電車の男ー同棲編ー番外編

すき

　送ってくれてありがとう。からの、唐突なキス。
　付き合っていない男からの不意打ちに、呆然と立ち尽くす女。
「加賀さんもありそう、こういうの」
　隣で倉知がつぶやいた。
「え、しないよ？　強制わいせつじゃん」
　テレビに映る女優は、切なげな顔で唇をなぞり、男の背中を見送っている。
　テレビを点けたらたまたまドラマで、他に観るものもないからなんとなく眺めていたらこのシーンに出くわしたわけだが、女には遠距離恋愛中の彼氏がいるという設定らしかった。
「違います、されるほうです」
「女の子に？　ないない。こんなのは隙があるからやられるんであって」
　俺は簡単にされない、と続けようとする唇を塞がれた。
「隙だらけですけど」
　至近距離で倉知が囁いた。
「今のはわざとだよ、わざと」
「キスして欲しかったんですか？」
「倉知君に対しては常に隙だらけ。いつどこで何されてもいいよ」
　倉知が嬉しそうに笑いながら、もう一度キスをくれる。
「ていうか俺よりお前だよ」
　隙あり、と脇腹を突っついた。倉知はくすぐったそうに身をよじり、「俺は大丈夫です」と自信満々に言った。
「言っとくけどお前、モテるからな？」
「でもいきなりキスはされませんよ。絶対に」
「甘い。絶対はない」
　隙あらば奪ってやろうという女はいくらでもいる。自覚しろ、と頬をつねったが、倉知は「だって」と困った顔をした。
「俺の唇に届く女の人なんて滅多にいませんから」
「はは、ほんとだ」
「安心しましたか？」
「うん」
　倉知の肩に寄りかかり、全力で隙を見せる。
「加賀さん、すき」
「ん、どっちのすき？」
「好きだし、隙ありです」
　覆いかぶさってくる背中に手を回し、声を上げて笑った。

<おわり>