DROP DEAD!MOTHERFUCKER

月世

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 ヤッている間、ペラペラと喋りたがる織田に「黙れ」と命令すると、静かになった。黙って、ひたすら腰を振っている。
 視界を遮断して、何も見ないようにした。俺の尻に突っ込んでいるのが誰かも、考えないようにした。
 ただ、セックスをしている。
 気持ちよかった。
 それだけだ。
 心はまったく満たされず、すり減っていくと感じた。
 目に見えない何かが。
 すり減っていく。
「一騎」
 織田が動きを止めて、俺を呼んだ。
「気持ちいい?」
「……喋るな」
 自分から尻を突き上げた。織田がうめいて荒い呼吸を吐き出したあと、すぐに抜き差しを再開する。パン、パンと間抜けな音が、台所に響いている。
 床に這いつくばり、獣の格好で、まさに、交尾をしている。
 愛はない。
 織田の手が、俺のペニスをしごいている。後ろと前の刺激で、俺はあっさりと果てた。織田は動きを止めずに俺の尻を平手で打ちながら、激しく腰をぶつけてくる。
 目の前が白くなり、二度目の射精。
 織田が、後ろで「うっ」と小さく漏らし、俺の中に、放出する。
「一騎」
 背中に覆いかぶさってくる織田の体温と湿り気。気持ちが悪かった。
「どけ」
「一騎、愛してるよ」
「うるせー、とっとと抜け」
「冷たいなあ」
 尻から肉棒が抜け出ていく感覚に、身を震わせた。床に手をつき、一息ついてから立ち上がる。余韻の残る体が震えてくるのを堪え、下着とズボンを引き上げて、台所のドアを開けた。
「どこ行くの?」
 答えずに、廊下に出る。織田の声だけが追いかけてきた。
「何か食べたいものある? おなか空いてるでしょ?」
「帰れ」
 吐き捨てて、風呂場に向かう。
 内腿を流れ落ちる、ドロドロの液体。中のものを掻き出す瞬間は、本当に、惨めだ。込み上げてくる後悔と、憎悪。自分に対する憎悪だ。
 自分から、抱かれた。犯されるのとは違う。もう言い訳はできない。
 織田のことは相変わらず嫌いで、恋愛感情のようなものは一切ない。肉親に対する情も、感じない。
 織田がどうこうというよりも、単に、この行為が、セックスが、挿入されるのが、好きなのだ。
 俺は、なんなのだろう。ゲイなのか?
 突き詰めると、怖くなり、思考を止めた。
 体にボディソープをなすりつけ、織田の痕跡を洗い流した。
 何も考えたくない。翼のことも、織田のことも、忘れたい。それなのに、翼は何度も歩道橋から飛び降りて、織田は何度も俺を凌辱する。
 シャワーの音に混じって、自分の腹の音が聞こえた。人間というのは、食欲がなくても腹が減る。適当に何か腹に入れて、とっとと寝よう。
 風呂から出ると、織田の姿がなかった。はー……、と長いため息が出た。
 せいせいする。
 濡れた髪のまま、カップラーメンにお湯を注いで箸を咥え、リビングのテレビを点けた。ザッピングして、クイズ番組で手を止めた。
「五重の塔は何階建てでしょうか?」
「一階建て」
 テレビと会話をしながら三分待つ。
 ガチャ、と玄関のドアが開く音が、かすかに聞こえた。誰かが勝手に入ってきた。鍵を、かけておくべきだった。廊下を歩く足音の主は、当然織田だ。
 リビングに顔を出した織田は、買い物袋を提げていた。
「ただいま」
 まるで自分の家のように言うのが気に食わず、無視をした。
「カップラーメン? せっかく買い物に行ったのに」
 織田の科白には反応せずに、「土用の丑の日にウナギを食べる習慣を広めたとされる人物は?」のクイズに返答する。
「平賀源内」
「ママから聞いた?」
 ギクッとして、慌てて織田を振り返った。
「何が……、母さんに、何かあったのか?」
「連絡きてない? 明日、退院だよ」
「なんであんたが」
 知ってるんだ、という言葉を飲み込んだ。こいつは母さんのいる病院の医者だ。
 リビングの絨毯に置きっぱなしにしていた学ランのポケットを、慌ててまさぐった。携帯を探り当て、画面見る。母さんからメールがきていた。
『明日、うちに戻るね(^_^)』
 脱力し、膝をつく。泣きそうなほど、嬉しかった。よかった、とだけ返信して、視線に気づく。織田が、俺を見ていた。
「嬉しそうだね」
 カップラーメンの蓋をめくりながら「とっとと帰れ」とぶっきらぼうに言い放つ。
 織田はやれやれという感じでため息を吐いた。
「ママが戻れば終わりだと思う?」
「は?」
「私と君の関係だよ」
 どうやらまた、母さんにバラされたくなければ、と脅すつもりらしい。
「俺の尻がそんなにいいなら、別に、好きにすりゃあいい。欲しくなったら貸してやるよ。ただ、母さんに言ったら殺す」
 逆に脅してから、ラーメンをすする。
 織田は何も言い返してこなかった。脅しに効果があったとは思えない。次に何をしでかすか、わからない気持ち悪さはある。
 でも、こいつの一挙手一投足で、怒ったり悲観したり感情を波立たせるのが面倒になった。
 割り切ればいい。
 父親ではあるらしいが、ただのセックス相手。
 何も、死ぬわけじゃない。些末なこと。
 そんなふうに思えるようになったのは、翼のおかげかもしれない。
「朝ご飯用にパンを買っておいたから、ちゃんと食べなさい。それと、冷蔵庫にプリンもあるよ」
 カップラーメンを汁まで完食し、ぼんやりとテレビを眺める俺に、織田が言った。返事をしないのに、めげずに穏やかな声色で言い置いた。
「じゃあ、またね。おやすみ」
 ただの別れの挨拶なのに、わずかな不穏さを感じた。
 またね。
 ねっとりした響きを含んだその言葉が、俺の背に、まとわりつく。
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