15 / 17
最終話
しおりを挟む
時生からのメールに気がついたのは、次の日だった。
──カズんち行っていい?
ちょうど俺が病院に運び込まれた時間帯に送信されていた。
メールはその一通だけ。返事をしなかったから、無言の拒絶だと感じただろう。
携帯を耳にあて、「時生」と呼んだ。
「メール今見た」
『……そっか、だよな、カズ携帯見ないもんな』
どこか安堵のにじむ声。
「今、お前んちの前」
『えっ』
「外か? 出かけてたら帰る」
『待って、いる、そこにいて』
ほ、と息をつく。時生が日曜に家にいるのは珍しい。
「珍しいな」
玄関のドアが開くと、まず、そう言った。時生は眉を八の字にして、悲しいような困ったような、微妙な表情でうつむいた。
「え、カズ、手、それ、どうした?」
右手の包帯に気づいて、慌てて手首をつかんでくる。
「名誉の負傷」
「え? どういうこと?」
「入っていいか?」
「あ、うん、もちろん。今日誰もいないから。ゆっくりしてって」
時生の部屋は、前回来たときと同じか、前以上に散らかっていた。からのペットボトルの数が増えているし、テレビの前の折りたたみテーブルに、スープの入ったカップラーメンの容器が置きっぱなしだ。
「これ、朝ご飯」
言い訳をして照れ笑いする時生は、必死でいつもと変わらないふりをしていた。
明らかに様子が変だ。気まずそうで、目が合わない。
そりゃそうか。
「あ、ここ、座って」
ヘラヘラ笑った時生が、ベッドの上の雑誌やらティッシュの屑やらを雑に払い落とす。足の踏み場のない部屋の中を、ウロウロし、しばらくしてから咳払いをして訊いた。
「手、大丈夫なの? また喧嘩?」
「包丁が貫通した」
「えっ、……えっ? 包丁?」
時生には隠しごとをしないと決めた。
隠し撮りのこと、アメリカに来いと言われたこと、織田を殺そうとした母さんを止め損なって刺されたこと。一部始終を、つぶさに話した。
「本当なら警察沙汰だけどな」
手のひらに包丁が刺さる事故が不注意で起こるはずもないのだが、病院側、つまり織田が、そういうふうに処理をした。意外だった。あいつが、母さんを助けたのだ。
「誰も死ななかったんだし気にするなって言っても、母さん、めちゃくちゃ落ち込んでて、家に居づらい」
「はー……、うん、だろうね……」
時生は俺の隣に腰を落とし、両手で顔を覆った。
「何だよその修羅場……。なんでカズ、そんな冷静に話せるの?」
「さすがにすげー動揺した。まあ、でも、ああいう体験をすると、肝が据わる。次は多分、イケる」
包丁をどう捌くか。落ち着いてやれば、できる気がした。まず真正面に向かい合って、突き出された包丁をわきの下に誘い込むように躱し、体と腕の間に相手の手を挟み込んで、関節を決めてやれば武器を取り落とす。
イメージトレーニングをしていると、時生が「もう!」と頭を抱えた。
「そんなに何回も包丁突きつけられるわけないじゃん」
「コンビニ強盗に出くわすかもしれねーだろ」
「頼むから、危ないことしないで。俺、カズが心配だよ」
泣き声だと気づいて、時生の顔を覗き込んだ。
目が、合う。
ふ、と笑った。
「よかった」
「な、何が?」
時生がほのかに頬を染めた。
「友達やめたいって言われるかと思った」
「言わないよ!」
身を乗り出した時生が、しゅん、と消沈する。
「いや……やっぱり、無理かも。友達、無理かもしれない、ごめん」
「いい」
間髪入れずに返事をして、肩をすくめる。
「謝るな。お前は悪くない」
縁を切られるかもしれないと、覚悟はしていた。だから、驚かない。ただ、心臓が痛くて、喉の奥もズキズキして、息がしづらい。泣くのだけは、駄目だ。時生から顔を背け、静かに深呼吸をする。
「俺、カズとしたいんだ」
時生が言った。
「カズと、セックスしたい。ごめん、言っちゃった。俺じゃ駄目? おっさんのほうがいい? でも俺、多分テクニックじゃ負けないし、いや、愛! カズへの愛は、誰にも負けないよ? 俺、守りたい。俺は絶対、泣かせない。傷つけないよ」
ゆっくりと首を動かして、時生を見た。
「お前……、何言ってんだ?」
「だからさ、そういう意味で、もう友達じゃいられないかもって」
時生なりに、考えて出した答えらしい。軽い気持ちじゃないことは、伝わってきた。
真剣な顔が、おかしい。
笑っていると、時生に頬をつままれた。
「カズさあ、笑うのは俺の前だけね」
「はあ? なんで」
「笑顔が可愛いんだもん。普段全然笑わないから、ギャップ萌えで老若男女問わずイチコロだって」
笑顔を消して真顔に戻ると、今度は時生が笑って、顔を寄せてきた。
唇が触れ合った。
柔く、押しつけてくる。ちゅ、ちゅ、と音を重ね、何度も軽く唇を吸われた。
脳が、痺れて、溶ける。
何も考えられなくなった。
穏やかなキス。口の中に入ってくる動作はスムーズで、静かだった。舌を絡め、唾液を交換した。
時生の手が、俺の服の下に潜り込む。動きが優しい。大切なものを慈しむように、撫でる指。泣きそうになった。
「痛くない?」
右手の包帯にそっと触れて、時生が訊いた。痛いと言ったらやめるんじゃないかと思った。だから、痛くないと答えた。
服を脱ぐのを、時生が手伝ってくれた。
全裸で抱き合って、シーツに横たわる。首筋から鎖骨、胸、順番に降りていく唇。へその下まで到達した頃には、俺のペニスはガンガンに勃っていたが、時生は嫌悪を見せることもなく、当然のように先端にキスをした。裏筋を舐めて、吸って、丁寧にカリを舌先でなぞり、口中に収めていく。
「はあっ、あっ、時生……っ」
上目遣いの時生が俺を飲み込んだまま、頭を振る。上下する手の動きと、蠢く舌、吸いつてくる口の粘膜。緩急をつけた動作に、我慢できない。出る、イク、と訴えた。時生は離さなかった。中に吐き出しても嫌な顔一つせずに、喉を鳴らす。
「全部飲んじゃった」
「……お前、なんでそんなに」
上手いんだ、という言葉を飲み込んで、代わりに疑問を投げた。
「男とやったこと、ないよな?」
「ないない、無理無理。男とは無理だって」
俺も男なんだが、と苦笑して、シーツの上に脱力する。
「カズ」
俺に跨った時生が、見下ろしてくる。
「好き」
切ない目でつぶやいて、俺の頬を指でくすぐった。
「好き、カズ、大好き」
唇が震える。歯を食いしばり、時生の首に抱きついた。
まっすぐにぶつけられる好意が心地いい。そう感じるのは時生だけ。
自分も同等の想いを抱いているから?
自信がない。好きとか嫌いとか、恋愛のことが、俺にはよくわからない。
でも、嬉しくて舞い上がる気持ちを自覚した。
俺はきっと、時生が好きだ。
繋がると、確信できた。
俺は間違いなく、時生が好きだ。
自分の欲望のみを満たそうとするんじゃなくて、ちゃんと俺を、人として扱ってくれる。愛撫とは、これのことかと感心した。
やることなすことが、気持ちいい。
時生は、慣れていた。男を抱くのは初めてのくせに、流れがスムーズだった。あっという間に全身が弛緩して、時生にすべてをゆだねていた。
ずっと、俺を見ている。
喘いで悶える俺を見ている。
恥ずかしいと思う隙もなく、理性は飛んで、自ら腰を揺らす。
優しく俺の名前を呼んで、触れて、口づけて。
奥を突く動作も、優しかった。
「カズ、痛くない?」
動きを止めて、時生が訊いた。汗がすごい。時生の顎から滴った汗が、俺の腹に落ちて、混ざり合う。
「手は? 大丈夫?」
「ない、痛くない、時生、もっと」
「う、待って、揺らさないで、こら、カズ、ストップ、あっ、ダメッ、イキそ……、あ、あ……っ」
時生が小さく叫んで、身を震わせた。イク瞬間の顔を見た。俺の中で、時生が果てた。愛しさが、込み上げる。
「すげ……、エロい」
時生の頬を撫でると、「もう!」と吠えた。
笑い合って、すぐに二回戦が始まった。
何度絶頂に達しても、出るものがなくなっても、体を繋げたまま、キスに没頭する。
「いいのか?」
キスの合間に訊いた。
「何?」
「お前は知らねーだろうが、男だぞ、俺」
「えっ、知らなかった」
芝居がかった声色で笑って、時生が俺のペニスを握り締めた。
「すげー今更だけど、お前、付き合ってる女、いいのかよ」
「あ、大丈夫、昨日別れたから」
随分簡単に言うなと思ったが、時生は元々女の回転が速い。週替わりで別の女を連れていたこともある。
「彼女っていうか、どっちかっていうとセフレだけどね。好きな子いるからって、お別れした」
「好きな子」
「カズだよ」
「寒いな」
「ちょっ、そういうこと言う?」
女なら喜ぶ科白なのかもしれない。今まで女を喜ばせてきた口説き文句は、俺には通用しない。
残念だったな、と鼻で笑う。
「いいもん、今日から晴れてカズと恋人同士だもん」
「恋人……、やめろ、痒い」
「えっ、あれっ? 違うの? なんで? 駄目? あっ、待って? 確認だけど、俺ら、付き合うんだよね?」
俺が時生と、付き合う。
ぶはっ、と吹き出してしまった。
「なぜ笑う!」
「いや、なんか、ありえねー」
ありえない。ガキの頃からずっと一緒で、そんな目で見たことなんて一度もない。お互いに、恋愛対象から外れていたのに。
これは全部織田のせい。あいつの存在は悪夢そのものだったが、きっかけを与えてくれた。織田が現れなかったら、俺は一生、時生とセックスはおろか、キスすらしなかっただろう。
嫌いだし、憎んでいる。評価が変わることはないが、多少、感謝しないでもない。
寝転んだまま右手を翳し、口中で「バイバイ」と別れを告げる。
時生が俺の首にしがみついて、甘ったるく、ねだった。
「なー、カズ。付き合ってよ」
〈了〉
──カズんち行っていい?
ちょうど俺が病院に運び込まれた時間帯に送信されていた。
メールはその一通だけ。返事をしなかったから、無言の拒絶だと感じただろう。
携帯を耳にあて、「時生」と呼んだ。
「メール今見た」
『……そっか、だよな、カズ携帯見ないもんな』
どこか安堵のにじむ声。
「今、お前んちの前」
『えっ』
「外か? 出かけてたら帰る」
『待って、いる、そこにいて』
ほ、と息をつく。時生が日曜に家にいるのは珍しい。
「珍しいな」
玄関のドアが開くと、まず、そう言った。時生は眉を八の字にして、悲しいような困ったような、微妙な表情でうつむいた。
「え、カズ、手、それ、どうした?」
右手の包帯に気づいて、慌てて手首をつかんでくる。
「名誉の負傷」
「え? どういうこと?」
「入っていいか?」
「あ、うん、もちろん。今日誰もいないから。ゆっくりしてって」
時生の部屋は、前回来たときと同じか、前以上に散らかっていた。からのペットボトルの数が増えているし、テレビの前の折りたたみテーブルに、スープの入ったカップラーメンの容器が置きっぱなしだ。
「これ、朝ご飯」
言い訳をして照れ笑いする時生は、必死でいつもと変わらないふりをしていた。
明らかに様子が変だ。気まずそうで、目が合わない。
そりゃそうか。
「あ、ここ、座って」
ヘラヘラ笑った時生が、ベッドの上の雑誌やらティッシュの屑やらを雑に払い落とす。足の踏み場のない部屋の中を、ウロウロし、しばらくしてから咳払いをして訊いた。
「手、大丈夫なの? また喧嘩?」
「包丁が貫通した」
「えっ、……えっ? 包丁?」
時生には隠しごとをしないと決めた。
隠し撮りのこと、アメリカに来いと言われたこと、織田を殺そうとした母さんを止め損なって刺されたこと。一部始終を、つぶさに話した。
「本当なら警察沙汰だけどな」
手のひらに包丁が刺さる事故が不注意で起こるはずもないのだが、病院側、つまり織田が、そういうふうに処理をした。意外だった。あいつが、母さんを助けたのだ。
「誰も死ななかったんだし気にするなって言っても、母さん、めちゃくちゃ落ち込んでて、家に居づらい」
「はー……、うん、だろうね……」
時生は俺の隣に腰を落とし、両手で顔を覆った。
「何だよその修羅場……。なんでカズ、そんな冷静に話せるの?」
「さすがにすげー動揺した。まあ、でも、ああいう体験をすると、肝が据わる。次は多分、イケる」
包丁をどう捌くか。落ち着いてやれば、できる気がした。まず真正面に向かい合って、突き出された包丁をわきの下に誘い込むように躱し、体と腕の間に相手の手を挟み込んで、関節を決めてやれば武器を取り落とす。
イメージトレーニングをしていると、時生が「もう!」と頭を抱えた。
「そんなに何回も包丁突きつけられるわけないじゃん」
「コンビニ強盗に出くわすかもしれねーだろ」
「頼むから、危ないことしないで。俺、カズが心配だよ」
泣き声だと気づいて、時生の顔を覗き込んだ。
目が、合う。
ふ、と笑った。
「よかった」
「な、何が?」
時生がほのかに頬を染めた。
「友達やめたいって言われるかと思った」
「言わないよ!」
身を乗り出した時生が、しゅん、と消沈する。
「いや……やっぱり、無理かも。友達、無理かもしれない、ごめん」
「いい」
間髪入れずに返事をして、肩をすくめる。
「謝るな。お前は悪くない」
縁を切られるかもしれないと、覚悟はしていた。だから、驚かない。ただ、心臓が痛くて、喉の奥もズキズキして、息がしづらい。泣くのだけは、駄目だ。時生から顔を背け、静かに深呼吸をする。
「俺、カズとしたいんだ」
時生が言った。
「カズと、セックスしたい。ごめん、言っちゃった。俺じゃ駄目? おっさんのほうがいい? でも俺、多分テクニックじゃ負けないし、いや、愛! カズへの愛は、誰にも負けないよ? 俺、守りたい。俺は絶対、泣かせない。傷つけないよ」
ゆっくりと首を動かして、時生を見た。
「お前……、何言ってんだ?」
「だからさ、そういう意味で、もう友達じゃいられないかもって」
時生なりに、考えて出した答えらしい。軽い気持ちじゃないことは、伝わってきた。
真剣な顔が、おかしい。
笑っていると、時生に頬をつままれた。
「カズさあ、笑うのは俺の前だけね」
「はあ? なんで」
「笑顔が可愛いんだもん。普段全然笑わないから、ギャップ萌えで老若男女問わずイチコロだって」
笑顔を消して真顔に戻ると、今度は時生が笑って、顔を寄せてきた。
唇が触れ合った。
柔く、押しつけてくる。ちゅ、ちゅ、と音を重ね、何度も軽く唇を吸われた。
脳が、痺れて、溶ける。
何も考えられなくなった。
穏やかなキス。口の中に入ってくる動作はスムーズで、静かだった。舌を絡め、唾液を交換した。
時生の手が、俺の服の下に潜り込む。動きが優しい。大切なものを慈しむように、撫でる指。泣きそうになった。
「痛くない?」
右手の包帯にそっと触れて、時生が訊いた。痛いと言ったらやめるんじゃないかと思った。だから、痛くないと答えた。
服を脱ぐのを、時生が手伝ってくれた。
全裸で抱き合って、シーツに横たわる。首筋から鎖骨、胸、順番に降りていく唇。へその下まで到達した頃には、俺のペニスはガンガンに勃っていたが、時生は嫌悪を見せることもなく、当然のように先端にキスをした。裏筋を舐めて、吸って、丁寧にカリを舌先でなぞり、口中に収めていく。
「はあっ、あっ、時生……っ」
上目遣いの時生が俺を飲み込んだまま、頭を振る。上下する手の動きと、蠢く舌、吸いつてくる口の粘膜。緩急をつけた動作に、我慢できない。出る、イク、と訴えた。時生は離さなかった。中に吐き出しても嫌な顔一つせずに、喉を鳴らす。
「全部飲んじゃった」
「……お前、なんでそんなに」
上手いんだ、という言葉を飲み込んで、代わりに疑問を投げた。
「男とやったこと、ないよな?」
「ないない、無理無理。男とは無理だって」
俺も男なんだが、と苦笑して、シーツの上に脱力する。
「カズ」
俺に跨った時生が、見下ろしてくる。
「好き」
切ない目でつぶやいて、俺の頬を指でくすぐった。
「好き、カズ、大好き」
唇が震える。歯を食いしばり、時生の首に抱きついた。
まっすぐにぶつけられる好意が心地いい。そう感じるのは時生だけ。
自分も同等の想いを抱いているから?
自信がない。好きとか嫌いとか、恋愛のことが、俺にはよくわからない。
でも、嬉しくて舞い上がる気持ちを自覚した。
俺はきっと、時生が好きだ。
繋がると、確信できた。
俺は間違いなく、時生が好きだ。
自分の欲望のみを満たそうとするんじゃなくて、ちゃんと俺を、人として扱ってくれる。愛撫とは、これのことかと感心した。
やることなすことが、気持ちいい。
時生は、慣れていた。男を抱くのは初めてのくせに、流れがスムーズだった。あっという間に全身が弛緩して、時生にすべてをゆだねていた。
ずっと、俺を見ている。
喘いで悶える俺を見ている。
恥ずかしいと思う隙もなく、理性は飛んで、自ら腰を揺らす。
優しく俺の名前を呼んで、触れて、口づけて。
奥を突く動作も、優しかった。
「カズ、痛くない?」
動きを止めて、時生が訊いた。汗がすごい。時生の顎から滴った汗が、俺の腹に落ちて、混ざり合う。
「手は? 大丈夫?」
「ない、痛くない、時生、もっと」
「う、待って、揺らさないで、こら、カズ、ストップ、あっ、ダメッ、イキそ……、あ、あ……っ」
時生が小さく叫んで、身を震わせた。イク瞬間の顔を見た。俺の中で、時生が果てた。愛しさが、込み上げる。
「すげ……、エロい」
時生の頬を撫でると、「もう!」と吠えた。
笑い合って、すぐに二回戦が始まった。
何度絶頂に達しても、出るものがなくなっても、体を繋げたまま、キスに没頭する。
「いいのか?」
キスの合間に訊いた。
「何?」
「お前は知らねーだろうが、男だぞ、俺」
「えっ、知らなかった」
芝居がかった声色で笑って、時生が俺のペニスを握り締めた。
「すげー今更だけど、お前、付き合ってる女、いいのかよ」
「あ、大丈夫、昨日別れたから」
随分簡単に言うなと思ったが、時生は元々女の回転が速い。週替わりで別の女を連れていたこともある。
「彼女っていうか、どっちかっていうとセフレだけどね。好きな子いるからって、お別れした」
「好きな子」
「カズだよ」
「寒いな」
「ちょっ、そういうこと言う?」
女なら喜ぶ科白なのかもしれない。今まで女を喜ばせてきた口説き文句は、俺には通用しない。
残念だったな、と鼻で笑う。
「いいもん、今日から晴れてカズと恋人同士だもん」
「恋人……、やめろ、痒い」
「えっ、あれっ? 違うの? なんで? 駄目? あっ、待って? 確認だけど、俺ら、付き合うんだよね?」
俺が時生と、付き合う。
ぶはっ、と吹き出してしまった。
「なぜ笑う!」
「いや、なんか、ありえねー」
ありえない。ガキの頃からずっと一緒で、そんな目で見たことなんて一度もない。お互いに、恋愛対象から外れていたのに。
これは全部織田のせい。あいつの存在は悪夢そのものだったが、きっかけを与えてくれた。織田が現れなかったら、俺は一生、時生とセックスはおろか、キスすらしなかっただろう。
嫌いだし、憎んでいる。評価が変わることはないが、多少、感謝しないでもない。
寝転んだまま右手を翳し、口中で「バイバイ」と別れを告げる。
時生が俺の首にしがみついて、甘ったるく、ねだった。
「なー、カズ。付き合ってよ」
〈了〉
0
お気に入りに追加
87
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
全寮制男子校でモテモテ。親衛隊がいる俺の話
みき
BL
全寮制男子校でモテモテな男の子の話。 BL 総受け 高校生 親衛隊 王道 学園 ヤンデレ 溺愛 完全自己満小説です。
数年前に書いた作品で、めちゃくちゃ中途半端なところ(第4話)で終わります。実験的公開作品
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
悪役令息シャルル様はドSな家から脱出したい
椿
BL
ドSな両親から生まれ、使用人がほぼ全員ドMなせいで、本人に特殊な嗜好はないにも関わらずSの振る舞いが発作のように出てしまう(不本意)シャルル。
その悪癖を正しく自覚し、学園でも息を潜めるように過ごしていた彼だが、ひょんなことからみんなのアイドルことミシェル(ドM)に懐かれてしまい、ついつい出てしまう暴言に周囲からの勘違いは加速。婚約者である王子の二コラにも「甘えるな」と冷たく突き放され、「このままなら婚約を破棄する」と言われてしまって……。
婚約破棄は…それだけは困る!!王子との、ニコラとの結婚だけが、俺があのドSな実家から安全に抜け出すことができる唯一の希望なのに!!
婚約破棄、もとい安全な家出計画の破綻を回避するために、SとかMとかに囲まれてる悪役令息(勘違い)受けが頑張る話。
攻めズ
ノーマルなクール王子
ドMぶりっ子
ドS従者
×
Sムーブに悩むツッコミぼっち受け
作者はSMについて無知です。温かい目で見てください。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)
夏目碧央
BL
兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。
ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
ヤバい薬、飲んじゃいました。
はちのす
BL
変な薬を飲んだら、皆が俺に惚れてしまった?!迫る無数の手を回避しながら元に戻るまで奮闘する話********イケメン(複数)×平凡※性描写は予告なく入ります。
作者の頭がおかしい短編です。IQを2にしてお読み下さい。
※色々すっ飛ばしてイチャイチャさせたかったが為の産物です。
推し変なんて絶対しない!
toki
BL
ごくごく平凡な男子高校生、相沢時雨には“推し”がいる。
それは、超人気男性アイドルユニット『CiEL(シエル)』の「太陽くん」である。
太陽くん単推しガチ恋勢の時雨に、しつこく「俺を推せ!」と言ってつきまとい続けるのは、幼馴染で太陽くんの相方でもある美月(みづき)だった。
➤➤➤
読み切り短編、アイドルものです! 地味に高校生BLを初めて書きました。
推しへの愛情と恋愛感情の境界線がまだちょっとあやふやな発展途上の17歳。そんな感じのお話。
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!(https://www.pixiv.net/artworks/97035517)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる