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第二話 青天の霹靂
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天国から地獄。
意味がわからず頭がついていかない。
俺の彼女が、柴崎琴音が、背の高い男と手を繋いで歩いている。
次の日の朝、校内でその光景を見たとき、何度も目をこすった。何度そうやっても変化はない。どう見ても、柴崎が男と手を繋いで歩いている。
「おはよう」
ポン、と背中を叩かれた。沢村だ。
「ちょっ、こっち!」
沢村の首に腕を回し、教室とは別方向に引きずっていく。
「なんだよ?」
人けのない廊下の隅に沢村を追い込み、壁ドンをすると、「わけがわからない!」と叫んだ。沢村は壁に寄りかかり、腕を組んで咳払いをした。
「それは俺の科白だが」
「なあ、俺今起きてる? 意味がわからないんだ」
「それも俺の科白だな」
「ちょ、いいから黙ってこれを見てくれ」
スマホを出して、昨日の柴崎とのトーク画面を沢村の顔に突きつけた。
「あー、柴崎さん? 話したんだ?」
「全部読め。そしてその内容を踏まえて今から俺が言うことをよく聞いてくれ」
「ん」
沢村が眠そうな目でスマホを見下ろし、右手の親指で画面をスクロールさせていく。
「えー、はあ……、何これ。はっ、ははっ」
乾いた笑いを漏らし、俺とスマホを見比べている。
「読んだ? 全部読んだ?」
「読んだけど。あの人、カッコで笑うんだな」
「カッコで笑う?」
かっこわらい、と言いながら、スマホを返し、頭を掻いた。
「で、付き合うのか? 柴崎さんと」
沢村が口の端をぴくぴくさせて、言った。
「そのつもりだったよ。なのに、今朝、見たんだ」
「何を?」
「柴崎さんが、男と手ぇ繋いで歩いてるのを」
ブーッと沢村が噴き出した。おかげで顔面が唾だらけだ。
「いや、それは見間違えじゃ?」
「しっかり、この目で、見たんだよ。とんでもねえビッチだよ!」
「ビッチって。あ、噂をすれば」
沢村が俺の背後に目をやって、軽く頭を下げた。振り向くと、そこに立っていたのは柴崎ではなく、男だった。背の高い、細身の男だ。ものすごく鋭い目で睨まれている。
「え、誰、こわ」
沢村の腕にすがりついてそう言うと、思いもよらない答えが返ってきた。
「誰って。お前の彼氏じゃん」
「……なんて?」
「付き合っちゃうんだろ? 柴崎さんと」
言っている意味が、本当にわからない。キョトンとしていると、沢村が「柴崎さん」と男を指さした。
「何言ってんの?」
「だから、となりのクラスの柴崎さん」
「えっ?」
「四組の、柴崎さん」
「四組? 柴崎さんは二組だろ?」
聞き返すと、沢村が「ああ」と何かに気づいたようにうなずいた。
「二組にシバサキって女いるよな」
「え?」
「ザキとサキ。あれは四組のシバザキさん。あ、おはようございます」
沢村が壁から背中を浮かせて、体をまっすぐにすると、九十度の角度で腰を折り曲げた。気づくとさっきの眼光鋭い男が、すぐそこにいて、凶悪な目つきで俺たちを見据えていた。喉の奥で、小さく悲鳴が上がる。
「昨日は助かった」
「いえいえ、お役に立ててよかったです。あー、で、二人、付き合うんですか?」
二人とは誰だ。男と沢村の間で何度も視線を行き来させた。次第に胸が、痛いほどに、ドキドキしてきた。恐ろしい真実が、見たくないからくりが、すぐそこに迫っている。
男が俺を見る。体が強張った。声が出ない。男は殺しそうな目で俺を睨み、真一文字に結んでいた口を、薄く開いた。
「お」
裏返った声にギョッとしたが、男が咳払いをしてもう一度口を開く。
「おはよう」
今度はちゃんと、外見にあった低い声だ。
呆然とする俺の腕を、沢村が肘でついてくる。ハッとした。俺に向けてのおはようなのだと気づき、冷や汗が出た。
信じたくない。
でも、俺は、昨日、この男に向かって、「付き合っちゃう?」と言ったのだ。
そして、よろしくお願いしますと返事があった。
付き合う?
俺と、この「男」が?
「……詐欺だ」
つぶやいた。
「違う、俺は、騙されたんだ」
後ずさり、首を横に振る。そしてその場から逃げ出した。
意味がわからず頭がついていかない。
俺の彼女が、柴崎琴音が、背の高い男と手を繋いで歩いている。
次の日の朝、校内でその光景を見たとき、何度も目をこすった。何度そうやっても変化はない。どう見ても、柴崎が男と手を繋いで歩いている。
「おはよう」
ポン、と背中を叩かれた。沢村だ。
「ちょっ、こっち!」
沢村の首に腕を回し、教室とは別方向に引きずっていく。
「なんだよ?」
人けのない廊下の隅に沢村を追い込み、壁ドンをすると、「わけがわからない!」と叫んだ。沢村は壁に寄りかかり、腕を組んで咳払いをした。
「それは俺の科白だが」
「なあ、俺今起きてる? 意味がわからないんだ」
「それも俺の科白だな」
「ちょ、いいから黙ってこれを見てくれ」
スマホを出して、昨日の柴崎とのトーク画面を沢村の顔に突きつけた。
「あー、柴崎さん? 話したんだ?」
「全部読め。そしてその内容を踏まえて今から俺が言うことをよく聞いてくれ」
「ん」
沢村が眠そうな目でスマホを見下ろし、右手の親指で画面をスクロールさせていく。
「えー、はあ……、何これ。はっ、ははっ」
乾いた笑いを漏らし、俺とスマホを見比べている。
「読んだ? 全部読んだ?」
「読んだけど。あの人、カッコで笑うんだな」
「カッコで笑う?」
かっこわらい、と言いながら、スマホを返し、頭を掻いた。
「で、付き合うのか? 柴崎さんと」
沢村が口の端をぴくぴくさせて、言った。
「そのつもりだったよ。なのに、今朝、見たんだ」
「何を?」
「柴崎さんが、男と手ぇ繋いで歩いてるのを」
ブーッと沢村が噴き出した。おかげで顔面が唾だらけだ。
「いや、それは見間違えじゃ?」
「しっかり、この目で、見たんだよ。とんでもねえビッチだよ!」
「ビッチって。あ、噂をすれば」
沢村が俺の背後に目をやって、軽く頭を下げた。振り向くと、そこに立っていたのは柴崎ではなく、男だった。背の高い、細身の男だ。ものすごく鋭い目で睨まれている。
「え、誰、こわ」
沢村の腕にすがりついてそう言うと、思いもよらない答えが返ってきた。
「誰って。お前の彼氏じゃん」
「……なんて?」
「付き合っちゃうんだろ? 柴崎さんと」
言っている意味が、本当にわからない。キョトンとしていると、沢村が「柴崎さん」と男を指さした。
「何言ってんの?」
「だから、となりのクラスの柴崎さん」
「えっ?」
「四組の、柴崎さん」
「四組? 柴崎さんは二組だろ?」
聞き返すと、沢村が「ああ」と何かに気づいたようにうなずいた。
「二組にシバサキって女いるよな」
「え?」
「ザキとサキ。あれは四組のシバザキさん。あ、おはようございます」
沢村が壁から背中を浮かせて、体をまっすぐにすると、九十度の角度で腰を折り曲げた。気づくとさっきの眼光鋭い男が、すぐそこにいて、凶悪な目つきで俺たちを見据えていた。喉の奥で、小さく悲鳴が上がる。
「昨日は助かった」
「いえいえ、お役に立ててよかったです。あー、で、二人、付き合うんですか?」
二人とは誰だ。男と沢村の間で何度も視線を行き来させた。次第に胸が、痛いほどに、ドキドキしてきた。恐ろしい真実が、見たくないからくりが、すぐそこに迫っている。
男が俺を見る。体が強張った。声が出ない。男は殺しそうな目で俺を睨み、真一文字に結んでいた口を、薄く開いた。
「お」
裏返った声にギョッとしたが、男が咳払いをしてもう一度口を開く。
「おはよう」
今度はちゃんと、外見にあった低い声だ。
呆然とする俺の腕を、沢村が肘でついてくる。ハッとした。俺に向けてのおはようなのだと気づき、冷や汗が出た。
信じたくない。
でも、俺は、昨日、この男に向かって、「付き合っちゃう?」と言ったのだ。
そして、よろしくお願いしますと返事があった。
付き合う?
俺と、この「男」が?
「……詐欺だ」
つぶやいた。
「違う、俺は、騙されたんだ」
後ずさり、首を横に振る。そしてその場から逃げ出した。
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