電車の男ー同棲編ー番外編

月世

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はじめて物語

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※この話は「電車の男」本編「する?」での加賀さん視点になります。いわゆる初めて物語です。

〈加賀編〉

 休日だというのに、朝からせわしなく動き回っている。
 リビング、寝室、風呂、トイレ、キッチンと、念入りに掃除した。普段適当にやっているから、一つ気になりだすと止まらなくなった。あそこも汚い、ここも埃が、とまるで大掃除のような気合の入れ方だ。
 窓の桟の掃除を始めたところで、やおら我に返った。
 倉知が泊まりに来るからといって、ここまでやる必要はない。浮かれすぎだ。
 時計を見る。まだ十時前だ。倉知が来るのは部活を終えた、昼過ぎ。
 一旦落ち着こう。
 紅茶でも淹れるか、とキッチンに立つ。乾いた咳が出た。
 喉がガサガサしているし、体が埃っぽい。大掃除をしたせいだ。
 シャワーをすることにした。
 体を洗い流しながら、考える。
 する、よなあ。
 絶対に、そうなる。フェラすら知らなかった倉知だが、ついに、具体的に、男同士のセックスの方法を知ってしまった。挿れたいか挿れられたいか、の意味も理解したし、姉の六花は腐女子だ。きっと、黙っていない。とっくに、あれこれ吹き込まれたと推測できる。
 高校二年の健全な男子が、恋人と二人だけの空間で、理性を保てるとは思えない。心も体も準備万端でやってくることだろう。
「あ、やべ」
 コンドームを買うのを忘れていた。ローションも必要だ。まさか倉知が用意してくるとは思えない。あとで買ってこよう。
 はあ、と無意識にため息が出た。やっぱり抱かれるほうになるよな。
 想像すると、若干怖い。言ってみれば、童貞と処女のセックスだ。不安しかない。倉知がてんぱることは目に見えている。俺が落ち着いて、リードしなければ大惨事になる。
 とはいえ、俺はそっちの経験はない。
 後ろに挿れる、ということはわかるが、本当に入るのかと疑問ではある。
 試しに指を突っ込んでみた。
 なんだ、まったく痛くない、と調子に乗って奥に突っ込む。シャワーを押し当て、指を増やし、押し広げていると体が震えた。
 何か、得体の知れない感覚で腰の辺りがざわついた。急いで指を引き抜いて、息をつく。
 もしかすると、そっちの才能があったりして、と身震いをする。
 自分の隠れた性癖に見て見ぬふりをして、さっさと髪を洗う。
 とりあえず、ゴムとローションだ。
 濡れた髪のままで近所のドラッグストアに駆け込み、買い物かごにコンドームとローションを適当に放り込んでレジに向かう。
 店員は若い女で、買い物かごの中身に戦慄していた。中身と俺の顔を見比べて、ものすごく、引いていた。絵に描いたようなドン引きだ。
 そりゃそうだ。こんな時間に、明らかな風呂上りの格好で、急いで何を買いに来たかと思えばこのラインナップ。
「ありがとう……、ございました」
 引きながらも、中が見えないように黒い袋に入れてくれるという配慮は忘れない。手渡す手が震えているし、なぜか涙目だ。気持ち悪くてすまない、と内心で謝って店を出た。
 買ってきたものをベッドの下に押し込んで、シーツを見下ろした。新しいものに変えよう、と思いつく。
 シーツを交換しながら、吹き出しそうになった。
 朝から座る暇もなく動きっぱなしだ。部屋を大掃除して、体を綺麗にして後ろをほぐし、シーツを交換して、ベッドの下にはコンドームとローション。
 ここまで用意しておいて、倉知に全くその気がなかったときのことを想像すると、自分が間抜けに思えた。
 そうだ、あいつは童貞で、ピュアだ。丁寧に、じっくりと、関係を築きたがるかもしれない。泊まるからと言ってセックスに結びつくとも限らない。振り返れば、キスをしたのもフェラをさせたのも俺だった。いつでもがっついているのは自分だ。
 おかしい。俺は淡白なほうだ。多分。いや、本当に。別に、そんなにセックスが好きというわけでもない。彼女と別れてこの方、右手が恋人だし、それで満足している。
 よし、決めた。俺からは触らない。
 倉知が求めてこない限り、俺からは絶対に触らない。
 そう決めていたからか、倉知に抱きすくめられた途端、妙に嬉しくて、ホッとした。
 俺を、欲しがっている。オスの匂いをプンプンさせて、欲情で揺らいだ瞳を俺に向けている。
 真昼間から、と少しだけ残っていた理性が自身をあざ笑ったが、構わなかった。
 俺は、倉知とセックスがしたい。
 キスをしながら、可愛いな、と思った。好きだな、とも。体に触れる、大きな手。遠慮がちにあちこちを撫でる手は、ぎこちなかったが、くすぐったくて、愛しかった。
「加賀さん、好きです」
 俺を見下ろす真剣な顔。
 本当に、可愛い。
 こいつになら、何をされてもいいと思った。
 熱い視線がむず痒くて、胸がギュッと締めつけられる。
 体内に入ってきた倉知のペニスが、俺の中を、こする。しがみついて、悲鳴を上げた。倉知が動くたびに声が漏れる。めちゃくちゃ気持ちがいい。
 やばい、すげえ、いい、と胸の内で絶賛しながら、倉知の肩に、爪を立てる。
 相手が倉知だからなのか、なんなのか、わからない。
 とにかく、良かった。悶えまくって喘ぎまくって、自分でもひどい痴態だと思ったが、倉知は俺の様子をじっくり見る余裕などなさそうだった。本能に忠実に、激しく腰を振っている。
 息もできないほどに、ガツンガツンと力強く内部を突かれ、まずい、と思った。
 女にされる。
 ぞくぞく、と快感が体中を這いまわる。
 頭の中が白くなり、あっという間に上りつめた。
 吐き出される精液。倉知を咥えていた自分の下腹部が、きつく、収縮するのがわかった。倉知の体が、俺を抱きしめたままで、びくびくと跳ねた。
 俺の中で、イッている。
 心地よい満足感が体を包み込んだ。
 汗に濡れた男のたくましい体に押し潰されても、腹も立たずに穏やかだった。
 ちくしょう、可愛い、好きにしてくれ。
 俺の大切な処女を捧げた「はじめて物語」はここで幕を閉じるのだが、倉知との「二人の物語」は幕が上がったばかりだ。

〈おわり〉
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