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小ネタ集3
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【うなぎ】※「彼と彼の片想い」を未読の方はぜひそちらから
晩ご飯のメニューが決まらない。土日は加賀さんが料理担当だが、スーパーに一緒に買い物に行って、その場で何にするか考える、というのが毎度のパターンだった。
「うーん、なんか食欲ないんだよな」
加賀さんが腕をさすりながら言った。
「夏バテ?」
「かもな。つーか寒くない?」
店内は冷えている。行きつけのこの店はいつも異常に冷えていて、外が暑いと快適ではあるのだが、しばらくすると涼しいを通り越して寒くなる。
さみーさみーと繰り返す加賀さんが俺の後ろをついてくる。後ろにいても風よけになるわけでもないのに、ぴったりつけているのが可愛い。小鴨みたいだ、と思った。
「なんか適当に買って帰りますか」
魚のコーナーを覗き込んで言った。マグロの柵が目についた。マグロ丼でいいですか? と訊こうとした瞬間、背中にどん、と何かがぶつかってきた。驚いて肩越しに振り向くと加賀さんだった。俺の背中にしがみついて「ぬくい」と幸せそうにつぶやいた。
「ちょ、加賀さん」
慌てて周囲を見回した。
時間が遅いせいか客はほとんどいない。多分ちゃんとそれを確認してのことだろうが、外でこういうことをするのは珍しい。
「俺で暖を取らないでください」
「んー、もうちょっと。お、倉知君、それそれ」
加賀さんが俺の脇の下から腕を伸ばし、何かを指さした。
「二十パー引きだって。お得じゃない?」
加賀さんが言っているのはどうやらうなぎのかば焼きのことらしい。呼び起される先日の記憶。うなぎ、という単語には、わけあって敏感になってしまう。
やばい、今俺は赤面状態だ。
「お前うなぎ食いたいって言ってたじゃん」
「い、言いました、ね」
「あ、違った。お前が食いたいのは俺のうな」
「わー、買いましょう。今日のメニューは、鰻丼です! 撤収」
値引きのシールが貼られたうなぎを奪取し、カゴに放り込むと、早足でレジに向かう。数メートル進んだところで、ハッとなって振り向くと、加賀さんがしゃがみこんでいた。
「加賀さん」
「ごめん、ちょっと思い出した」
「何……、何をですか」
「うん」
加賀さんは答えずに、はあ、と息をつくと腰を上げて、のろのろと俺に追いついた。そして、背伸びをして耳元に顔を寄せて、小声で囁いた。
「倉知君が俺のうなぎを美味そうに食ってるとこ」
顔に火がつく、というのはこういうことだろうか。
加賀さんはいつからこんなに変態というか、親父臭くなったのだろう。
いや、この人はわりと最初からこういうところがあったかもしれない。
加賀さんは、赤くなる俺を見て、満足そうに、サディスティックに、笑った。
〈おわり〉
【あやす】
隣のテーブル席で、幼児が騒いでいる。母親が一人で子どもを抱えて「ああんもう」、「静かにして」、「食べなさい」の三つの科白を繰り返し、四苦八苦しながら料理を食べさせている。
俺たちより先に店にいたのに、母親の料理はほとんど手をつけられていない。泣き叫んだり椅子を降りたり、まともに食べようとしない子どもを制御するのに必死で、自分は食べられないのだ。
他の客は大体が笑って見ていたが、近くのテーブル席のカップルが二人揃って大きな声で「うるせえよ」と口汚く文句を言っているのが聞こえた。子ども連れて外食すんな、と舌を打っているのを見て、心が痛んだ。
「すいません」
カップルに向かって頭を下げ、こっちにも同じように謝ってくる。
「うるさくて、ごめんなさい」
「いえ、気にしないでください」
謝られて逆に恐縮した。俺たちはもう食べ終わっている。出ますか? と加賀さんに目で訊くと、飲んでいたグラスから口を離してフッと笑った。そして、窓の外を見て「おっ」と声を上げる。
「あー、あれ、あの花、なんて名前だっけ?」
駐車場の花壇に、チューリップが植わっている。チューリップがわからないわけじゃない。どうやら子どもに対する質問だ。加賀さんの指さすほうを見て、男の子が「チューリップ!」と元気に答えた。
「そうだ、チューリップだった。何色と何色?」
「あかと、しろときいろと、あれは、むらさきいろ」
「すげえ、よく知ってるね」
「うん、だっておれ、いろぜんぶしってるし」
愚図っていた子どもが別人のように楽しそうだ。窓の外を眺めている子どもの後ろ姿を唖然として見ていた母親に、加賀さんが微笑んだ。
「お母さん、今のうちに食べてください」
「えっ? あっ、……あ、ありがとう、ございます」
驚いて跳ね上がり、そのあとで震える声でお礼を言った。加賀さんが窓の外を指さして、「じゃあこの黒い車の名前わかる?」と新たな問題を出している。子どもには高度な問題だが、気を引くには充分のようだ。そのあとも子どもをあやして、機嫌を保ち、最終的には食べ残したお子様ランチを完食させてしまった。
店を出るとき、母親は涙目で何度も頭を下げていた。
そういう俺も、涙目だった。なぜだかずっと胸が熱く、鼻の奥がツンとして、涙をこらえるのが大変だった。何か一言でも発すれば、嗚咽が出るほど泣いてしまいそうで、黙って見守っていた。
「加賀さん、好きです」
車に乗り込むと、抱きつきたいのを我慢して、加賀さんの手を握った。
「ん、いきなりどうした。俺も好きだけど」
「人として尊敬します」
「なんか泣いてない?」
指摘されて目をぬぐう。よくわからないが、感動が止まらない。
「好きです、本当に」
顔を覆って、うめく。
加賀さんの優しさは底知れない。好きだ。やっぱり好きでたまらない。
この人を、好きになってよかった。
〈おわり〉
【夏祭り】
近くで夏祭りがあるらしいことは知っていた。屋台が並んで子どもが太鼓を乱打しているだけの、規模の小さいものだ。去年は当日になって開催されるのを知ったのもあり乗り遅れたのだが、今年は倉知が行きましょう、と張り切っていた。
その日は土曜日で、一日がっつり休日出勤していた俺を倉知が浴衣で出迎えた。
「加賀さん、お祭り行きましょう」
「お、おう、準備万端だな。もう? 今から?」
「今からです。加賀さんも浴衣着て」
「浴衣なんてあったっけ」
ネクタイを緩めながら首を傾げる。
「え、ないんですか?」
「実家かな?」
「そんな……、浴衣の加賀さん見たかったのに……」
「すまん。で、下は履いてんの?」
しょんぼりする倉知の浴衣をめくって下から覗き込んだ。
「わ、ちょっと」
「浴衣のときは下着を着るなとあれほど言ったじゃねえか」
「えっ、それって温泉だけの話じゃないんですか?」
「浴衣は浴衣だろ」
倉知が慌てて「でも」と反論する。
「絶対みんなパンツ履いてますよ」
「みんなは関係ない。それにお前は見えても恥ずかしくない立派なブツの持ち主だ。案ずるな」
「ぶ、ぶつ」
「まあでも、タダで見せるのも惜しいな」
そう言って浴衣の隙間から下着を拝む。
「あの、パンツ見て楽しいですか?」
「楽しい」
「じゃあいいです。どうぞ」
お許しが出た。裾をめくり上げ、中に手を突っ込んで、訊いた。
「なあ、ほんとに祭り行きたい?」
「行きたいです、けど、ちょ、加賀さん、何してるんですか」
「なんかムラムラしてきた」
手を動かしながら、倉知の顎にチュウチュウと音を立てて吸いついた。
「う、だ、だめ、ダメです」
手の中で、すぐに硬く大きくなっていく素直な倉知の下半身が愛しくてたまらない。体を密着させ、体重を乗せて、押した。じりじりと、寝室のほうへ移動する。倉知の背後に手を伸ばし、寝室のドアを開けた。
「加賀さん」
「一回だけ」
お願い、と切なげな表情を作って下から見上げると、倉知は下半身を奮い立たせ、あっという間に陥落した。
どうやら今年も夏祭りには行けそうにない。
〈おわり〉
晩ご飯のメニューが決まらない。土日は加賀さんが料理担当だが、スーパーに一緒に買い物に行って、その場で何にするか考える、というのが毎度のパターンだった。
「うーん、なんか食欲ないんだよな」
加賀さんが腕をさすりながら言った。
「夏バテ?」
「かもな。つーか寒くない?」
店内は冷えている。行きつけのこの店はいつも異常に冷えていて、外が暑いと快適ではあるのだが、しばらくすると涼しいを通り越して寒くなる。
さみーさみーと繰り返す加賀さんが俺の後ろをついてくる。後ろにいても風よけになるわけでもないのに、ぴったりつけているのが可愛い。小鴨みたいだ、と思った。
「なんか適当に買って帰りますか」
魚のコーナーを覗き込んで言った。マグロの柵が目についた。マグロ丼でいいですか? と訊こうとした瞬間、背中にどん、と何かがぶつかってきた。驚いて肩越しに振り向くと加賀さんだった。俺の背中にしがみついて「ぬくい」と幸せそうにつぶやいた。
「ちょ、加賀さん」
慌てて周囲を見回した。
時間が遅いせいか客はほとんどいない。多分ちゃんとそれを確認してのことだろうが、外でこういうことをするのは珍しい。
「俺で暖を取らないでください」
「んー、もうちょっと。お、倉知君、それそれ」
加賀さんが俺の脇の下から腕を伸ばし、何かを指さした。
「二十パー引きだって。お得じゃない?」
加賀さんが言っているのはどうやらうなぎのかば焼きのことらしい。呼び起される先日の記憶。うなぎ、という単語には、わけあって敏感になってしまう。
やばい、今俺は赤面状態だ。
「お前うなぎ食いたいって言ってたじゃん」
「い、言いました、ね」
「あ、違った。お前が食いたいのは俺のうな」
「わー、買いましょう。今日のメニューは、鰻丼です! 撤収」
値引きのシールが貼られたうなぎを奪取し、カゴに放り込むと、早足でレジに向かう。数メートル進んだところで、ハッとなって振り向くと、加賀さんがしゃがみこんでいた。
「加賀さん」
「ごめん、ちょっと思い出した」
「何……、何をですか」
「うん」
加賀さんは答えずに、はあ、と息をつくと腰を上げて、のろのろと俺に追いついた。そして、背伸びをして耳元に顔を寄せて、小声で囁いた。
「倉知君が俺のうなぎを美味そうに食ってるとこ」
顔に火がつく、というのはこういうことだろうか。
加賀さんはいつからこんなに変態というか、親父臭くなったのだろう。
いや、この人はわりと最初からこういうところがあったかもしれない。
加賀さんは、赤くなる俺を見て、満足そうに、サディスティックに、笑った。
〈おわり〉
【あやす】
隣のテーブル席で、幼児が騒いでいる。母親が一人で子どもを抱えて「ああんもう」、「静かにして」、「食べなさい」の三つの科白を繰り返し、四苦八苦しながら料理を食べさせている。
俺たちより先に店にいたのに、母親の料理はほとんど手をつけられていない。泣き叫んだり椅子を降りたり、まともに食べようとしない子どもを制御するのに必死で、自分は食べられないのだ。
他の客は大体が笑って見ていたが、近くのテーブル席のカップルが二人揃って大きな声で「うるせえよ」と口汚く文句を言っているのが聞こえた。子ども連れて外食すんな、と舌を打っているのを見て、心が痛んだ。
「すいません」
カップルに向かって頭を下げ、こっちにも同じように謝ってくる。
「うるさくて、ごめんなさい」
「いえ、気にしないでください」
謝られて逆に恐縮した。俺たちはもう食べ終わっている。出ますか? と加賀さんに目で訊くと、飲んでいたグラスから口を離してフッと笑った。そして、窓の外を見て「おっ」と声を上げる。
「あー、あれ、あの花、なんて名前だっけ?」
駐車場の花壇に、チューリップが植わっている。チューリップがわからないわけじゃない。どうやら子どもに対する質問だ。加賀さんの指さすほうを見て、男の子が「チューリップ!」と元気に答えた。
「そうだ、チューリップだった。何色と何色?」
「あかと、しろときいろと、あれは、むらさきいろ」
「すげえ、よく知ってるね」
「うん、だっておれ、いろぜんぶしってるし」
愚図っていた子どもが別人のように楽しそうだ。窓の外を眺めている子どもの後ろ姿を唖然として見ていた母親に、加賀さんが微笑んだ。
「お母さん、今のうちに食べてください」
「えっ? あっ、……あ、ありがとう、ございます」
驚いて跳ね上がり、そのあとで震える声でお礼を言った。加賀さんが窓の外を指さして、「じゃあこの黒い車の名前わかる?」と新たな問題を出している。子どもには高度な問題だが、気を引くには充分のようだ。そのあとも子どもをあやして、機嫌を保ち、最終的には食べ残したお子様ランチを完食させてしまった。
店を出るとき、母親は涙目で何度も頭を下げていた。
そういう俺も、涙目だった。なぜだかずっと胸が熱く、鼻の奥がツンとして、涙をこらえるのが大変だった。何か一言でも発すれば、嗚咽が出るほど泣いてしまいそうで、黙って見守っていた。
「加賀さん、好きです」
車に乗り込むと、抱きつきたいのを我慢して、加賀さんの手を握った。
「ん、いきなりどうした。俺も好きだけど」
「人として尊敬します」
「なんか泣いてない?」
指摘されて目をぬぐう。よくわからないが、感動が止まらない。
「好きです、本当に」
顔を覆って、うめく。
加賀さんの優しさは底知れない。好きだ。やっぱり好きでたまらない。
この人を、好きになってよかった。
〈おわり〉
【夏祭り】
近くで夏祭りがあるらしいことは知っていた。屋台が並んで子どもが太鼓を乱打しているだけの、規模の小さいものだ。去年は当日になって開催されるのを知ったのもあり乗り遅れたのだが、今年は倉知が行きましょう、と張り切っていた。
その日は土曜日で、一日がっつり休日出勤していた俺を倉知が浴衣で出迎えた。
「加賀さん、お祭り行きましょう」
「お、おう、準備万端だな。もう? 今から?」
「今からです。加賀さんも浴衣着て」
「浴衣なんてあったっけ」
ネクタイを緩めながら首を傾げる。
「え、ないんですか?」
「実家かな?」
「そんな……、浴衣の加賀さん見たかったのに……」
「すまん。で、下は履いてんの?」
しょんぼりする倉知の浴衣をめくって下から覗き込んだ。
「わ、ちょっと」
「浴衣のときは下着を着るなとあれほど言ったじゃねえか」
「えっ、それって温泉だけの話じゃないんですか?」
「浴衣は浴衣だろ」
倉知が慌てて「でも」と反論する。
「絶対みんなパンツ履いてますよ」
「みんなは関係ない。それにお前は見えても恥ずかしくない立派なブツの持ち主だ。案ずるな」
「ぶ、ぶつ」
「まあでも、タダで見せるのも惜しいな」
そう言って浴衣の隙間から下着を拝む。
「あの、パンツ見て楽しいですか?」
「楽しい」
「じゃあいいです。どうぞ」
お許しが出た。裾をめくり上げ、中に手を突っ込んで、訊いた。
「なあ、ほんとに祭り行きたい?」
「行きたいです、けど、ちょ、加賀さん、何してるんですか」
「なんかムラムラしてきた」
手を動かしながら、倉知の顎にチュウチュウと音を立てて吸いついた。
「う、だ、だめ、ダメです」
手の中で、すぐに硬く大きくなっていく素直な倉知の下半身が愛しくてたまらない。体を密着させ、体重を乗せて、押した。じりじりと、寝室のほうへ移動する。倉知の背後に手を伸ばし、寝室のドアを開けた。
「加賀さん」
「一回だけ」
お願い、と切なげな表情を作って下から見上げると、倉知は下半身を奮い立たせ、あっという間に陥落した。
どうやら今年も夏祭りには行けそうにない。
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