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ヤサシイモノガタリの作り方 おまけ
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〈後藤編〉
千葉君が名付けた「チーム加賀」のメンバーで、またしても飲み会をすることになった。
今日は串揚げ屋だ。新しくオープンしたばかりの店で、ミーハーな千葉君が、一度皆さんで行ってみましょうよ、と誘ってきたのだ。女でも誘って行けばいいのに、と思わないでもなかったが、千葉君は何か理由をつけて加賀君と飲みたいのだ。
我々はあくまでおまけだろう。
「加賀君は?」
会社の駐車場が待ち合わせ場所だ。ここから徒歩数分のところに店がある。
加賀君以外の全員が揃っている。生垣のコンクリの淵に並んで腰を下ろす面々は、寒そうだった。夏が終わり、日が落ちるのも早くなった。
「まだ仕事。もう来るって」
前畑がスマホをいじりながら答えた。
「ちょっとゆとり、くっつかないでよ」
「だって寒いんですもん」
高橋君が前畑にすり寄っている。
「なんで私のほうに来るのよ。千葉のとこ行きなよ、うっとうしい」
「……お二人付き合ってるんですよね?」
にじり寄る高橋君をせき止めながら、千葉君が眉をしかめる。
前畑と高橋君は付き合って長い。もう四年目だ。それなのにこの扱い。不思議だが、別れないのだから上手くいっているのだろう。
照明に照らされた駐車場に目をやって、ふと気づく。加賀君の車がある。
「あいつ、飲みなのに車?」
「あれですよね、加賀さんの」
千葉君が、黒いボディのフェアレディZを指さした。
「イケメンは車もイケメンって思われるのはちょっといいな。俺も車買おうかな」
「チャッラー」
前畑が鼻で笑う。確かに、理由がチャラ男だ。
「あ、主任来た」
高橋君が手を振る。加賀君が社員の通用口から出てくるところだった。みんなで一斉に手を振ると、軽やかに駆けてきた。
「ごめん、待たせた」
「待ち合わせ時間の五分前だよ。全っ然、待ってないからね」
「前畑さん一番乗りだし三十分以上は待ってますよね」
首を横に振る前畑の隣で、高橋君が余計なことを言う。前畑が彼の脇腹を無言で殴った。
「悪い、おごるから許して」
加賀君が前畑の顔を見て、「寒かった?」と申し訳なさそうに眉を下げる。
「いいの、抱きしめて温めてくれればいいから。それで許すから」
いそいそと両腕を広げてみせる前畑を、そっと抱きしめる高橋君。
「お前じゃねえっ!」
じゃれている二人を放置して、加賀君の後方に指を差しながら言った。
「お疲れ様。ていうか、なんで車なの? 飲まないつもり?」
労ってから、詰め寄る。加賀君が自分の車を振り返り、「うん」と肯定する。
「今日、倉知君が出張料理人やってて、終わったら迎えに行きたくて」
「何それ」
面白そうなことを言い出した。みんなが寒さも忘れて加賀君の次の言葉を待つ。
「俺の同級生に漫画家がいるんだけど」
言いながら、ポケットから携帯を出した。
「昨日急に、六花ちゃんが」
「六花さん!?」
千葉君が慌てて腰を上げた。
「お、六花ちゃんからすげえメール来てる」
携帯のバックライトに照らされた加賀君の顔が、薄闇の中に浮かぶ。私がそれをすればホラーにしかならないのだが、加賀君の美しい顔面は何をしても美しい。
「あの、六花さんがなんです?」
千葉君が急かしたが、加賀君は携帯から目を上げない。
「ねえ、とりあえず店行こうよ。お腹空いた」
私が言うと、前畑が賛成、と小走りで先に立って歩き出す。高橋君がそのあとを追い、私も続く。
「ごめん」
後ろで加賀君が声を上げる。足を止めて振り返ると、申し訳なさそうに両手を合わせていた。
「カレー食べに行くわ」
大きな間が空いた。耳を疑った。今から串揚げ屋に行くと言っているのになぜ急にカレーなのか。
「カレー?」
千葉君が訊き返す。
「倉知君のカレー、食べたい」
「えっ?」
「ええ?」
「は?」
「はあっ?」
みんながそれぞれ困惑の声を漏らす。
「え? あの、串揚げは?」
千葉君が訊いた。加賀君は携帯をしまうと、代わりに財布から一万円札を取り出した。二つに折ったそれを、千葉君の胸に押しつけて、「すまん」と軽く謝った。
「これ、足しにして」
「うそ、加賀君来ないの?」
前畑が靴音を響かせて戻ってくる。
「加賀さん、あなた正気ですか? カレー食べたいから飲み会キャンセルって」
千葉君が、くっと声を殺し、うつむいてから再び顔を上げて、加賀君を見てから吹き出した。
「子どもだ、信じられない」
「まあ、つってもうち毎週金曜カレーの日でさ」
加賀君が言った。今日は土曜日。ということは。
「え、昨日食べたってことですか?」
「食べたよ」
「じゃあいいじゃないですか」
「やだよ、カレーだよ?」
「あなた大人ですよね?」
「三十路ですが?」
加賀君と千葉君のやり取りを静観していた私たちは、同時に声を上げて、笑う。
しょうもなくて、子どもじみていて、でも可愛い。いや、だから可愛い。
加賀君のこういうダメなところが可愛いと思うのは、きっと前畑も高橋君も同じだ。おかしそうに笑う顔を見ればわかる。ドタキャンされても全力で許せてしまう。加賀君マジックだ。
「違うんだよ、倉知君のカレー食べたらお前らもわかるから」
違わない。何を言ってもダメだ。可愛いし面白い。妙なスイッチの入った私たちの笑いは止まらない。
「もういいよ、カレーによろしく。じゃなかった、七世君によろしく」
加賀君の背中を笑いながら叩く。
「今度僕たちにも七世君のカレー食べさせてくださいね」
高橋君がニコニコだ。前畑も「食べたい!」と手を挙げる。
「この埋め合わせは、お宅訪問カレーパーティで帳消しかな」
私が言うと、前畑がイエーイと飛び跳ねた。加賀君があからさまに渋い顔を見せる。
「来るの?」
「おい、その顔は何」
加賀君の頬をつねる。
「そ、それ、六花さんも呼びません?」
千葉君が前のめりになる。
「なんでだよ。あー、もうそろそろ予約の時間じゃない?」
加賀君がスーツの袖口をちらりと覗いて腕時計を確認した。
「それに、早く行かないと俺のカレーがなくなる」
同じことをたとえば高橋君が言ったとしたら、ガキとか馬鹿とか散々罵るくせに、前畑はキャッキャと喜んでいる。
「じゃあ楽しんで」
加賀君が手を振った。
「そっちもね」
手を振り返し、加賀君が車に乗り込み、駐車場を出ていくのをみんなで見送った。テールランプを、首を伸ばして見届けて、「さて」とつぶやいた。
「大人の飲み会に行くとしようか」
美味しいお酒と串揚げが、私たちを待っている。
〈おわり〉
千葉君が名付けた「チーム加賀」のメンバーで、またしても飲み会をすることになった。
今日は串揚げ屋だ。新しくオープンしたばかりの店で、ミーハーな千葉君が、一度皆さんで行ってみましょうよ、と誘ってきたのだ。女でも誘って行けばいいのに、と思わないでもなかったが、千葉君は何か理由をつけて加賀君と飲みたいのだ。
我々はあくまでおまけだろう。
「加賀君は?」
会社の駐車場が待ち合わせ場所だ。ここから徒歩数分のところに店がある。
加賀君以外の全員が揃っている。生垣のコンクリの淵に並んで腰を下ろす面々は、寒そうだった。夏が終わり、日が落ちるのも早くなった。
「まだ仕事。もう来るって」
前畑がスマホをいじりながら答えた。
「ちょっとゆとり、くっつかないでよ」
「だって寒いんですもん」
高橋君が前畑にすり寄っている。
「なんで私のほうに来るのよ。千葉のとこ行きなよ、うっとうしい」
「……お二人付き合ってるんですよね?」
にじり寄る高橋君をせき止めながら、千葉君が眉をしかめる。
前畑と高橋君は付き合って長い。もう四年目だ。それなのにこの扱い。不思議だが、別れないのだから上手くいっているのだろう。
照明に照らされた駐車場に目をやって、ふと気づく。加賀君の車がある。
「あいつ、飲みなのに車?」
「あれですよね、加賀さんの」
千葉君が、黒いボディのフェアレディZを指さした。
「イケメンは車もイケメンって思われるのはちょっといいな。俺も車買おうかな」
「チャッラー」
前畑が鼻で笑う。確かに、理由がチャラ男だ。
「あ、主任来た」
高橋君が手を振る。加賀君が社員の通用口から出てくるところだった。みんなで一斉に手を振ると、軽やかに駆けてきた。
「ごめん、待たせた」
「待ち合わせ時間の五分前だよ。全っ然、待ってないからね」
「前畑さん一番乗りだし三十分以上は待ってますよね」
首を横に振る前畑の隣で、高橋君が余計なことを言う。前畑が彼の脇腹を無言で殴った。
「悪い、おごるから許して」
加賀君が前畑の顔を見て、「寒かった?」と申し訳なさそうに眉を下げる。
「いいの、抱きしめて温めてくれればいいから。それで許すから」
いそいそと両腕を広げてみせる前畑を、そっと抱きしめる高橋君。
「お前じゃねえっ!」
じゃれている二人を放置して、加賀君の後方に指を差しながら言った。
「お疲れ様。ていうか、なんで車なの? 飲まないつもり?」
労ってから、詰め寄る。加賀君が自分の車を振り返り、「うん」と肯定する。
「今日、倉知君が出張料理人やってて、終わったら迎えに行きたくて」
「何それ」
面白そうなことを言い出した。みんなが寒さも忘れて加賀君の次の言葉を待つ。
「俺の同級生に漫画家がいるんだけど」
言いながら、ポケットから携帯を出した。
「昨日急に、六花ちゃんが」
「六花さん!?」
千葉君が慌てて腰を上げた。
「お、六花ちゃんからすげえメール来てる」
携帯のバックライトに照らされた加賀君の顔が、薄闇の中に浮かぶ。私がそれをすればホラーにしかならないのだが、加賀君の美しい顔面は何をしても美しい。
「あの、六花さんがなんです?」
千葉君が急かしたが、加賀君は携帯から目を上げない。
「ねえ、とりあえず店行こうよ。お腹空いた」
私が言うと、前畑が賛成、と小走りで先に立って歩き出す。高橋君がそのあとを追い、私も続く。
「ごめん」
後ろで加賀君が声を上げる。足を止めて振り返ると、申し訳なさそうに両手を合わせていた。
「カレー食べに行くわ」
大きな間が空いた。耳を疑った。今から串揚げ屋に行くと言っているのになぜ急にカレーなのか。
「カレー?」
千葉君が訊き返す。
「倉知君のカレー、食べたい」
「えっ?」
「ええ?」
「は?」
「はあっ?」
みんながそれぞれ困惑の声を漏らす。
「え? あの、串揚げは?」
千葉君が訊いた。加賀君は携帯をしまうと、代わりに財布から一万円札を取り出した。二つに折ったそれを、千葉君の胸に押しつけて、「すまん」と軽く謝った。
「これ、足しにして」
「うそ、加賀君来ないの?」
前畑が靴音を響かせて戻ってくる。
「加賀さん、あなた正気ですか? カレー食べたいから飲み会キャンセルって」
千葉君が、くっと声を殺し、うつむいてから再び顔を上げて、加賀君を見てから吹き出した。
「子どもだ、信じられない」
「まあ、つってもうち毎週金曜カレーの日でさ」
加賀君が言った。今日は土曜日。ということは。
「え、昨日食べたってことですか?」
「食べたよ」
「じゃあいいじゃないですか」
「やだよ、カレーだよ?」
「あなた大人ですよね?」
「三十路ですが?」
加賀君と千葉君のやり取りを静観していた私たちは、同時に声を上げて、笑う。
しょうもなくて、子どもじみていて、でも可愛い。いや、だから可愛い。
加賀君のこういうダメなところが可愛いと思うのは、きっと前畑も高橋君も同じだ。おかしそうに笑う顔を見ればわかる。ドタキャンされても全力で許せてしまう。加賀君マジックだ。
「違うんだよ、倉知君のカレー食べたらお前らもわかるから」
違わない。何を言ってもダメだ。可愛いし面白い。妙なスイッチの入った私たちの笑いは止まらない。
「もういいよ、カレーによろしく。じゃなかった、七世君によろしく」
加賀君の背中を笑いながら叩く。
「今度僕たちにも七世君のカレー食べさせてくださいね」
高橋君がニコニコだ。前畑も「食べたい!」と手を挙げる。
「この埋め合わせは、お宅訪問カレーパーティで帳消しかな」
私が言うと、前畑がイエーイと飛び跳ねた。加賀君があからさまに渋い顔を見せる。
「来るの?」
「おい、その顔は何」
加賀君の頬をつねる。
「そ、それ、六花さんも呼びません?」
千葉君が前のめりになる。
「なんでだよ。あー、もうそろそろ予約の時間じゃない?」
加賀君がスーツの袖口をちらりと覗いて腕時計を確認した。
「それに、早く行かないと俺のカレーがなくなる」
同じことをたとえば高橋君が言ったとしたら、ガキとか馬鹿とか散々罵るくせに、前畑はキャッキャと喜んでいる。
「じゃあ楽しんで」
加賀君が手を振った。
「そっちもね」
手を振り返し、加賀君が車に乗り込み、駐車場を出ていくのをみんなで見送った。テールランプを、首を伸ばして見届けて、「さて」とつぶやいた。
「大人の飲み会に行くとしようか」
美味しいお酒と串揚げが、私たちを待っている。
〈おわり〉
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