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聖なる夜 ※
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〈倉知編〉
サークルの忘年会がある。
一度断ったが、加賀さんも同じ日に営業部の忘年会で不在だと知って、出席を決めた。一人で夜を過ごすのが寂しいからだ。
以前、新年会でたまたま会場が一緒だった。また同じ店だったらいいのにと思ったが、そんな嬉しい偶然はそう何度も起らない。加賀さんは串揚げ屋で、俺は居酒屋だった。
当日の朝、加賀さんに「飲みすぎるなよ」と釘を刺された。
「ビールは中ジョッキ一杯まで。酔いやすいからちゃんぽん禁止」
「大丈夫です、俺だいぶお酒強くなりました。三杯はいけます」
胸を張る俺を、加賀さんは目を細めて疑わしそうに見ていたが、ビール一缶くらいじゃ酔わなくなった。何事も慣れだ。
「加賀さんも飲み過ぎないように」
「俺は酔わないよ」
結構泥酔してますけど、という科白は心に留めておいた。
「なあ、例の後輩も来る?」
「例の後輩?」
「ストーカー騒動のときの」
ああ、とうなずいてから首をひねる。
「さあ、どうかな? 知りません」
誰が出席するかは把握していないし、彼が来ても来なくても俺にはあまり関係がないと思っている。あのあと彼は自分がゲイだとカミングアウトし、なんやかやで彼氏もできたらしい。加賀さんの言う通り、俺に惚れていたのだとしても、もう過去のことだ。
「あー、やっぱすげえ心配。ついてこうかな」
靴を履くと、回れ右して俺の腰に抱きついてくる。可愛い。頭を撫でて、冗談に本気で返す。
「ついてきてください」
加賀さんが「はは」とへその辺りで笑う。
「過保護でごめんね」
「いえ、嬉しいです」
「信用してないわけじゃないよ」
「わかってます」
「俺がいないとこでお前が酔っ払ったらどうなるか、試したことないだろ?」
まあ、と相槌を打つ。
「キス魔になったりセックスマシーンになったりするのも、もしかしたら俺限定じゃないかも」
「せっ……、あの、ほんと、大丈夫ですから。遅刻しますよ?」
未練がましくしがみつく加賀さんを引っぺがし、通勤鞄を胸に押しつけ、玄関のドアを開けて背中を押す。
「いってらっしゃい」
「俺と間違えてキスしたり」
「しませんって」
「俺と間違えて股開いたり」
「わーっ、しませんしません」
いってらっしゃい、と押し出して、ドアを閉める。
顔が熱い。
嫌な汗が出た。息をついてから、でも、と考える。
確かに、酔っ払うと自分をコントロールできなくなるし、何をしでかすか想像できない。
せいぜい気をつけよう。
加賀さんの言いつけをちゃんと守って、ビールは中ジョッキ一杯でやめておいた。例の後輩も来ていたが、席も離れていて、接触してくる様子はない。
もっと飲めとグラスを押しつけられることもなく、一次会は無事終了し、二次会のカラオケ店へ移動した。
居酒屋で散々飲んだメンバーたちだったが、飲み放題を頼むのだから、ついていけない。俺は一人オレンジジュースを注文した。
飲み会の二次会は毎回決まってカラオケらしいが、今日は忘年会ということもあり、特別に景品が出るらしい。
「えー、得点の高かった上位三名が、景品ゲットできます!」
部長が大きなバッグの中を漁り、「第三位の景品はこちら」とテーブルの上にうまい棒の塊を置いた。
「うまい棒三十本入りでーす」
イエーイ、と盛り上がり、タンバリンとマラカスを振りまくるメンバー。
「第二位は日本酒!」
どん、と一升瓶がテーブルに置かれた。みんなが一斉に沸いた。
「そして第一位の景品は」
バッグに手を入れた部長が、ニヤニヤしながら取り出した赤い物体を、テーブルにそっと置く。覗き込んだみんなが、怪訝そうに顔を見合わせる。
「何これ」
「なんでこれが一位?」
「誰の趣味?」
「俺のだよ!」
部長が吠えた。
「一位になりたくねえ」
「いらなーい」
「きもい」
「誰得?」
「ダダ滑り」
ブーイングがすごい。確かに、なんで一位の景品がこれだ、と疑問だが、一週間後にクリスマスを控えていることを思えば、納得できる。
「俺は一位狙っていきます。すごく欲しいです」
落ち込む部長の肩を叩いて言った。
「おっ、さすが倉知。お前だけだよ、俺の味方は!」
「サイズはM? L?」
「Lしか在庫なくて、ごめんな。大きいかも」
よし、と気合を入れる。
「七世君……、それ欲しいの? 貰ってどうするの?」
大崎さんが引きつりながら指を差す。
「倉知先輩、まさかそれ、あの人に?」
後輩も、どうやら気づいたらしい。目を丸くして、口元は少し笑っていた。俺は力強くうなずいた。
「勿論、愛しいあの人に着て貰います」
ひゅーう、とはやし立てる一同。大崎さんは侮蔑の表情で、青くなって引いていた。後輩はうなだれて肩を震わせていた。二人は俺の言う「愛しいあの人」が加賀さんだということを知っている。恥ずかしいことをしゃべってしまったのではないかとは思ったが、俺は多分、ほんの少し酔っていた。
我ながらテンションがおかしいと思いながら、回ってきたマイクを握り締め、自分がもっとも得意とする曲を選択し、歌い上げる。
そして結果は、高得点で見事優勝。一位の景品をほくほく顔で受け取った。
「それ、クリスマスまで隠しとけよ。彼女に見つからないようにな」
「つうか、倉知ってむっつり?」
「ガキみたいな顔しといて、夜は激しかったり?」
メンバーが詰め寄ってくる。
「はい、結構頑張ってます」
女子たちがイヤーとかキャーとか悲鳴を上げる。普段はこの手の軽口には乗らない。笑って曖昧にやり過ごしている。やっぱり俺は軽く酔っているらしい。
ちゃんと理性はあるし、誰かにキスしたいとか変な欲求はない。ただ楽しい気分なだけだ。一杯でやめてよかった。
「いいねいいね、めくるめく聖夜をお楽しみください」
肩を組む男たちの輪に、俺も巻き込まれた。イエー、とアルコールの入ったグラスを叩き合わせるサークルメンバーが、声を揃える。
「メリークリスマース!」
大崎さんの冷たい視線と、後輩の好奇に満ちた視線。気にならないほどに、一週間後のクリスマスが楽しみだった。
〈加賀編〉
シークレットサンタというものをご存じだろうか。
海外ではメジャーなイベントだが、日本ではおそらく知名度も低い。
簡単に説明しよう。
参加者全員の名前を書いた紙を用意し、くじ引きをする。くじに書かれた相手のプレゼントを事前にこっそり用意する、というものだ。シークレットという名前からもわかるように、誰のプレゼントを用意するかは、当日まで秘密にするのが楽しい。
人数が多ければ多いほど面白いのだが、これを今年、営業部でやろうということになった。発端は、同僚の原田だ。
海外ドラマでシークレットサンタを扱ったエピソードを見て、やってみたくて堪らなくなったそうだ。まるで子どもだ。やりたい、絶対楽しい、と熱弁をふるう原田を、みんなは生温かい目で見ていたが、あまりのしつこさにやがて折れた。
営業一課のみでのたわむれということで、予算を三千円以下に決めて、それぞれくじを引く。俺が引いた紙には、原田の汚い字で「前畑若菜」と書かれていた。
正直、困った。
倉知とは、プレゼント交換をしないことに決めている。そんなことよりも一緒にいられればいいのだが、倉知を差し置いて、他の女にクリスマスプレゼントを用意しなければならない謎の状況に追い込まれてしまった。
三千円以下で大人の女が喜ぶもの。考えてもわからない。俺は元々女性を喜ばせるセンスがない。
いや、「女」と考えるからダメなのだ。前畑のことを考える。最近のあいつはもっぱら腐女子だ。喜ぶことと言ったらそっち方面しか思いつかない。六花に頼んで男同士の絡み絵でも描いてもらうか。いやいや、と首を振る。
もう少し、プレゼントらしいものにしよう。
クリスマスが迫る中、俺はさりげなく前畑を観察し続けた。そしてあることに気づいた。
猫だ。
前畑はどうやら猫が好きらしい。携帯のストラップも猫だし、デスクには猫の写真が挟んであるし、猫のチャームがついたボールペンで仕事をしている。
どんだけ猫好きなんだよ、と笑えたが、長い付き合いなのに、こんなことを今まで知らなかったというおのれの冷たさを反省した。
そんなこんなで猫をモチーフにしたグッズを探して雑貨屋に脚を運び、ようやくプレゼントを用意することができた。
そして二十五日のクリスマス当日。定時が近くなると、原田がいそいそとフロアを出ていった。社員は気づかぬふりで、ひそかに視線を交わし合う。
「メリークリスマス!」
大きな白い袋を担ぎ、サンタ帽をかぶって登場した原田に注目が集まった。他の課の連中が真面目に働いている横で、気が引けるとかはないのだろうか。
「良い子にしてたかな? サンタのおじさんからのプレゼントだよ」
「そういうのいいから早くしてよ」
後藤がイラついたように急かした。
「子どものためにケーキ買って早く帰らなきゃいけないんだから、とっとと済ませてくれる?」
「すいません」
しょんぼりした原田が、咳ばらいをしてから「では」と袋の中に手を突っ込んだ。
事前に回収したプレゼントには名前付きのカードが張り付けられている。原田が名前を読み上げ、プレゼントをデスクに配って歩く。まさにサンタだ。
「ほっほっほ、これは定光君のだよ」
声色を使った原田が俺のデスクに赤い包装紙でラッピングされたプレゼントを置いた。キーボードを叩きながら、生返事をする。
「あー」
「ノリわりいな!」
サンタの拳が頭頂部に降ってきた。気にせずにキーボードを打ち続けながら、時計を見る。定時を少し、過ぎたところ。予約していたケーキを取りに行かなければ。なんとなく、ケーキさえ買っておけばクリスマスっぽいかな、と付き合って四年目でようやく予約するという技を覚えた。
クリスマスだからといって、特別はしゃぐこともないのだが、今日はカレーが待っている。金曜じゃないのにカレーだ。クリスマスなのにカレー? と笑われるかもしれないが、笑うなかれ。なんとチキンカレーだ。
倉知がせっせと飾りつけをした部屋で、クリスマスツリーを眺めながら、チキンの入ったカレーを食べて、ケーキで締めくくる。今年はシャンパンで乾杯しよう。一応のクリスマス気分は味わえる。
そして夜は、まったりイチャイチャコース。シャンパンに追加で少し上質の赤ワインも買おう。酔うまで飲ませてやる、とニヤついていると、原田が「みなさん、プレゼントを開封しましょう」と手を叩いて言った。
今まさに帰ろうとしていた後藤が舌を打つ。営業一課の面々が、それぞれ自分のプレゼントをガサガサと開封する音がフロアに響く。
「これ、誰が誰にあげたか言うの?」
原田に訊くと、「おっ、言おうぜ」と声を高くした。
「課長、それ僕です。課長にもハマって欲しくて」
高橋が営業課長に申告をする。課長は、アニメのDVDボックスを持って途方に暮れていた。
「やーん、このマグカップ可愛い! 猫! キュート!」
前畑が黄色い声を上げた。喜ばれると嬉しい。ホッと息をつく。
「これ誰くれたの? あっ、めぐみさんじゃない?」
「違う、多分加賀君」
「えっ!」
前畑が勢いよく立ち上がった。ルールにのっとって、誰にプレゼントを贈るかは喋っていないが、後藤は鋭い。きっと俺がここ最近、前畑に注目していることに気づいていたのだろう。
「か、加賀君なの? 本当に?」
「正解、俺です」
後藤が未開封のプレゼントをバッグに突っ込んで、「お先に」と小走りでフロアを出て行った。俺も早く帰りたい。腰を上げる。
「嘘、加賀君が、私のために?」
マグカップを胸に抱いて、涙ぐんでいる。
「前畑のことちゃんと考えて選んだから」
パソコンの電源を切って、机の上を整理しながら言った。
「加賀君……、う、嬉しい……っ」
「二人で仲良く使ってよ」
「……え?」
「もう一個あるだろ。柄違い。それペアだから」
「……ええ?」
「メリークリスマス」
コートを羽織って、フロアを出た。
「加賀、忘れてるぞ」
原田がプレゼントを持って追いかけてくる。
「お、サンキュ」
「お前の、俺からな」
「そうなの? 中身何?」
「俺もお前のことすごい考えて選んだからな」
俺の背中を叩いたサンタは、下卑た笑みを浮かべていた。
〈倉知編〉
今年もクリスマスがやってきた。
ツリーに絡まった電飾が色とりどりに発色し、規則正しく点滅している。
テーブルの上にキャンドルとグラスを用意し、ポインセチアを置いてみた。クリスマスっぽい。あとは加賀さんがケーキを買って帰って来るのを待つだけ。
定時で帰る、と言っていた。多分、もうすぐ。
ソワソワしながら、腕立て伏せを始めた。
落ち着かない。
なぜなら、忘年会のカラオケ大会での景品を隠し持っているからだ。クローゼットの上のほうに、夏物に紛れて隠しておいた。一週間バレずに済んだが、俺は迷っていた。
加賀さんには見せずに、処分してしまおうか、と考えていた。
あのときはすごく魅力的に見えた景品だったが、酔いが醒めて冷静になってみると、完全に、アウトだ。あんなものを加賀さんに着せようなんて、どうにかしていた。いや、酔っていたから仕方がない。
誰かにあげるか捨てるかして、とにかく加賀さんに見つからないように……、と考えていると、視界に脚が二本、現れた。
「わっ、おかえりなさい」
考えごとをしていたせいで、帰ってきた音に気づかなかった。慌てて腕立てをやめて、膝をつかずに俊敏に立ち上がる。
「ただいま。体力あり余ってんの?」
加賀さんがケーキの箱と、ボトルを二本、テーブルに置いた。
「これケーキ。それと、シャンパンと赤ワイン」
「二本も?」
「うん、なんか安かったから」
「ありがとうございます」
「お、すげえ、クリスマスっぽい。さすが、こういうことやらすとセンスいいよな」
テーブルを見て感心したように褒めてくれた。えへへ、と頭を掻くと、加賀さんが真横から抱きついてきた。
「あー、カレーの匂い」
「はい、食べましょう」
「着替えてくる」
「えっ、あ、え、っと、はい、いってらっしゃい」
一瞬、クローゼットで眠る例のブツが浮かんで、挙動不審になってしまった。
今日はクリスマス。あれを着てくれたら。いや、駄目だ。あんなものを見せたら、嫌われるかもしれない。絶対、引かれる。ドン引きだ。決まっている。
でも、どうにかして着てくれたら最高だ。
いや、やめておこう、絶対、見せられない。
でも、もしかしたら無礼講で、許してくれるかも。
いや、宇宙のように広い心を持っている加賀さんでも、アレは引く。
葛藤しながらキッチンに立ち、鍋のカレーをぐるぐると回す。
「よそってくれないの?」
いつの間にか加賀さんが、皿を持って隣にスタンバイしていた。
「あっ、す、すいません、あ、あれ? 着替えなかったんですか?」
いつも帰宅するとスウェットに着替えるのだが、スーツのジャケットを脱いで、ネクタイを外した格好だ。
「このほうがなんとなく雰囲気出るだろ」
せっかくクリスマスだし、と言って、一番上のボタンを片手で外した。喉元が覗くと、そこからフェロモンがあふれ出たような気がした。色気がすごい。
凝視していると、加賀さんが俺の尻を叩いた。
「はよせな」
「すいません」
カレーをよそってテーブルにつくと、キャンドルに火を灯した。電気を消すと、テーブルが浮かび上がって見えた。部屋の隅には明滅するクリスマスツリー。幻想的で、美しい。
「めっちゃクリスマスだな。カレーだけど」
加賀さんがシャンパンを開けて俺のグラスに注いでくれた。薬指に指輪が光っていることに気づいて、嬉しくて舞い上がりそうになる。
「おかわりあるからじゃんじゃん飲めよ」
「酔わせようとしてます?」
「強くなったんだろ? どっちが先に酔うか勝負する?」
グラスを持ち上げて「乾杯」と囁いた加賀さんが不敵に笑う。キャンドルのほのかな灯りに照らされた、綺麗な顔。ため息が漏れるほど、男前だった。
「します、勝負」
見惚れながらグラスに口をつけて、シャンパンを流し込む。加賀さんがニヤニヤしながら俺を見ている。
いつまでも子どもじゃないぞ、見てろ、と意気込んでいたが、二杯目に口をつけた辺りから、雲行きが怪しくなってきた。何もおかしくないのに、急に「ふふっ」と笑いがこみ上げてきたのだ。
加賀さんがおかわりしたカレーをもぐもぐしながら俺を見る。
「何、思い出し笑い?」
「違います、なんか楽しくなってきて」
「よしよし、いいぞ、もっと楽しくなれよ」
加賀さんは空になった皿の上にスプーンを置いて、ワイングラスを持ち上げると、残っていたシャンパンを飲み干した。
「三杯目。今んとこ俺がリードだな」
「カッコイイ」
うっとりした声が出た。加賀さんがグラスと俺を交互に見ながら三杯目のシャンパンを自分のグラスに注ぐ。
「倉知君、もう酔ってない?」
「まだです、全然、酔ってません」
「ほんと? なんか目がうつろだけど」
「酔ってるとしたら、加賀さんにです」
気取った科白のつもりだったが、加賀さんは「はは」と軽く笑って三杯目のシャンパンに口をつける。上下する喉仏を、じっと見つめた。色っぽい。もっとよく見たい。
「加賀さん」
「ん?」
「ボタン、もう一個外して」
グラスに口をつけたまま、加賀さんが俺を見る。そして、ためらいなくすんなりと、第二ボタンを外してくれた。
「もう一個、お願いします」
「んー?」
唇を笑みの形にして、ごくごくと喉を鳴らしながら三番目のボタンを外す。自然と体が動く。椅子を鳴らし、身を乗り出した。キャンドルの炎が、揺れる。
「なあ、酔ってるだろ」
「酔ってません」
「そう?」
加賀さんがボタンを外していく。すべてのボタンが外れたワイシャツの隙間から、素肌が見える。キャンドルの灯りが、胸に陰影を落としている。息苦しいほどに、急激に、性欲が沸き起こった。
ごまかすためにグラスをあおった。アルコールの強烈な存在感が、喉を滑り落ち、胃に流れ込んでいく。腹がカッと熱くなる。少し咳き込んでから息をつき、グラスを置いた。加賀さんが面白そうな目で俺を見ている。
「三杯目いく? それともワイン開ける?」
「加賀さん」
「うん」
「脱いでください」
「え?」
加賀さんがつまみのチーズを齧りながら、半笑いで首をかしげる。腰を上げた。体がふらつく。テーブルに手をついて体を支えながら、もう一度言った。
「全部、脱いで」
加賀さんが椅子の背もたれにふんぞり返って、「はは」と笑った。
「お前はもう、酔っている。俺の勝ちだな」
お前はもう死んでいるのテイストでそう言うと、グラスを軽く掲げて長い脚を組む。
「酔ってません。負けてません」
「でもすげえチンコ勃ってる」
グラスを持った手の人差し指で、俺の股間を指さした。テーブルに手をついた体勢で、自分の下腹部を確認する。誰がどう見ても完全に勃起している。
「セックスマシーンの覚醒かな?」
「加賀さんが色っぽくてムラムラしたんです。別に、これは普通です。酔ってるからじゃないです」
「へえ?」
加賀さんが嬉しそうだ。俺も嬉しくなって顔が笑う。
「そうだ、渡したいものがあるんです」
「え? クリスマスプレゼント? 俺何も買ってないよ」
「いいんです、ちょっと待ってて、持ってきます」
なんだか足の裏が熱くて、体がふわふわしている。気持ちいい。ごく自然にスキップが出た。背後で加賀さんが大笑いしている。
楽しい。愉快な気持ちだ。
絶好調のまま、禁断のクローゼットを解き放つ。
〈加賀編〉 ※女装が苦手な方はご注意ください。
シャンパンのアルコール度数は大体が十二パーセント程度。酒が弱い奴がビールと同じ感覚で飲むと、早い段階で潰れる。倉知がそれを知らずにハイペースで飲むだろうことは予想がついた。
最初から、勝敗は見えていた。倉知を酔わせるのは簡単なのだ。
本人は酔っていない、と言っているが、酔っている。
その証拠に、妙なものを満面の笑みで見せびらかしている。
ただのサンタ服かと思いきや、巻き毛のギャルが恥ずかしげもなく着こなしている写真がパッケージを飾っていて、それを見れば普通じゃないことは一目瞭然だった。
極端なミニスカートのサンタのコスプレ衣装だ。サンタ帽をかぶり、太ももと肩を放りだし、白いポンポンがついた膝上丈の赤い靴下のようなものを履いている。相当なミニだし、露出度が高い、卑猥なデザインだ。
「なんでこんなの買ったの?」
「違います、この前の忘年会、二次会がカラオケで」
それの景品なのだと言い訳をする倉知が、開封して中身を取り出した。
「はい」
椅子に座る俺の目の前に、衣装を差し出してくる。
「はい?」
「大丈夫です。女物だけど、Lサイズだから加賀さんなら着れます」
「大丈夫じゃないからね。着ると思う?」
「着てください、見たいです」
にやけた倉知の頬を軽くつねってから、手のひらでサンタコスを押し返し、首を横に振る。
「着ないからな」
「なんで?」
「なんでになんでと言いたい」
「これはきっとご褒美なんです」
「はあ?」
「毎日、すごい主婦がんばってるから、神様が俺にご褒美をくれたんです」
「いつから主婦になった?」
倉知がケタケタと笑ってから、突然俺のワイシャツを剥ぎ取った。ボタンを全部外していたせいで、瞬時に裸体をさらけ出すはめになってしまった。
「加賀さん」
倉知の息が上がってきた。そして、ズボンの生地をこれでもかと押し上げる、股間のイチモツ。
「加賀さんの、サンタ……」
そこまで言って、倉知が刮目してハッとなった。それから、大きな音を立てて吹き出し、可愛い顔で笑う。
「加賀さんがサンタになったら、加賀サンタだ。加賀サンタ……、加賀サンタだって、ふふっ、面白いですよね」
「お、おう」
「お願い、俺だけの加賀サンタになって」
俺の足元に膝をつくと、懇願する目で見つめてくる。面白いし、可愛い。まあいいか、とほだされるのは、甘すぎるだろうか。
倉知の手からコスチュームを受け取った。大げさなため息をこれ見よがしについてから、腰を上げた。
「着替えてくる」
「ここで着替えて」
「お前」
「加賀さん、愛してる」
俺の脚に倉知がしがみついてくる。手がベルトにかかり、止める間もなく外され、ズボンを下ろされ、パンツも剥かれ、全裸にされると、世にも恥ずかしい衣装に着せ替えられてしまった。
「ひどい」
仕上げに頭にサンタ帽を押し込まれた。顔を覆って嘆く。
「可愛いいいい」
倉知が素っ頓狂な声を上げる。
「加賀サンタ可愛い、最高、エロい、綺麗、写真撮らなきゃ」
「やめろ、馬鹿」
スマホを取り出そうとする倉知の手首を本気の握力でつかむ。少し動いただけで、スースーする。今、俺の下半身はとんでもなく自由な状態。
やんわりと、正気を取り戻してきた。すくみ上って両腕を撫でさする。
「やべえ、何やってんだ俺……、今誰か来たらおしまいじゃねえか」
「誰かって……、光太郎さんとか?」
「えっ、やめて」
「誰も来ませんよ。来たとしても、見せません」
倉知が俺を抱きしめた。
「加賀さん、好き」
腰を抱き寄せ、俺の股間に硬いものを押しつけてくる。
「当たってる」
「当ててるんです」
腰から尻に移動した大きな手が、ミニスカートの中に潜り込んでくる。下着を履いていない下半身に、直接倉知の指が触れる。
今日は倉知を泥酔させて、セックスマシーンへと変貌させてから、美味しくいただくつもりだった。目論見が外れて残念だったが、倉知が楽しそうだからなんでもいい。
「ベッド行きましょう」
倉知が俺を持ち上げて言った。
「ケーキは?」
「ケーキより加賀サンタを食べたいです」
「絶好調だな」
多分、酔いが醒めたら激しく後悔することになる。酔っている間の記憶があるのは難儀だな、と若干同情する。
「そういや俺、プレゼント貰ったんだった」
寝室に連れられ、ベッドに寝かされると、唐突に思い出した。中身が何か気にならないわけじゃなかったが、一刻も早く帰りたかったから、開封していない。
「プレゼントって誰からですか?」
「サンタさん?」
覆いかぶさろうとする倉知の脇をすり抜けて、ベッドから飛び降りた。
「それ、後にしませんか?」
倉知が拗ねた声を出したが、一度気になると駄目だ。クローゼットを開けて、通勤鞄を漁る。無理やり詰め込んだそれを引き出して、振り返る。倉知がベッドの上で身を低くして顔を横に向け、こっちを見ていた。
「何してんの?」
「お尻見てました」
「おっさんか?」
ベッドに膝をつくと、倉知がすかさず太ももを撫で上げてくる。その手を放置して、ラッピングを開けた。ぎょっとなった。視界に飛び込んできたそれは、ピンク色をした、極太の、バイブ。
血の気が引く。なんてものを寄越しやがる。
「なんですか?」
指先で俺の陰毛を弄びながら、倉知が訊いた。手の中を覗き込もうとする気配に気づき、急いで包装紙で隠す。
「あー……、うん、なんでもない。これはいいや、よし、イチャつこう」
「見せて」
倉知が俺の手からプレゼントを奪うと、包装紙を開いて、視線を落とす。
「これ」
「あのな、会社でプレゼント交換したんだよ。これは原田って同僚がふざけて」
「なんですか?」
倉知がバイブをまじまじと見ている。何か、いけないことをさせているような背徳感がすごい。
「マッサージ器かな? 変な形ですね」
そうだった、倉知はこの手の知識に疎い。マッサージ器ということにしておこう、と企んだ瞬間に、顔色が変わる。
「絶頂に導く」
パッケージの文面を読み上げた倉知が、俺を見た。パッケージを裏返して、熟読を始める。
「倉知君、しないの?」
「……します、待ってて。回転、ピストン五段階……」
まずい、目が爛々としてきた。原田め、明日、全毛根を引き抜いてやる。
「これ、あれですね、大人のおもちゃってやつですね」
「お、おう、でも、ほら、女の子に使うやつだから」
ちら、と倉知が俺を見る。
「大丈夫です。多分、男にも使えます。早速使いましょう」
倉知が封を開け、中身を取り出した。でかい。それに、やけにごつごつしている。焦りが生じた。
「電池ないから、また今度な」
「ついてますよ」
「い、いたつくー」
単四電池のフィルムを手早く外して本体にセットすると、取説を見ながらスイッチを入れた。怪しい動きをするバイブを輝く目で見つめる倉知は、新しいおもちゃを手に入れた子どものようだった。
「マジか」
「マジです」
ベッドの上で、後ずさる。倉知が俺の足首をつかんできた。ウインウインと音を立てながら動くバイブを、俺の股に近づけてくる。
「こら、待て、落ち着け、せめてローションをください」
「あ、そっか」
胸を撫でおろし、息をつく。本当に、原田の毛根という毛根を根絶しにしてやらないと気が済まない。バイブをプレゼントに選んだのは、多分ネタだろう。実際に使って、しかも俺が突っ込まれる側だとは夢にも思わないはずだ。
倉知が俺の尻にローションを塗りたくり、わくわくした様子で、バイブをあてがった。
「うわ、待って、こっわ……」
引きつった声が出た。倉知が俺の内腿を撫でて、ふいに表情を変えた。笑みが消えている。目つきが真剣だ。
何か、瞬間的に考え込む仕草をしたが、動きを再開する。バイブの先端が、俺の中に入ってくる。
「あっ、あ、う、うう……」
顔を背け、腕で覆い隠す。中で、動いている。ぐいぐいと回し入れられ、腰が跳ねた。
「あーっ、う、あっ、でかい、ま、待って、倉知君……っ」
極太のバイブを突っ込んだままで、倉知が動きを止めた。すぐにバイブの動きも止まり、音が止む。いかつい物体が、抜け出ていく感覚。あっ、と声を上げてから、肩で息をする。
「加賀さん」
冷静な声。目を開けて、首をもたげ、倉知を見る。
「な、に……」
「やめます」
「え?」
「加賀さんの中に入っていいのは、俺だけです」
倉知が、真顔で言った。ギャグかと思って力なく笑うと、倉知は憎々しげに、バイブをベッドに放り投げた。
「こんな機械で気持ちよくなって欲しくない。道具に頼らなくても、俺の体で、ちゃんと善くしてみせます」
倉知はいたって真面目な顔をしている。本気でそう思っていることに気づいて、笑いが萎んでいく。
「バイブに嫉妬してんの?」
「だって俺の、こんなに太くないし……、回転もしません」
思わぬ科白に吹き出してしまった。体を丸めてゲラゲラ笑っていると、倉知が俺の背中を撫でてためらいがちに言った。
「おもちゃに嫉妬って、おかしいですよね」
上目遣いが可愛い、と即座に叫びそうになる。堪えて、飛びついた。
「めっちゃ愛を感じる」
「……はい、愛してます」
倉知の声が、泣きそうに聞こえた。酔いが醒めたのか、元々酔っていなかったのか。
どっちでもいい。
「する?」
「勿論。回転しませんけど、五段階ピストンならいけます」
「やめろ、笑わせるな」
笑い合い、至近距離で顔を寄せ合う。目を覗き込みながら、キスをする。舌を吸われ、体が細かく震えた。内股を這い上がってきた手が、スカートの下に潜り込み、俺のペニスを捕まえた。撫でこする手に、甘える。
首筋に、肩に、唇を寄せられた。舐められて、吸われて、声が出る。
気持ちがいい。ぞくぞくする。
「脱がせてくれないの?」
もっと肌を触れ合わせたいと思ったが、倉知は「このままで」と欲情した目で俺を見下ろした。
「だってすごく可愛い。脚、綺麗。スカート似合います」
「こんなに嬉しくない誉め言葉もないよな」
倉知は笑って「可愛い加賀サンタ」と持ち上げた俺の太ももにキスをした。
「んっ」
ねだるような声が出る。
「可愛い」
倉知の全身を使った奉仕は、どんなおもちゃよりも、きっと最高に気持ちがいい。
温かい生身の肉体が俺を包み、深く、繋がった。優しく揺さぶられ、しがみついて、声を上げる。
「七世」
肩に、爪を立てる。倉知が腰を振りながら、俺を見下ろした。恍惚の表情で、短い呼吸を吐き出している。
「加賀さん、好き」
愛がぎっしりと詰まった言葉を、何度も繰り返す。
お互いの名前を呼び合って、好きだと言い合って、体をなすりつけ、揺さぶり、果てた。
終わっても、倉知は俺を離さなかった。可愛い可愛いと、まるで猫か犬のように、愛玩された。
スカートをめくって覗いてみたり、靴下の中に手を突っ込んでみたり、俯瞰してため息をついてみたり、落ち着かない。
「もう脱いでいい?」
「ダメです、まだクリスマスは終わってません。ケーキ食べましょう」
「この服で?」
「その服で」
「パンツ履いていい?」
「ダメです」
「倉知君、酔ってる? それともシラフ?」
「半々です」
なんだか一人だけ罰ゲームを強いられている気持ちになってきたが、まあ、良しとしよう。
今日は、クリスマスだ。
サンタ帽を外し、倉知の頭に押し込んで、笑う。
「メリークリスマス」
〈おわり〉
サークルの忘年会がある。
一度断ったが、加賀さんも同じ日に営業部の忘年会で不在だと知って、出席を決めた。一人で夜を過ごすのが寂しいからだ。
以前、新年会でたまたま会場が一緒だった。また同じ店だったらいいのにと思ったが、そんな嬉しい偶然はそう何度も起らない。加賀さんは串揚げ屋で、俺は居酒屋だった。
当日の朝、加賀さんに「飲みすぎるなよ」と釘を刺された。
「ビールは中ジョッキ一杯まで。酔いやすいからちゃんぽん禁止」
「大丈夫です、俺だいぶお酒強くなりました。三杯はいけます」
胸を張る俺を、加賀さんは目を細めて疑わしそうに見ていたが、ビール一缶くらいじゃ酔わなくなった。何事も慣れだ。
「加賀さんも飲み過ぎないように」
「俺は酔わないよ」
結構泥酔してますけど、という科白は心に留めておいた。
「なあ、例の後輩も来る?」
「例の後輩?」
「ストーカー騒動のときの」
ああ、とうなずいてから首をひねる。
「さあ、どうかな? 知りません」
誰が出席するかは把握していないし、彼が来ても来なくても俺にはあまり関係がないと思っている。あのあと彼は自分がゲイだとカミングアウトし、なんやかやで彼氏もできたらしい。加賀さんの言う通り、俺に惚れていたのだとしても、もう過去のことだ。
「あー、やっぱすげえ心配。ついてこうかな」
靴を履くと、回れ右して俺の腰に抱きついてくる。可愛い。頭を撫でて、冗談に本気で返す。
「ついてきてください」
加賀さんが「はは」とへその辺りで笑う。
「過保護でごめんね」
「いえ、嬉しいです」
「信用してないわけじゃないよ」
「わかってます」
「俺がいないとこでお前が酔っ払ったらどうなるか、試したことないだろ?」
まあ、と相槌を打つ。
「キス魔になったりセックスマシーンになったりするのも、もしかしたら俺限定じゃないかも」
「せっ……、あの、ほんと、大丈夫ですから。遅刻しますよ?」
未練がましくしがみつく加賀さんを引っぺがし、通勤鞄を胸に押しつけ、玄関のドアを開けて背中を押す。
「いってらっしゃい」
「俺と間違えてキスしたり」
「しませんって」
「俺と間違えて股開いたり」
「わーっ、しませんしません」
いってらっしゃい、と押し出して、ドアを閉める。
顔が熱い。
嫌な汗が出た。息をついてから、でも、と考える。
確かに、酔っ払うと自分をコントロールできなくなるし、何をしでかすか想像できない。
せいぜい気をつけよう。
加賀さんの言いつけをちゃんと守って、ビールは中ジョッキ一杯でやめておいた。例の後輩も来ていたが、席も離れていて、接触してくる様子はない。
もっと飲めとグラスを押しつけられることもなく、一次会は無事終了し、二次会のカラオケ店へ移動した。
居酒屋で散々飲んだメンバーたちだったが、飲み放題を頼むのだから、ついていけない。俺は一人オレンジジュースを注文した。
飲み会の二次会は毎回決まってカラオケらしいが、今日は忘年会ということもあり、特別に景品が出るらしい。
「えー、得点の高かった上位三名が、景品ゲットできます!」
部長が大きなバッグの中を漁り、「第三位の景品はこちら」とテーブルの上にうまい棒の塊を置いた。
「うまい棒三十本入りでーす」
イエーイ、と盛り上がり、タンバリンとマラカスを振りまくるメンバー。
「第二位は日本酒!」
どん、と一升瓶がテーブルに置かれた。みんなが一斉に沸いた。
「そして第一位の景品は」
バッグに手を入れた部長が、ニヤニヤしながら取り出した赤い物体を、テーブルにそっと置く。覗き込んだみんなが、怪訝そうに顔を見合わせる。
「何これ」
「なんでこれが一位?」
「誰の趣味?」
「俺のだよ!」
部長が吠えた。
「一位になりたくねえ」
「いらなーい」
「きもい」
「誰得?」
「ダダ滑り」
ブーイングがすごい。確かに、なんで一位の景品がこれだ、と疑問だが、一週間後にクリスマスを控えていることを思えば、納得できる。
「俺は一位狙っていきます。すごく欲しいです」
落ち込む部長の肩を叩いて言った。
「おっ、さすが倉知。お前だけだよ、俺の味方は!」
「サイズはM? L?」
「Lしか在庫なくて、ごめんな。大きいかも」
よし、と気合を入れる。
「七世君……、それ欲しいの? 貰ってどうするの?」
大崎さんが引きつりながら指を差す。
「倉知先輩、まさかそれ、あの人に?」
後輩も、どうやら気づいたらしい。目を丸くして、口元は少し笑っていた。俺は力強くうなずいた。
「勿論、愛しいあの人に着て貰います」
ひゅーう、とはやし立てる一同。大崎さんは侮蔑の表情で、青くなって引いていた。後輩はうなだれて肩を震わせていた。二人は俺の言う「愛しいあの人」が加賀さんだということを知っている。恥ずかしいことをしゃべってしまったのではないかとは思ったが、俺は多分、ほんの少し酔っていた。
我ながらテンションがおかしいと思いながら、回ってきたマイクを握り締め、自分がもっとも得意とする曲を選択し、歌い上げる。
そして結果は、高得点で見事優勝。一位の景品をほくほく顔で受け取った。
「それ、クリスマスまで隠しとけよ。彼女に見つからないようにな」
「つうか、倉知ってむっつり?」
「ガキみたいな顔しといて、夜は激しかったり?」
メンバーが詰め寄ってくる。
「はい、結構頑張ってます」
女子たちがイヤーとかキャーとか悲鳴を上げる。普段はこの手の軽口には乗らない。笑って曖昧にやり過ごしている。やっぱり俺は軽く酔っているらしい。
ちゃんと理性はあるし、誰かにキスしたいとか変な欲求はない。ただ楽しい気分なだけだ。一杯でやめてよかった。
「いいねいいね、めくるめく聖夜をお楽しみください」
肩を組む男たちの輪に、俺も巻き込まれた。イエー、とアルコールの入ったグラスを叩き合わせるサークルメンバーが、声を揃える。
「メリークリスマース!」
大崎さんの冷たい視線と、後輩の好奇に満ちた視線。気にならないほどに、一週間後のクリスマスが楽しみだった。
〈加賀編〉
シークレットサンタというものをご存じだろうか。
海外ではメジャーなイベントだが、日本ではおそらく知名度も低い。
簡単に説明しよう。
参加者全員の名前を書いた紙を用意し、くじ引きをする。くじに書かれた相手のプレゼントを事前にこっそり用意する、というものだ。シークレットという名前からもわかるように、誰のプレゼントを用意するかは、当日まで秘密にするのが楽しい。
人数が多ければ多いほど面白いのだが、これを今年、営業部でやろうということになった。発端は、同僚の原田だ。
海外ドラマでシークレットサンタを扱ったエピソードを見て、やってみたくて堪らなくなったそうだ。まるで子どもだ。やりたい、絶対楽しい、と熱弁をふるう原田を、みんなは生温かい目で見ていたが、あまりのしつこさにやがて折れた。
営業一課のみでのたわむれということで、予算を三千円以下に決めて、それぞれくじを引く。俺が引いた紙には、原田の汚い字で「前畑若菜」と書かれていた。
正直、困った。
倉知とは、プレゼント交換をしないことに決めている。そんなことよりも一緒にいられればいいのだが、倉知を差し置いて、他の女にクリスマスプレゼントを用意しなければならない謎の状況に追い込まれてしまった。
三千円以下で大人の女が喜ぶもの。考えてもわからない。俺は元々女性を喜ばせるセンスがない。
いや、「女」と考えるからダメなのだ。前畑のことを考える。最近のあいつはもっぱら腐女子だ。喜ぶことと言ったらそっち方面しか思いつかない。六花に頼んで男同士の絡み絵でも描いてもらうか。いやいや、と首を振る。
もう少し、プレゼントらしいものにしよう。
クリスマスが迫る中、俺はさりげなく前畑を観察し続けた。そしてあることに気づいた。
猫だ。
前畑はどうやら猫が好きらしい。携帯のストラップも猫だし、デスクには猫の写真が挟んであるし、猫のチャームがついたボールペンで仕事をしている。
どんだけ猫好きなんだよ、と笑えたが、長い付き合いなのに、こんなことを今まで知らなかったというおのれの冷たさを反省した。
そんなこんなで猫をモチーフにしたグッズを探して雑貨屋に脚を運び、ようやくプレゼントを用意することができた。
そして二十五日のクリスマス当日。定時が近くなると、原田がいそいそとフロアを出ていった。社員は気づかぬふりで、ひそかに視線を交わし合う。
「メリークリスマス!」
大きな白い袋を担ぎ、サンタ帽をかぶって登場した原田に注目が集まった。他の課の連中が真面目に働いている横で、気が引けるとかはないのだろうか。
「良い子にしてたかな? サンタのおじさんからのプレゼントだよ」
「そういうのいいから早くしてよ」
後藤がイラついたように急かした。
「子どものためにケーキ買って早く帰らなきゃいけないんだから、とっとと済ませてくれる?」
「すいません」
しょんぼりした原田が、咳ばらいをしてから「では」と袋の中に手を突っ込んだ。
事前に回収したプレゼントには名前付きのカードが張り付けられている。原田が名前を読み上げ、プレゼントをデスクに配って歩く。まさにサンタだ。
「ほっほっほ、これは定光君のだよ」
声色を使った原田が俺のデスクに赤い包装紙でラッピングされたプレゼントを置いた。キーボードを叩きながら、生返事をする。
「あー」
「ノリわりいな!」
サンタの拳が頭頂部に降ってきた。気にせずにキーボードを打ち続けながら、時計を見る。定時を少し、過ぎたところ。予約していたケーキを取りに行かなければ。なんとなく、ケーキさえ買っておけばクリスマスっぽいかな、と付き合って四年目でようやく予約するという技を覚えた。
クリスマスだからといって、特別はしゃぐこともないのだが、今日はカレーが待っている。金曜じゃないのにカレーだ。クリスマスなのにカレー? と笑われるかもしれないが、笑うなかれ。なんとチキンカレーだ。
倉知がせっせと飾りつけをした部屋で、クリスマスツリーを眺めながら、チキンの入ったカレーを食べて、ケーキで締めくくる。今年はシャンパンで乾杯しよう。一応のクリスマス気分は味わえる。
そして夜は、まったりイチャイチャコース。シャンパンに追加で少し上質の赤ワインも買おう。酔うまで飲ませてやる、とニヤついていると、原田が「みなさん、プレゼントを開封しましょう」と手を叩いて言った。
今まさに帰ろうとしていた後藤が舌を打つ。営業一課の面々が、それぞれ自分のプレゼントをガサガサと開封する音がフロアに響く。
「これ、誰が誰にあげたか言うの?」
原田に訊くと、「おっ、言おうぜ」と声を高くした。
「課長、それ僕です。課長にもハマって欲しくて」
高橋が営業課長に申告をする。課長は、アニメのDVDボックスを持って途方に暮れていた。
「やーん、このマグカップ可愛い! 猫! キュート!」
前畑が黄色い声を上げた。喜ばれると嬉しい。ホッと息をつく。
「これ誰くれたの? あっ、めぐみさんじゃない?」
「違う、多分加賀君」
「えっ!」
前畑が勢いよく立ち上がった。ルールにのっとって、誰にプレゼントを贈るかは喋っていないが、後藤は鋭い。きっと俺がここ最近、前畑に注目していることに気づいていたのだろう。
「か、加賀君なの? 本当に?」
「正解、俺です」
後藤が未開封のプレゼントをバッグに突っ込んで、「お先に」と小走りでフロアを出て行った。俺も早く帰りたい。腰を上げる。
「嘘、加賀君が、私のために?」
マグカップを胸に抱いて、涙ぐんでいる。
「前畑のことちゃんと考えて選んだから」
パソコンの電源を切って、机の上を整理しながら言った。
「加賀君……、う、嬉しい……っ」
「二人で仲良く使ってよ」
「……え?」
「もう一個あるだろ。柄違い。それペアだから」
「……ええ?」
「メリークリスマス」
コートを羽織って、フロアを出た。
「加賀、忘れてるぞ」
原田がプレゼントを持って追いかけてくる。
「お、サンキュ」
「お前の、俺からな」
「そうなの? 中身何?」
「俺もお前のことすごい考えて選んだからな」
俺の背中を叩いたサンタは、下卑た笑みを浮かべていた。
〈倉知編〉
今年もクリスマスがやってきた。
ツリーに絡まった電飾が色とりどりに発色し、規則正しく点滅している。
テーブルの上にキャンドルとグラスを用意し、ポインセチアを置いてみた。クリスマスっぽい。あとは加賀さんがケーキを買って帰って来るのを待つだけ。
定時で帰る、と言っていた。多分、もうすぐ。
ソワソワしながら、腕立て伏せを始めた。
落ち着かない。
なぜなら、忘年会のカラオケ大会での景品を隠し持っているからだ。クローゼットの上のほうに、夏物に紛れて隠しておいた。一週間バレずに済んだが、俺は迷っていた。
加賀さんには見せずに、処分してしまおうか、と考えていた。
あのときはすごく魅力的に見えた景品だったが、酔いが醒めて冷静になってみると、完全に、アウトだ。あんなものを加賀さんに着せようなんて、どうにかしていた。いや、酔っていたから仕方がない。
誰かにあげるか捨てるかして、とにかく加賀さんに見つからないように……、と考えていると、視界に脚が二本、現れた。
「わっ、おかえりなさい」
考えごとをしていたせいで、帰ってきた音に気づかなかった。慌てて腕立てをやめて、膝をつかずに俊敏に立ち上がる。
「ただいま。体力あり余ってんの?」
加賀さんがケーキの箱と、ボトルを二本、テーブルに置いた。
「これケーキ。それと、シャンパンと赤ワイン」
「二本も?」
「うん、なんか安かったから」
「ありがとうございます」
「お、すげえ、クリスマスっぽい。さすが、こういうことやらすとセンスいいよな」
テーブルを見て感心したように褒めてくれた。えへへ、と頭を掻くと、加賀さんが真横から抱きついてきた。
「あー、カレーの匂い」
「はい、食べましょう」
「着替えてくる」
「えっ、あ、え、っと、はい、いってらっしゃい」
一瞬、クローゼットで眠る例のブツが浮かんで、挙動不審になってしまった。
今日はクリスマス。あれを着てくれたら。いや、駄目だ。あんなものを見せたら、嫌われるかもしれない。絶対、引かれる。ドン引きだ。決まっている。
でも、どうにかして着てくれたら最高だ。
いや、やめておこう、絶対、見せられない。
でも、もしかしたら無礼講で、許してくれるかも。
いや、宇宙のように広い心を持っている加賀さんでも、アレは引く。
葛藤しながらキッチンに立ち、鍋のカレーをぐるぐると回す。
「よそってくれないの?」
いつの間にか加賀さんが、皿を持って隣にスタンバイしていた。
「あっ、す、すいません、あ、あれ? 着替えなかったんですか?」
いつも帰宅するとスウェットに着替えるのだが、スーツのジャケットを脱いで、ネクタイを外した格好だ。
「このほうがなんとなく雰囲気出るだろ」
せっかくクリスマスだし、と言って、一番上のボタンを片手で外した。喉元が覗くと、そこからフェロモンがあふれ出たような気がした。色気がすごい。
凝視していると、加賀さんが俺の尻を叩いた。
「はよせな」
「すいません」
カレーをよそってテーブルにつくと、キャンドルに火を灯した。電気を消すと、テーブルが浮かび上がって見えた。部屋の隅には明滅するクリスマスツリー。幻想的で、美しい。
「めっちゃクリスマスだな。カレーだけど」
加賀さんがシャンパンを開けて俺のグラスに注いでくれた。薬指に指輪が光っていることに気づいて、嬉しくて舞い上がりそうになる。
「おかわりあるからじゃんじゃん飲めよ」
「酔わせようとしてます?」
「強くなったんだろ? どっちが先に酔うか勝負する?」
グラスを持ち上げて「乾杯」と囁いた加賀さんが不敵に笑う。キャンドルのほのかな灯りに照らされた、綺麗な顔。ため息が漏れるほど、男前だった。
「します、勝負」
見惚れながらグラスに口をつけて、シャンパンを流し込む。加賀さんがニヤニヤしながら俺を見ている。
いつまでも子どもじゃないぞ、見てろ、と意気込んでいたが、二杯目に口をつけた辺りから、雲行きが怪しくなってきた。何もおかしくないのに、急に「ふふっ」と笑いがこみ上げてきたのだ。
加賀さんがおかわりしたカレーをもぐもぐしながら俺を見る。
「何、思い出し笑い?」
「違います、なんか楽しくなってきて」
「よしよし、いいぞ、もっと楽しくなれよ」
加賀さんは空になった皿の上にスプーンを置いて、ワイングラスを持ち上げると、残っていたシャンパンを飲み干した。
「三杯目。今んとこ俺がリードだな」
「カッコイイ」
うっとりした声が出た。加賀さんがグラスと俺を交互に見ながら三杯目のシャンパンを自分のグラスに注ぐ。
「倉知君、もう酔ってない?」
「まだです、全然、酔ってません」
「ほんと? なんか目がうつろだけど」
「酔ってるとしたら、加賀さんにです」
気取った科白のつもりだったが、加賀さんは「はは」と軽く笑って三杯目のシャンパンに口をつける。上下する喉仏を、じっと見つめた。色っぽい。もっとよく見たい。
「加賀さん」
「ん?」
「ボタン、もう一個外して」
グラスに口をつけたまま、加賀さんが俺を見る。そして、ためらいなくすんなりと、第二ボタンを外してくれた。
「もう一個、お願いします」
「んー?」
唇を笑みの形にして、ごくごくと喉を鳴らしながら三番目のボタンを外す。自然と体が動く。椅子を鳴らし、身を乗り出した。キャンドルの炎が、揺れる。
「なあ、酔ってるだろ」
「酔ってません」
「そう?」
加賀さんがボタンを外していく。すべてのボタンが外れたワイシャツの隙間から、素肌が見える。キャンドルの灯りが、胸に陰影を落としている。息苦しいほどに、急激に、性欲が沸き起こった。
ごまかすためにグラスをあおった。アルコールの強烈な存在感が、喉を滑り落ち、胃に流れ込んでいく。腹がカッと熱くなる。少し咳き込んでから息をつき、グラスを置いた。加賀さんが面白そうな目で俺を見ている。
「三杯目いく? それともワイン開ける?」
「加賀さん」
「うん」
「脱いでください」
「え?」
加賀さんがつまみのチーズを齧りながら、半笑いで首をかしげる。腰を上げた。体がふらつく。テーブルに手をついて体を支えながら、もう一度言った。
「全部、脱いで」
加賀さんが椅子の背もたれにふんぞり返って、「はは」と笑った。
「お前はもう、酔っている。俺の勝ちだな」
お前はもう死んでいるのテイストでそう言うと、グラスを軽く掲げて長い脚を組む。
「酔ってません。負けてません」
「でもすげえチンコ勃ってる」
グラスを持った手の人差し指で、俺の股間を指さした。テーブルに手をついた体勢で、自分の下腹部を確認する。誰がどう見ても完全に勃起している。
「セックスマシーンの覚醒かな?」
「加賀さんが色っぽくてムラムラしたんです。別に、これは普通です。酔ってるからじゃないです」
「へえ?」
加賀さんが嬉しそうだ。俺も嬉しくなって顔が笑う。
「そうだ、渡したいものがあるんです」
「え? クリスマスプレゼント? 俺何も買ってないよ」
「いいんです、ちょっと待ってて、持ってきます」
なんだか足の裏が熱くて、体がふわふわしている。気持ちいい。ごく自然にスキップが出た。背後で加賀さんが大笑いしている。
楽しい。愉快な気持ちだ。
絶好調のまま、禁断のクローゼットを解き放つ。
〈加賀編〉 ※女装が苦手な方はご注意ください。
シャンパンのアルコール度数は大体が十二パーセント程度。酒が弱い奴がビールと同じ感覚で飲むと、早い段階で潰れる。倉知がそれを知らずにハイペースで飲むだろうことは予想がついた。
最初から、勝敗は見えていた。倉知を酔わせるのは簡単なのだ。
本人は酔っていない、と言っているが、酔っている。
その証拠に、妙なものを満面の笑みで見せびらかしている。
ただのサンタ服かと思いきや、巻き毛のギャルが恥ずかしげもなく着こなしている写真がパッケージを飾っていて、それを見れば普通じゃないことは一目瞭然だった。
極端なミニスカートのサンタのコスプレ衣装だ。サンタ帽をかぶり、太ももと肩を放りだし、白いポンポンがついた膝上丈の赤い靴下のようなものを履いている。相当なミニだし、露出度が高い、卑猥なデザインだ。
「なんでこんなの買ったの?」
「違います、この前の忘年会、二次会がカラオケで」
それの景品なのだと言い訳をする倉知が、開封して中身を取り出した。
「はい」
椅子に座る俺の目の前に、衣装を差し出してくる。
「はい?」
「大丈夫です。女物だけど、Lサイズだから加賀さんなら着れます」
「大丈夫じゃないからね。着ると思う?」
「着てください、見たいです」
にやけた倉知の頬を軽くつねってから、手のひらでサンタコスを押し返し、首を横に振る。
「着ないからな」
「なんで?」
「なんでになんでと言いたい」
「これはきっとご褒美なんです」
「はあ?」
「毎日、すごい主婦がんばってるから、神様が俺にご褒美をくれたんです」
「いつから主婦になった?」
倉知がケタケタと笑ってから、突然俺のワイシャツを剥ぎ取った。ボタンを全部外していたせいで、瞬時に裸体をさらけ出すはめになってしまった。
「加賀さん」
倉知の息が上がってきた。そして、ズボンの生地をこれでもかと押し上げる、股間のイチモツ。
「加賀さんの、サンタ……」
そこまで言って、倉知が刮目してハッとなった。それから、大きな音を立てて吹き出し、可愛い顔で笑う。
「加賀さんがサンタになったら、加賀サンタだ。加賀サンタ……、加賀サンタだって、ふふっ、面白いですよね」
「お、おう」
「お願い、俺だけの加賀サンタになって」
俺の足元に膝をつくと、懇願する目で見つめてくる。面白いし、可愛い。まあいいか、とほだされるのは、甘すぎるだろうか。
倉知の手からコスチュームを受け取った。大げさなため息をこれ見よがしについてから、腰を上げた。
「着替えてくる」
「ここで着替えて」
「お前」
「加賀さん、愛してる」
俺の脚に倉知がしがみついてくる。手がベルトにかかり、止める間もなく外され、ズボンを下ろされ、パンツも剥かれ、全裸にされると、世にも恥ずかしい衣装に着せ替えられてしまった。
「ひどい」
仕上げに頭にサンタ帽を押し込まれた。顔を覆って嘆く。
「可愛いいいい」
倉知が素っ頓狂な声を上げる。
「加賀サンタ可愛い、最高、エロい、綺麗、写真撮らなきゃ」
「やめろ、馬鹿」
スマホを取り出そうとする倉知の手首を本気の握力でつかむ。少し動いただけで、スースーする。今、俺の下半身はとんでもなく自由な状態。
やんわりと、正気を取り戻してきた。すくみ上って両腕を撫でさする。
「やべえ、何やってんだ俺……、今誰か来たらおしまいじゃねえか」
「誰かって……、光太郎さんとか?」
「えっ、やめて」
「誰も来ませんよ。来たとしても、見せません」
倉知が俺を抱きしめた。
「加賀さん、好き」
腰を抱き寄せ、俺の股間に硬いものを押しつけてくる。
「当たってる」
「当ててるんです」
腰から尻に移動した大きな手が、ミニスカートの中に潜り込んでくる。下着を履いていない下半身に、直接倉知の指が触れる。
今日は倉知を泥酔させて、セックスマシーンへと変貌させてから、美味しくいただくつもりだった。目論見が外れて残念だったが、倉知が楽しそうだからなんでもいい。
「ベッド行きましょう」
倉知が俺を持ち上げて言った。
「ケーキは?」
「ケーキより加賀サンタを食べたいです」
「絶好調だな」
多分、酔いが醒めたら激しく後悔することになる。酔っている間の記憶があるのは難儀だな、と若干同情する。
「そういや俺、プレゼント貰ったんだった」
寝室に連れられ、ベッドに寝かされると、唐突に思い出した。中身が何か気にならないわけじゃなかったが、一刻も早く帰りたかったから、開封していない。
「プレゼントって誰からですか?」
「サンタさん?」
覆いかぶさろうとする倉知の脇をすり抜けて、ベッドから飛び降りた。
「それ、後にしませんか?」
倉知が拗ねた声を出したが、一度気になると駄目だ。クローゼットを開けて、通勤鞄を漁る。無理やり詰め込んだそれを引き出して、振り返る。倉知がベッドの上で身を低くして顔を横に向け、こっちを見ていた。
「何してんの?」
「お尻見てました」
「おっさんか?」
ベッドに膝をつくと、倉知がすかさず太ももを撫で上げてくる。その手を放置して、ラッピングを開けた。ぎょっとなった。視界に飛び込んできたそれは、ピンク色をした、極太の、バイブ。
血の気が引く。なんてものを寄越しやがる。
「なんですか?」
指先で俺の陰毛を弄びながら、倉知が訊いた。手の中を覗き込もうとする気配に気づき、急いで包装紙で隠す。
「あー……、うん、なんでもない。これはいいや、よし、イチャつこう」
「見せて」
倉知が俺の手からプレゼントを奪うと、包装紙を開いて、視線を落とす。
「これ」
「あのな、会社でプレゼント交換したんだよ。これは原田って同僚がふざけて」
「なんですか?」
倉知がバイブをまじまじと見ている。何か、いけないことをさせているような背徳感がすごい。
「マッサージ器かな? 変な形ですね」
そうだった、倉知はこの手の知識に疎い。マッサージ器ということにしておこう、と企んだ瞬間に、顔色が変わる。
「絶頂に導く」
パッケージの文面を読み上げた倉知が、俺を見た。パッケージを裏返して、熟読を始める。
「倉知君、しないの?」
「……します、待ってて。回転、ピストン五段階……」
まずい、目が爛々としてきた。原田め、明日、全毛根を引き抜いてやる。
「これ、あれですね、大人のおもちゃってやつですね」
「お、おう、でも、ほら、女の子に使うやつだから」
ちら、と倉知が俺を見る。
「大丈夫です。多分、男にも使えます。早速使いましょう」
倉知が封を開け、中身を取り出した。でかい。それに、やけにごつごつしている。焦りが生じた。
「電池ないから、また今度な」
「ついてますよ」
「い、いたつくー」
単四電池のフィルムを手早く外して本体にセットすると、取説を見ながらスイッチを入れた。怪しい動きをするバイブを輝く目で見つめる倉知は、新しいおもちゃを手に入れた子どものようだった。
「マジか」
「マジです」
ベッドの上で、後ずさる。倉知が俺の足首をつかんできた。ウインウインと音を立てながら動くバイブを、俺の股に近づけてくる。
「こら、待て、落ち着け、せめてローションをください」
「あ、そっか」
胸を撫でおろし、息をつく。本当に、原田の毛根という毛根を根絶しにしてやらないと気が済まない。バイブをプレゼントに選んだのは、多分ネタだろう。実際に使って、しかも俺が突っ込まれる側だとは夢にも思わないはずだ。
倉知が俺の尻にローションを塗りたくり、わくわくした様子で、バイブをあてがった。
「うわ、待って、こっわ……」
引きつった声が出た。倉知が俺の内腿を撫でて、ふいに表情を変えた。笑みが消えている。目つきが真剣だ。
何か、瞬間的に考え込む仕草をしたが、動きを再開する。バイブの先端が、俺の中に入ってくる。
「あっ、あ、う、うう……」
顔を背け、腕で覆い隠す。中で、動いている。ぐいぐいと回し入れられ、腰が跳ねた。
「あーっ、う、あっ、でかい、ま、待って、倉知君……っ」
極太のバイブを突っ込んだままで、倉知が動きを止めた。すぐにバイブの動きも止まり、音が止む。いかつい物体が、抜け出ていく感覚。あっ、と声を上げてから、肩で息をする。
「加賀さん」
冷静な声。目を開けて、首をもたげ、倉知を見る。
「な、に……」
「やめます」
「え?」
「加賀さんの中に入っていいのは、俺だけです」
倉知が、真顔で言った。ギャグかと思って力なく笑うと、倉知は憎々しげに、バイブをベッドに放り投げた。
「こんな機械で気持ちよくなって欲しくない。道具に頼らなくても、俺の体で、ちゃんと善くしてみせます」
倉知はいたって真面目な顔をしている。本気でそう思っていることに気づいて、笑いが萎んでいく。
「バイブに嫉妬してんの?」
「だって俺の、こんなに太くないし……、回転もしません」
思わぬ科白に吹き出してしまった。体を丸めてゲラゲラ笑っていると、倉知が俺の背中を撫でてためらいがちに言った。
「おもちゃに嫉妬って、おかしいですよね」
上目遣いが可愛い、と即座に叫びそうになる。堪えて、飛びついた。
「めっちゃ愛を感じる」
「……はい、愛してます」
倉知の声が、泣きそうに聞こえた。酔いが醒めたのか、元々酔っていなかったのか。
どっちでもいい。
「する?」
「勿論。回転しませんけど、五段階ピストンならいけます」
「やめろ、笑わせるな」
笑い合い、至近距離で顔を寄せ合う。目を覗き込みながら、キスをする。舌を吸われ、体が細かく震えた。内股を這い上がってきた手が、スカートの下に潜り込み、俺のペニスを捕まえた。撫でこする手に、甘える。
首筋に、肩に、唇を寄せられた。舐められて、吸われて、声が出る。
気持ちがいい。ぞくぞくする。
「脱がせてくれないの?」
もっと肌を触れ合わせたいと思ったが、倉知は「このままで」と欲情した目で俺を見下ろした。
「だってすごく可愛い。脚、綺麗。スカート似合います」
「こんなに嬉しくない誉め言葉もないよな」
倉知は笑って「可愛い加賀サンタ」と持ち上げた俺の太ももにキスをした。
「んっ」
ねだるような声が出る。
「可愛い」
倉知の全身を使った奉仕は、どんなおもちゃよりも、きっと最高に気持ちがいい。
温かい生身の肉体が俺を包み、深く、繋がった。優しく揺さぶられ、しがみついて、声を上げる。
「七世」
肩に、爪を立てる。倉知が腰を振りながら、俺を見下ろした。恍惚の表情で、短い呼吸を吐き出している。
「加賀さん、好き」
愛がぎっしりと詰まった言葉を、何度も繰り返す。
お互いの名前を呼び合って、好きだと言い合って、体をなすりつけ、揺さぶり、果てた。
終わっても、倉知は俺を離さなかった。可愛い可愛いと、まるで猫か犬のように、愛玩された。
スカートをめくって覗いてみたり、靴下の中に手を突っ込んでみたり、俯瞰してため息をついてみたり、落ち着かない。
「もう脱いでいい?」
「ダメです、まだクリスマスは終わってません。ケーキ食べましょう」
「この服で?」
「その服で」
「パンツ履いていい?」
「ダメです」
「倉知君、酔ってる? それともシラフ?」
「半々です」
なんだか一人だけ罰ゲームを強いられている気持ちになってきたが、まあ、良しとしよう。
今日は、クリスマスだ。
サンタ帽を外し、倉知の頭に押し込んで、笑う。
「メリークリスマス」
〈おわり〉
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