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愛欲 ※
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※この話はリバありです。苦手な方はご自衛ください。いろいろあれですのでなんでもありの方のみご覧ください。
〈倉知編〉
ガランガラン、とけたたましいハンドベルの音が鳴り響く。耳を抑え、仰け反って、「えっ」と声を上げた。
何気なく回した商店街の福引が、どうやら当たってしまったようだ。
「大当たりいい!」
「あ、あの、何が当たるんですか?」
俺の質問は、ベルの音に空しく掻き消された。ドラッグストアの店長が、ハンドベルを興奮した様子で振り回し続けている。もしかしたら、一番いいものが当たったのだろうか。
景品の一覧に目をやって、ギョッとした。特賞は、温泉旅行ペア宿泊券。
温泉。加賀さんと、温泉。
湯煙、濡れた肌、赤く染まった頬。そして、浴衣。浴衣はいい。とてもいいアイテムだ。
あえて、脱がさない。脱がさずに、はだけさせるのがいい。
そしてそのまま内腿に手を入れて。
「はい、三等賞です」
店長の隣に立っていた女性が、妄想する俺の前にナイロン袋を差し出した。指を差して、「この中に温泉が?」と訊いた。女性は、一瞬吹き出しそうな顔をしたが、なんとか堪えて営業スマイルを浮かべた。
「三等賞は、栄養ドリンク十本セットです」
「そう、です、か」
ガッカリしすぎて声があからさまにトーンダウンしてしまった。
「あ、待て、兄ちゃん、待て」
ハンドベルを机に置いて、店長が「待て、待て」と騒ぎながら店の中に駆けていく。取り残された二人で彼の背中を見やってから、お互いの顔を見合わせた。変な間が空いてしまったが、にこり、にこり、という感じで笑い合う。
すぐに飛んで戻った店長がナイロン袋を俺の胸元に突きつけて言った。
「兄ちゃんは常連だからよ、特別にこっちにしてやるよ。これな、すんげえ効くぜ」
受け取って、中を覗く。見たことも聞いたこともない商品名が記された、箱だ。
「これは?」
「元気になる薬だよ」
店長が歯を剥き出しにして笑い、握り締めた拳を顔の高さまで持ち上げてみせた。
「若いからいらねえかな?」
「まあ、そうですね。薬に頼らなくても元気です」
「おっ、言うねえ」
いっひっひ、と不気味な笑い方をする店長の隣で、顔を真っ赤にした女性が彼を睨んでいる。
なんだかよくわからないが、貰えるものは貰っておこう。
帰宅後すぐに、夕飯の準備に取りかかる。今日は金曜日。カレーの日だ。
加賀さんが帰ってくると、食事を済ませ、一緒に風呂に入って、まったりと二人の時間を過ごす。明日は土曜日だ。加賀さんも休みだし、俺もバイトがない。一日中、一緒にいられる大切な日。
バスタブで加賀さんの裸を抱きしめて、後ろ頭に頬ずりをする。
「加賀さん、加賀さん、好き」
「うん、俺も」
「大好き」
「うん、俺も」
返しが雑だし、声のトーンが眠たげだった。
「疲れてます?」
「んー、年度末からずっとばたついてて。新入社員も入ったし、いろいろ、うん、まあ、疲れたね。あ、疲れてるわ、俺」
今初めて気づいた、という声だ。なぜだか胸が締めつけられるように愛おしくなる。
「マッサージします」
のしかかる加賀さんの肩に顎をのせて、ぐいぐいと押すと、くすぐったそうに笑いながら俺の手首をつかんだ。
「こっちもしてよ」
股間に持っていかれた手が、柔らかいものに触れた。お湯の中でしっかりと握り締め、優しく動かした。加賀さんが息を吐き、俺の肩に頭をもたれてくる。
「気持ちいいですか?」
「ん」
短く答えてから、はあ、と気だるげな息を吐いた。
「柔らかいです」
変化のない加賀さんのものをしごきながら言った。
「気持ちよくない?」
「気持ちいいよ」
今にも寝そうな声だ。後ろから顔を覗き込むと、目をつむっていた。手の動きを止めて、こめかみにキスをする。
「今日はすぐ寝ましょう」
「んー」
肯定とも否定ともつかない返事をしてから、思い直したように「やだ」と言い切った。
「する」
「する?」
「エッチしたい」
「しましょう」
はは、と加賀さんが笑う。
「即答」
「はい、任せてください。加賀さんは寝てるだけでいいですから」
「やだよ、マグロじゃん」
「今日はマグロでいてください。俺が調理します」
「何上手いこと言ってんだよ」
一緒に風呂から上がって、脱衣所を出た。加賀さんが冷蔵庫を開ける。そして、硬直した。冷蔵庫のドアを開け放したまま、動かない。
「加賀さん? どうかしました?」
「え、あ、いや」
弾かれたように動きを再開し、麦茶の入ったガラスポットを手に取った。コップに注ぎ、口をつけて、俺を上目遣いで見る。何か、様子が変だ。
「なんですか?」
「何が?」
「冷蔵庫に変なものでも入ってたみたいな」
加賀さんが、ぐっと喉を詰まらせ、口の中の麦茶を大急ぎで飲み込んだ。俺にコップを預け、口を拭ってから「お前な」と頭を掻く。
「何、なんですか?」
「なんであんなもん買ってんの?」
「え?」
「あー、その、言っとくけど、あんなもん使わなくてもお前はすげえぞ」
「なんの話ですか?」
ん? と同時に怪訝な顔になる。
「お前が買ったんだろ?」
「何を?」
加賀さんが首をかしげてから冷蔵庫を開けた。何かを取り出して、「これ」と顔の前で振った。さっき薬局で貰ったものだ。食材と一緒に冷蔵庫に入れてしまっていたらしい。
「ああ、それ、元気になる薬です」
「お、おう。わかるけど、だから、なんで?」
「なんでって」
「あ、お前あれか?」
加賀さんがハッとした顔になる。
「俺に飲ませたい?」
福引で当たっただけで、加賀さんに飲ませようとは思っていなかった。でも、疲れているならちょうどよかった。
「はい、どうぞ、飲んでください」
加賀さんが顔を手のひらで覆ってうなだれた。すぐに素早く頭を上げると、妙にきりっとした男前な表情で、「わかった」と言った。
「任せろ。めっちゃ元気になって、めちゃくちゃ抱いてやるから」
「え、ちょっと待ってください、抱くのは俺ですよ?」
「じゃあお前も飲む?」
「え?」
「ちょうど二本入りだしな。あ、なんか考えたらチンコ勃ってきた」
加賀さんが言った。視線が無意識に下に移動して、股間を確認してしまう。かあ、と顔が熱くなった。
「そんな、元気になるって、そういう意味じゃなくて」
「え? そういう意味だろ? だってこれ、精力剤じゃん」
「精力剤……?」
加賀さんはテキパキとした動作でアンプルを開封すると、ためらわずに飲み干した。
精力剤。その名の通り、精力を増強させる薬だろう。
若いからいらないか、という薬局の主に対し、薬に頼らなくても元気だ、と馬鹿みたいに胸を張って答えてしまった。女性が赤くなっていた理由ににわかに気づき、つられたように今さら赤面する。
「はい、倉知君の分」
俺にパッケージを押しつけて、さっさと寝室に行ってしまった。開けっ放しのドア。部屋の中に淡い明かりが広がるのが見えた。首の後ろがざわついて、背中に、汗がにじむ。
改めて、パッケージを見る。効能、効果の部分を目で追って、不安がよぎる。
勃起力減退、性感減退、性欲欠乏。
俺たちには無縁の言葉が並んでいる。本当に飲んでもいいのだろうか。減退も欠乏もしていない。飲んだら一体、どうなってしまうのか。加賀さんは、怖くないのだろうか。
「くーらちくーん、まだー?」
寝室から加賀さんの声が呼ぶ。
「なんかすっげえしたくなってきた。早くおいでよー」
迷いが消えた。アンプルを開封して一息に流し込む。薬品の匂いがきつい。胃が燃えるように熱い。なんだか、ものすごく効きそうな予感がする。
早足で寝室に飛び込んだ。加賀さんがベッドの上で、服を脱いでいるところだった。さらけ出した上半身。シーツに準備されたコンドームとローション。ずくん、と下腹部が脈打つのがわかった。
「倉知君」
「はい」
「めっちゃ勃ってる」
ズボンを脱ぎながら加賀さんが言った。目が、俺の下半身に注がれている。見下ろした。布を押し上げる感覚。痛いくらいに、勃起している。
「すごい、すごい効果ですね」
興奮気味に言うと、加賀さんが可愛い顔で大笑いをする。
「そんな即効性ある? それ、プラシーボ効果じゃない?」
さすがだな、と笑いを噛み殺す加賀さんの股間も、同じように膨らんでいる。触りたい。撫でまわしたい。ゴクリ、と俺の喉が派手な音を立てた。
「加賀さん」
「ん」
「なんか、俺、おかしい」
凶暴な性欲に支配されている。加賀さんを、抱きたい。今すぐに。
呼吸が早くなり、心臓の音がやけに大きく響いて聞こえた。
おかしい。
体が変だ。熱い。無性に、ムラムラする。
加賀さんの微笑みが、この世のものと思えないほど淫靡に見えた。俺を見て、ゆっくりと下着を下ろす仕草に、心拍数が跳ね上がる。勃起したペニスが下着から顔を覗かせると、我慢ができなくなった。
「加賀さん!」
勢いをつけて、飛びかかる。体の下に押し潰し、荒々しく唇を奪う。唾液を絡ませ、舌を吸う。加賀さんが俺の首に腕を回し、両脚で腰にしがみついてきた。
恐ろしいほどの性欲が全身を駆け巡っている。
したい。挿入したい。腰をめちゃくちゃに打ちつけて、中に、出したい。
「加賀さん、挿れてもいいですか?」
キスを中断して早口で訊いた。加賀さんが鼻先で目を細め、「もう?」と笑う。
「すごく、したいんです」
どうしようもなくもどかしい。加賀さんのペニスに下腹部を密着させ、体を揺する。
「あー、それやばい、待って」
「加賀さん、挿れたい。すごい、挿れたい」
俺を見上げる加賀さんの目が、ニヤリとした。
「俺もしたい。挿れよっか」
身体を起こし、素早く服を脱いだ。早脱ぎ選手権があったら優勝しているだろう速さで、全裸になった。加賀さんが面白そうに笑って、ローションの蓋を開ける。枕に背中を預け、股を開いて自分でほぐし始めるその姿を見るだけで、気が狂いそうなほど欲情した。
ハァハァと乱れた呼吸を吐きながら、コンドームの袋を破る。先端にあてがい、装着しようとするのに、なぜか上手くいかない。焦っているからかと思ったが、どうやらこれは。
「加賀さん」
「うん?」
「入りません」
「え?」
「ゴムが、きつくて」
「はあ?」
加賀さんが裏返った声を出す。
「そんなわけないだろ。いつものゴムだぞ」
「そうですけど……、ちょっとやってみて」
先のほうにコンドームを少しだけ被せられたペニスを、加賀さんに向けた。加賀さんがシーツを這って、こっちにくる。根元をしっかりと捕まえて、コンドームを下ろそうとするが、やはり手こずっている。
「なんかお前いつもよりでかい?」
顔を近づけてマジマジと見られ、歯を食いしばる。口の中に、ねじ込みたい。暴走しそうな恐ろしい願望を、苦労して押し込めた。下腹部のうねりがすごい。力強くうごめく感覚を、制御できない。
抑えようとする意志とは反対に、増幅していく色情。加賀さんの手からペニスが跳ねて、飛び出した。腹につく勢いで上を向いている。
「何これ、嘘だろ、こんなになる?」
無理やり着けようとする加賀さんの手を止めて、コンドームをむしり取る。
「今日は生にしましょう。加賀さんは?」
「え?」
「薬、効きません? 見せて」
肩をつかんで押し倒す。呼吸を整えようともせずに、ふうふう言いながら、視線を下にやった。加賀さんの股の間で、神々しくそそり立つ性器は、どういうことだか光り輝いて見えた。
「美しい」
つぶやいた途端、加賀さんが吹き出した。
「お前、どうした? 大丈夫か?」
「なんて愛しいんだ」
両手で優しく包み込み、頬ずりをする。加賀さんが「ははっ」と声を弾ませて笑う。
「加賀さんの、大好き」
チュッチュッと口づける。加賀さんはずっと笑っていて、楽しそうだ。その笑顔もまた、俺の目には妖艶に映り、心がかき乱される。
好きだ。大好きだ。愛してる。苦しいくらいに、抱きたくて、仕方がない。
無言で加賀さんの股を割り、引きずり寄せた。一瞬の躊躇もせずに、猛り狂ったモノを速攻で、穿つ。
「あっ、ちょ、いきなり?」
うろたえる加賀さんの太ももを抱えたまま、腰を押しつけた。ローションでぬめりを帯びたそこは、温かかった。温かくて、狭い。奥まで一息で、突く。加賀さんの身体がびくりと強張って、声が漏れた。腰の動きが止められない。大きく引いて、また、突く。
唇を噛んで耐える表情の加賀さんを凝視しながら、何度も抜き差しを繰り返した。
すごい。
気持ちいい。
すごい。
理性が飛んだ。まるで性欲の奴隷だ。快感を貪りたくて、必死で腰を動かした。スプリングの軋む音。俺が突くたびに、加賀さんが泣き声で、喘ぐ。
「加賀さん、すごい、すごいです」
目がくらむほどの、快感。
激しく出入りを続けていると、加賀さんが体を仰け反らせ、「イク……っ!」と悲鳴交じりに訴えた。それを見ながら俺も中に、解き放っていた。脳内が白くなり、無になったのは束の間だった。目の前には果てた加賀さんが大股を開いていて、吐精したばかりのペニスがびくびくと動いている。あっという間に覚醒し、頭をもたげる欲望。
もっとやりたい。
間を置かずに、入れたままで、再び腰を動かした。
「え、ちょ……、まっ……て……!」
驚いた加賀さんが体を起こそうとする。待たない。細い腰を両手でしっかりとホールドし、ぐいぐいと引き寄せるようにして、ひたすら打ちつけた。加賀さんが体をよじって、よがり声を上げ続けるのを、嬉々として見つめる自分。とめどなく溢れてくる「やりたい」という欲求が、薄れることはなかった。
加賀さんが射精しているのを見下ろしながら、動きを早め激しく腰を叩きつけた。泣き叫んで身を震わせる加賀さんのペニスを捕獲し、手を上下させながら、腰を振る。
「やっ、やめ、ちょ、ばかっ」
加賀さんが涙目で、すがるように俺を見てくる。
「七世、七世……っ」
俺の名前を何度も何度も口にする。愛しさが込み上げ、胸がきゅっとなり、身震いが起きた。
「加賀さん、愛してます」
恍惚とした声色が出てしまった。動きを止めて、覆いかぶさる。耳元で、苦しげな呼吸音が聞こえてくる。いつもならできる気遣いが、できない。
「すいません、止められない、我慢して」
覆いかぶさったままで頭を撫でて言った。そして動きを再開する。
浅ましく貪り続け、再び中に出した頃にはシーツと体がいろんな液体でまみれていた。普段なら、これだけすれば冷静になれる。体を綺麗にして、シーツを変えて、という流れになるのだが、どうしたことか、ならない。
「加賀さん」
「うん……」
「持ち上げてもいいですか?」
「……え?」
ぜえぜえ言っていた加賀さんが、頭を動かして俺を見る。
「ちょっと、起きてください」
腕を引いて加賀さんの体を起き上がらせると、結合した状態で膝に座らせた。
「なあ、まさかと思うけど、まだやる気?」
「やります」
「マジか、抜かずの三発じゃん」
はは、と笑う声は、意外にも元気そうで安心した。
「対面座位?」
「違います、立って持ち上げるやつをやりたいんです」
「あー……、駅弁?」
「駅弁? いえ、食べ物の話じゃないです。なんですか、急に。お腹空きました?」
加賀さんが力なく笑って、無言で俺の頬をつねる。
「あの持ち上げてゆさゆさするやつ、あれ、すごい気持ちよくて。好きなんです」
目を見つめて正直に告げると、加賀さんが「え、そっちも?」と意外そうに言った。
「気持ちいいの? 重いだろ? 疲れない?」
「疲れません、ちょうどいい筋トレです」
「はは、そうだった」
「すごくいいです」
「俺もあれ、すげえ深くまでくるからめっちゃ気持ちいいよ。突き刺されてる感じがいいっていうか」
至近距離で目を見て言われ、ゾクっとすると同時に、下腹部が奮い立つのがわかった。加賀さんが「んっ」と色っぽい声を出して肩を震わせると、ひたい同士をくっつけて言った。
「中の、でかくなった」
嬉しそうに言って、俺を咥え込んでいる部分を、ぎゅ、と締めつけてくる。
「突き刺して?」
加賀さんがいやらしく囁いてくる。鼻息を荒くして、うなずいた。
「任せてください」
湿った体を抱えながら、ベッドから両足を下ろし、立ち上がる。加賀さんが俺の首に腕を回す。少し不安げな顔が可愛い。髪にキスをして、両脚を抱え込む。
「あ、やべえ、待って、ストップ、漏れてる」
加賀さんが俺の背中に爪を立てながら言った。
「漏れてるって、何がですか?」
わかっていて訊いた。尻から滴り落ちてくる精液が、俺の股間を濡らしている。
「お前が中に出したのが……」
喋っている途中で、軽く揺さぶってみた。加賀さんが慌ててしがみついてくる。
「ちゃんとつかまってて」
耳に口をつけて注意を促してから、腰を振る。抱えた太ももを揺さぶって、激しく突く。突き刺す、という表現そのままに、加賀さんの体をバウンドさせ、腰をぶつけた。体重が乗って最奥まで届くのがわかる。深く、奥を突く感覚が、ものすごく、いい。
二回出した精液が、中に残っているのがわかる。ぬるぬるで気持ちがよかった。抜き差しするたびに泡立った白いものが床に飛び散ったが、気にならない。そんなことはどうでもいいほどに、気持ちがいい。
加賀さんが声にならない声を上げて、俺の肩に爪を立てる。皮膚に爪が埋まっていく。痛みは感じない。それ以上の快感に夢中になっていた。
叫びすぎて、加賀さんの声が枯れた頃、唐突に、それはやってきた。
加賀さんの体の力が抜けて、しがみついていた腕が零れ落ち、真後ろに倒れたのだ。
「わっ、ちょ、加賀さん」
急いで抱きとめ、ベッドに寝かせると、完全に脱力した加賀さんがぐったりと、死体のように横たわる。
「加賀さん」
頬を軽く叩く。目は閉じたまま。心臓に耳を当て、呼吸をしているか確認したあとで息をつく。気を失っただけだ。
よかった。
のだろうか。気絶するほどの負担をかけたことが、申し訳ない。
「ごめんなさい」
謝って、唇にキスを落とす。
「……ふ」
薄く瞼を開けた加賀さんと、目が合った。口元が笑っている。
「起きた」
泣きそうな声が出た。
「うん」
「白雪姫みたい」
「じゃあお前は王子様だな」
笑い合って、もう一度キスをした。
「すいません」
「何が?」
「その、性欲が、止まらなくて……」
「あー、はいはい、うんうん、だよな。そういう薬だからあれは。謝る必要はない」
加賀さんがゆっくりと体を起こす。
「でも効果が出るのに個人差があるみたいだな」
そういえば加賀さんは、いつもと変わらない。薬が効かなかったのだろうか、と首をかしげた瞬間、目に飛び込んできたのは、股間で屹立した雄々しい男の象徴。
「え」
「やっと効いてきた」
汗で濡れた髪をかき上げて、加賀さんがニヤリと笑う。どき、と心臓が跳ねた。まずい、カッコイイ。これは、あれだ。
やられる。
カッコイイと思った時点で駄目なのだ。体が熱くなり、受け入れる態勢が整ってしまう。
気づくと組み敷かれ、うつぶせの状態で揺さぶられながら、声を殺していた。
シーツに体を押しつけられ、太ももに乗って、後ろからガンガンに突かれている。前がシーツで擦られて、後ろはさっきの仕返しとばかりに、力強い動きで出し入れされ続けている。
「気持ちいい?」
加賀さんが訊いた。答えずに、シーツに顔をうずめて、耐える。口を開くと喘ぎが止まらなくなりそうで怖かった。
「七世」
俺の尻を揉みしだきながら加賀さんが名前を呼ぶ。ビクッとなって口元が緩む。その瞬間、堪えていた声が漏れた。
「ああっ、あっ、やだっ、……んっ、んんっ」
「可愛いな。もっと声出してよ」
加賀さんが後ろで意地悪く笑っている。尻に、加賀さんの股間が密着しているのがわかる。ぐいぐいと押しつけられ、体の震えが止まらなくなった。
頭がおかしくなりそうだ。
加賀さんの動きの全部が気持ちよくて、もう何も、考えられない。
「加賀さん、抱いて、抱いてください」
「え、どうした、抱いてるよ?」
「もっと、もっと抱いて」
わけがわからないことを言っているような気がしたが、加賀さんは愉快そうに笑い声を上げた。
「めっちゃ可愛い」
そう言ったあとで、少しの間を置いて、とろけそうな優しい声色で付け足した。
「七世、愛してる」
涙が出た。泣いて、叫んで、もっと、もっとと大騒ぎして、ねだるように尻を突き上げ、全力で、乱れた。
羞恥心が弾け飛んで、消え失せた。残ったのは、ひたすら加賀さんが好きで、ずっとこうしていたい、という渇望。
体位を変え、二度抱かれたあとで、自然な流れで今度は俺が、加賀さんの中に入った。繋がれるなら、なんでもいいと思った。どっちがいいとか、別に、ない。どうだっていい。
いつの間にか日付が変わっていて、そのうち夜が明けたが、離れられなかった。激しく、ときに緩やかに、体を繋げ続けた。
とっくに薬の効果なんて消えているだろう。でも、欲しくて堪らない。
愛してる、と言い合って。
肌を重ね、指を絡める。
愛欲の沼に、ゆったりと、身を委ねた。
〈おわり〉
〈倉知編〉
ガランガラン、とけたたましいハンドベルの音が鳴り響く。耳を抑え、仰け反って、「えっ」と声を上げた。
何気なく回した商店街の福引が、どうやら当たってしまったようだ。
「大当たりいい!」
「あ、あの、何が当たるんですか?」
俺の質問は、ベルの音に空しく掻き消された。ドラッグストアの店長が、ハンドベルを興奮した様子で振り回し続けている。もしかしたら、一番いいものが当たったのだろうか。
景品の一覧に目をやって、ギョッとした。特賞は、温泉旅行ペア宿泊券。
温泉。加賀さんと、温泉。
湯煙、濡れた肌、赤く染まった頬。そして、浴衣。浴衣はいい。とてもいいアイテムだ。
あえて、脱がさない。脱がさずに、はだけさせるのがいい。
そしてそのまま内腿に手を入れて。
「はい、三等賞です」
店長の隣に立っていた女性が、妄想する俺の前にナイロン袋を差し出した。指を差して、「この中に温泉が?」と訊いた。女性は、一瞬吹き出しそうな顔をしたが、なんとか堪えて営業スマイルを浮かべた。
「三等賞は、栄養ドリンク十本セットです」
「そう、です、か」
ガッカリしすぎて声があからさまにトーンダウンしてしまった。
「あ、待て、兄ちゃん、待て」
ハンドベルを机に置いて、店長が「待て、待て」と騒ぎながら店の中に駆けていく。取り残された二人で彼の背中を見やってから、お互いの顔を見合わせた。変な間が空いてしまったが、にこり、にこり、という感じで笑い合う。
すぐに飛んで戻った店長がナイロン袋を俺の胸元に突きつけて言った。
「兄ちゃんは常連だからよ、特別にこっちにしてやるよ。これな、すんげえ効くぜ」
受け取って、中を覗く。見たことも聞いたこともない商品名が記された、箱だ。
「これは?」
「元気になる薬だよ」
店長が歯を剥き出しにして笑い、握り締めた拳を顔の高さまで持ち上げてみせた。
「若いからいらねえかな?」
「まあ、そうですね。薬に頼らなくても元気です」
「おっ、言うねえ」
いっひっひ、と不気味な笑い方をする店長の隣で、顔を真っ赤にした女性が彼を睨んでいる。
なんだかよくわからないが、貰えるものは貰っておこう。
帰宅後すぐに、夕飯の準備に取りかかる。今日は金曜日。カレーの日だ。
加賀さんが帰ってくると、食事を済ませ、一緒に風呂に入って、まったりと二人の時間を過ごす。明日は土曜日だ。加賀さんも休みだし、俺もバイトがない。一日中、一緒にいられる大切な日。
バスタブで加賀さんの裸を抱きしめて、後ろ頭に頬ずりをする。
「加賀さん、加賀さん、好き」
「うん、俺も」
「大好き」
「うん、俺も」
返しが雑だし、声のトーンが眠たげだった。
「疲れてます?」
「んー、年度末からずっとばたついてて。新入社員も入ったし、いろいろ、うん、まあ、疲れたね。あ、疲れてるわ、俺」
今初めて気づいた、という声だ。なぜだか胸が締めつけられるように愛おしくなる。
「マッサージします」
のしかかる加賀さんの肩に顎をのせて、ぐいぐいと押すと、くすぐったそうに笑いながら俺の手首をつかんだ。
「こっちもしてよ」
股間に持っていかれた手が、柔らかいものに触れた。お湯の中でしっかりと握り締め、優しく動かした。加賀さんが息を吐き、俺の肩に頭をもたれてくる。
「気持ちいいですか?」
「ん」
短く答えてから、はあ、と気だるげな息を吐いた。
「柔らかいです」
変化のない加賀さんのものをしごきながら言った。
「気持ちよくない?」
「気持ちいいよ」
今にも寝そうな声だ。後ろから顔を覗き込むと、目をつむっていた。手の動きを止めて、こめかみにキスをする。
「今日はすぐ寝ましょう」
「んー」
肯定とも否定ともつかない返事をしてから、思い直したように「やだ」と言い切った。
「する」
「する?」
「エッチしたい」
「しましょう」
はは、と加賀さんが笑う。
「即答」
「はい、任せてください。加賀さんは寝てるだけでいいですから」
「やだよ、マグロじゃん」
「今日はマグロでいてください。俺が調理します」
「何上手いこと言ってんだよ」
一緒に風呂から上がって、脱衣所を出た。加賀さんが冷蔵庫を開ける。そして、硬直した。冷蔵庫のドアを開け放したまま、動かない。
「加賀さん? どうかしました?」
「え、あ、いや」
弾かれたように動きを再開し、麦茶の入ったガラスポットを手に取った。コップに注ぎ、口をつけて、俺を上目遣いで見る。何か、様子が変だ。
「なんですか?」
「何が?」
「冷蔵庫に変なものでも入ってたみたいな」
加賀さんが、ぐっと喉を詰まらせ、口の中の麦茶を大急ぎで飲み込んだ。俺にコップを預け、口を拭ってから「お前な」と頭を掻く。
「何、なんですか?」
「なんであんなもん買ってんの?」
「え?」
「あー、その、言っとくけど、あんなもん使わなくてもお前はすげえぞ」
「なんの話ですか?」
ん? と同時に怪訝な顔になる。
「お前が買ったんだろ?」
「何を?」
加賀さんが首をかしげてから冷蔵庫を開けた。何かを取り出して、「これ」と顔の前で振った。さっき薬局で貰ったものだ。食材と一緒に冷蔵庫に入れてしまっていたらしい。
「ああ、それ、元気になる薬です」
「お、おう。わかるけど、だから、なんで?」
「なんでって」
「あ、お前あれか?」
加賀さんがハッとした顔になる。
「俺に飲ませたい?」
福引で当たっただけで、加賀さんに飲ませようとは思っていなかった。でも、疲れているならちょうどよかった。
「はい、どうぞ、飲んでください」
加賀さんが顔を手のひらで覆ってうなだれた。すぐに素早く頭を上げると、妙にきりっとした男前な表情で、「わかった」と言った。
「任せろ。めっちゃ元気になって、めちゃくちゃ抱いてやるから」
「え、ちょっと待ってください、抱くのは俺ですよ?」
「じゃあお前も飲む?」
「え?」
「ちょうど二本入りだしな。あ、なんか考えたらチンコ勃ってきた」
加賀さんが言った。視線が無意識に下に移動して、股間を確認してしまう。かあ、と顔が熱くなった。
「そんな、元気になるって、そういう意味じゃなくて」
「え? そういう意味だろ? だってこれ、精力剤じゃん」
「精力剤……?」
加賀さんはテキパキとした動作でアンプルを開封すると、ためらわずに飲み干した。
精力剤。その名の通り、精力を増強させる薬だろう。
若いからいらないか、という薬局の主に対し、薬に頼らなくても元気だ、と馬鹿みたいに胸を張って答えてしまった。女性が赤くなっていた理由ににわかに気づき、つられたように今さら赤面する。
「はい、倉知君の分」
俺にパッケージを押しつけて、さっさと寝室に行ってしまった。開けっ放しのドア。部屋の中に淡い明かりが広がるのが見えた。首の後ろがざわついて、背中に、汗がにじむ。
改めて、パッケージを見る。効能、効果の部分を目で追って、不安がよぎる。
勃起力減退、性感減退、性欲欠乏。
俺たちには無縁の言葉が並んでいる。本当に飲んでもいいのだろうか。減退も欠乏もしていない。飲んだら一体、どうなってしまうのか。加賀さんは、怖くないのだろうか。
「くーらちくーん、まだー?」
寝室から加賀さんの声が呼ぶ。
「なんかすっげえしたくなってきた。早くおいでよー」
迷いが消えた。アンプルを開封して一息に流し込む。薬品の匂いがきつい。胃が燃えるように熱い。なんだか、ものすごく効きそうな予感がする。
早足で寝室に飛び込んだ。加賀さんがベッドの上で、服を脱いでいるところだった。さらけ出した上半身。シーツに準備されたコンドームとローション。ずくん、と下腹部が脈打つのがわかった。
「倉知君」
「はい」
「めっちゃ勃ってる」
ズボンを脱ぎながら加賀さんが言った。目が、俺の下半身に注がれている。見下ろした。布を押し上げる感覚。痛いくらいに、勃起している。
「すごい、すごい効果ですね」
興奮気味に言うと、加賀さんが可愛い顔で大笑いをする。
「そんな即効性ある? それ、プラシーボ効果じゃない?」
さすがだな、と笑いを噛み殺す加賀さんの股間も、同じように膨らんでいる。触りたい。撫でまわしたい。ゴクリ、と俺の喉が派手な音を立てた。
「加賀さん」
「ん」
「なんか、俺、おかしい」
凶暴な性欲に支配されている。加賀さんを、抱きたい。今すぐに。
呼吸が早くなり、心臓の音がやけに大きく響いて聞こえた。
おかしい。
体が変だ。熱い。無性に、ムラムラする。
加賀さんの微笑みが、この世のものと思えないほど淫靡に見えた。俺を見て、ゆっくりと下着を下ろす仕草に、心拍数が跳ね上がる。勃起したペニスが下着から顔を覗かせると、我慢ができなくなった。
「加賀さん!」
勢いをつけて、飛びかかる。体の下に押し潰し、荒々しく唇を奪う。唾液を絡ませ、舌を吸う。加賀さんが俺の首に腕を回し、両脚で腰にしがみついてきた。
恐ろしいほどの性欲が全身を駆け巡っている。
したい。挿入したい。腰をめちゃくちゃに打ちつけて、中に、出したい。
「加賀さん、挿れてもいいですか?」
キスを中断して早口で訊いた。加賀さんが鼻先で目を細め、「もう?」と笑う。
「すごく、したいんです」
どうしようもなくもどかしい。加賀さんのペニスに下腹部を密着させ、体を揺する。
「あー、それやばい、待って」
「加賀さん、挿れたい。すごい、挿れたい」
俺を見上げる加賀さんの目が、ニヤリとした。
「俺もしたい。挿れよっか」
身体を起こし、素早く服を脱いだ。早脱ぎ選手権があったら優勝しているだろう速さで、全裸になった。加賀さんが面白そうに笑って、ローションの蓋を開ける。枕に背中を預け、股を開いて自分でほぐし始めるその姿を見るだけで、気が狂いそうなほど欲情した。
ハァハァと乱れた呼吸を吐きながら、コンドームの袋を破る。先端にあてがい、装着しようとするのに、なぜか上手くいかない。焦っているからかと思ったが、どうやらこれは。
「加賀さん」
「うん?」
「入りません」
「え?」
「ゴムが、きつくて」
「はあ?」
加賀さんが裏返った声を出す。
「そんなわけないだろ。いつものゴムだぞ」
「そうですけど……、ちょっとやってみて」
先のほうにコンドームを少しだけ被せられたペニスを、加賀さんに向けた。加賀さんがシーツを這って、こっちにくる。根元をしっかりと捕まえて、コンドームを下ろそうとするが、やはり手こずっている。
「なんかお前いつもよりでかい?」
顔を近づけてマジマジと見られ、歯を食いしばる。口の中に、ねじ込みたい。暴走しそうな恐ろしい願望を、苦労して押し込めた。下腹部のうねりがすごい。力強くうごめく感覚を、制御できない。
抑えようとする意志とは反対に、増幅していく色情。加賀さんの手からペニスが跳ねて、飛び出した。腹につく勢いで上を向いている。
「何これ、嘘だろ、こんなになる?」
無理やり着けようとする加賀さんの手を止めて、コンドームをむしり取る。
「今日は生にしましょう。加賀さんは?」
「え?」
「薬、効きません? 見せて」
肩をつかんで押し倒す。呼吸を整えようともせずに、ふうふう言いながら、視線を下にやった。加賀さんの股の間で、神々しくそそり立つ性器は、どういうことだか光り輝いて見えた。
「美しい」
つぶやいた途端、加賀さんが吹き出した。
「お前、どうした? 大丈夫か?」
「なんて愛しいんだ」
両手で優しく包み込み、頬ずりをする。加賀さんが「ははっ」と声を弾ませて笑う。
「加賀さんの、大好き」
チュッチュッと口づける。加賀さんはずっと笑っていて、楽しそうだ。その笑顔もまた、俺の目には妖艶に映り、心がかき乱される。
好きだ。大好きだ。愛してる。苦しいくらいに、抱きたくて、仕方がない。
無言で加賀さんの股を割り、引きずり寄せた。一瞬の躊躇もせずに、猛り狂ったモノを速攻で、穿つ。
「あっ、ちょ、いきなり?」
うろたえる加賀さんの太ももを抱えたまま、腰を押しつけた。ローションでぬめりを帯びたそこは、温かかった。温かくて、狭い。奥まで一息で、突く。加賀さんの身体がびくりと強張って、声が漏れた。腰の動きが止められない。大きく引いて、また、突く。
唇を噛んで耐える表情の加賀さんを凝視しながら、何度も抜き差しを繰り返した。
すごい。
気持ちいい。
すごい。
理性が飛んだ。まるで性欲の奴隷だ。快感を貪りたくて、必死で腰を動かした。スプリングの軋む音。俺が突くたびに、加賀さんが泣き声で、喘ぐ。
「加賀さん、すごい、すごいです」
目がくらむほどの、快感。
激しく出入りを続けていると、加賀さんが体を仰け反らせ、「イク……っ!」と悲鳴交じりに訴えた。それを見ながら俺も中に、解き放っていた。脳内が白くなり、無になったのは束の間だった。目の前には果てた加賀さんが大股を開いていて、吐精したばかりのペニスがびくびくと動いている。あっという間に覚醒し、頭をもたげる欲望。
もっとやりたい。
間を置かずに、入れたままで、再び腰を動かした。
「え、ちょ……、まっ……て……!」
驚いた加賀さんが体を起こそうとする。待たない。細い腰を両手でしっかりとホールドし、ぐいぐいと引き寄せるようにして、ひたすら打ちつけた。加賀さんが体をよじって、よがり声を上げ続けるのを、嬉々として見つめる自分。とめどなく溢れてくる「やりたい」という欲求が、薄れることはなかった。
加賀さんが射精しているのを見下ろしながら、動きを早め激しく腰を叩きつけた。泣き叫んで身を震わせる加賀さんのペニスを捕獲し、手を上下させながら、腰を振る。
「やっ、やめ、ちょ、ばかっ」
加賀さんが涙目で、すがるように俺を見てくる。
「七世、七世……っ」
俺の名前を何度も何度も口にする。愛しさが込み上げ、胸がきゅっとなり、身震いが起きた。
「加賀さん、愛してます」
恍惚とした声色が出てしまった。動きを止めて、覆いかぶさる。耳元で、苦しげな呼吸音が聞こえてくる。いつもならできる気遣いが、できない。
「すいません、止められない、我慢して」
覆いかぶさったままで頭を撫でて言った。そして動きを再開する。
浅ましく貪り続け、再び中に出した頃にはシーツと体がいろんな液体でまみれていた。普段なら、これだけすれば冷静になれる。体を綺麗にして、シーツを変えて、という流れになるのだが、どうしたことか、ならない。
「加賀さん」
「うん……」
「持ち上げてもいいですか?」
「……え?」
ぜえぜえ言っていた加賀さんが、頭を動かして俺を見る。
「ちょっと、起きてください」
腕を引いて加賀さんの体を起き上がらせると、結合した状態で膝に座らせた。
「なあ、まさかと思うけど、まだやる気?」
「やります」
「マジか、抜かずの三発じゃん」
はは、と笑う声は、意外にも元気そうで安心した。
「対面座位?」
「違います、立って持ち上げるやつをやりたいんです」
「あー……、駅弁?」
「駅弁? いえ、食べ物の話じゃないです。なんですか、急に。お腹空きました?」
加賀さんが力なく笑って、無言で俺の頬をつねる。
「あの持ち上げてゆさゆさするやつ、あれ、すごい気持ちよくて。好きなんです」
目を見つめて正直に告げると、加賀さんが「え、そっちも?」と意外そうに言った。
「気持ちいいの? 重いだろ? 疲れない?」
「疲れません、ちょうどいい筋トレです」
「はは、そうだった」
「すごくいいです」
「俺もあれ、すげえ深くまでくるからめっちゃ気持ちいいよ。突き刺されてる感じがいいっていうか」
至近距離で目を見て言われ、ゾクっとすると同時に、下腹部が奮い立つのがわかった。加賀さんが「んっ」と色っぽい声を出して肩を震わせると、ひたい同士をくっつけて言った。
「中の、でかくなった」
嬉しそうに言って、俺を咥え込んでいる部分を、ぎゅ、と締めつけてくる。
「突き刺して?」
加賀さんがいやらしく囁いてくる。鼻息を荒くして、うなずいた。
「任せてください」
湿った体を抱えながら、ベッドから両足を下ろし、立ち上がる。加賀さんが俺の首に腕を回す。少し不安げな顔が可愛い。髪にキスをして、両脚を抱え込む。
「あ、やべえ、待って、ストップ、漏れてる」
加賀さんが俺の背中に爪を立てながら言った。
「漏れてるって、何がですか?」
わかっていて訊いた。尻から滴り落ちてくる精液が、俺の股間を濡らしている。
「お前が中に出したのが……」
喋っている途中で、軽く揺さぶってみた。加賀さんが慌ててしがみついてくる。
「ちゃんとつかまってて」
耳に口をつけて注意を促してから、腰を振る。抱えた太ももを揺さぶって、激しく突く。突き刺す、という表現そのままに、加賀さんの体をバウンドさせ、腰をぶつけた。体重が乗って最奥まで届くのがわかる。深く、奥を突く感覚が、ものすごく、いい。
二回出した精液が、中に残っているのがわかる。ぬるぬるで気持ちがよかった。抜き差しするたびに泡立った白いものが床に飛び散ったが、気にならない。そんなことはどうでもいいほどに、気持ちがいい。
加賀さんが声にならない声を上げて、俺の肩に爪を立てる。皮膚に爪が埋まっていく。痛みは感じない。それ以上の快感に夢中になっていた。
叫びすぎて、加賀さんの声が枯れた頃、唐突に、それはやってきた。
加賀さんの体の力が抜けて、しがみついていた腕が零れ落ち、真後ろに倒れたのだ。
「わっ、ちょ、加賀さん」
急いで抱きとめ、ベッドに寝かせると、完全に脱力した加賀さんがぐったりと、死体のように横たわる。
「加賀さん」
頬を軽く叩く。目は閉じたまま。心臓に耳を当て、呼吸をしているか確認したあとで息をつく。気を失っただけだ。
よかった。
のだろうか。気絶するほどの負担をかけたことが、申し訳ない。
「ごめんなさい」
謝って、唇にキスを落とす。
「……ふ」
薄く瞼を開けた加賀さんと、目が合った。口元が笑っている。
「起きた」
泣きそうな声が出た。
「うん」
「白雪姫みたい」
「じゃあお前は王子様だな」
笑い合って、もう一度キスをした。
「すいません」
「何が?」
「その、性欲が、止まらなくて……」
「あー、はいはい、うんうん、だよな。そういう薬だからあれは。謝る必要はない」
加賀さんがゆっくりと体を起こす。
「でも効果が出るのに個人差があるみたいだな」
そういえば加賀さんは、いつもと変わらない。薬が効かなかったのだろうか、と首をかしげた瞬間、目に飛び込んできたのは、股間で屹立した雄々しい男の象徴。
「え」
「やっと効いてきた」
汗で濡れた髪をかき上げて、加賀さんがニヤリと笑う。どき、と心臓が跳ねた。まずい、カッコイイ。これは、あれだ。
やられる。
カッコイイと思った時点で駄目なのだ。体が熱くなり、受け入れる態勢が整ってしまう。
気づくと組み敷かれ、うつぶせの状態で揺さぶられながら、声を殺していた。
シーツに体を押しつけられ、太ももに乗って、後ろからガンガンに突かれている。前がシーツで擦られて、後ろはさっきの仕返しとばかりに、力強い動きで出し入れされ続けている。
「気持ちいい?」
加賀さんが訊いた。答えずに、シーツに顔をうずめて、耐える。口を開くと喘ぎが止まらなくなりそうで怖かった。
「七世」
俺の尻を揉みしだきながら加賀さんが名前を呼ぶ。ビクッとなって口元が緩む。その瞬間、堪えていた声が漏れた。
「ああっ、あっ、やだっ、……んっ、んんっ」
「可愛いな。もっと声出してよ」
加賀さんが後ろで意地悪く笑っている。尻に、加賀さんの股間が密着しているのがわかる。ぐいぐいと押しつけられ、体の震えが止まらなくなった。
頭がおかしくなりそうだ。
加賀さんの動きの全部が気持ちよくて、もう何も、考えられない。
「加賀さん、抱いて、抱いてください」
「え、どうした、抱いてるよ?」
「もっと、もっと抱いて」
わけがわからないことを言っているような気がしたが、加賀さんは愉快そうに笑い声を上げた。
「めっちゃ可愛い」
そう言ったあとで、少しの間を置いて、とろけそうな優しい声色で付け足した。
「七世、愛してる」
涙が出た。泣いて、叫んで、もっと、もっとと大騒ぎして、ねだるように尻を突き上げ、全力で、乱れた。
羞恥心が弾け飛んで、消え失せた。残ったのは、ひたすら加賀さんが好きで、ずっとこうしていたい、という渇望。
体位を変え、二度抱かれたあとで、自然な流れで今度は俺が、加賀さんの中に入った。繋がれるなら、なんでもいいと思った。どっちがいいとか、別に、ない。どうだっていい。
いつの間にか日付が変わっていて、そのうち夜が明けたが、離れられなかった。激しく、ときに緩やかに、体を繋げ続けた。
とっくに薬の効果なんて消えているだろう。でも、欲しくて堪らない。
愛してる、と言い合って。
肌を重ね、指を絡める。
愛欲の沼に、ゆったりと、身を委ねた。
〈おわり〉
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