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第五話 柴崎の真実
しおりを挟む柴崎は、不思議な人だ。スマホの中だと途端に愉快になり、反則的に可愛く感じる。
多分これが本性だ。あの見た目に反してシュールな笑いのセンスを持っている。もしかすると、狙って面白くしているのではなく、天然かも、とも思う。
とにかく、独特で魅力的だ。
俺はこの、トーク中の柴崎の「人格」に惚れたのかもしれない。
「クゥーンて。言うんかい」
柴犬のアイコンだから可愛いのか、柴崎だと思うから可愛いのか、もはやわからない。
──明日行く。放課後。お前んち
トーク画面に新たな発言が現れた。ギョッとなる。
「うわー、急だな……」
部屋を見回した。
実は、俺は部類の綺麗好きだ。本棚には漫画が巻数順に整然と並び、窓の桟を指で撫でても埃なんてつかないし、絨毯には毛髪一本落ちていない。
うちは両親共働きで、兄弟もいないし、夜まで一人だ。なんとなく、家に二人きりというのが気まずかったから散らかっているとごまかした。今から散らかった部屋ふうに演出したほうがいいだろうか。
漫画の十五巻と十六巻を入れ替えたり、上下さかさまにしてみたり、小細工をしてみたものの、無意味に思えてやめた。
それにしても、柴崎はどうしてそんなにうちに来たいのか。
行きたい行きたいと駄々をこねる感じが可愛いと思ってしまうのだから、沢村の言う通り、俺は重症だ。
これは間違いなく「恋」で、早く柴崎に会いたくてうずうずしていた。
でも俺は、柴崎のことをまだ何も知らない。知るのが怖い気もする。
なぜなら、おそらく柴崎は、やんちゃなのだ。言い方を変えると、不良だ。沢村によると、喧嘩が原因で停学になったらしいし、鬼とか狂犬と揶揄されるほどなのだから、俺とは違う世界の人間かもしれない。
というのを、登校した朝、柄の悪い連中に取り囲まれる柴崎を見て、しみじみと実感した。
他校の制服を着た、見るからにヤバそうな男が三人、校門の壁に柴崎を追い込んで、因縁をつけている。ように見えた。よくわからない。絡まれているのには間違いない。
他の生徒が、彼らの横を、身を低くして素早く駆け抜けていく。俺もそれに倣ったほうがいいのか、それとも柴崎を助けたほうがいいのか。
喧嘩なんてしたことがない。脚が、震えそうだ。
校門をくぐれずにウロウロしていると、柴崎が俺に気づいた。駆け寄ってくる。まるで、飼い主を見つけた犬のように、嬉しそうに、駆けてくる。こんな状況なのに、可愛いなあとのんきな感想を抱いてしまう。
「おはよう」
柴崎の声が弾んでいる。表情も明るい。
「お、おは、よう……。あの、大丈夫? その人たちは……?」
三人とも、めちゃくちゃこっちを見ている。ひー、と悲鳴が出た。
「どうしよ、先生呼ぶ? それとも警察?」
声を潜めて耳打ちすると、柴崎がキョトンとした。
「ザキさーん、誰、こいつ」
ポケットに両手を突っ込んだ男が、俺の顔を斜め下からじろじろ見てくる。
「見るな、寄るな、触るな」
柴崎が俺の腕をつかんで、引っ張っていく。サーセン、サーセンした、と後ろから気合いの入った声が飛んだが、追いかけてくる様子はない。振り返ると、三人がバラバラに何度も腰を折り曲げ、頭を下げていた。
「あれ、舎弟ってやつ?」
校庭を引きずられながら訊いた。柴崎が「違う」と強めに否定してから不機嫌な声で言った。
「あれはいじめっ子だ」
「いじめっ……子?」
ちょっと待て、その単語のチョイスで正解なのか?
「犬をいじめてた。木の枝で突いたり叩いたり。止めたら喧嘩になって、誰かに警察呼ばれて、一緒に補導はされたけど別に舎弟じゃない」
「停学の原因ってそれ?」
柴崎が脚を止めた。
「違った、いじめっ子じゃない」
「え?」
「元、いじめっ子だ。犬の魅力を説いたらちゃんと改心したし、それ以来あいつらの一人が犬を飼って、みんなで可愛がってる」
柴崎がズボンのポケットからスマホを出して、俺に画面を見せてきた。
「これだ」
画面には、ポメラニアンが映っている。
「えっと、……可愛いね」
「うん」
二人で画面を覗き込んで、しばらくポメラニアンを眺めていた。
ほのぼのとした時間が流れた。
あれ、とにわかに疑問が沸く。
柴崎は、もしかしたら、全然不良じゃないのもしれない。見た目がいかついから敬遠しがちだし、とっつきにくさはあるものの、全然、悪い奴じゃない。
「なんで、停学って、ちゃんと喧嘩の原因説明したら、留年しなかったかもしれないのに」
俺が言うと、柴崎はスマホから目を上げて、眉間にしわを寄せて鼻を擦った。
「喧嘩は事実だし、それに留年したのは成績の問題もある」
「成績……、え、そっち?」
「勉強が嫌いだ」
スマホをポケットに戻して、校舎に向かって歩き出す。並んで歩きながら、柴崎の横顔を見上げた。
なぜだろう、無性に頭を撫でてやりたい。
「でも今年は、勉強を頑張ってる」
「え、偉い……、偉いなあ」
よしよし、いい子と抱きしめたい。歯を食いしばる。なぜだ、なぜこんなにも可愛いんだ。
「お前と一緒に進級したいから、絶対に留年しない」
叫びたい。
何か、クッションとか、枕とかに顔を押しつけて、叫びたい。
ウワー! 可愛いー!
メッキが剥がれた狂犬は、俺の目には不器用な大型犬にしか見えなくなった。
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