけている。
 そりゃそうだ、と思った。どう見ても陰キャの俺にさえ、話しかけてくれた。
 誰にでも優しく、みんなの人気者なのだろう。
「担任、誰かなあ」
「倉知先生だったら、町子どうする?」
「倉知先生が担任だったらおそらく私は一生分の運を使い果たしたことになるので、明日、隕石に当たって死にます」
「死ぬな町子」
 死ぬな、生きろ、と女子たちにもみくちゃにされている。
 持田さんはどうやら倉知先生が好きらしいということがわかった。
 倉知先生は、数学を担当している新卒の若い教師だ。背が高くてカッコよくて、劣等感の塊の俺なんかは、見た瞬間に引け目を感じた。
 でも、いい先生だ。優しくて、穏やかで、授業は丁寧でわかりやすい。昼休みに男子とバスケやサッカーをしているところをよく見る。歳が近いせいか、そうしている姿は生徒と見分けがつかないほどだ。
 親しみやすさがあって、男子にも女子にも人気だが、先生は既婚者だ。
 不毛な恋。
 いや、俺が持田さんを好きだとして。どちらかというとこっちのほうが、不毛な恋だ。
「担任ガチャ、当たれ!」
 チャイムが鳴ると、女子たちがドアの前に並んで立ち、祈り始めた。大半の生徒が着席しているのに、彼女たちは無邪気に祈り続けている。
 教室のドアが、わずかに開いた。
 全員が、固唾をのむ。ドアの隙間からひょこりと顔を出したのは、歴史の西村先生だった。西村先生は楽しいし面白い。彼女たちのいう「担任ガチャ」は、大当たりだ。わっ、と拍手が起きたが、ドアの付近で祈っていた女子たちは、崩れ落ちている。
「はい、みんな、席に着いて」
 西村先生が手を叩くと、女子たちがゾンビのような動きで各自席に着く。持田さんも唇をとがらせて戻ってきた。
「二年二組のみなさん、副担任の西村です。担任はこちら……、ほら入って」
 ざわめきの中、なぜか申し訳なさそうにぺこぺこしながら倉知先生が入ってきた。その瞬間、椅子に腰を下ろしたばかりの持田さんが、弾かれたように立ち上がった。彼女の全身が、小刻みに震えている。彼女が握り締めている机が、ガタガタ鳴った。
 友人たちが、「町子!」「やったね!」「町子、死ぬな!」と笑顔で彼女を振り返っている。
 教室の最後尾に移動した西村先生に代わって、倉知先生が教壇に立つ。
「おはようございます。二年二組の担任になった、倉知です。一年間、よろしくお願いします」
 教室を見渡して、先生が頭を下げた。歓声と拍手が鳴り響く。持田さんが、「あああああああよろしくお願いしまああああす! あああああああ!」と叫んでいる。誰よりも大きく、誰よりも激しく、拍手を繰り出している。
 半狂乱で喜ぶ彼女を見て、俺は思った。
 可愛いな。
 やっぱり好きだな。
 と。
 揺れ乱れるツインテールを見上げて、高鳴る胸を、押さえた。

〈おわり〉
しおりを挟む
感想 107

あなたにおすすめの小説

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

処理中です...