電車の男ー同棲編ー番外編

月世

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21の朝 おまけ ※

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※リバです。

〈加賀編〉

 脱衣所に倉知が佇んでいる。
 クリーニングに出してと頼んだ俺のスーツを見下ろして、固まっている。
 十秒が経過した。動かない。業を煮やして、「何してんの?」と声をかけようと口を開いたとき、倉知がおもむろにスーツの匂いを嗅ぎ始めた。
 次に何をするのか盗み見たかったのに、つい、笑い声が出てしまった。倉知が振り向く。
「み、見られた」
「おう、見た」
「違うんです」
 倉知のこれは一種の口癖だ。うん、と肯定してから腕時計を確認した。
「あ、もう出るわ」
「え、はい、あの、聞いてください、違うんです、ほんと、あの、部分的に手洗いしたら、汚れは落ちて、だからクリーニングしなくていいかな、とか」
 玄関に向かう俺の後ろを、言い訳する倉知が追いかけてくる。可愛い。
「汚れっておもに精液じゃん。いいからクリーニングよろしく」
「……はい」
「行ってきます」
 通勤鞄を持ち上げて、「ん」と顔を少し上に向けて、キスを待つ。倉知がスーツを抱きしめたまま、赤い顔でちゅ、とキスをくれた。でかい体を小さくして、もじもじとスーツを丸めながら「いってらっしゃい」とはにかんでいる。
 駄目だ。可愛い。
「違うんですって言うけど、匂い嗅いだことに対する弁解にはなってないよな」
 靴を履きながら、思い出したようにちくりと攻撃してみた。肩越しに振り返ると、倉知が困った顔で唇を尖らせた。可愛い。
「だって、臭くなかったらセーフじゃないですか?」
「はは、臭かった?」
「いい匂いです。セーフです」
「アウトだからな。なあ、それ、匂い嗅いでオナニーするつもりだろ」
「えっ」
 倉知の顔の赤さが、一段と濃くなった。可愛い。
「しませんけど」
「してもいいよ」
「しませんってば」
「倉知君」
 恥ずかしそうに俺から目を逸らす倉知の赤い頬をするっと撫でた。
「スーツの俺、どう?」
「え?」
「後ろからガンガンに突いてたの、思い出す?」
 答えは訊かなくてもわかる。耳まで赤い。いじめがいのある奴め。
「可愛い」
 可愛くて仕方がない。
 いつも可愛い。毎日可愛くて、日々可愛くなっていく。今日もめちゃくちゃ可愛い。こんな可愛い言動をする奴を、抱かないなんて男じゃない。
 こうなったら今夜は抱こう。
 目線を落として倉知の股間を凝視した。そして、見たままを口にする。
「勃起してる」
「わっ」
 慌ててスーツで股間を隠す倉知が、取り繕うように「朝立ちです」と苦しい言い訳をする。可愛いにもほどがある。
「倉知君、準備しといて欲しいんだけど」
 ドアノブを握りながら言うと、倉知が「はいっ、なんでしょう」と張り切った声を出す。
「心の準備な。今日、帰ったら抱くから」
「へっ」
「スーツで、抱いてやる」
 倉知の体が震えた。そして、その場にへなへなと座り込む。
 お膳立ては完了した。これでもう、今日一日倉知は心も体もエロい状態で過ごすことになる。悶々としながら夜になるのを心待ちにするのだ。
 うきうきと仕事をこなし、帰宅した。
「おかえりなさい。お疲れ様です」
「ただいま」
 倉知は普通だった。普通に、見えるだけ。鍋を洗っている背中に忍び寄り、腰の辺りをつんと突いた。
「あっ……ん!」
 がく、と膝を折り、鍋が手から落ちた。
「あんって言った? やべえ、可愛い」
「ち、違います、びっくりして声が出て」
 出しっぱなしの水を、倉知の背後から手を伸ばして止めた。背中に抱きついて頬をすり寄せると、Tシャツの上から背筋を甘噛みして、訊いた。
「ご飯食べる前に抱いていい?」
「あ、あの……」
「うん」
「……お願いします」
「おう」
 愛しい背中にキスをして、答えた。
 寝室の明かりを点ける。倉知が「点けるんですか?」と不安げに声を曇らせた。
「見たくないの? スーツの俺」
「見たい、です……けど」
「けど?」
「見られるのが、恥ずかしい……、です。どうしよう、どっちにしよう。見たいけど、見られたくない」
 ぶつぶつと逡巡している。もう我慢できなくなった。邪魔なスーツを脱ぎ捨てて、ネクタイをむしり取りたい欲求を堪え、精一杯大人らしい、落ち着いた声色を出した。
「寝なさい」
「え?」
「選択肢はない。電気は消さない。いいから早く、そこに寝ろ」
「は、はい」
 倉知が背筋を伸ばし、ぎくしゃくした動きでベッドに体を横たえた。気をつけをした状態で、目だけが俺を見ている。金縛りに遭っている人みたいだ。初めてでもあるまいし、なぜこうなる。
 笑いながら、倉知の体をまたいだ。
「お前は本当に可愛いな。どうなってんの? こんな可愛い二十一歳いる? いや、いない。お前は日本の……、いや、全世界の宝だ」
「あの……、言いすぎです、俺、別に、絶対、可愛くないです」
「可愛いよ。俺の七世」
 好き、可愛い、いい子、とべた褒めする。そのたびに目を見て、唇を吸う。やがて、倉知の息が上がってきた頃合いを見計らい、深く、唇を覆う。丁寧にキスをして、服をめくり、胸板を指の腹で撫でさすった。
「はっ、あっ、ん……ん……っ」
 たったこれだけで、わかりやすく感じている。目元を赤くして、小刻みに体を震わせている。可愛い、という思いが膨れ上がり、はじけ飛んだ。
 可愛い可愛いと口にしながら、左の乳首を指先でこね、右の乳首を舌先で刺激する。ぷっくりと硬く起き上がった突起が可愛い。もう、全部可愛い。筋肉も可愛いし、喉仏も可愛いし、全部だ。全部が愛しくて堪らない。
 あちこちを撫でまわし、キスの曖昧に「可愛い」と囁いた。倉知はずっとかすかに震えている。
「いや、あ、やだ、加賀さん、お願い」
「ん?」
 泣き声で身悶える倉知が、俺の手首をつかんだ。
「もう、挿れてください、早く、欲しい」
 もどかしげに早く、と繰り返したあとで、唇を噛んでこう言った。
「準備、してあります。あの、お尻、だから」
「可愛い」
 語彙を失ったところで挿入してやることにした。
「待って、外さないで」
 いそいそとベルトを外そうとする俺の手を、倉知が止めた。
「え?」
 上体を起こし、倉知が俺の股間に触れた。やけに慎重な動作でファスナーを下ろすと、開いたところに手を突っ込んで、下着からペニスを引っ張り出した。反り返る俺の股間を満足げに見たあとで、軽く頭を下げて言った。
「これでお願いします」
「お、おう」
 確実に、このスーツもクリーニング行きだ。
「ていうか、見すぎ」
 倉知が後ろ手をついて、俺の全体像を俯瞰するようにしてまじまじと見ている。ファスナーからペニスを出した、スーツの不審者が気に入ったらしい。
「加賀さんの、カッコイイなって」
「加賀さんの? 加賀さんの何? ちんちん? チンコ?」
「え、はい、加賀さんの、チンコ」
「あ、なんかすげえ、くる。もっかい言って」
「何をですか? 加賀さんのチンコ?」
 びく、と上向きに持ち上がって、ものすごく元気になった俺の肉棒を、二人で見つめてから、目を見合わせた。
「濡らします」
「ん」
 倉知が俺のペニスに唾液を落とす。全体に塗り込むようにして手を上下させる。
「あ、待って、めっちゃ気持ちいい。ストップ」
 今出すと台無しになる。倉知の手を止めて、押し倒した。
「それではいただきます」
 腰を持ち上げて、突き刺した。ほぐしてないそこは、準備が整って、柔らかく、粘膜に包まれ、温かい。息を吐き、上から見下ろして、緩やかに、突く。徐々に動きを強く、速くして、中を出入りした。倉知が悶絶している。可愛い。
「大好きなスーツの加賀さんに抱かれるの、どう?」
「う……、んっ、んぅ、あっ、か、加賀、さん……」
 倉知が薄く目を開けて、眉間に深くシワを刻み「好き」と可愛い顔でつぶやいた。思わず動きを止めて、唾を飲み込んだ。
「加賀さん、カッコイイ、好き、大好き」
 倉知が手を伸ばす。指が、俺のネクタイの先に触れた。
「スーツの加賀さん、好き……、カッコイイ」
 うっとりした声と、表情。目線を上げて俺の目を見ると、にこ、と可愛く微笑んだ。
「可愛い、どうしてくれよう、この小悪魔め」
「小悪魔?」
 ふふ、とおかしそうに笑う顔も可愛い。くそ、可愛い。もはや可愛いしか言えない。
 可愛い七世の可愛い仕草を最大限に引き出してやる。両方の乳首をつまんだまま、抜き差しをする。
 気持ちいい? 可愛い七世。
 ここ好き? 俺の七世。
 ねちねちと、いやらしくいちいち訊ねてやった。声もなくうなずくのがまた可愛い。
 倉知の喘ぎ声が泣き声に変わり、一度軽く、ぴゅ、と先端から精液が出た。飛ぶ、というより堪えられなかったものが、溢れ出た感じだ。
「イッた?」
 わかっていながら動きを止めずに訊いた。汗だくで、「やだ、やだ」と首を左右に振る倉知が、全身を震わせて、泣き顔で訴えた。
「もっとする、気持ちいい」
 こんなことを言われたら、腰の動きもはかどるというものだ。
 仕事の疲れも忘れ、空腹もお構いなしに、可愛い倉知を抱いて、抱いて、とにかく抱いて、夜が更ける。

〈おわり〉
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