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よそゆき
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〈倉知編〉
リビングのガラステーブルの上で、スマホが振動している。振動音が鳴りやまない。どうやら電話だ。
料理の手を止めて、誰だろうと画面を覗きにいくと、加賀さんだった。
「どうしました?」
電話をかけてくるなんて珍しい。急用だろうか。
『ごめん、忙しかった?』
「平気です。晩ご飯作ってました」
『今日のご飯何?』
「ピカタです」
『ピカタ? なんだそれ。ピカチュウの仲間?』
「違いますよ」
ふふ、と笑いながら否定すると、「はは、うん」と返ってきた。
「えっと、肉に塩コショウで味付けして、溶き卵を絡めて焼いたやつです」
『美味そう。腹減った』
「加賀さん、電話、なんでした? 急用じゃないんですか?」
今日のメニューはなんだろう、と気になってわざわざ電話をかけてきたとは思えない。それはそれで可愛いのだが、加賀さんはあんまりそういうことをしない。特にスマホに変えてからは、話したほうが早いときにしかかけてこない。
『んー、別に用はなくて』
「あ、もしかして残業ですか?」
『いや、話したかっただけ。もう帰るよ』
もう帰るのに、特に用もなく電話をかけてきている。
声に覇気がない。疲れているのだと察して、お疲れ様ですと頭を下げてから、そっと囁いた。
「加賀さん、好き」
『ん、もっと言って』
やっぱり疲れているらしい。大きく息を吸い込んで、心を込めて、「好き」を放出する。
「好きです。好き、好き、大好き、加賀さん好き、大好き」
加賀さんは無言だった。職場だし、多分周囲に人がいるから変なことは言えないのだろう。
『よし、帰る』
加賀さんが言った。元気な声だ。安心して、力強く「はい、待ってます」と返した。はー、と電話の向こうで大きく息を吐く音のあとで、加賀さんが言った。
『大変お手数おかけいたしました。ありがとうございます、失礼いたします』
ものすごくキリッとした、それでいて優しさを感じるよそゆきの声色。
通話が切れた。スマホを見下ろして、呆然とする。
「何、今の」
ドキドキしている。
仕事用の加賀さんを垣間見たとき、ラッキーと思うと同時に、いつも乙女のようにキュンとしてしまう。
カッコイイ、とうめいて胸を抑え、うずくまる。
顔が見たい。抱きつきたい。早く帰ってきて。
加賀さん、大好き。
〈おわり〉
リビングのガラステーブルの上で、スマホが振動している。振動音が鳴りやまない。どうやら電話だ。
料理の手を止めて、誰だろうと画面を覗きにいくと、加賀さんだった。
「どうしました?」
電話をかけてくるなんて珍しい。急用だろうか。
『ごめん、忙しかった?』
「平気です。晩ご飯作ってました」
『今日のご飯何?』
「ピカタです」
『ピカタ? なんだそれ。ピカチュウの仲間?』
「違いますよ」
ふふ、と笑いながら否定すると、「はは、うん」と返ってきた。
「えっと、肉に塩コショウで味付けして、溶き卵を絡めて焼いたやつです」
『美味そう。腹減った』
「加賀さん、電話、なんでした? 急用じゃないんですか?」
今日のメニューはなんだろう、と気になってわざわざ電話をかけてきたとは思えない。それはそれで可愛いのだが、加賀さんはあんまりそういうことをしない。特にスマホに変えてからは、話したほうが早いときにしかかけてこない。
『んー、別に用はなくて』
「あ、もしかして残業ですか?」
『いや、話したかっただけ。もう帰るよ』
もう帰るのに、特に用もなく電話をかけてきている。
声に覇気がない。疲れているのだと察して、お疲れ様ですと頭を下げてから、そっと囁いた。
「加賀さん、好き」
『ん、もっと言って』
やっぱり疲れているらしい。大きく息を吸い込んで、心を込めて、「好き」を放出する。
「好きです。好き、好き、大好き、加賀さん好き、大好き」
加賀さんは無言だった。職場だし、多分周囲に人がいるから変なことは言えないのだろう。
『よし、帰る』
加賀さんが言った。元気な声だ。安心して、力強く「はい、待ってます」と返した。はー、と電話の向こうで大きく息を吐く音のあとで、加賀さんが言った。
『大変お手数おかけいたしました。ありがとうございます、失礼いたします』
ものすごくキリッとした、それでいて優しさを感じるよそゆきの声色。
通話が切れた。スマホを見下ろして、呆然とする。
「何、今の」
ドキドキしている。
仕事用の加賀さんを垣間見たとき、ラッキーと思うと同時に、いつも乙女のようにキュンとしてしまう。
カッコイイ、とうめいて胸を抑え、うずくまる。
顔が見たい。抱きつきたい。早く帰ってきて。
加賀さん、大好き。
〈おわり〉
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