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HungryBug
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〈倉知編〉
今日は土曜日。バイトを休んだ。朝からずっと、ベッドの中で抱き合ってみたり、体中にキスしたり、セックスしたり、ひたすらイチャイチャしていた。
午後三時近くになり、二人の腹が鳴り始めてようやく、何も食べていないことに気づいた。
「夜はなんかまともなもの食うか」
加賀さんが言った。
「そうですね」
寝転がる加賀さんの体を後ろから抱きしめる。
「外食する?」
「家がいいです」
「じゃあ何する?」
「なんだろう、今何も思いつかない」
「めっちゃ腹減ってるのにな」
峠を越した、というやつだ。
「買い物しながら考えるか」
「賛成です」
というわけで、風呂でさっぱりしたあと、二人でスーパーに出かけた。
店に着くと、加賀さんは俺に買い物かごを持たせて、野菜コーナーを指さした。
「キャベツ安いよ。買う?」
「ほんとだ、レアですね。買いましょう」
最近は野菜が高く、キャベツが一玉百円を切ることなんてない。
「しーちゃん、見て。キャベツやっすい!」
キャベツの山を前に、主婦が一人興奮した口調で、カートに載せた小さな女の子に話しかけている。しーちゃん、と呼ばれた幼児はカートから身を乗り出してキャベツを触りたがっている。
「やす、安い! どうしよう、二玉いっちゃう?」
すごく嬉しそうに、両手にキャベツを抱えている。加賀さんが隣に並んでキャベツを持ち上げると、はは、と笑ったあとで、女性に同意した。
「本当に安いですね」
「ねー、ですよね、やっすいですよね、こんなことって……うわっ」
何気なく会話が始まった相手を見て、女性が大げさに飛びのいた。そして、真っ赤になってキャベツをカゴに放り込むと、「ごめんなさい!」と謝った。
「これはねえ、きゃえつ」
少女が加賀さんの顔を見上げながら嬉しそうに報告した。
「あー、うん、キャベツだね」
「やっすいの。やっすいやっすい」
母の口調を真似る娘に、母親は小さくヒィ、と悲鳴を上げた。
「しーちゃん、行くよ!」
カートを走らせて去っていく。女の子のやっすいやっすい、という声が遠ざかっていく。
「やべえ、うける」
「光ちゃんと同じくらいですかね」
「かな? もう結構喋れる頃だよな。それより何にする?」
「キャベツ買うし、ロールキャベツ?」
「なんかもっとがっつりしたもんがいいな」
確かに、朝も昼も食べていないからとにかくハングリーだ。
「魚より肉だな、肉」
「焼肉にしますか」
「いいの?」
匂いがつくし油が跳ねるし煙が充満して嫌だから、という理由で焼肉は外で食べることにしている。
「あんまりよくないですけど」
「じゃあいいよ。よし、ステーキ」
肉コーナーに一目散に向かう途中、さっきの母娘を見つけた。母は刺身用のマグロの柵を見比べていて、娘はゆでタコのパックを誇らしげな顔で小さな両手の上にのせていた。
加賀さんが二人に気づいて足を止める。
「おっ、それは何?」
突然娘に話しかけられて母親が一瞬身を固くしたが、加賀さんだと気づくとさっきと同じ「ヒィ」という悲鳴を上げた。
「これはねえ、えっと、えーっと、たこさん」
「正解、よく知ってるね」
おだてるように言う加賀さんに、女の子は嬉しそうに両足をばたつかせている。
「これたべてみて」
突然女の子が加賀さんにタコを差し出した。
「えー、食べてもいいの?」
「いいよ、しーちゃんのたこさん、わけてあげるね。あむっとたべて、あむっと」
女の子が加賀さんの手を一生懸命引っ張っている。
「ああっ、ごめんなさい、食べなくてもいいですから!」
「いや、食べませんよ、大丈夫です」
母親が必死に頭を下げる。加賀さんが笑いを堪えて言ったが、やり取りがなんだかシュールで俺はこっそり吹き出してしまった。
「だめだよ、たべてよー、おねがいします!」
ます、の部分を強調して、女の子がカートに座ったままで不格好なお辞儀をする。可愛いな、とほっこりした直後に、加賀さんがタコのパックに顔を近づけて、あむあむと言いながら食べる真似を始めた。女の子の可愛さを大幅に上回る可愛さだ。なんなんだ、この人は、と身震いが止まらなくなった。
「あー、美味しかった。お腹いっぱい。ごちそうさまでした」
加賀さんが手を合わせてタコと女の子に頭を下げる。女の子ははちきれんばかりの笑顔で「たべた、たべた」と喜んでいる。
女の子と加賀さんとのやり取りをたまたま目撃していた周囲の買い物客が、一斉に和やかな雰囲気になった。みんな笑顔で、ほほえましそうに見ている。
「ごっ、ごめんなさい、付き合ってもらってありがとうございます」
女性がなぜか目を潤ませてお礼を言った。
「いえいえ、こちらこそごちそうさまでした。しーちゃん、バイバイ」
「ばいばい!」
手を振る母娘と別れて何食わぬ顔で歩き始めたが、俺は感動を覚えていた。加賀さんはすごい。
「ステーキ肉発見。サーロイン? ヒレ?」
肉のコーナーで立ち止まった加賀さんが、俺を振り返る。
「何ニヤニヤしてんの?」
言われて、思わず口元を覆った。
「すいません、可愛すぎて。まるっきり天使です」
「あー、しーちゃん?」
「しーちゃんじゃなくて加賀さんです」
「なんで俺」
きょとんとする加賀さんを、今すぐ抱きしめたい。可愛い。もう、肉なんていいから抱きしめて、キスをして、頬ずりをして、撫でまわして、とにかく可愛がりたい。
「やめろこら。目潰しすんぞ」
「えっ、なんですか急に。何もしてないのに怖いんですけど」
「視姦してんだろ、視姦」
「すいませんでした」
あっさり認めて、加賀さんの脇からステーキ肉を適当に二パック買い物かごに突っ込むと、早足でレジへと向かう。
「もういいの? 他に買うものない? キャベツと肉しか買ってないけど」
「あとは冷蔵庫の中にあるもので作りましょう。とにかく早く帰らないと」
「そんなに腹減った?」
空腹なんて忘れるくらい、加賀さんが愛しい。
マンションに帰ったら、肉より先に、加賀さんをいただこう。
〈おわり〉
今日は土曜日。バイトを休んだ。朝からずっと、ベッドの中で抱き合ってみたり、体中にキスしたり、セックスしたり、ひたすらイチャイチャしていた。
午後三時近くになり、二人の腹が鳴り始めてようやく、何も食べていないことに気づいた。
「夜はなんかまともなもの食うか」
加賀さんが言った。
「そうですね」
寝転がる加賀さんの体を後ろから抱きしめる。
「外食する?」
「家がいいです」
「じゃあ何する?」
「なんだろう、今何も思いつかない」
「めっちゃ腹減ってるのにな」
峠を越した、というやつだ。
「買い物しながら考えるか」
「賛成です」
というわけで、風呂でさっぱりしたあと、二人でスーパーに出かけた。
店に着くと、加賀さんは俺に買い物かごを持たせて、野菜コーナーを指さした。
「キャベツ安いよ。買う?」
「ほんとだ、レアですね。買いましょう」
最近は野菜が高く、キャベツが一玉百円を切ることなんてない。
「しーちゃん、見て。キャベツやっすい!」
キャベツの山を前に、主婦が一人興奮した口調で、カートに載せた小さな女の子に話しかけている。しーちゃん、と呼ばれた幼児はカートから身を乗り出してキャベツを触りたがっている。
「やす、安い! どうしよう、二玉いっちゃう?」
すごく嬉しそうに、両手にキャベツを抱えている。加賀さんが隣に並んでキャベツを持ち上げると、はは、と笑ったあとで、女性に同意した。
「本当に安いですね」
「ねー、ですよね、やっすいですよね、こんなことって……うわっ」
何気なく会話が始まった相手を見て、女性が大げさに飛びのいた。そして、真っ赤になってキャベツをカゴに放り込むと、「ごめんなさい!」と謝った。
「これはねえ、きゃえつ」
少女が加賀さんの顔を見上げながら嬉しそうに報告した。
「あー、うん、キャベツだね」
「やっすいの。やっすいやっすい」
母の口調を真似る娘に、母親は小さくヒィ、と悲鳴を上げた。
「しーちゃん、行くよ!」
カートを走らせて去っていく。女の子のやっすいやっすい、という声が遠ざかっていく。
「やべえ、うける」
「光ちゃんと同じくらいですかね」
「かな? もう結構喋れる頃だよな。それより何にする?」
「キャベツ買うし、ロールキャベツ?」
「なんかもっとがっつりしたもんがいいな」
確かに、朝も昼も食べていないからとにかくハングリーだ。
「魚より肉だな、肉」
「焼肉にしますか」
「いいの?」
匂いがつくし油が跳ねるし煙が充満して嫌だから、という理由で焼肉は外で食べることにしている。
「あんまりよくないですけど」
「じゃあいいよ。よし、ステーキ」
肉コーナーに一目散に向かう途中、さっきの母娘を見つけた。母は刺身用のマグロの柵を見比べていて、娘はゆでタコのパックを誇らしげな顔で小さな両手の上にのせていた。
加賀さんが二人に気づいて足を止める。
「おっ、それは何?」
突然娘に話しかけられて母親が一瞬身を固くしたが、加賀さんだと気づくとさっきと同じ「ヒィ」という悲鳴を上げた。
「これはねえ、えっと、えーっと、たこさん」
「正解、よく知ってるね」
おだてるように言う加賀さんに、女の子は嬉しそうに両足をばたつかせている。
「これたべてみて」
突然女の子が加賀さんにタコを差し出した。
「えー、食べてもいいの?」
「いいよ、しーちゃんのたこさん、わけてあげるね。あむっとたべて、あむっと」
女の子が加賀さんの手を一生懸命引っ張っている。
「ああっ、ごめんなさい、食べなくてもいいですから!」
「いや、食べませんよ、大丈夫です」
母親が必死に頭を下げる。加賀さんが笑いを堪えて言ったが、やり取りがなんだかシュールで俺はこっそり吹き出してしまった。
「だめだよ、たべてよー、おねがいします!」
ます、の部分を強調して、女の子がカートに座ったままで不格好なお辞儀をする。可愛いな、とほっこりした直後に、加賀さんがタコのパックに顔を近づけて、あむあむと言いながら食べる真似を始めた。女の子の可愛さを大幅に上回る可愛さだ。なんなんだ、この人は、と身震いが止まらなくなった。
「あー、美味しかった。お腹いっぱい。ごちそうさまでした」
加賀さんが手を合わせてタコと女の子に頭を下げる。女の子ははちきれんばかりの笑顔で「たべた、たべた」と喜んでいる。
女の子と加賀さんとのやり取りをたまたま目撃していた周囲の買い物客が、一斉に和やかな雰囲気になった。みんな笑顔で、ほほえましそうに見ている。
「ごっ、ごめんなさい、付き合ってもらってありがとうございます」
女性がなぜか目を潤ませてお礼を言った。
「いえいえ、こちらこそごちそうさまでした。しーちゃん、バイバイ」
「ばいばい!」
手を振る母娘と別れて何食わぬ顔で歩き始めたが、俺は感動を覚えていた。加賀さんはすごい。
「ステーキ肉発見。サーロイン? ヒレ?」
肉のコーナーで立ち止まった加賀さんが、俺を振り返る。
「何ニヤニヤしてんの?」
言われて、思わず口元を覆った。
「すいません、可愛すぎて。まるっきり天使です」
「あー、しーちゃん?」
「しーちゃんじゃなくて加賀さんです」
「なんで俺」
きょとんとする加賀さんを、今すぐ抱きしめたい。可愛い。もう、肉なんていいから抱きしめて、キスをして、頬ずりをして、撫でまわして、とにかく可愛がりたい。
「やめろこら。目潰しすんぞ」
「えっ、なんですか急に。何もしてないのに怖いんですけど」
「視姦してんだろ、視姦」
「すいませんでした」
あっさり認めて、加賀さんの脇からステーキ肉を適当に二パック買い物かごに突っ込むと、早足でレジへと向かう。
「もういいの? 他に買うものない? キャベツと肉しか買ってないけど」
「あとは冷蔵庫の中にあるもので作りましょう。とにかく早く帰らないと」
「そんなに腹減った?」
空腹なんて忘れるくらい、加賀さんが愛しい。
マンションに帰ったら、肉より先に、加賀さんをいただこう。
〈おわり〉
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