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モテキングの誤算
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〈千葉編〉
俺の人生の中で、女の子にモテることがもっとも重要だ。
幼稚園の頃から常に女の子に囲まれて育った。幼少期からすでに飛び抜けて可愛かった俺は、幼児だけじゃなく、先生からも気に入られていた。とにかく女はみんな、俺の前で骨抜きになる。
小中高と黄色い声を浴び続けた結果、男からは盛大に妬まれ、同性の友達は皆無に近い。
でも俺には女の子さえいればよかった。
専門学校に入っても順調にモテた。女はみんな俺を目で追うし、少し優しくすればその気になる。特定の彼女は作らなかったが、それで文句を言う女の子はいなかった。俺は、みんなを平等に愛した。
社会人になった今、一番楽しみなのはいろんな女性との出会いだ。県内の印刷会社に入社し、生産技術部サービス企画課に配属された。新入社員は覚えなければならないことが多かったが、俺にはそれより大事なものがある。
ここでも「愛される俺」「モテる俺」を見せつけなければ。
入社前の研修でも可愛い女の子がいないか、そればかり気にしていた。いいなと思った子には積極的に話しかけ、連絡先を聞き出し、早くもハーレムが完成しつつあった。
女の子の中心でいる俺、という図ができて満足していた。
先輩社員の年上女性たちも、きっと俺を振り返る。乾いた砂漠に突如、潤いたっぷりのオアシスが現れるのだ。忙しくなるぞ、と気合いを入れた。
入れたのだが、何か、おかしい。
配属された企画課には、若い女性が三名いたが、俺を見ても頬がバラ色に染まらない。とびきりの笑顔を見せたのに、社交辞令的に微笑み返し、よろしくね、と挨拶をしただけで、まったく食いついてこない。
他部署に挨拶に行っても同じ現象が起きた。
誰も俺を、気にしない。
おかしい。俺だぞ?
可哀想に。砂漠に長くいすぎたせいで、心も渇いているのだろうか。
昼休憩の時間になり、食堂に移動した。研修で仲良くなった女の子たちが俺を見つけて駆け寄ってくる。
「千葉君、一緒に食べよ」
「うん、もちろん」
これだ、この感じ。やっぱり周りに女の子がいないと落ち着かない。
さあ、モテる俺を見ろ、と周囲を見渡したが、誰もこっちを気にしていない。
はあ、とため息が出た。
社会人というのはよほど余裕がないらしい。視野が狭くて俺という輝きに気づかないなんて。仕方がない、気づかないなら気づかせてやろう。
定食を載せたトレイを持って、女性社員数人で固まっているテーブルに近づいた。
「すいません、ここ空いてますか?」
にこ、と笑って訊ねると、一番手前にいた女性が俺を見上げた。
「あ、はい、どうぞ」
同席していた女性たちの視線が、俺に集中する。値踏みされている。
どうだ、いい男だろう。
──こんなにいい男は見たことがない!
全員の心の声が透けて見えるようだった。
椅子を引いて座ろうとしたそのとき、食堂の入り口付近でキャー、と黄色い声が上がった。耳慣れた、女子の嬉しい悲鳴だ。俺のことか、とキメ顔を用意して振り返ったが、誰も俺を見ていない。
「何、もしかして加賀君?」
「加賀君だ」
「うっそ、社食来るの珍しい」
女子社員たちが、にわかにざわつき始めた。慌ててポーチを取り出して、化粧直しを始める女子たち。
「先越される前に誰か捕まえてよ」
「あたし行ってくる」
「私も」
ガタガタと席を立ち、飛んでいったその先に、スーツの男が二人。
本来俺が浴びるはずのその声は、どうやら「加賀君」という別の人物に向けられているらしい。
「あの、すいません」
さっき話した女子が、俺に向かって申し訳なさそうな顔で言った。
「ここ、やっぱり空いてないんで、他行ってもらえます?」
「え」
「ごめんねー」
拝むような仕草で謝られて、脚がふらついた。
そんな馬鹿な。
この俺が、女性に、こんな扱いを受けるなんて。何かの間違いだ。
「千葉君、あっち空いてるよ、行こう」
一緒にいた新入社員の女子が、俺の裾を引っ張った。振り返ると、女の子たちが揃って困った顔で俺を見ていた。
この子たちの前で、恥をかかされた、と感じた。
俺に恥をかかせた張本人の顔を拝んでやらなければ気が済まない。
少し離れたテーブルに座ると、「加賀君」らしき男が二人の女子に連れられてきた。見た瞬間に、納得はした。騒がれるのはわかる。なかなかのイケメンで、美形であることにはなんの異論もない。
でも、俺のほうが、カッコイイ。
「ねえ、あの人さ」
一緒にいた三人の女子に、判断してもらおうと思った。こっそり指差して視線を向けさせると、「カッコイイよね」と付け加えた。
千葉君のほうがカッコイイよ、という科白を言わせるつもりだった。
女子たちが「加賀君」のほうを見て固まった。
よく観察して比べるがいい。そして、俺を誉めろ、さあ!
「ほんとだ」
「うん、すごいイケメン」
「なんか綺麗」
三人が「加賀君」を誉めた。うん、わかる。そのあとに「でも」が続くのもわかっている。
「スーツだし、総務とか、営業の人?」
「彼女いるかな」
「いなかったら変だよ」
「結婚してたりして」
えー、と二人が残念そうな声を上げる。
「なんだろ、なんか王子様みたい。キラキラしてる」
「王子って呼ぼうよ」
「キラキラ王子」
キャアキャア盛り上がる女子たちに、慌てて割り込んだ。
「俺もさ、王子様って呼ばれてたことあったよ」
「え?」
三人が俺を見た。
「あー……、そうなんだ」
「うん、なんとなくわかるかも。へえー」
「ねえねえ王子、いくつかな」
「二十……、五とか六とか?」
「年上ドキドキするー」
なんだこれは。こんなのはありえない。目の前の女の子三人が、俺を差し置いて、別の男の話をしている。俺じゃなく、別の男を王子と呼ぶなんて。
考えられない。何かの間違いだ。
「でもほら、なんかちょっと線が細い感じじゃない? 頼りなさそうっていうか、ねえ」
同意を求めると、女子たちが俺を見る。全員、同じ表情をしている。眉間にシワを寄せた、不愉快丸出しの目だ。これはまずい。早口で付け足した。
「俺、ずっとサッカー部でさ、体力には自信があるし、筋肉質だし」
腹だって割れてるよ、触ってみる? と続けるつもりだったのに、あまりにも冷たい視線にくじけてしまった。
そこからずっと、誰も俺には興味を示さず、「加賀君」のことばかり。
完全に、頭にきた。
モテ男の座は、俺にこそ相応しいのに。
奪われたポジションを、なんとしてでも取り返さなければ。
そう思っていた矢先、五月に社内運動会があると聞かされた。
これだ。ここで活躍すれば、女子たちを見返すことができる。
ああいう綺麗系でお高くとまっている奴に、運動ができるとは思えない。学生時代に体を動かしてこなかったに違いない。モテることにあぐらをかいて、努力をしないタイプだろう。
中身のない薄っぺらな男より、スポーツで健全な精神と鍛え抜かれた肉体を育んできた俺のほうが百倍魅力的だという自信がある。
注目を浴びて、女たちの視線を独り占めしてやる。
社内一のモテ男は、俺だ。
と、意気込んで挑んだ運動会が終わった頃には、いろいろと反省するところがあった。
どうしてあの人がモテるのか。
どうして女たちは俺に興味を示さないのか。
話してみると理解できた。
薄っぺらなのは俺だったのかもしれない。俺の幼稚な憎悪は、あの人の魅力によって霧散した。今の俺では勝てないと気づいたのだ。
俺は、追いつきたい。あの人に。
そしていつの日か、追い越してやる。
〈おわり〉
俺の人生の中で、女の子にモテることがもっとも重要だ。
幼稚園の頃から常に女の子に囲まれて育った。幼少期からすでに飛び抜けて可愛かった俺は、幼児だけじゃなく、先生からも気に入られていた。とにかく女はみんな、俺の前で骨抜きになる。
小中高と黄色い声を浴び続けた結果、男からは盛大に妬まれ、同性の友達は皆無に近い。
でも俺には女の子さえいればよかった。
専門学校に入っても順調にモテた。女はみんな俺を目で追うし、少し優しくすればその気になる。特定の彼女は作らなかったが、それで文句を言う女の子はいなかった。俺は、みんなを平等に愛した。
社会人になった今、一番楽しみなのはいろんな女性との出会いだ。県内の印刷会社に入社し、生産技術部サービス企画課に配属された。新入社員は覚えなければならないことが多かったが、俺にはそれより大事なものがある。
ここでも「愛される俺」「モテる俺」を見せつけなければ。
入社前の研修でも可愛い女の子がいないか、そればかり気にしていた。いいなと思った子には積極的に話しかけ、連絡先を聞き出し、早くもハーレムが完成しつつあった。
女の子の中心でいる俺、という図ができて満足していた。
先輩社員の年上女性たちも、きっと俺を振り返る。乾いた砂漠に突如、潤いたっぷりのオアシスが現れるのだ。忙しくなるぞ、と気合いを入れた。
入れたのだが、何か、おかしい。
配属された企画課には、若い女性が三名いたが、俺を見ても頬がバラ色に染まらない。とびきりの笑顔を見せたのに、社交辞令的に微笑み返し、よろしくね、と挨拶をしただけで、まったく食いついてこない。
他部署に挨拶に行っても同じ現象が起きた。
誰も俺を、気にしない。
おかしい。俺だぞ?
可哀想に。砂漠に長くいすぎたせいで、心も渇いているのだろうか。
昼休憩の時間になり、食堂に移動した。研修で仲良くなった女の子たちが俺を見つけて駆け寄ってくる。
「千葉君、一緒に食べよ」
「うん、もちろん」
これだ、この感じ。やっぱり周りに女の子がいないと落ち着かない。
さあ、モテる俺を見ろ、と周囲を見渡したが、誰もこっちを気にしていない。
はあ、とため息が出た。
社会人というのはよほど余裕がないらしい。視野が狭くて俺という輝きに気づかないなんて。仕方がない、気づかないなら気づかせてやろう。
定食を載せたトレイを持って、女性社員数人で固まっているテーブルに近づいた。
「すいません、ここ空いてますか?」
にこ、と笑って訊ねると、一番手前にいた女性が俺を見上げた。
「あ、はい、どうぞ」
同席していた女性たちの視線が、俺に集中する。値踏みされている。
どうだ、いい男だろう。
──こんなにいい男は見たことがない!
全員の心の声が透けて見えるようだった。
椅子を引いて座ろうとしたそのとき、食堂の入り口付近でキャー、と黄色い声が上がった。耳慣れた、女子の嬉しい悲鳴だ。俺のことか、とキメ顔を用意して振り返ったが、誰も俺を見ていない。
「何、もしかして加賀君?」
「加賀君だ」
「うっそ、社食来るの珍しい」
女子社員たちが、にわかにざわつき始めた。慌ててポーチを取り出して、化粧直しを始める女子たち。
「先越される前に誰か捕まえてよ」
「あたし行ってくる」
「私も」
ガタガタと席を立ち、飛んでいったその先に、スーツの男が二人。
本来俺が浴びるはずのその声は、どうやら「加賀君」という別の人物に向けられているらしい。
「あの、すいません」
さっき話した女子が、俺に向かって申し訳なさそうな顔で言った。
「ここ、やっぱり空いてないんで、他行ってもらえます?」
「え」
「ごめんねー」
拝むような仕草で謝られて、脚がふらついた。
そんな馬鹿な。
この俺が、女性に、こんな扱いを受けるなんて。何かの間違いだ。
「千葉君、あっち空いてるよ、行こう」
一緒にいた新入社員の女子が、俺の裾を引っ張った。振り返ると、女の子たちが揃って困った顔で俺を見ていた。
この子たちの前で、恥をかかされた、と感じた。
俺に恥をかかせた張本人の顔を拝んでやらなければ気が済まない。
少し離れたテーブルに座ると、「加賀君」らしき男が二人の女子に連れられてきた。見た瞬間に、納得はした。騒がれるのはわかる。なかなかのイケメンで、美形であることにはなんの異論もない。
でも、俺のほうが、カッコイイ。
「ねえ、あの人さ」
一緒にいた三人の女子に、判断してもらおうと思った。こっそり指差して視線を向けさせると、「カッコイイよね」と付け加えた。
千葉君のほうがカッコイイよ、という科白を言わせるつもりだった。
女子たちが「加賀君」のほうを見て固まった。
よく観察して比べるがいい。そして、俺を誉めろ、さあ!
「ほんとだ」
「うん、すごいイケメン」
「なんか綺麗」
三人が「加賀君」を誉めた。うん、わかる。そのあとに「でも」が続くのもわかっている。
「スーツだし、総務とか、営業の人?」
「彼女いるかな」
「いなかったら変だよ」
「結婚してたりして」
えー、と二人が残念そうな声を上げる。
「なんだろ、なんか王子様みたい。キラキラしてる」
「王子って呼ぼうよ」
「キラキラ王子」
キャアキャア盛り上がる女子たちに、慌てて割り込んだ。
「俺もさ、王子様って呼ばれてたことあったよ」
「え?」
三人が俺を見た。
「あー……、そうなんだ」
「うん、なんとなくわかるかも。へえー」
「ねえねえ王子、いくつかな」
「二十……、五とか六とか?」
「年上ドキドキするー」
なんだこれは。こんなのはありえない。目の前の女の子三人が、俺を差し置いて、別の男の話をしている。俺じゃなく、別の男を王子と呼ぶなんて。
考えられない。何かの間違いだ。
「でもほら、なんかちょっと線が細い感じじゃない? 頼りなさそうっていうか、ねえ」
同意を求めると、女子たちが俺を見る。全員、同じ表情をしている。眉間にシワを寄せた、不愉快丸出しの目だ。これはまずい。早口で付け足した。
「俺、ずっとサッカー部でさ、体力には自信があるし、筋肉質だし」
腹だって割れてるよ、触ってみる? と続けるつもりだったのに、あまりにも冷たい視線にくじけてしまった。
そこからずっと、誰も俺には興味を示さず、「加賀君」のことばかり。
完全に、頭にきた。
モテ男の座は、俺にこそ相応しいのに。
奪われたポジションを、なんとしてでも取り返さなければ。
そう思っていた矢先、五月に社内運動会があると聞かされた。
これだ。ここで活躍すれば、女子たちを見返すことができる。
ああいう綺麗系でお高くとまっている奴に、運動ができるとは思えない。学生時代に体を動かしてこなかったに違いない。モテることにあぐらをかいて、努力をしないタイプだろう。
中身のない薄っぺらな男より、スポーツで健全な精神と鍛え抜かれた肉体を育んできた俺のほうが百倍魅力的だという自信がある。
注目を浴びて、女たちの視線を独り占めしてやる。
社内一のモテ男は、俺だ。
と、意気込んで挑んだ運動会が終わった頃には、いろいろと反省するところがあった。
どうしてあの人がモテるのか。
どうして女たちは俺に興味を示さないのか。
話してみると理解できた。
薄っぺらなのは俺だったのかもしれない。俺の幼稚な憎悪は、あの人の魅力によって霧散した。今の俺では勝てないと気づいたのだ。
俺は、追いつきたい。あの人に。
そしていつの日か、追い越してやる。
〈おわり〉
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