となりの柴崎さん

月世

文字の大きさ
上 下
4 / 10

第四話 よろしくお願いします

しおりを挟む
 少し前まで、存在すら知らなかった相手を、今は無意識に探している。
 廊下を歩きながら四組の教室を覗き込む。どの席に座っているのか、覚えてしまった。教卓の真ん前だ。あの長身で一番前の席とか、可愛いな、と思った。
 背中が丸い。邪魔にならないように、窮屈そうに身を縮めて見えて、なんだか微笑ましかった。
 帰りの時間になると、柴崎の後姿を見届けるのが日課になった。
 肩に担いだ鞄に、犬のキーホルダーが変わらず今日もぶら下がり、踊るように揺れるのを確認して、安堵する。
 きっと、ただ純粋に犬が好きだからつけている。俺からのプレゼントだからじゃない。わかっている。
 柴崎は俺を好きだと言ったが、それが継続しているのかは知るよしもなかった。
 あれから一度もメッセージは届かない。俺からも送っていない。ブロックされているかもしれないし、送ってみて既読がつかないのはなんだかショックだ。
「言えばいいのに」
 沢村が言った。廊下から視線を戻し、「何を?」と訊いた。
「好きって」
「いや、待って、俺別に好きなんて」
「毎日見てんじゃん」
「見て……る、けど、好きっていうか、気になるっていうか、可愛いっていうか」
 フッと笑った沢村が肩をすくめ、俺の胸のあたりを拳で軽く突いた。
「お前、重症」
 鞄を担いで教室を出ていく沢村の背中を眺めて、頭を掻く。腰を上げ、帰ろう、とつぶやいた。
 廊下に出て角を曲がる。階段を一歩下りたところで、進路に立ちはだかる人影に気づき、「げっ」と声が出た。
 柴崎だ。
「なっ、えっ、わ、忘れ物?」
 慌てて取り繕うと、柴崎が数段下から俺を見上げ、少し首をかしげた。
「話があるんだろ。お前が呼んでるって、沢村が」
「沢村」
 あの野郎。と内心で歯ぎしりをした。
「話って何」
「あー、えーっと」
 俺たちの横を、生徒が通りすぎていく。視線を感じる。
「どこか、場所変えて……、あ、時間大丈夫?」
 柴崎は俺と同じで部活をしていない。毎日さっさと帰っていく。放課後、どう過ごしているのかは謎だ。バイトでもしているのか、帰ってゲームでもしているのか、はたまた勉学に励んでいるのか。まったく想像がつかない。
 柴崎は無言でうなずいた。ホッとしてから、頭を抱えたくなった。
 何をどう言えばいいのかわからない。自分でも、自分の気持ちがよくわかっていないのに。
 好きかどうかはわからない。ただ俺は、柴崎を可愛いと思うだけだ。
 でも、よくよく考えてみれば、男だ。しかも狂犬と呼ばれるような男だ。それなのに可愛いと思うということは、俺は。
「好きなのか?」
 柴崎が言った。
「えっ」
「カラオケ」
 俺たちは、カラオケボックスにきている。当然、歌いにきたわけじゃない。
「いや、ごめん、違う、俺んちでもいいんだけど、散らかってるし、ここだと静かだし、話しやすいし、別にカラオケしようってんじゃないから」
 もたもたと言い訳をすると、向かい側に座った柴崎がソファにふんぞり返った。腕組みをして、大きく股を開き、鋭い目つきで俺を見ているこの人は、これで高校生なのだ。信じられない威圧感だ。ほとんどヤクザだ。
「もしかして、返せって話か?」
「えっ? 何を?」
 柴崎が、顎で「これ」と指し示したのは、誕生日に俺があげた犬のキーホルダーだ。
「なんで、いらないけど」
「そうか」
 ふう、と静かに息をつく。もしかして今のは安堵のため息だろうか。
「よかった」
 ものすごく小さな声で、確かにそう言った。
 可愛いな?
 誰にともなく訊ねてみる。
「本当は二組の女に渡したかったんだろ?」
「へっ、誰」
「柴崎琴音」
 なんだかすでに懐かしささえ感じる名前だ。そんな人もいたなあという感想しか出ない。
「いや、俺、あの子が好きなわけじゃないし」
 柴崎は、わからない、という顔で首をひねった。
「その、喋り方っていうか、発言がいちいち可愛いなって、思って。アイコンの柴犬とか、アカウントのフリーダイアルとか、可愛くて」
 うつむいて、言葉を探しながら、首を撫でる。緊張のせいか、汗がにじんでいた。
「でも可愛いって思ったのは、柴崎琴音は関係なくて、……あー、なんて言っていいのか、つまり、俺は、柴崎さんが可愛いんです」
 しん、と沈黙が下りる。
 どこかの誰かの歌声が漏れ聞こえていて、そのせいで、この部屋がやたら静かだというのが強調されている気がした。
 耐え切れずに、顔を隠した。
 熱い。
「ああー、もう、頼むから、何か言ってよ」
「よく、わからん」
「えっ」
 顔を上げて柴崎を見ると、本当に「よくわからん」と言う顔だった。
「ちょっ、えっ、なんで、何がわからないんだよ」
「俺のどこが可愛いんだ」
 照れるどころか、若干切れ気味だ。
 ハッとなった。そうか、男が可愛いなんて言われて嬉しいはずがない。しまった、俺は殺されるのか。
「すすすすすいません、でも、ほら、犬のキーホルダー、喜んでくれて、鞄に着けてくれて、そんななりで、可愛い……、あっ、可愛いってのは、けっして馬鹿にしてるわけじゃなくてですね、その、沢村が、沢村に、重症って」
 途切れ途切れに説明したが、自分で何を言っているのかわからなくなってきた。
「好きです、俺……、多分、好きだから、柴崎さんが、可愛いんですっ」
 前のめりで叫ぶように言うと、柴崎が突然腰を上げた。ガン、と派手な音がして、テーブルがずれた。ソファに倒れ込み、脛を押さえている。
「えっ、大丈夫?」
「……びっくりして、立ったら、ぶつかった」
 意外とおっちょこちょいなんだなと思うと、さらに可愛いメーターが増えていく。
 口を隠して、笑いを噛み殺す。柴崎が痛みにうめいているのを眺めてから、咳払いをする。
「柴崎さん、まだ俺のこと好き?」
 脛をさすりながら、柴崎がこくりとかすかにうなずいた。
「じゃあ、付き合っちゃう?」
 トーク内で柴崎琴音に向けた科白を、目の前の男に向けて、改めて言い直す。
 姿勢を正した柴崎が、真正面から俺を見る。
「よろしくお願いします」
 誰もが恐れる狂犬柴崎が、彼氏になったのだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

アルファとアルファの結婚準備

金剛@キット
BL
名家、鳥羽家の分家出身のアルファ十和(トワ)は、憧れのアルファ鳥羽家当主の冬騎(トウキ)に命令され… 十和は豊富な経験をいかし、結婚まじかの冬騎の息子、榛那(ハルナ)に男性オメガの抱き方を指導する。  😏ユルユル設定のオメガバースです。 

雪は静かに降りつもる

レエ
BL
満は小学生の時、同じクラスの純に恋した。あまり接点がなかったうえに、純の転校で会えなくなったが、高校で戻ってきてくれた。純は同じ小学校の誰かを探しているようだった。

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)

夏目碧央
BL
 兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。  ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

なんか金髪超絶美形の御曹司を抱くことになったんだが

なずとず
BL
タイトル通りの軽いノリの話です 酔った勢いで知らないハーフと将来を約束してしまった勇気君視点のお話になります 攻 井之上 勇気 まだまだ若手のサラリーマン 元ヤンの過去を隠しているが、酒が入ると本性が出てしまうらしい でも翌朝には完全に記憶がない 受 牧野・ハロルド・エリス 天才・イケメン・天然ボケなカタコトハーフの御曹司 金髪ロング、勇気より背が高い 勇気にベタ惚れの仔犬ちゃん ユウキにオヨメサンにしてもらいたい 同作者作品の「一夜の関係」の登場人物も絡んできます

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

俺と両想いにならないと出られない部屋

小熊井つん
BL
ごく普通の会社員である山吹修介は、同僚の桜庭琥太郎に密かに恋心を寄せていた。 同性という障壁から自分の気持ちを打ち明けることも出来ず悶々とした日々を送っていたが、ある日を境に不思議な夢を見始める。 それは『〇〇しないと出られない部屋』という形で脱出条件が提示される部屋に桜庭と2人きりで閉じ込められるというものだった。 「この夢は自分の願望が反映されたものに違いない」そう考えた山吹は夢の謎を解き明かすため奮闘する。 陽気お人よし攻め×堅物平凡受けのSF(すこし・ふしぎ)なBL。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

学園の天使は今日も嘘を吐く

まっちゃ
BL
「僕って何で生きてるんだろ、、、?」 家族に幼い頃からずっと暴言を言われ続け自己肯定感が低くなってしまい、生きる希望も持たなくなってしまった水無瀬瑠依(みなせるい)。高校生になり、全寮制の学園に入ると生徒会の会計になったが家族に暴言を言われたのがトラウマになっており素の自分を出すのが怖くなってしまい、嘘を吐くようになる ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿です。文がおかしいところが多々あると思いますが温かい目で見てくれると嬉しいです。

処理中です...