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同級生
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※同年齢パロは以前ありましたが、今回は「もしも同じクラスだったら」というパラレルです。
〈倉知編〉
「尻」
「おっぱい」
「俺もおっぱい」
「うーん、尻」
四人の男子が怪しげな単語をつぶやきながら、頭を寄せ合って机に置かれた雑誌を眺めている。登校して自分の席に着いた途端、朝一でこんな単語を聞かされて、顔が熱くなってしまう。
教科書類を無心でせっせと机の中に片付けていると、「なあ」と声がかかった。
「なんだっけ、お前」
「え?」
「何君?」
「え、ああ、倉知です」
クラスメイトなのに名前を聞かれても文句は言えない。昨日、進級し、高校二年生になったばかり。クラス替えをしたから、新鮮な顔で溢れている。俺もこの人の名前を知らない。
「安原です。なあ、倉知はどっち?」
「どっちとは?」
安原が後ろ向きに座り直し、俺の机に雑誌を置いた。視界に飛び込んでくる水着の女性。息を飲む俺に気づかず、安原が言った。
「おっぱいと尻、どっち派?」
意味がわからない。どっちも人体に備わっていてしかるべき部位だ。どっち派とは一体何が?
混乱して仰け反る俺の顔面に、安原が女性の裸をぐいぐいと近づけてくる。
「よく見ろ、このおっぱいを。Gカップだぞ。やっぱおっぱいだよな。埋もれたいよな、溺れたいよな」
「え、あの、その」
「いやいや、尻だよ。このプリンプリンで張りのある、丸みを帯びた完璧なフォルム! 尻だよな、尻派だよな!」
もう一人が興奮した口調でページをめくり、なぜか俺に同意を求めてくる。教室の中は適度に騒がしかったが、彼らの大声のせいで視線が集まってしまった。隣の女子の、痴漢を見るような目が痛い。
「おっぱい? 尻? どっち派? 二対二なんだよ。お前の投票ですべてが決まる!」
そんなわけないだろう、と叫びたかった。女性の裸体が迫ってくる。顔が熱くなるのを止められない。これは、新手のいじめだろうか。
顔を背けようとしたとき、目の前からすっと雑誌が遠ざかっていった。
「おっぱいかな」
取り上げた雑誌に目を落とし、清き一票を投じたのは、前の席の人物だった。前の席だから覚えている。加賀定光、という古風でカッコイイ名前の人だ。
「おっ、加賀おっぱい?」
「誰がおっぱいだよ。名前みたいに呼ぶな」
「やめてよ、加賀君にこんな本見せないで!」
加賀のそばにいた女子が、雑誌を奪い取り、安原の顔面に叩きつけた。
「加賀君、私のおっぱいしか見ちゃダメだからね」
「はい、すいません」
男子の歓喜の声と、悲しみを帯びた女子の悲鳴。それに重なってチャイムが鳴り、生徒がそれぞれ自分の席に着く。加賀の彼女らしき女子は別のクラスらしく、何度も振り返り、手を振り、教室を出て行った。
「いいなあ、めっちゃラブラブカップルじゃん」
安原が雑誌を扇ぎながら席を退くと、加賀がそこに腰を下ろし、「そうでもないけどね」と答えた。
「あ、別れの予感?」
「うーん、束縛きつくて。他の女子と話すなとかさ」
「気持ちはわからんでもない」
「はは、なんでだよ」
「加賀君は俺のおっぱいしか見ちゃダメ!」
「あ? お前おっぱいついてんの? 見せろよ」
「いやん、エッチ!」
どれだけおっぱいを連呼するつもりだろう、と耳を塞ぎたくなった。聞くつもりはなくても聞こえてしまう。落ち着かない。さっき見た女性の裸が、今になって脳裏によみがえり、恥ずかしさがこみ上げてきた。
精一杯うつむいていると、トントン、と机を叩かれた。顔を上げた。加賀が振り向いて、俺を見ていた。
「倉知? だっけ?」
「あ、はい、倉知です」
姿勢を正して答えると、加賀は破顔して「なんで敬語」と笑った。
「さっきごめんな」
「え?」
「ああいう馬鹿みたいなノリ、苦手そうだから。ツレが絡んで悪かったなって」
ごめんね? と小声でもう一度謝って、顔の前で手を合わせる。その仕草にぎくりとした。少し頭を下げたときに、綺麗な黒髪が、さらりと揺れた。急に息苦しさを感じて、心臓に手が伸びた。胸を抑えながらなんとか声を絞り出す。
「いえ、大丈夫……です」
「だからなんで敬語」
彼が目を細めて笑う。整った人が笑うと芸術作品みたいだ、と思った。見惚れていると、教室のドアが開いて担任が入ってきた。視線を戻すと加賀は前を向いていた。右手で、首の後ろを撫でている。綺麗な指だな、と思った。細くて、長い。爪も綺麗だし、この人は全部が綺麗だ。感心して見ていると、首を撫でていた手がそっと離れていった。
首が。
うなじが。
ぞく、として、目が離せなくなった。
なんて綺麗なんだろう。
綺麗というより、艶めかしい。
ごくりと唾を飲み込んでから、ハッとした。
下半身が、おかしい。どうしてだか、反応しかけている。
目を逸らし、身を固くして、困惑した。
水着女性の写真のせいだ。そのときはそう結論づけた。
次の日も、また次の日も。前の席が気になって、仕方がなかった。
自分はおかしいと自覚した。
彼のうなじから、目が離せない。
触れてみたい。
そんなふうに思うのは、ひどく罪なことに感じた。彼は、綺麗だ。穢すような真似は、すべきじゃない。
それでも。
背徳感と罪悪感にさいなまれながら、今日も彼のうなじに、欲情する。
〈おわり〉
〈倉知編〉
「尻」
「おっぱい」
「俺もおっぱい」
「うーん、尻」
四人の男子が怪しげな単語をつぶやきながら、頭を寄せ合って机に置かれた雑誌を眺めている。登校して自分の席に着いた途端、朝一でこんな単語を聞かされて、顔が熱くなってしまう。
教科書類を無心でせっせと机の中に片付けていると、「なあ」と声がかかった。
「なんだっけ、お前」
「え?」
「何君?」
「え、ああ、倉知です」
クラスメイトなのに名前を聞かれても文句は言えない。昨日、進級し、高校二年生になったばかり。クラス替えをしたから、新鮮な顔で溢れている。俺もこの人の名前を知らない。
「安原です。なあ、倉知はどっち?」
「どっちとは?」
安原が後ろ向きに座り直し、俺の机に雑誌を置いた。視界に飛び込んでくる水着の女性。息を飲む俺に気づかず、安原が言った。
「おっぱいと尻、どっち派?」
意味がわからない。どっちも人体に備わっていてしかるべき部位だ。どっち派とは一体何が?
混乱して仰け反る俺の顔面に、安原が女性の裸をぐいぐいと近づけてくる。
「よく見ろ、このおっぱいを。Gカップだぞ。やっぱおっぱいだよな。埋もれたいよな、溺れたいよな」
「え、あの、その」
「いやいや、尻だよ。このプリンプリンで張りのある、丸みを帯びた完璧なフォルム! 尻だよな、尻派だよな!」
もう一人が興奮した口調でページをめくり、なぜか俺に同意を求めてくる。教室の中は適度に騒がしかったが、彼らの大声のせいで視線が集まってしまった。隣の女子の、痴漢を見るような目が痛い。
「おっぱい? 尻? どっち派? 二対二なんだよ。お前の投票ですべてが決まる!」
そんなわけないだろう、と叫びたかった。女性の裸体が迫ってくる。顔が熱くなるのを止められない。これは、新手のいじめだろうか。
顔を背けようとしたとき、目の前からすっと雑誌が遠ざかっていった。
「おっぱいかな」
取り上げた雑誌に目を落とし、清き一票を投じたのは、前の席の人物だった。前の席だから覚えている。加賀定光、という古風でカッコイイ名前の人だ。
「おっ、加賀おっぱい?」
「誰がおっぱいだよ。名前みたいに呼ぶな」
「やめてよ、加賀君にこんな本見せないで!」
加賀のそばにいた女子が、雑誌を奪い取り、安原の顔面に叩きつけた。
「加賀君、私のおっぱいしか見ちゃダメだからね」
「はい、すいません」
男子の歓喜の声と、悲しみを帯びた女子の悲鳴。それに重なってチャイムが鳴り、生徒がそれぞれ自分の席に着く。加賀の彼女らしき女子は別のクラスらしく、何度も振り返り、手を振り、教室を出て行った。
「いいなあ、めっちゃラブラブカップルじゃん」
安原が雑誌を扇ぎながら席を退くと、加賀がそこに腰を下ろし、「そうでもないけどね」と答えた。
「あ、別れの予感?」
「うーん、束縛きつくて。他の女子と話すなとかさ」
「気持ちはわからんでもない」
「はは、なんでだよ」
「加賀君は俺のおっぱいしか見ちゃダメ!」
「あ? お前おっぱいついてんの? 見せろよ」
「いやん、エッチ!」
どれだけおっぱいを連呼するつもりだろう、と耳を塞ぎたくなった。聞くつもりはなくても聞こえてしまう。落ち着かない。さっき見た女性の裸が、今になって脳裏によみがえり、恥ずかしさがこみ上げてきた。
精一杯うつむいていると、トントン、と机を叩かれた。顔を上げた。加賀が振り向いて、俺を見ていた。
「倉知? だっけ?」
「あ、はい、倉知です」
姿勢を正して答えると、加賀は破顔して「なんで敬語」と笑った。
「さっきごめんな」
「え?」
「ああいう馬鹿みたいなノリ、苦手そうだから。ツレが絡んで悪かったなって」
ごめんね? と小声でもう一度謝って、顔の前で手を合わせる。その仕草にぎくりとした。少し頭を下げたときに、綺麗な黒髪が、さらりと揺れた。急に息苦しさを感じて、心臓に手が伸びた。胸を抑えながらなんとか声を絞り出す。
「いえ、大丈夫……です」
「だからなんで敬語」
彼が目を細めて笑う。整った人が笑うと芸術作品みたいだ、と思った。見惚れていると、教室のドアが開いて担任が入ってきた。視線を戻すと加賀は前を向いていた。右手で、首の後ろを撫でている。綺麗な指だな、と思った。細くて、長い。爪も綺麗だし、この人は全部が綺麗だ。感心して見ていると、首を撫でていた手がそっと離れていった。
首が。
うなじが。
ぞく、として、目が離せなくなった。
なんて綺麗なんだろう。
綺麗というより、艶めかしい。
ごくりと唾を飲み込んでから、ハッとした。
下半身が、おかしい。どうしてだか、反応しかけている。
目を逸らし、身を固くして、困惑した。
水着女性の写真のせいだ。そのときはそう結論づけた。
次の日も、また次の日も。前の席が気になって、仕方がなかった。
自分はおかしいと自覚した。
彼のうなじから、目が離せない。
触れてみたい。
そんなふうに思うのは、ひどく罪なことに感じた。彼は、綺麗だ。穢すような真似は、すべきじゃない。
それでも。
背徳感と罪悪感にさいなまれながら、今日も彼のうなじに、欲情する。
〈おわり〉
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