電車の男ー同棲編ー番外編

月世

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小ネタ集2

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【I love you】

 寝室のカーテンが少しだけ開いていて、空が見えた。
 月が明るい。もうそろそろ満月になろうかという、いびつな円形。太陽より眩しく感じて目を細めた。
「月が綺麗ですね」
 俺に抱きついて眠る寸前だった加賀さんが「え」と声を漏らした。
「月が綺麗ですねって言った?」
「はい」
 何か、不思議な間が空いた。気障だっただろうか、とやんわり照れていると、加賀さんがもぞもぞと布団の中で体を動かした。
「死んでもいいわ」
 俺の耳に唇を当てると、囁くように、そんなことを言った。
「……え?」
「ん? え? あれ、漱石じゃないの?」
「漱石って夏目漱石ですか?」
「あー、うん。なんだ、本当に綺麗だな、月」
 俺の隣に寝転んで、頭同士をこつんとくっつけると、カーテンの隙間の月を確認した。
「満月?」
「ちょっと欠けてますよね。十三夜くらい」
「十三夜」
「満月の二日前です」
「お前変なこと知ってるよな」
 別に、そう特殊なことでもないと思う。それよりも。
「死んでもいいわって、どういうことですか?」
「なんだよ、蒸し返すなよ」
「夏目漱石が関係あるんですか? 小説?」
「倉知君」
「はい」
「眠くなってきた」
「待ってください、気になります」
「話すと長くなる」
 加賀さんの声に覇気がなくなってきた。本当に眠そうだ。
「要するに、一言で言うと」
 あくびをして、布団の中で手を握り合わせてきた。体を密着させて、ぽつりと付け足した言葉に、目が覚める思いがした。
「I love you」
 それきり加賀さんは眠ってしまった。
 結局、夏目漱石はなんだったのか、死んでもいい、というのはどういうことか、わからず仕舞いだった。
 まあいいか。
 要するに。
 一言で言うと。
 I love youなのだろう。

〈おわり〉


【イチャイチャ】

 食後に果物が出ることがよくある。
 多分、倉知家はそういう家庭なのだ。母の伝統を健気に守る倉知は、今日も食後のデザートをテーブルに置いた。
 皿に盛られた、数匹のうさぎたち。
「出たー、これだよ、これこれ。可愛いんだよ、これが」
 俺が言うと、倉知が嬉しそうに自分の席に座った。
「そんなに可愛いですか? りんごうさぎ。ん? うさぎりんご? どっち?」
 どっちでもいいが、お前可愛いな。とニヤニヤが抑えられなくなった。
「写真撮っていい?」
「そこまで? え? 加賀さんってそんなにうさぎ好きでした?」
「だってすげえ可愛いじゃん。ほら皿持って。撮るぞ」
「あの、俺をですか?」
「倉知君作のうさぎちゃんたちと一緒に撮りたいんだよ」
「は、はあ。加賀さん、酔ってます?」
「酔ってないよ」
 激写して、撮れた写真を確認すると、「ふふふ」と怪しげな声が漏れた。困った顔もまた可愛い。
「明日千葉君に見せよう」
「えっ、なんで千葉さん」
「どうだ、可愛いだろって自慢する」
「可愛くないし、やめてください。恥ずかしいです」
「恥ずかしがる倉知君ゲット」
 携帯のカメラを向けて撮影すると、「ちょ、やめて」と照れ笑いをして手でカメラを遮断した。
「なんか楽しくなってきた」
 席を立ち、倉知の顔に携帯を接近させる。そして、連写。
「ちょっと、近い、なんでそんな撮ってるんですか」
「お前はどんな顔しても可愛いな」
 倉知の太ももに脚をかけ、のしかかる。肩に手をかけ、顔面に近づけていた携帯をどけると、目の前に倉知の顔があった。なんとなく、キスをする。塞いだ倉知の唇が、耐え切れずに笑みの形になるのがわかる。
「りんご、食べないんですか?」
 唇を離すと、倉知が俺の腰に両手を回して訊いた。
「食べる。あーん」
 倉知の膝に乗ったまま、口を開けた。しょうがないな、という顔で笑って俺にりんごを食べさせてくれる。
 最上級の甘やかしに酔いながら、幸せの形をしたりんごを頬張った。

〈おわり〉


【キスの日】

 六花からメッセージが来た。
『今日はキスの日です(ひとりごと)』
 意味がわからなかったが、おそらく十一月十一日がポッキーの日、というのと同じことだろう。ふうん、とだけ返した。
『するの? するよね? ていうかもうした?』
 興奮した六花の顔が目に浮かぶ。
 鍋の中のシチューをかき混ぜながら、返信する。
 キスの日って言われても、毎日してるからなあ。毎日がキスの日かな。
 間髪入れずに、「でしょうね」と返ってきた。そして、ごちそうさまでした、ありがとうございます、と立て続けにスタンプが送られてくる。
「ただいまー」
 加賀さんが帰ってきた。
「おかえりなさい。遅かったですね」
「うえー、疲れたー」
 俺の腰に抱きついて頬ずりをしてくる。
「お疲れ様です。加賀さん、今日なんの日か知ってますか?」
「たわしの日」
「え? たわし? なんでですか?」
「知らん。知るよしもない。俺はお前の誕生日しか覚えてない」
 どうやら加賀さんは疲れているらしい。俺から離れずにひたすらすり寄ってくる。
 可愛い。
「キスの日だそうです」
「はあ? なんで? ごーにーさんだろ。どこからキスが出てくるんだよ」
「さあ。六花が言ってました」
「あー、はいはい」
 納得した様子で俺から離れると、鍋の中を覗き込みながら言った。
「つっても俺ら別に毎日してるしな。毎日がキスの日だよな」
「うわあ」
「うわあ?」
「いえ、すいません、通じ合ってるなって嬉しくて。これ見てください」
 ついさっきの六花との会話を加賀さんの顔の前で開いて見せると、「はは」と笑った。
「だって毎日してるもんな」
「ですよね」
「着替えてくるわ」
 加賀さんが言った。目が合い、至極自然に引き寄せ合い、キスを交わす。
 すぐに唇を離すと、鼻先で加賀さんが笑っていた。急に照れ臭くなり、俺も笑ってごまかした。
 笑いながら、もう一度唇を重ねた。深く、浅く、キスをする。舌を優しく噛んで、舐めて、吸って。
「倉知君」
 キスの合間に加賀さんが俺を呼んだ。
「焦げるぞ」
「え、わっ、しまった」
 シチューの存在を忘れていた。火を切って、慌てて鍋をかき混ぜた。
「今度こそ着替えてくるわ。戻ったらまたやろうな」
 加賀さんが俺の耳をがぶりと噛んでから、「キスの日だからな」と付け加えた。
 俺は耳を抑えて身震いをした。
 どこの誰だか知らないが、キスの日を作ってくれた人、どうもありがとう。

〈おわり〉
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