電車の男ー同棲編ー番外編

月世

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〈加賀編〉

 今日はとてもいい天気だ。
 太陽が燦々と輝き、室内はその恩恵で、南国のような陽気だ。
 自然光の降り注ぐ寝室。ベッドの上で、絡み合う。
「あっ……、あ、あつ……」
 まるでサウナだ。息も絶え絶えに、声を漏らす。
 俺の上で腰を揺らす倉知の顎から、汗が落ちてくる。パタパタと顔に降り注ぐ汗を顔面で受け止め、笑う。つられたように笑った倉知が、動きを止めずに俺の顔を手のひらで拭った。
「加賀さん」
「ん……、ん……っ」
 倉知の動きは優しかったが、いいところを絶妙に突いてくる。体が勝手にビクビクと反応してしまう。射精感が込み上げ、握り合わせた両手の指に、力をこめる。
「加賀さん、気持ちいい、イキそう。イッてもいいですか?」
 首筋を軽く吸ってから、耳に唇を当てながら、倉知が訊いた。
「うん、……うん……、イク、俺もっ……」
 動きが速く、強くなる。悲鳴を上げ、昇りつめ、果てた直後に「ピンポーン」と音が鳴った。インターホンだということにやんわりと気づいたが、それどころじゃない。
 濡れた体に圧し潰されながら、気持ちいいとか好きとか幸せだとか、余韻に浸っていると、倉知が小さくつぶやいた。
「出なきゃ」
「え」
「待たせたら申し訳ない」
 俺の中から抜け出すと、せかせかとコンドームを処理して全裸のまま飛ぶように寝室を出て行った。
「マジか……」
 つぶやいて、大きく息を吐く。
 いい子だ。なんて優しさだ。どんなときでも思いやりの気持ち忘れない。素晴らしい。さすが俺の宝物。
 全裸で玄関を開ける光景を想像して笑っていると、「はい」とインターホンに応対する声がかすかに聞こえた。あっ、えっ、と戸惑っている。宅配便ではなさそうだ。日曜日の昼すぎ。誰かが遊びに来たとか。
 いろんな来客を想定した。
 六花、五月、千葉、政宗、さて、誰だ。
 寝室に倉知が戻ってきた。床に脱ぎ捨てたジーンズを拾い上げ、慌てて脚を通している。
「何、誰?」
「親です」
「おや……、え、誰の、どっち?」
「あ、大丈夫です、俺の親です」
 大丈夫と言いたくなる気持ちはわかるが、あまり大丈夫じゃない。二人ともサウナにでも籠っていたように頭のてっぺんから汗で濡れそぼっている。
 体を起こそうとする俺に、「加賀さんはここにいて」と両手の平を向けた。
「なんか旅行行ってたらしくて。お土産貰うだけですから」
「ていうかお前、パンツ履かないの?」
 腰まで上げたジーンズから、竿の部分が顔を出している。割れた腹筋とのコラボが、なかなか美味しそうな光景だ。
「えっろ」
 自分の股間を見下ろしてから、俺の視線を遮るように無理やりそれを封印すると、急いでファスナーを上げ、ボタンをかける。射精したばかりでまだ明らかに、でかい。でも硬度はなさそうだ。ガチガチとは違う。プニプニ? ふかふか? プルプル? どのオノマトペがしっくりくるだろう。その弾力に触れて表現してみたい。
「ちょっと上から触らせて」
「駄目です、また勃っちゃう」
「いいから、こっち来いよ」
「でも、親が」
 ピンポーンと、呼び出し音。倉知が残念そうに肩を落とす。ジーンズだけを身に着けたワイルドな出で立ちで、「はーい」と声を上げてから寝室を出ていった。
 ドアを開ける音。
 倉知の父の声が聞こえる。
「なんだお前、めちゃくちゃ汗だくじゃん」
「ちょっと、筋トレしてて」
 便利な言い訳だ。上半身裸の息子は珍しくないのか、それに対して一切ツッコミがない。
「これ、お土産。加賀さんと食べて」
 今度は母の声だ。ガサガサとナイロンの音が聞こえる。
「ありがとう……って、ネギ?」
「ネギ?」
 思わず復唱して、ベッドの上で身を起こす。
「お母さんがどうしても加賀さんにネギ食わせたいって」
 笑いを含んだ父の声。
「だって、このネギすごく美味しかったんだもん。これ食べたら加賀さん、きっとネギを見直すだろうなと思って。ネギのこと、好きになって欲しくって」
「うん、あの、ありがとう。別に加賀さん、元々普通にネギ好きだけど、ありがとう」
 母を宥める倉知の声。面白くて笑い声が出そうだ。口元を覆って、シーツに突っ伏して、くっくっ、と声を殺す。
「あとこれ、おせんべい」
「草加せんべい? あ、埼玉?」
「二人も行ってきたらいいよ、埼玉。ね、お父さん、オススメだよね、埼玉」
 同意を求めたが、父の返事は聞こえない。
「へえ、なんか面白いところあった?」
「別に、面白いってこともないけど」
 ぶはっ、と吹き出してしまった。相変わらず倉知の母は面白い。
「あれ? 加賀さんは?」
 父が思い出したように声を上げる。ギクッとしてシーツの上で身を硬くした。
「いないの? 仕事? えーっ、会いたかったなあ」
「いや、その、加賀さんは、えっと、あ、寝てる、うん、寝てる」
 倉知がうろたえ始めた。まずい、ぼろを出さないうちに登場しなくては。
 寝転んだまま手を伸ばし、床をまさぐって、服を拾う。
「お昼寝? そろそろ起きる? いつ寝たの?」
「え、いつ……、いつだろう」
「あー……、お母さん、そろそろ行こうか」
 まずい、倉知の父が察してしまった。
 ここで出て行くか、寝たふりか。どちらが正解か。迷っていると、ゴトン、と鈍い音が響く。持ち上げたズボンのポケットから、スマホが滑り落ちたのだと気づき、汗が出た。
「あ、加賀さん起きたんじゃない? なんか音しなかった?」
 母の期待に満ちた声。
 もう、出るしかない。
 超特急で服を着て、何食わぬ顔で寝室を出た。
「こんにちは」
「あっ、おはよう!」
 倉知の体の脇から、母がぴょこりと顔を出す。
「あのね、ネギ……、あれ? 加賀さんなんか可愛いね?」
「え」
「なんか、なんだろ。あっ、服が大きいんだ。それ、七世の服?」
 自分の格好を見下ろした。確かに、これは倉知のトレーナーだ。なんかでかいなという気はした。
「はは、そうみたいですね」
 湿った髪を撫で上げて、笑ってごまかした。
「なんで七世の服着てるの?」
 可愛いー、と無邪気に笑う母の隣で、父は目を閉じ、天を仰いでいる。
 倉知は振り返らない。ネギとせんべいの入った袋をそっと足元に置いて、「お母さん」と強張った声で母を呼んだ。
「ごめん、今度遊びに行くから」
「え? うん」
「ごめん、お土産ありがとう」
「うん、え? ごめんって?」
 倉知の葛藤が見える。久しぶりの両親よりも、後ろの俺が気になって仕方がないのだ。
「おっと、映画の時間だ。まずい、予告に間に合わねえ。ほら、行くぞ」
 父はすべて理解しているようだった。妻の手を取ると、息子の腹を軽くグーで殴り、俺に向かって手を振って、「お邪魔しました。またね」と言い残して玄関を出て行った。
 次に会うときにどんな顔をすればいいだろうか。一言も発せないまま、ドアが閉まる。
 しばらくして、倉知がゆっくりと振り向いた。
 俺を見て、息を呑み、胸を抑える。
「ほんとに可愛い」
 眉を下げて、なぜか泣き顔だ。
「俺の服、加賀さんが着るとそんなにでかいんですね。あっ、萌え袖だ」
「それ久しぶりに聞くワードだな」
 袖に手がほとんど隠れている。確かにでかいな、と笑って両手を振ってみる。倉知が大きく息を吐いて、吸う。また吐いて、吸う。苦しそうだ。
「大丈夫?」
「可愛い……、ぶかぶかなの可愛い」
「お、おう。それよりお前、お父さんに」
「脱いでください」
「え? ああ、おっさん臭いもんな」
 トレーナーを脱ごうとする手を制止された。倉知が真顔で首を横に振る。
「脱ぐのは、下です」
「……えっと」
「脱いでください」
 目力が半端ない。気圧されて、下着とズボンを下ろす。倉知は仁王立ちで、俺を見ている。視線が体を這い回っている。なんとなく、落ち着かない。そわそわしていると、倉知が飛びついてきた。
「可憐だ」
「え、何が」
「恥じらう姿が可憐です」
「いやいや」
「わざとですか? わざと俺の服を?」
「適当に着たらたまたま……」
 言葉を切る。グリグリと股間を押しつけられている。硬くて逞しい膨らみが、息づいているのがわかる。
「鎖骨」
 襟ぐりに倉知の指が侵入した。体が震え、「あっ」と鼻から声が漏れてしまった。
「丸見えでセクシーです」
 肩に噛みつかれ、骨を抜かれた。力が入らない。膝を折る。
「大丈夫ですか?」
 紳士面で俺を支える倉知の股間は、紳士とは程遠い。ジーンズの下のふくらみは、目視で硬度が確認できる。
 ジーンズ越しに撫でさする。握る。つつく。手の平を押しつけ、上下させる。カリを見つけて、爪の先で引っかけて、くすぐる。
 散々弄んでおいて、欲求は止まらない。
 この上から、口に含んでみたい。
「寝室行こっか」
 息の荒い倉知が、真剣な面持ちで二度首を縦に振る。
 紳士の皮を被った獣が、俺を担ぎ上げた。

〈おわり〉
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