電車の男ー同棲編ー番外編

月世

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モテキングの終末 おまけ

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※この話は「モテキングの終末」を六花視点で書いたものです。ちょっとしたおまけですので軽くフラットな気持ちでお読みいただければと思います。

〈六花編〉

 山中さんのアプローチは、とどまることを知らない。
 去年の新入社員が若い男の子だったせいで、私は相変わらず標的にされていた。
 毎日勝手にコーヒーを奢ってくるし、休憩時間に私のワークスペースに現れて、「このおニューの靴、どう?」だとか「このアプリ面白いよ。一緒にやらない?」だとか、どうでもいいことを知らせてきて、本当にうっとうしい。
「イケメンだったらよかったのにね」
 社内の人間はそう言うが、イケメンだろうがなんだろうが、こんなに毎日しつこい男は勘弁してほしい。
 細身のスーツを着こなす笑顔の優しい男前と、童顔なのに長身で鍛えられた肉体を持つギャップ萌えの若い男。タイプは違っても、確実にモテそうな部類の男二人を彼氏だと紹介したにも関わらず、めげないのは非常に解せない。
 一体どうやったら私の視界に入ることをやめてくれるのだろうか。
 別に、気にしなければいいのだ、と思うが、職場を離れ、ランチに訪れた先にもついて来られるといよいよ怒りが沸く。これで何度目だろう。
 悪いとは思ったが、千葉さんを巻き込んで手に負えないビッチを演じてみたのに、このメンツで自分が四人目に抜擢されると思っているのだから頭が痛くなる。
 私は面食いとは違う。見た目で人を判断しているわけじゃないが、山中さんは生理的に受け付けない。
 だから千葉さんが、自分と山中さんを同じだと言ったときに、それは絶対に違う、と反論したくなった。そもそも千葉さんは、山中さんのような粘着質なタイプじゃない。
 メールがしつこいとか、会いたいと迫ってきたりとかも、ない。
 今日会ったのだって、八か月ぶりだ。
 多分、女性のことをよくわかっているから、嫌われないようにふるまうのが上手いのだろう。
 七世の言う通り、千葉さんのことは嫌いじゃない。じゃあ付き合うか、と言ったらそれも違う。違うのだが、今にも泣きそうに目元を赤らめる千葉さんを見ていると心が痛む。
 私の好みのタイプに寄せてきているらしく、加賀さんから体を鍛えていると聞いた。すごく、無駄な努力だと感じた。私の好みのタイプは、二次元でしか達成しえない条件で埋め尽くされているからだ。三次元で生きる千葉さんが、私の好みにピタリと当てはまることはまずありえない。だから、申し訳なかった。彼の時間を奪っている。
 もうやめますね。
 私を好きでいることをやめるという宣言なのか、言い寄るのをやめるという意味なのか。暗い顔で落胆する千葉さんを見る。これでよかったんだ。そう思うのに、千葉さんの蒼白な横顔が気になって仕方がなかった。明らかに泣きそうで、歯を食いしばっているものの、顎の先が細かく震えているのが見えた。
 こんないい大人が、たかが恋愛ごときで。
 フォークにパスタを巻きつけるだけで、食べる気配がないのは口を開けると泣き出してしまうからかもしれない。
 いたたまれない。
 私みたいな可愛げのない女のどこがいいんだか、わからない。
「ちょっと喋っていい?」
 加賀さんが言った。加賀さんは人の気持ちの動きに鋭い。千葉さんが泣きそうなことなどお見通しだろう。気まずいこの空気を和ませてくれるはずだと、ホッとして彼を見たが、和ませたいのではなく、私に対するプレゼンタイムが始まったのだとすぐに気づいた。
 加賀さんは、「千葉君と付き合えば?」と明確には言わなかったが、そう思っていることは明らかだった。加賀さんがここまで推す彼は、すごい人物なんじゃないかと思った。とてもそうは見えないが、何かがあるのかもしれない。
「千葉君ならわきまえてて待てもできる」
 加賀さんが言った。千葉さんを見る。確かにこの八か月、しつこく誘ってきたり、一方的にメッセージを送り続けたりはしてこなかった。加賀さんについて来ようと思えばできただろうに、ランチに乱入することも、今日までなかった。
 とりあえず付き合ってみるのもあり。加賀さんが言った。千葉さんは前のめりになっている。食い入るように加賀さんの言葉を聞いている。
 この人は一生懸命なんだな、と思った。恋愛に、一生懸命なのだ。
 人それぞれ大切にしていることは違う。
 私は今仕事も趣味も充実している。だからと言って、恋愛ごとき、と見下すのは間違っていたかもしれない。
 男同士とはいえ恋愛ものを描いている身として、否定するつもりはない。でも、拒絶していたことは確かだ。時間がもったいないから、ということ以外に、いつまでも背を向ける理由は、私には、ない。
 山中さんのように気持ち悪いとは思えない相手。
 邪魔をしないなら。
 腐女子であることを馬鹿にしたり、嫌悪しないなら。
 いいか、と思えた。
 だって、結婚するわけじゃない。
 よろしくお願いします、と頭を下げると、彼はぼんやりしていた。
 このことは私にとって、人生の一大事ではなかったが、もしかしたら彼にとっては、そうだったのだろうかと考えると、悪い気分はしなかった。
 自分の一言で、人の気持ちが大きく下がったり、上がったりする。
 この不思議な感覚は、なんだか久しぶりだった。

〈おわり〉
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