電車の男ー同棲編ー番外編

月世

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小ネタ集6

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【したい】

「セックスしたい」
 突然加賀さんが言った。
 眺めていたテレビから素早く視線を外し、隣を見た。加賀さんの横顔は、平然としていた。
 空耳か、と思った次の瞬間、
「セックスしたいなあ」
 今度は加賀さんの唇が動くのをちゃんと見た。
「あの……、します?」
「うん、する。なんだろう、こう、ムラムラすんだよ」
 はあ、と息を吐いて、加賀さんが片脚を俺の膝の上にのせてきた。
「お前、なんか料理に盛った?」
「え、精力剤? 媚薬的な?」
「そそ、媚薬的な」
「そんなのがあったら欲しいです」
 真面目な顔で答えると、加賀さんの脚を撫でさする。
「何に使うの?」
「加賀さんに飲ませます。他にありますか?」
「やめてよ、使わなくてもすげえエロい加賀さんだよ? 使ったらどうなると思う?」
「爆発する?」
「何、どこが? チンコ?」
「それすごく困ります」
「はは、俺もすげえ困る」
 肘掛けに片肘をついて、体を斜めにした加賀さんがダルダルな態勢で俺を見つめてくる。セックスがしたい、と言っている割に、動こうとしないし、まるで王様のように俺にふくらはぎを揉ませ続けている。
「しないんですか?」
「んー?」
 加賀さんの目が閉じかけている。すごく、眠そうだ。
「セックスしたいって」
「したいよ、うん。でも昨日したしなあって」
「え、昨日はしてませんよ」
「えー、したよ?」
「してません。加賀さん、誰としたんですか」
「ギクッ」
 加賀さんが胸を抑えておどけて見せると、はは、と力なく笑って自分の股間に手を突っ込んだ。ズボンの中で、もぞもぞと動く手を、じっと凝視する。
「結局、するのかしないのか、どっちですか?」
「どっちだと思う?」
 加賀さんの目が、にやりと笑う。
 リモコンでテレビを消すと、断言した。
「しましょう」

〈おわり〉


【ぷちぷち】

 何かが弾ける音が聞こえてくる。一定のリズムで聞こえてくるその音の正体は、緩衝材だった。俗にいうプチプチだ。
 倉知がソファに座って、一心不乱に音を鳴らしている。調子よく鳴らしていた可愛い音が、途中、ぐにゃ、という感じで上手くいかず、倉知が「あー」と残念そうに声を上げた。
「プチプチ?」
「うっわ! おっ、おかっ、おかえりなさい」
「ただいま」
 倉知が取り繕った笑みを浮かべた。帰宅するとたまに面白い場面に出くわす。別に、悪いことをしているわけじゃないのに、毎度、オナニーを見られたような反応をする。あわあわする倉知が見たいから、帰宅時はなるべく静かにドアを開けるようにしている。
「楽しい?」
「失敗したときストレスがぐわーってなるんで嫌ですけど、まあ楽しいです」
「ぐわーってなるならするなよ」
 笑って隣に座ると、倉知の手の中の緩衝材を引っ張った。小さくて丸い突起を、指で押し潰す。ぷちっと軽快な音がなる。
「何年ぶりだろ」
「え、そんなに?」
「大人になったらこういうのに心躍らなくなるよな」
「俺、絶対全部プチプチしてから捨てますよ?」
「めっちゃ可愛い」
 三十センチ四方の緩衝材の、端と端を持って、二人でソファに腰かけ、プチプチと音を鳴らす。なかなかにシュールな映像だ。
「今日のご飯何?」
「鍋です」
「いいね」
 科白の合間にぷち、ぷち、と音が聞こえている。倉知の手元を見る。大きな手が、小さな突起を一個ずつ、神経質そうに潰している。そして、真剣な表情。
 こいつ、可愛いな。
 何をしても可愛い。
 唐突に、ムラムラしてきた。
 緩衝材を素早く引っ張ると、倉知の手からすっぽ抜けた。
「あっ、あとちょっとなのに」
「めんどくせ」
 緩衝材をぞうきん絞りの要領でねじり上げると、ブチブチブチ、と連続した破裂音が鳴った。
「こっちのほうがすっきりしない?」
 倉知が呆然としている。何するんですか、と泣きそうになるとか、ぽかぽか叩いてくるとか、そういうのを想像してにやついていると、倉知がにこ、と笑った。
「加賀さん、ワイルド」
 なぜか嬉しそうだ。
「お、おう」
「今のすごいすっきりしそう。今度やってみます」
 ボロボロになった緩衝材を丁寧に折りたたむ倉知に、堪らず抱きついた。
「どうしました?」
「わからん、なんか健気で可愛いと思った」
「え? 何が?」
 倉知の頭を抱き寄せて頬ずりをする。
「お前のプチプチを全滅させたお詫びに」
 ネクタイを緩めながら、倉知の膝に乗る。
「俺の突起を潰してみるか?」
 即効で意味を理解した倉知が「します」と喉を鳴らす。
「プチプチ言わないけどいい?」
「いいです」
 倉知の手が、スーツの上着の中に滑り込む。ワイシャツの上から俺の乳首を捉えると、親指の腹で撫で擦る。
 夕食前の、戯れの時間が始まった。

〈おわり〉


【定位置】

 加賀さんが落ち着かない。外出中ずっと、何かが気になっている様子でそわそわしていた。
 本屋に行ってからDVDを借りて、最後に夕飯の材料を仕入れにスーパーに寄って、帰宅した。
 運転中も、眉間にシワを寄せて黙り込む加賀さんは、明らかに様子が変だった。
「加賀さん、サンマ嫌いじゃないですよね」
 綺麗なサンマだったから、今日はサンマにしましょうと勝手に決めてしまったのだが、それが嫌だったのかもしれない。いや、加賀さんがそんなことで不機嫌になるとは思えない。
 車から降りてそう言うと、運転席から降りた加賀さんが「サンマな、うん」と返事をしながら突然軽くジャンプした。
「え? なんですか、今の」
 サンマが嬉しくてジャンプした。というわけじゃなさそうだ。難しい顔をしている。
「あ、駄目だ」
 ぴょんぴょん跳ねる加賀さんが、首を傾げている。
「あかん」
「何が?」
「うん」
 駐車場を見回してから、自分の股間におもむろに手を伸ばす。
「ちょ、加賀さん」
「もう限界、あかん」
「え? トイレ?」
「違う、チンポジ」
「ちん」
 絶句する。
「あのな、さっきからずっと右に寄ってて気持ち悪くて」
 股間をこねくり回す加賀さんの手を、凝視する。
「微妙にずれてると落ち着かないよな」
 わかる。収まりが悪いと気になって、ずれのせいで何もかも上手くいかない予感すらする。
 チンポジは大切だ。一日の運勢を左右すると言ってもいいほどだ。わかる。同じ男として、それは非常にわかるのだが。
 加賀さんの口が「チンポジ」と言って、手が、位置を修正している。
 興奮しないでいられるか。
「今日ずっと、変でしたもんね」
 目を逸らしてごまかすように言うと、加賀さんが少し吹き出した。
「何、気づいてた?」
「そりゃあ、気づきます」
「今日の加賀さん、いつもと逆だなって?」
「そっ、そうじゃなくて」
 誤解だ。大慌てで弁解する。
「ソワソワしてるから、どうしたのかなって。そんなとこ見ないし、さすがに定位置かどうかなんてわかりませんよ」
 顔が熱い。恐る恐る加賀さんを見ると、ものすごくニヤニヤしていた。
「俺は倉知君のチンポジ、把握してるけどね?」
「え? ……えっ?」
「ごめんな、変態で」
 加賀さんの視線が、俺の股間に向けられている。背中がぞくぞくして、耐え切れずに崩れ落ちる俺を、加賀さんは満足そうに眺めていた。

〈おわり〉
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