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小ネタ集4
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【おかす】
「嫌いな奴に犯されるってすげえ屈辱だろうな」
加賀さんが突然そんなことを言いだした。テーブルに広げた参考書を、そっと閉じてペンを置く。そして、ゆっくりと振り返った。
加賀さんはソファで仰向けに寝転んで、漫画を読んでいる。
「なんですか、それ」
「ん、ごめん、独り言」
「聞き捨てならない独り言ですね。まさか……」
「あー、これこれ、六花ちゃんから借りた漫画の話だよ」
加賀さんが、読んでいる漫画の表紙を見せてくる。半裸の男の手首を押さえつけるスーツの男。
「ボーイズラブですか」
「うん、凌辱特集だって。えげつねえことやってんだよ」
漫画から目を上げて、「読む?」とにやけた。
「読みません」
「ですよね。じゃあ朗読してやろうか。やだ、イクッ、もう赦して!」
声色を作って加賀さんが叫ぶ。
「朗読しないで」
はは、と笑って加賀さんが読書に戻る。俺もペンを持ち直し、勉強に戻る。
黙々とそれぞれの世界にこもり、それが終わったのは数分後。加賀さんが後ろから抱き着いてきた。手が、迷うことなく股間に潜り込み、無遠慮にまさぐりだす。
「あの、もしかしてですけど、漫画に煽られました?」
「ちょっと強姦プレイしてみたいなって」
「ごう、かん」
「おう」
「それってどういう」
食いついてしまった。加賀さんが俺の股間をひたすら揉みしだき、「やる?」と声を弾ませた。
「嫌がってんのに無理やりするんだよ。押し倒したり、縛ったり」
「それは無理です」
「うん、愛あるセックスしかしたことないもんな」
「当然です」
「やだやだって抵抗するから、お芝居で襲ってみてよ」
膨らんだ股間を手のひらで撫でさすりながら、耳を甘噛みしてくる。
「俺には無理です。イヤって言われたら悲しいし、嫌がってるのに無理やりとか、したくない。加賀さんが可哀想だと、涙が出ます。演技でも無理です」
融通が利かない。ノリが悪い。そう思われるのもつらいが、とにかく無理だ。
加賀さんがため息をつく。
「倉知君」
「……はい」
心臓が凍る思いで恐々と返事をする。
「惚れ直した。そういうかたくななとこも大好き」
痛いほど強く抱きしめられて、ホッとするやら苦しいやらで、涙が出た。
「じゃあ代わりに俺が襲ってやるよ」
「……はい?」
「俺、Sだから。で、お前はMだしな」
「はい、……え?」
「演技下手そうだけど、ちゃんと嫌がれよ?」
そう言うと加賀さんが俺の体を引きずり倒し、上に乗った。
「やだって言える?」
数えきれない「やだ」を、言わされる羽目になった。
〈おわり〉
【おかすのつづき】
強い力で、手首を押さえつけられた。ズボンと下着を脱がせる手も、乱暴だった。いつもの加賀さんじゃない。
俺を見下ろす顔も、別人に見えた。
「加賀さん」
不安になって名前を呼ぶ。
「ん」
「怖いです」
怯えたような声が出てしまった。加賀さんは動きを止めて、手の力を緩めた。
「演技だよ?」
いつもの加賀さんに戻っている。ホッとしたのと同時に、涙が出そうになった。慌てて歯を食いしばり、顔を背けた。
「え、あれ? 泣く?」
加賀さんがオロオロしながら俺の顔を覗き込もうとする。
「泣いてませんから」
めちゃくちゃ恥ずかしい。こんなことで泣きそうになるなんて。男らしくないし、情けなさすぎる。
「ほんと、違うんです、びっくりしただけです。泣いてませんよ?」
強がってみたが、目の端に涙がにじんでいる自覚がある。あまり説得力はない。
「そんなに怖かった? あー、ごめん。ごめんね?」
加賀さんが優しい。よかった、優しい。
心の底から安堵して、堪えていた涙が溢れた。
「うわ、マジか、ちょ、ごめん、ほんとごめん、泣かないで」
「違います、怖かったから泣いてるんじゃなくて」
加賀さんが優しいから泣けたのだ。
「やめやめ、強姦ごっこ終了。もうしないから」
よしよし、と頭を撫でてくれる。困った顔の加賀さんもいいなと思った。瞬間、下腹部に血液が集中する。
「……しないんですか?」
「え?」
「したいです、続き」
ごくり、と加賀さんの喉が鳴る。
「でもお前」
「やだって言えます、すごい言いますから、だから」
唇を塞がれた。すぐにねじ込まれる舌先。息継ぎの合間に、「やだ」と言葉を漏らす。加賀さんがぴく、と反応して、笑みの形を浮かべた唇で、俺の口を封じる。
やだと言うたびに加賀さんが興奮していく。調子に乗ってやだやだと繰り返したが、全然、まったくもって、イヤじゃない。こんなに嘘っぽい「やだ」はないだろう。自分から脚を開いて、しがみついて、やだはない。
でもいいか。加賀さんが喜んでいる。
俺は「やだ」を連発した。
気持ちよくてたまらないのに、やだと言うのもおかしな話だが、よく考えると加賀さんに抱かれるとき、俺はよく「やだ」と口走っている。
イヤ、という意味以外に使われる「やだ」があるのだと、このとき身をもって学習した。
〈おわり〉
【はたち】
「俺も一本貰っていいですか?」
風呂上がりにソファでビールを飲んでいると、倉知が冷蔵庫を開けて訊いた。新手のギャグかと思ったが、違う。数日前、倉知は二十歳になった。
「いいよ」
「いただきます」
濡れた髪をタオルで拭いながら、パンツ一丁で俺の隣に腰を下ろす。
プルトップを引いて口に運び、喉を鳴らす。おお……、と感嘆の声が出てしまった。倉知がビールを飲んでいる。ただそれだけなのだが、拍手をしたくなった。
「美味い?」
「はい、のど越しがいいです」
「あー、なんかすげえ、変な感じ」
「俺がビール飲んでるの、変ですよね」
「生徒指導室に来なさい、と言いたくなる」
倉知が笑ってビールを傾ける。勢いよく上下する喉仏を見つめて、ハラハラしてしまう。
俺にとって倉知は健全の象徴というか、いつまでも少年のイメージだ。未成年が背伸びをして、悪ぶっているようにしか見えない。
そのうちこの光景も当たり前になるのだろうが、慣れるのは当分先だろう。
「嬉しいです」
ソファの上であぐらをかいた倉知が、思い出したような顔をしてから、俺のビールに自分の缶を近づけて、「乾杯」と言った。
「乾杯。嬉しいって何が?」
缶を軽く触れ合わせて訊いた。
「ちょっとだけ、加賀さんに追いつけたかなって。早く大人になりたかったから」
まるで大人になれたような口ぶりだが、俺に言わせればまだまだ子どもだ。酒を飲みたがるのも、美味いからというより大人になるために急いでいるように感じた。
「でもお酒飲むのは週に一日だけにします」
「なんで?」
「学生だし、それに、経済的な問題もあります」
「別に、好きなだけ飲めばいいのに」
「ダメです、生意気です。俺のくせに生意気です」
唇を尖らせてそう言うと、ビールをあおる。まさかと思うが、缶ビール一本ですでに酔ってきてないか?
「あれ、もうカラだ」
倉知が缶ビールの中を覗き込みながらぽつりとつぶやいた。
「おいおい、ペース早くない? ぶっ倒れるなよ?」
「大丈夫です。なんか、ふわっとしてきた」
ちら、と俺を見る。そして、キス。すぐに唇を離し、鼻先を触れ合わせ、幸せそうに笑った。
「加賀さん、好き」
「お、おう」
ハッとなった。
そうだ、倉知は酔うとキス魔に……、いや、違う、もっと凶悪な、世にも可愛いセックスマシーンに変身するのだ。
「倉知君」
小刻みに唇を吸ってくる倉知の肩を軽く押す。
「はい?」
「毎日飲むといい」
「ええ?」
ふにゃ、と笑って俺の肩に寄りかかる。
「毎日飲んで、毎日酔っ払って、毎日俺にまたがって、咥え込んでよ、この前みたいに」
「う」
倉知の顔が、真っ赤に染まる。まだ理性が残っているらしい。
「俺のが欲しくて疼くんだろ? いいよ、使って」
肩に腕を回して抱き寄せると、倉知の体が脱力し、骨抜きになった。
長い夜の始まりだ。
〈おわり〉
【高校生の倉知君】※倉知君が高校生のときのお話です。
加賀さんが眠そうだ。
俺が電車に乗ったときにはすでに読書を切り上げて、車両の壁にもたれてぼんやりしていた。
「おはようございます」
いつも通り挨拶をする。加賀さんは、消え去りそうな声で「はよ」と短く答えた。
ドアが閉まると壁の代わりに俺にもたれかかり、小さくあくびをする。満員電車だからくっついてしまうのは不可抗力だし、変には思われないかもしれない。
甘えられているのが嬉しい。
可愛い。
それになんだかいい匂いがする。
好きだ。
抱きしめたい。
「眠そうですね」
沸き起こるいろんな感情を押し殺し、小声で話しかけた。加賀さんが俺を見上げる。あくびのせいで潤んだ瞳。体がぎくりとこわばった。
「うん、眠い」
目をこすりながら言った。そのしぐさが可愛すぎて下半身に危険信号が灯る。
「あの、もうちょっと離れて」
声を潜めて懇願する。
「え、なんで。やだよ」
「や、やだよって……」
電車が揺れる。密着した部分がこすれて、刺激されてしまう。
「あっ」
変な声が出てしまった。慌てて口を押さえる俺を、加賀さんがじっとりとした目つきで見ている。痛いほど、見つめてくる。その口元がにこりと微笑んだ。
なんて綺麗なんだろう、と見惚れていると、股間に明らかな違和感が。
揉まれている。
口を押さえたまま、加賀さんを見る。楽しそうだ。楽しそうに、痴漢行為をしている。
確信犯的にゆるゆると焦らす手の動きは、二駅分続いた。その間、身を固くして、耐えた。加賀さんから目を逸らし、見知らぬおじさんの禿げ散らかした頭頂部を凝視する。そうしてひたすら、耐える。
「いってきます」
天使のように笑う、小悪魔。
電車のドアが閉まり、動き出す。
試練の時間は始まったばかりだ。
〈おわり〉
【高校生の倉知君②】※①のつづき。加賀さん視点。
コンビニでコーヒーを買い、店を出たところでガラス窓にもたれかかる。
眠い。
持ち帰った仕事が終わらずに、ほとんど眠れていない。
生あくびばかり出る。コーヒーを一口すすり、大きく深呼吸をした。
コーヒーを飲んで、息をついて、あくびをする。この動作を繰り返していると、やがて頭が冴えてきた。
あいつ、大丈夫かな。
いや、多分大丈夫じゃない。
めちゃくちゃ硬くしていたし、暴発してもおかしくない。暴発。満員電車だぞ。悲惨すぎる。
可哀想なことをした。
それにしても可愛かった。
感じないでおこうと一生懸命堪えているのがなんとも愛おしかった。
可愛かった。
うん、すごく、よかった。
またやろう。
とりあえず、謝っておくか。
ポケットから携帯を取り出すと、メールを打つ。
先ほどは大変申し訳ありませんでした。寝不足で脳みそが死んでいたのです。どうかお許しを。
でも、気持ちよかっただろ?
ちょっと興奮した?
送信。
あ、しまった、一言、いや二言余計だった。と我に返る。寝不足は怖い。どれだけの脳細胞が死滅してしまっただろう。睡眠は大切だ。
コーヒーを飲み干して、カップをゴミ箱に投げ入れた。
大きく伸びをする。
「よし」
手のひらに残る倉知の股間の感触と、下から見た耐える表情を思い出せば、今日を乗り越えることができる。
ありがとう、倉知君。
〈おわり〉
【高校生の倉知君③】※①と②の続きじゃないけど高校生の倉知君なので③。
土曜日。
午前中の部活を終えると、まずは自宅に向かい、シャワーで汗を流し、加賀さんのアパートに向かう。
最初の頃は、そういう流れだった。綺麗にしてからじゃないと失礼だと思っていた。
「わざわざシャワーしに帰らなくてもいいよ」
ドライヤーをせずにすっ飛んできた俺の濡れた頭を、加賀さんがタオルで拭ってくれる。
「でも汗が」
「それはいいんだって」
「でも」
「いいか、よく聞け。まず第一に」
俺の頭を両手で鷲づかみにしながら、加賀さんが小さく咳払いをして続けた。
「お前の汗の匂いはご褒美です。第二に、どうせまた汗かくんだからシャワーはここでどうぞ。第三に、少しでも一緒にいたいから時間を節約してください。わかった?」
顔が熱い。耳まで熱い。加賀さんの言葉を反芻して、全身に熱が広がっていく。
返事ができないでいると、加賀さんがもう一度「わかった?」と念を押した。
「は、はい、わかりました」
「うん、つーか赤いな」
「すいません、嬉しいのと恥ずかしいので、もうなんか、足に力が入りません」
急激に体が火照った感じがして、足がふらついてしまう。加賀さんが笑いながらキスをくれる。上唇と下唇を順番に軽く噛んでから、舌を侵入させてくる。膝の震えが大きくなって、耐え切れずにしがみついた。
「大丈夫?」
「うう……、加賀さん、好きです」
加賀さんが俺にくれた言葉を、全部記憶しておきたい。嬉しくて、全身が宙に浮いたようにふわふわしている。
「うん、俺も。なあ、今日いい天気だよな」
俺の耳に唇を当てて、加賀さんが言った。言葉を吐くたびに、息が耳にかかり、声が出そうになる。
「外行く?」
「えっと……」
「おうちでまったりイチャイチャ?」
「イチャイチャします」
早口で慌てて答えると、加賀さんが笑って俺の耳を口に含んだ。
「じゃあするか」
「します……っ、う、あ、加賀さん、イキそう」
「おう、お前は一回イっとけ」
そう言うと、耳たぶを噛みながら、密着させた下半身を揺すってくる。
声を上げてあっけなく果てる。加賀さんが、はは、と笑いを漏らす。
「早いな」
おのれ。
いつか必ず、見返してやる。
〈おわり〉
「嫌いな奴に犯されるってすげえ屈辱だろうな」
加賀さんが突然そんなことを言いだした。テーブルに広げた参考書を、そっと閉じてペンを置く。そして、ゆっくりと振り返った。
加賀さんはソファで仰向けに寝転んで、漫画を読んでいる。
「なんですか、それ」
「ん、ごめん、独り言」
「聞き捨てならない独り言ですね。まさか……」
「あー、これこれ、六花ちゃんから借りた漫画の話だよ」
加賀さんが、読んでいる漫画の表紙を見せてくる。半裸の男の手首を押さえつけるスーツの男。
「ボーイズラブですか」
「うん、凌辱特集だって。えげつねえことやってんだよ」
漫画から目を上げて、「読む?」とにやけた。
「読みません」
「ですよね。じゃあ朗読してやろうか。やだ、イクッ、もう赦して!」
声色を作って加賀さんが叫ぶ。
「朗読しないで」
はは、と笑って加賀さんが読書に戻る。俺もペンを持ち直し、勉強に戻る。
黙々とそれぞれの世界にこもり、それが終わったのは数分後。加賀さんが後ろから抱き着いてきた。手が、迷うことなく股間に潜り込み、無遠慮にまさぐりだす。
「あの、もしかしてですけど、漫画に煽られました?」
「ちょっと強姦プレイしてみたいなって」
「ごう、かん」
「おう」
「それってどういう」
食いついてしまった。加賀さんが俺の股間をひたすら揉みしだき、「やる?」と声を弾ませた。
「嫌がってんのに無理やりするんだよ。押し倒したり、縛ったり」
「それは無理です」
「うん、愛あるセックスしかしたことないもんな」
「当然です」
「やだやだって抵抗するから、お芝居で襲ってみてよ」
膨らんだ股間を手のひらで撫でさすりながら、耳を甘噛みしてくる。
「俺には無理です。イヤって言われたら悲しいし、嫌がってるのに無理やりとか、したくない。加賀さんが可哀想だと、涙が出ます。演技でも無理です」
融通が利かない。ノリが悪い。そう思われるのもつらいが、とにかく無理だ。
加賀さんがため息をつく。
「倉知君」
「……はい」
心臓が凍る思いで恐々と返事をする。
「惚れ直した。そういうかたくななとこも大好き」
痛いほど強く抱きしめられて、ホッとするやら苦しいやらで、涙が出た。
「じゃあ代わりに俺が襲ってやるよ」
「……はい?」
「俺、Sだから。で、お前はMだしな」
「はい、……え?」
「演技下手そうだけど、ちゃんと嫌がれよ?」
そう言うと加賀さんが俺の体を引きずり倒し、上に乗った。
「やだって言える?」
数えきれない「やだ」を、言わされる羽目になった。
〈おわり〉
【おかすのつづき】
強い力で、手首を押さえつけられた。ズボンと下着を脱がせる手も、乱暴だった。いつもの加賀さんじゃない。
俺を見下ろす顔も、別人に見えた。
「加賀さん」
不安になって名前を呼ぶ。
「ん」
「怖いです」
怯えたような声が出てしまった。加賀さんは動きを止めて、手の力を緩めた。
「演技だよ?」
いつもの加賀さんに戻っている。ホッとしたのと同時に、涙が出そうになった。慌てて歯を食いしばり、顔を背けた。
「え、あれ? 泣く?」
加賀さんがオロオロしながら俺の顔を覗き込もうとする。
「泣いてませんから」
めちゃくちゃ恥ずかしい。こんなことで泣きそうになるなんて。男らしくないし、情けなさすぎる。
「ほんと、違うんです、びっくりしただけです。泣いてませんよ?」
強がってみたが、目の端に涙がにじんでいる自覚がある。あまり説得力はない。
「そんなに怖かった? あー、ごめん。ごめんね?」
加賀さんが優しい。よかった、優しい。
心の底から安堵して、堪えていた涙が溢れた。
「うわ、マジか、ちょ、ごめん、ほんとごめん、泣かないで」
「違います、怖かったから泣いてるんじゃなくて」
加賀さんが優しいから泣けたのだ。
「やめやめ、強姦ごっこ終了。もうしないから」
よしよし、と頭を撫でてくれる。困った顔の加賀さんもいいなと思った。瞬間、下腹部に血液が集中する。
「……しないんですか?」
「え?」
「したいです、続き」
ごくり、と加賀さんの喉が鳴る。
「でもお前」
「やだって言えます、すごい言いますから、だから」
唇を塞がれた。すぐにねじ込まれる舌先。息継ぎの合間に、「やだ」と言葉を漏らす。加賀さんがぴく、と反応して、笑みの形を浮かべた唇で、俺の口を封じる。
やだと言うたびに加賀さんが興奮していく。調子に乗ってやだやだと繰り返したが、全然、まったくもって、イヤじゃない。こんなに嘘っぽい「やだ」はないだろう。自分から脚を開いて、しがみついて、やだはない。
でもいいか。加賀さんが喜んでいる。
俺は「やだ」を連発した。
気持ちよくてたまらないのに、やだと言うのもおかしな話だが、よく考えると加賀さんに抱かれるとき、俺はよく「やだ」と口走っている。
イヤ、という意味以外に使われる「やだ」があるのだと、このとき身をもって学習した。
〈おわり〉
【はたち】
「俺も一本貰っていいですか?」
風呂上がりにソファでビールを飲んでいると、倉知が冷蔵庫を開けて訊いた。新手のギャグかと思ったが、違う。数日前、倉知は二十歳になった。
「いいよ」
「いただきます」
濡れた髪をタオルで拭いながら、パンツ一丁で俺の隣に腰を下ろす。
プルトップを引いて口に運び、喉を鳴らす。おお……、と感嘆の声が出てしまった。倉知がビールを飲んでいる。ただそれだけなのだが、拍手をしたくなった。
「美味い?」
「はい、のど越しがいいです」
「あー、なんかすげえ、変な感じ」
「俺がビール飲んでるの、変ですよね」
「生徒指導室に来なさい、と言いたくなる」
倉知が笑ってビールを傾ける。勢いよく上下する喉仏を見つめて、ハラハラしてしまう。
俺にとって倉知は健全の象徴というか、いつまでも少年のイメージだ。未成年が背伸びをして、悪ぶっているようにしか見えない。
そのうちこの光景も当たり前になるのだろうが、慣れるのは当分先だろう。
「嬉しいです」
ソファの上であぐらをかいた倉知が、思い出したような顔をしてから、俺のビールに自分の缶を近づけて、「乾杯」と言った。
「乾杯。嬉しいって何が?」
缶を軽く触れ合わせて訊いた。
「ちょっとだけ、加賀さんに追いつけたかなって。早く大人になりたかったから」
まるで大人になれたような口ぶりだが、俺に言わせればまだまだ子どもだ。酒を飲みたがるのも、美味いからというより大人になるために急いでいるように感じた。
「でもお酒飲むのは週に一日だけにします」
「なんで?」
「学生だし、それに、経済的な問題もあります」
「別に、好きなだけ飲めばいいのに」
「ダメです、生意気です。俺のくせに生意気です」
唇を尖らせてそう言うと、ビールをあおる。まさかと思うが、缶ビール一本ですでに酔ってきてないか?
「あれ、もうカラだ」
倉知が缶ビールの中を覗き込みながらぽつりとつぶやいた。
「おいおい、ペース早くない? ぶっ倒れるなよ?」
「大丈夫です。なんか、ふわっとしてきた」
ちら、と俺を見る。そして、キス。すぐに唇を離し、鼻先を触れ合わせ、幸せそうに笑った。
「加賀さん、好き」
「お、おう」
ハッとなった。
そうだ、倉知は酔うとキス魔に……、いや、違う、もっと凶悪な、世にも可愛いセックスマシーンに変身するのだ。
「倉知君」
小刻みに唇を吸ってくる倉知の肩を軽く押す。
「はい?」
「毎日飲むといい」
「ええ?」
ふにゃ、と笑って俺の肩に寄りかかる。
「毎日飲んで、毎日酔っ払って、毎日俺にまたがって、咥え込んでよ、この前みたいに」
「う」
倉知の顔が、真っ赤に染まる。まだ理性が残っているらしい。
「俺のが欲しくて疼くんだろ? いいよ、使って」
肩に腕を回して抱き寄せると、倉知の体が脱力し、骨抜きになった。
長い夜の始まりだ。
〈おわり〉
【高校生の倉知君】※倉知君が高校生のときのお話です。
加賀さんが眠そうだ。
俺が電車に乗ったときにはすでに読書を切り上げて、車両の壁にもたれてぼんやりしていた。
「おはようございます」
いつも通り挨拶をする。加賀さんは、消え去りそうな声で「はよ」と短く答えた。
ドアが閉まると壁の代わりに俺にもたれかかり、小さくあくびをする。満員電車だからくっついてしまうのは不可抗力だし、変には思われないかもしれない。
甘えられているのが嬉しい。
可愛い。
それになんだかいい匂いがする。
好きだ。
抱きしめたい。
「眠そうですね」
沸き起こるいろんな感情を押し殺し、小声で話しかけた。加賀さんが俺を見上げる。あくびのせいで潤んだ瞳。体がぎくりとこわばった。
「うん、眠い」
目をこすりながら言った。そのしぐさが可愛すぎて下半身に危険信号が灯る。
「あの、もうちょっと離れて」
声を潜めて懇願する。
「え、なんで。やだよ」
「や、やだよって……」
電車が揺れる。密着した部分がこすれて、刺激されてしまう。
「あっ」
変な声が出てしまった。慌てて口を押さえる俺を、加賀さんがじっとりとした目つきで見ている。痛いほど、見つめてくる。その口元がにこりと微笑んだ。
なんて綺麗なんだろう、と見惚れていると、股間に明らかな違和感が。
揉まれている。
口を押さえたまま、加賀さんを見る。楽しそうだ。楽しそうに、痴漢行為をしている。
確信犯的にゆるゆると焦らす手の動きは、二駅分続いた。その間、身を固くして、耐えた。加賀さんから目を逸らし、見知らぬおじさんの禿げ散らかした頭頂部を凝視する。そうしてひたすら、耐える。
「いってきます」
天使のように笑う、小悪魔。
電車のドアが閉まり、動き出す。
試練の時間は始まったばかりだ。
〈おわり〉
【高校生の倉知君②】※①のつづき。加賀さん視点。
コンビニでコーヒーを買い、店を出たところでガラス窓にもたれかかる。
眠い。
持ち帰った仕事が終わらずに、ほとんど眠れていない。
生あくびばかり出る。コーヒーを一口すすり、大きく深呼吸をした。
コーヒーを飲んで、息をついて、あくびをする。この動作を繰り返していると、やがて頭が冴えてきた。
あいつ、大丈夫かな。
いや、多分大丈夫じゃない。
めちゃくちゃ硬くしていたし、暴発してもおかしくない。暴発。満員電車だぞ。悲惨すぎる。
可哀想なことをした。
それにしても可愛かった。
感じないでおこうと一生懸命堪えているのがなんとも愛おしかった。
可愛かった。
うん、すごく、よかった。
またやろう。
とりあえず、謝っておくか。
ポケットから携帯を取り出すと、メールを打つ。
先ほどは大変申し訳ありませんでした。寝不足で脳みそが死んでいたのです。どうかお許しを。
でも、気持ちよかっただろ?
ちょっと興奮した?
送信。
あ、しまった、一言、いや二言余計だった。と我に返る。寝不足は怖い。どれだけの脳細胞が死滅してしまっただろう。睡眠は大切だ。
コーヒーを飲み干して、カップをゴミ箱に投げ入れた。
大きく伸びをする。
「よし」
手のひらに残る倉知の股間の感触と、下から見た耐える表情を思い出せば、今日を乗り越えることができる。
ありがとう、倉知君。
〈おわり〉
【高校生の倉知君③】※①と②の続きじゃないけど高校生の倉知君なので③。
土曜日。
午前中の部活を終えると、まずは自宅に向かい、シャワーで汗を流し、加賀さんのアパートに向かう。
最初の頃は、そういう流れだった。綺麗にしてからじゃないと失礼だと思っていた。
「わざわざシャワーしに帰らなくてもいいよ」
ドライヤーをせずにすっ飛んできた俺の濡れた頭を、加賀さんがタオルで拭ってくれる。
「でも汗が」
「それはいいんだって」
「でも」
「いいか、よく聞け。まず第一に」
俺の頭を両手で鷲づかみにしながら、加賀さんが小さく咳払いをして続けた。
「お前の汗の匂いはご褒美です。第二に、どうせまた汗かくんだからシャワーはここでどうぞ。第三に、少しでも一緒にいたいから時間を節約してください。わかった?」
顔が熱い。耳まで熱い。加賀さんの言葉を反芻して、全身に熱が広がっていく。
返事ができないでいると、加賀さんがもう一度「わかった?」と念を押した。
「は、はい、わかりました」
「うん、つーか赤いな」
「すいません、嬉しいのと恥ずかしいので、もうなんか、足に力が入りません」
急激に体が火照った感じがして、足がふらついてしまう。加賀さんが笑いながらキスをくれる。上唇と下唇を順番に軽く噛んでから、舌を侵入させてくる。膝の震えが大きくなって、耐え切れずにしがみついた。
「大丈夫?」
「うう……、加賀さん、好きです」
加賀さんが俺にくれた言葉を、全部記憶しておきたい。嬉しくて、全身が宙に浮いたようにふわふわしている。
「うん、俺も。なあ、今日いい天気だよな」
俺の耳に唇を当てて、加賀さんが言った。言葉を吐くたびに、息が耳にかかり、声が出そうになる。
「外行く?」
「えっと……」
「おうちでまったりイチャイチャ?」
「イチャイチャします」
早口で慌てて答えると、加賀さんが笑って俺の耳を口に含んだ。
「じゃあするか」
「します……っ、う、あ、加賀さん、イキそう」
「おう、お前は一回イっとけ」
そう言うと、耳たぶを噛みながら、密着させた下半身を揺すってくる。
声を上げてあっけなく果てる。加賀さんが、はは、と笑いを漏らす。
「早いな」
おのれ。
いつか必ず、見返してやる。
〈おわり〉
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酔った勢いで知らないハーフと将来を約束してしまった勇気君視点のお話になります
攻
井之上 勇気
まだまだ若手のサラリーマン
元ヤンの過去を隠しているが、酒が入ると本性が出てしまうらしい
でも翌朝には完全に記憶がない
受
牧野・ハロルド・エリス
天才・イケメン・天然ボケなカタコトハーフの御曹司
金髪ロング、勇気より背が高い
勇気にベタ惚れの仔犬ちゃん
ユウキにオヨメサンにしてもらいたい
同作者作品の「一夜の関係」の登場人物も絡んできます
塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
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