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お客様
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やたらと顔のいい男が来店した。これがあるからメンズのショップは辞められない。
ウキウキしていると、後ろに長身がくっついていることに気づいた。どうやら男の二人連れだ。こっちも可愛い顔をした男子だ。背がすごく高いのに、顔立ちが幼い感じで、「男の子」という言葉がしっくりくる。
とにかく、この二人は目の保養になる。しっかりと拝見させていただこう。
満面の笑みを浮かべ、「いらっしゃいませ」を連呼しながら、距離を詰める。特に直す必要のないセーターを畳み直しながら、二人を見た。
顔がいい。本当に顔がいいな、と感心した。それに、全身が完璧だ。黒のピーコートに、白のニット、黒のスキニージーンズ、極めつけはドクターマーチンの輝くブーツ。眩しい。目を閉じて、ひそかに拝む。完璧なコーディネートだ。細身で、スタイルがいいから、今すぐにでもモデルができそうだ。こんな人がうちの服を着て、広告塔になってくれるといいのに。
何かお探しですか、とにじり寄りたいのを我慢した。そういうのを苦手とする客は多い。いつ呼ばれてもいいように、すぐ近くにスタンバイする。
「ポンポンついてる帽子、可愛い」
「はあ、ですね」
「メンズだよな、これ。ちょっと被ってみて」
「俺、この手の帽子似合わないんです」
「馬鹿言え、可愛いに決まってる。絶対可愛いから、ほんと可愛いから、保証するから、お願いです、お願いします。一瞬だけ、な、一瞬だから」
やけに必死で言い募り、ニットのキャップを長身の連れにぐいぐい迫っていた彼が、はたと私を見た。視線に気づいたらしい。
「これ、試着してもいいですか?」
営業スマイルで「勿論です、どうぞ」と手のひらを向けた。
「ほら、いいって。よいしょー」
無造作にニットを被せると、少し後ずさり、彼を見上げてからため息をつく。「可愛い」とつぶやいたのが聞こえた。
「ポンポン可愛い……、男子大学生がポンポン……」
「あ、あの、加賀さんも被ってみて」
キャップをむしり取り、照れくさそうに髪を掻き乱す様子が可愛らしい。
「俺は駄目。今日ワックス使ってるし」
「そうでした。カッコイイです」
「はは」
イチャついている。その可能性にやんわりと気づいた。
敬語だし、歳の差がありそうだ。兄弟でもなさそうだし、なんだろう。下世話だが、客の関係性を想像するのが日々の習慣だ。
「よし、これは買いだ」
「値段見ました?」
「見てない」
「もう。ちゃんと見ないと……、三千八百円」
値札を読み上げて、長身の子が硬直した。
「却下です」
「え、なんで? 三千円台でプリティなポンポンが手に入るんだぞ? 安いもんだろ」
「安くないし、そもそも俺、暑がりだし帽子いりません」
「身も蓋もねえな、この野郎」
険悪になって喧嘩でも始まるのかと思ったが、美形の彼が、長身の彼をくすぐりだした。キャッキャと戯れている。私は一体何を見せられているのだろう。謎だ。とても不思議なのだが、二人を見ていると胸が温かくなってきた。
「今日は帽子買いにきたんじゃないでしょ」
「そうだった。パンツだ」
なるほど、パンツを買いにきたのか。
「お客様、パンツはこちらに」
二人をパンツのコーナーに案内すると「あ、そのパンツ」と美しい顔をくしゃっとして笑った。
「じゃなくて、こっちの、下着のパンツね」
彼が自分の下腹部を指さして言うもんだから、目線が股間に引き寄せられた。透視できるわけでもないのに、瞬間的に凝視してしまい、慌てて目を伏せる。そうか、「パンツ」のイントネーションが語尾下がりの時点で気づくべきだった。
「申し訳ございません。下着は当店、取り扱っておりませんが……」
「ですよね。じゃあこれ会計お願いします」
とてもスムーズに、ニットキャップを差し出してくる。受け取ってから、いいのだろうかと長身の彼に目を向けた。
「え、買うんですか? 俺、いりませんよ」
「でもほら、ポンポンついたニット帽があれば命が助かったのにって場面がいつかくるかもしれないだろ」
「そうかな……、そうかもしれませんけど」
そうかもしれないの?
なんという素直な反応。何、この子は。すごく可愛い。抱きしめたい。母性本能を掻き立てられ、身震いが起きた。
というか、そんなに買いたい? 自分じゃなくて、人に被せるために?
口元をむずむずさせ、笑いを噛み殺す。
「お買い上げでよろしいですか?」
「よろしいです」
美形男子がにこ、と笑ってポケットから財布を出す。
自分が身に着けるものではなく、相手に着せたいから買う。
これはもう、確実に、それだ。あれだ。もう、この二人は、間違いなく付き合っている。二人の左手の薬指に指輪が見えた。おそらくペアリング。やっぱりなとうなずいた。
会計を済ませ、店の外まで見送ると、彼らの会話が聞こえた。
「代わりにお前が履いて欲しいパンツ買うから」
「本当ですか?」
「紐みたいなやつでもいいよ」
「ひも……、そんなのこのモールに売ってます? 売ってなかったら別のとこ行きます? ネットで探します?」
「買う気満々じゃねえか」
楽しそうなやり取りは、そこで聞こえなくなった。
後ろをついて回って、ずっと聞いていたい。
二人がパンツを探すのを見届けたい。
なんて。
何を考えているのだろう。
仕事に戻らねば。
「いらっしゃいませ」
自然と沸き起こる万全のスマイルで、接客を再開する。
〈おわり〉
ウキウキしていると、後ろに長身がくっついていることに気づいた。どうやら男の二人連れだ。こっちも可愛い顔をした男子だ。背がすごく高いのに、顔立ちが幼い感じで、「男の子」という言葉がしっくりくる。
とにかく、この二人は目の保養になる。しっかりと拝見させていただこう。
満面の笑みを浮かべ、「いらっしゃいませ」を連呼しながら、距離を詰める。特に直す必要のないセーターを畳み直しながら、二人を見た。
顔がいい。本当に顔がいいな、と感心した。それに、全身が完璧だ。黒のピーコートに、白のニット、黒のスキニージーンズ、極めつけはドクターマーチンの輝くブーツ。眩しい。目を閉じて、ひそかに拝む。完璧なコーディネートだ。細身で、スタイルがいいから、今すぐにでもモデルができそうだ。こんな人がうちの服を着て、広告塔になってくれるといいのに。
何かお探しですか、とにじり寄りたいのを我慢した。そういうのを苦手とする客は多い。いつ呼ばれてもいいように、すぐ近くにスタンバイする。
「ポンポンついてる帽子、可愛い」
「はあ、ですね」
「メンズだよな、これ。ちょっと被ってみて」
「俺、この手の帽子似合わないんです」
「馬鹿言え、可愛いに決まってる。絶対可愛いから、ほんと可愛いから、保証するから、お願いです、お願いします。一瞬だけ、な、一瞬だから」
やけに必死で言い募り、ニットのキャップを長身の連れにぐいぐい迫っていた彼が、はたと私を見た。視線に気づいたらしい。
「これ、試着してもいいですか?」
営業スマイルで「勿論です、どうぞ」と手のひらを向けた。
「ほら、いいって。よいしょー」
無造作にニットを被せると、少し後ずさり、彼を見上げてからため息をつく。「可愛い」とつぶやいたのが聞こえた。
「ポンポン可愛い……、男子大学生がポンポン……」
「あ、あの、加賀さんも被ってみて」
キャップをむしり取り、照れくさそうに髪を掻き乱す様子が可愛らしい。
「俺は駄目。今日ワックス使ってるし」
「そうでした。カッコイイです」
「はは」
イチャついている。その可能性にやんわりと気づいた。
敬語だし、歳の差がありそうだ。兄弟でもなさそうだし、なんだろう。下世話だが、客の関係性を想像するのが日々の習慣だ。
「よし、これは買いだ」
「値段見ました?」
「見てない」
「もう。ちゃんと見ないと……、三千八百円」
値札を読み上げて、長身の子が硬直した。
「却下です」
「え、なんで? 三千円台でプリティなポンポンが手に入るんだぞ? 安いもんだろ」
「安くないし、そもそも俺、暑がりだし帽子いりません」
「身も蓋もねえな、この野郎」
険悪になって喧嘩でも始まるのかと思ったが、美形の彼が、長身の彼をくすぐりだした。キャッキャと戯れている。私は一体何を見せられているのだろう。謎だ。とても不思議なのだが、二人を見ていると胸が温かくなってきた。
「今日は帽子買いにきたんじゃないでしょ」
「そうだった。パンツだ」
なるほど、パンツを買いにきたのか。
「お客様、パンツはこちらに」
二人をパンツのコーナーに案内すると「あ、そのパンツ」と美しい顔をくしゃっとして笑った。
「じゃなくて、こっちの、下着のパンツね」
彼が自分の下腹部を指さして言うもんだから、目線が股間に引き寄せられた。透視できるわけでもないのに、瞬間的に凝視してしまい、慌てて目を伏せる。そうか、「パンツ」のイントネーションが語尾下がりの時点で気づくべきだった。
「申し訳ございません。下着は当店、取り扱っておりませんが……」
「ですよね。じゃあこれ会計お願いします」
とてもスムーズに、ニットキャップを差し出してくる。受け取ってから、いいのだろうかと長身の彼に目を向けた。
「え、買うんですか? 俺、いりませんよ」
「でもほら、ポンポンついたニット帽があれば命が助かったのにって場面がいつかくるかもしれないだろ」
「そうかな……、そうかもしれませんけど」
そうかもしれないの?
なんという素直な反応。何、この子は。すごく可愛い。抱きしめたい。母性本能を掻き立てられ、身震いが起きた。
というか、そんなに買いたい? 自分じゃなくて、人に被せるために?
口元をむずむずさせ、笑いを噛み殺す。
「お買い上げでよろしいですか?」
「よろしいです」
美形男子がにこ、と笑ってポケットから財布を出す。
自分が身に着けるものではなく、相手に着せたいから買う。
これはもう、確実に、それだ。あれだ。もう、この二人は、間違いなく付き合っている。二人の左手の薬指に指輪が見えた。おそらくペアリング。やっぱりなとうなずいた。
会計を済ませ、店の外まで見送ると、彼らの会話が聞こえた。
「代わりにお前が履いて欲しいパンツ買うから」
「本当ですか?」
「紐みたいなやつでもいいよ」
「ひも……、そんなのこのモールに売ってます? 売ってなかったら別のとこ行きます? ネットで探します?」
「買う気満々じゃねえか」
楽しそうなやり取りは、そこで聞こえなくなった。
後ろをついて回って、ずっと聞いていたい。
二人がパンツを探すのを見届けたい。
なんて。
何を考えているのだろう。
仕事に戻らねば。
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自然と沸き起こる万全のスマイルで、接客を再開する。
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