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※この話はパラレルです。現実では起こりえない不思議な「もしも~なら」の話です。
〈加賀編〉
アラームの音。
無意識に手を伸ばし、携帯をつかんで、ボタンを押した。
音が、止む。
一呼吸してから、違和感に気づいた。
「え?」
急激に、覚醒する。体を起こし、手の中の携帯を見た。古いガラケーだ。なんでこれが、と首を傾げたが、異変はそれだけじゃなかった。
シングルベッドに狭い寝室。
見覚えがあるのは当たり前で、ここは、引っ越し前に住んでいたアパートだ。
ベッドも、手の中のガラケーも、俺が昔使っていたものだ。
なんなのか、わからない。
とりあえず、一番気になるのは。
「倉知君?」
呼んでみた。声は空振りし、返答はない。
「え、何これ。怖い」
立ち上がり、寝室のドアを開けた。
懐かしい匂いがした。完全に、昔の、俺の部屋だ。家具もテレビも何もかも。引っ越す前の、俺の部屋が、そのまま目の前にある。
「えーっと」
困惑しつつ、携帯の画面を確認した。時間の下に、日付が出ている。「2015/10/15」とある。明らかに過去だ。
「いやいやいや」
携帯にツッコミを入れてから、思い立ち、メールの受信トレイを開いた。
倉知からのメールがない。送った形跡もない。アドレス帳を見ても、倉知の名前が消えている。撮ったはずの写真もない。
知人、友人との過去のやり取りは残っているし、どうやらこれは「2015/10/15」時点の携帯で、というか、今俺がいるこの世界は、おそらく「2015/10/15」なのだろう。
「なるほど、わからん」
わかるのは、今日は平日の朝で、出社しなければならないということだけだ。
朝食を済ませ、支度をすると、当然愛車もないので、仕方なく電車に乗った。久しぶりの通勤電車は相変わらず満員だった。
これは夢じゃない。
すべての感覚が現実のそれだ。空も飛べないし、瞬間移動もしないし、魔法も使えないし、まったくもって現実だ。五感は正常、思考もクリアで、思うように動けるし、とにかく夢じゃない。
わけがわからないが俺はどうやら数年前の十月十五日に迷い込んでしまったらしい。
そういうことなら順応するしかない。
開き直ると楽しくなってきた。
それに、面白いことに気づいてしまった。
忘れもしない、十月十七日が俺たちの付き合った記念日で、遡って思い出してみると、多分、今日は、倉知が初めて俺に話しかけた日なのだ。
本を奪われたのが十五日、次の日に電話番号を教えて、翌日が多分土曜で、その日に付き合うことになった。
多分。
細かいことはどうでもいい。次の駅で、倉知が乗り込んでくるはずだ。
電車が減速し、停車する。ドアが開き、人が出て、入ってくる。全員が乗り込んだ最後に、頭をぶつけないように身を屈め、学ランの倉知が登場した。するりと慣れた感じで上手に俺の前に陣取ると、手すりをつかむ。
目が、離せなくなった。
なんという初々しさだ。瑞々しい。若い。なんだか肌が、プルプルしている。顔が可愛い。いや、かわゆい。
いつまでも童顔で、大学生になってもそれほど成長していないと思いきや、やっぱり高校生は高校生だ。とんでもなくあどけなくて、子どもっぽい。
無垢だ。真っ白だ。
もう、お前完全に、童貞じゃねえか、と叫んでしまうところだった。
駄目だ、俺は駄目だ。
不意に、泣きそうになる。
可愛すぎて、愛しすぎて。おかしくなる。
俺の、七世。
触りたい。抱きつきたい。あの頃の、倉知の匂いを嗅ぎたい。
倉知が俺を見た。
目が合うと、ギョッとなり、慌てて逸らされた。
しまった、我を忘れて楽しんでいたが、俺は本来ここで、視線に気づかず本を読むぼんくらになりきるべきだったのだ。
シナリオを変えてしまった。
ということは、未来が変わる?
いや、別に関係ない。
どうやって出会おうが、俺たちは俺たちだ。
目を逸らす倉知を、じっと見上げた。見ていることに気づいたのか、顔が赤くなる。
「可愛いな」
小さく、声に出した。大きな体がビクッとなり、おそるおそる、俺を見る。
笑って視線を合わせた。他人行儀な目。そりゃそうか、まだ他人だ。
でも俺は、お前の全部を知ってるよ。
なんでも知ってる。
めっちゃネガティブだけど、クソ真面目で素直ないい子。どこにほくろがあるかとか、どこを触られるのが好きかとか、セックスのときに出す声とか、お前自身が知らないお前を、俺は知ってる。全部、根こそぎ、知り尽くしてるよ。
死ぬほど、めちゃくちゃ、愛してる。
と言ったら、どんな顔をするだろう。
いや駄目だ。ただのサイコパスだ。もっとこう、さりげなく、クールに、「君、可愛いね。今度食事でもどう?」みたいな? いや、それもアウトだ。
どうやって声をかけようか。ゼロからまた倉知との関係を築いていける。内心のニヤニヤが止まらない。
なぜこんな現象が起きたのか。別にどうだっていいな、と思った。
ある日突然異世界に召喚されることもある。
そう、これはまさに、強くてニューゲームというやつだ。
深く考える必要はない。楽しいから、なんでもいい。
高校生の倉知との再会は、俺にとってご褒美だ。
「あ、あの」
ためらいがちに、倉知が声をかけてきた。困った顔が可愛いな、と口元が緩む。
「うん、何?」
「降りなくていいんですか?」
いつの間にか電車は停まっていて、駅に着いていた。
「うお、やべ」
いくらファンタジーな展開になろうとも、身についた習慣は抜けない。社畜の悲しい性《さが》だ。
電車から飛び降りると、背中でドアが閉まる。振り返った。倉知が窓の向こうでどこか安堵した表情で俺を見ていた。これは、乗り過ごさなくてよかった、と親身になってくれている顔だ。
手を振ってみる。すごく驚いている。それでもおずおずと手を振り返してくれた。
キュン、と胸が鳴る。
好きだ。
電車が動き出し、遠ざかっていく。
あいつは明日、ちゃんと電車に乗ってくるだろうか。怖気づく可能性もある。倉知は本当に、ネガティブなのだ。
絶対に、逃がさない。
あいつは俺の、大切な宝物だ。
〈おわり〉
〈加賀編〉
アラームの音。
無意識に手を伸ばし、携帯をつかんで、ボタンを押した。
音が、止む。
一呼吸してから、違和感に気づいた。
「え?」
急激に、覚醒する。体を起こし、手の中の携帯を見た。古いガラケーだ。なんでこれが、と首を傾げたが、異変はそれだけじゃなかった。
シングルベッドに狭い寝室。
見覚えがあるのは当たり前で、ここは、引っ越し前に住んでいたアパートだ。
ベッドも、手の中のガラケーも、俺が昔使っていたものだ。
なんなのか、わからない。
とりあえず、一番気になるのは。
「倉知君?」
呼んでみた。声は空振りし、返答はない。
「え、何これ。怖い」
立ち上がり、寝室のドアを開けた。
懐かしい匂いがした。完全に、昔の、俺の部屋だ。家具もテレビも何もかも。引っ越す前の、俺の部屋が、そのまま目の前にある。
「えーっと」
困惑しつつ、携帯の画面を確認した。時間の下に、日付が出ている。「2015/10/15」とある。明らかに過去だ。
「いやいやいや」
携帯にツッコミを入れてから、思い立ち、メールの受信トレイを開いた。
倉知からのメールがない。送った形跡もない。アドレス帳を見ても、倉知の名前が消えている。撮ったはずの写真もない。
知人、友人との過去のやり取りは残っているし、どうやらこれは「2015/10/15」時点の携帯で、というか、今俺がいるこの世界は、おそらく「2015/10/15」なのだろう。
「なるほど、わからん」
わかるのは、今日は平日の朝で、出社しなければならないということだけだ。
朝食を済ませ、支度をすると、当然愛車もないので、仕方なく電車に乗った。久しぶりの通勤電車は相変わらず満員だった。
これは夢じゃない。
すべての感覚が現実のそれだ。空も飛べないし、瞬間移動もしないし、魔法も使えないし、まったくもって現実だ。五感は正常、思考もクリアで、思うように動けるし、とにかく夢じゃない。
わけがわからないが俺はどうやら数年前の十月十五日に迷い込んでしまったらしい。
そういうことなら順応するしかない。
開き直ると楽しくなってきた。
それに、面白いことに気づいてしまった。
忘れもしない、十月十七日が俺たちの付き合った記念日で、遡って思い出してみると、多分、今日は、倉知が初めて俺に話しかけた日なのだ。
本を奪われたのが十五日、次の日に電話番号を教えて、翌日が多分土曜で、その日に付き合うことになった。
多分。
細かいことはどうでもいい。次の駅で、倉知が乗り込んでくるはずだ。
電車が減速し、停車する。ドアが開き、人が出て、入ってくる。全員が乗り込んだ最後に、頭をぶつけないように身を屈め、学ランの倉知が登場した。するりと慣れた感じで上手に俺の前に陣取ると、手すりをつかむ。
目が、離せなくなった。
なんという初々しさだ。瑞々しい。若い。なんだか肌が、プルプルしている。顔が可愛い。いや、かわゆい。
いつまでも童顔で、大学生になってもそれほど成長していないと思いきや、やっぱり高校生は高校生だ。とんでもなくあどけなくて、子どもっぽい。
無垢だ。真っ白だ。
もう、お前完全に、童貞じゃねえか、と叫んでしまうところだった。
駄目だ、俺は駄目だ。
不意に、泣きそうになる。
可愛すぎて、愛しすぎて。おかしくなる。
俺の、七世。
触りたい。抱きつきたい。あの頃の、倉知の匂いを嗅ぎたい。
倉知が俺を見た。
目が合うと、ギョッとなり、慌てて逸らされた。
しまった、我を忘れて楽しんでいたが、俺は本来ここで、視線に気づかず本を読むぼんくらになりきるべきだったのだ。
シナリオを変えてしまった。
ということは、未来が変わる?
いや、別に関係ない。
どうやって出会おうが、俺たちは俺たちだ。
目を逸らす倉知を、じっと見上げた。見ていることに気づいたのか、顔が赤くなる。
「可愛いな」
小さく、声に出した。大きな体がビクッとなり、おそるおそる、俺を見る。
笑って視線を合わせた。他人行儀な目。そりゃそうか、まだ他人だ。
でも俺は、お前の全部を知ってるよ。
なんでも知ってる。
めっちゃネガティブだけど、クソ真面目で素直ないい子。どこにほくろがあるかとか、どこを触られるのが好きかとか、セックスのときに出す声とか、お前自身が知らないお前を、俺は知ってる。全部、根こそぎ、知り尽くしてるよ。
死ぬほど、めちゃくちゃ、愛してる。
と言ったら、どんな顔をするだろう。
いや駄目だ。ただのサイコパスだ。もっとこう、さりげなく、クールに、「君、可愛いね。今度食事でもどう?」みたいな? いや、それもアウトだ。
どうやって声をかけようか。ゼロからまた倉知との関係を築いていける。内心のニヤニヤが止まらない。
なぜこんな現象が起きたのか。別にどうだっていいな、と思った。
ある日突然異世界に召喚されることもある。
そう、これはまさに、強くてニューゲームというやつだ。
深く考える必要はない。楽しいから、なんでもいい。
高校生の倉知との再会は、俺にとってご褒美だ。
「あ、あの」
ためらいがちに、倉知が声をかけてきた。困った顔が可愛いな、と口元が緩む。
「うん、何?」
「降りなくていいんですか?」
いつの間にか電車は停まっていて、駅に着いていた。
「うお、やべ」
いくらファンタジーな展開になろうとも、身についた習慣は抜けない。社畜の悲しい性《さが》だ。
電車から飛び降りると、背中でドアが閉まる。振り返った。倉知が窓の向こうでどこか安堵した表情で俺を見ていた。これは、乗り過ごさなくてよかった、と親身になってくれている顔だ。
手を振ってみる。すごく驚いている。それでもおずおずと手を振り返してくれた。
キュン、と胸が鳴る。
好きだ。
電車が動き出し、遠ざかっていく。
あいつは明日、ちゃんと電車に乗ってくるだろうか。怖気づく可能性もある。倉知は本当に、ネガティブなのだ。
絶対に、逃がさない。
あいつは俺の、大切な宝物だ。
〈おわり〉
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