DROP DEAD!MOTHERFUCKER

月世

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「瀬野先輩!」
 校庭を歩いていると、翼が息を切らして駆け寄ってきた。
「おはようございます」
「あー」
「さっきの車、誰ですか? どういう関係ですか?」
「別に、なんでもない」
 どういう関係、と訊かれて居心地が悪かった。父親だ、と言うのも嫌だし、かといって他になんとも表しようがない。
「ご家族ですか?」
 足を止めた。しつこく訊いてくる翼を見下ろす。小学生を相手にしているようだ。
「関係ねーだろ」
 言い捨てて、すぐに歩き出す。めげずに追いかけてくる翼が俺の腕にしがみついた。
「関係ありますっ」
 子どものような体格の翼でも、腕にぶら下がれると今はしんどい。腰が痛いし、勿論突っ込まれたところの違和感もひどい。ほとんど精神力だけで歩いている。
「離れろよ」
「やですっ」
 振り解いて泣き叫ばれるのも面倒だった。仕方なく翼をくっつけたまま歩く。
「誰ですか? さっきの人」
「何がそんなに気になるんだよ」
 うんざりしながら訊く。
「だって僕……」
「おい、オカマ!」
 バシッと音がする。翼が悲鳴を上げて頭を抑えた。鞄で殴られたのだと気づく。
「やめて、痛いよ」
 涙声で訴える。翼を殴ったのは恐らく一年。冴えない顔つきの男が三人。クラスメイトだろうか。「オカマ」とは、またそのまんまなあだ名をつけたものだ。
「そいつお前の彼氏か、オカマ」
 チッと舌を打つ。そんなわけあるか。
「えっ、か、彼氏だなんて」
 翼が嬉しそうに身を捩る。くっついている翼を振り払った。
「そんなわけねーだろ」
 俺は三人を冷ややかに見下ろした。暴言を吐いた一年は息を飲んでたじろいだが、ここで引いたら今後の高校生活に支障をきたすとでも思ったのか、さらに調子に乗った。
「彼氏だ、こいつ。ぜってー彼氏。お前らデキてんだろ」
 一人が喚く。それに勇気づけられたように他の二人も喚いた。俺のイラつきを察知した翼は、腕から離れて少し後ろをおずおずと照れたようについてくる。
「ゲーイ、ゲーイ」
「オカマー」
 大声でからかってくる。ジェンダー問題がややこしいこの時代に、自らの首を締めるような言動だ。可哀想なことに、校舎に向かう他の生徒たちの冷ややかな視線に気づいていない。
 痛みとだるさのせいで怒る気にもならなかった。無視してロッカーで靴を履き変える。さすがに二年のロッカーまではついてこなかった。廊下で会わないようにさっさと階段を駆け上り、教室に滑り込む。
「あ、カズ、おはよーん」
「あー」
 女と喋っていた時生が俺に気づいて飛んでくる。挨拶さえ面倒だった。自分の席に向かうと隣の女が身を乗り出して言った。
「瀬野君、おはよー」
「あー」
 毎朝挨拶をしてくるのに、名前を知らない。別にこの女が特別というわけじゃない。二年に進級してそろそろ六月になるのに、ほとんどのクラスメイトの名前を知らない。
「お前、あーはないだろ、あーは」
「うるせー」
「あれ? なんかちょっとお疲れ?」
 答えずに、椅子を引く。
「なあカズ、あのさあ、話があるんだけど」
「めんどくせー。やめろ」
「もー、いけずぅ」
 時生とは付き合いが長い。俺の不機嫌に気づき、諦めて自分の席に戻っていった。やがて担任が入ってきて、授業が始まる。机に頬をつけて窓の外を眺め続けた。
 家に帰って自分のベッドで眠りたい。空は青い。雲一つない空。いつもと変わらない普通の空。変わったのは俺だけか。
 滅茶苦茶だ、何もかも。体も心も。
 ズボンのポケットに手を突っ込んだ。鍵が指に触れる。そっと握りしめて目を閉じた。
 息子に欲情して、犯して。頭がイカレてる。
 あんな奴は父親でもなんでもない。父親だと思わない。思ってやらない。
 本当に俺を好きで、大切だと思うなら、あんなふうに扱えるはずがない。
 あんなふうに。
 尻に入れられて、激しく抜き差しをされた。今も思い出せる。生々しい感覚と、快感を。
 ぎく、となって体が揺れた。顔を上げず、外を見たままで、息を止める。吐く。息を吸って、邪念を追い払う。
 呼吸に専念して、下半身の違和感に気づかないフリをした。
 空に、鳥が横切った。
 鳥というか、カラスだ。でもカラスも鳥だから、鳥で正解だ。
 そんなことを考えていると授業が終わって、そこでハッとなった。
 携帯が、ない。
 いつからない? 少し考えてすぐに気づいた。
 あいつのマンションに置いてきた。それしかない。
 クソ、やられた。
 俺をまた家に上がらせるためにあらかじめすっておいたに違いない。
 どうしようか。取りにいくべきなのか。
 あいつの思い通りに動くようでむかついた。でも、ないとまずい。依存していないからこそ今になって気づいたのだが、なければないで、多分いろいろ困る。かと言ってあの部屋には行きたくない。絶対に何かされる。また変な薬を打たれて体の自由を奪われて、犯されるに決まっている。
 俺は男だし、女がレイプされるよりはショックは軽いはずだ。貞操を奪われた、とかいう類のショックではない。ただ、プライドが傷つけられたと感じる。当たり前だ。女の代わりにされれば誰だって傷つく。
 もう、二度とごめんだが、今俺がこなさなければならないミッションは、携帯の奪還だ。俺にはマンションの鍵がある。これで、あいつが仕事中に忍び込み、取り返すことができる。
 いや、待て。
 あいつが故意に携帯を盗ったのだとすると、マンションに置いておくだろうか。持ち歩いている可能性のほうが、高い。
 クソが、と毒づいた。
 どうあがいても、接触しなければならないらしい。でもむしろ、マンションじゃなく外で、人目の多いところで会えば安全じゃないか? 二人きりにさえならなければいいのだ。
 学校が終わったら、いつも母の病室に行っていた。織田の勤務している病院だ。
 なんだ、簡単な話じゃないか。まさか病院で変な真似はしないだろう。
 心が楽になった。
 携帯を取り返したら、もう二度と、あいつには会わない。
「あれ、カズ今日部活は?」
 放課後になり、とっとと帰ろうとしているところを時生に見つかった。
「帰る」
「え、寂しい」
 部活といってもすることがないくせに。時生は「じゃあ俺も帰ろ」と言って俺の背中にへばりつく。
「瀬野先輩」
 教室を出ると翼が待っていた。いつもは部室に顔を出すのに、今日に限ってめんどくさい。
「なんか用か」
「あの、その……、お話があるんです」
「明日にしろよ」
 翼を素通りする。慌てて追いかけてくる翼が俺の前に回り込んだ。
「今日じゃないと駄目なんですっ」
「なんで」
「少しでいいから時間ください。お願いします」
 泣き顔で頭を下げてくる。
「もしかしてマジで告白? 付き合ってくれとか言うつもり? やめたほうがいいよ? 望みないよ?」
 時生が言ったが、翼の意志は変わらないようだった。お願いします、としつこい。
「明日にしろ」
 翼を押し退けて階段を降りる。頭上から、声が降り注いだ。
「好きなんです、僕、真剣です、瀬野先輩のことが……、好きです!」
 そんなにでかい声が出たのかと、感心するほどの声量で、翼は叫んだ。周りにいた生徒がざわつき始めた。女子がキャーキャー言っている。こめかみに重い痛み。俺は頭を抱えた。
「おいおい、マジかよ……。ネタじゃなかったの」
 時生が呆然と呟く。俺は無言で翼を見上げた。涙で潤んだ目。眩暈がした。そして沸々と湧く、怒り。なんだってこう腹の立つことばかり起きるんだ。
「先輩、僕、僕と付き合って……」
 泣きじゃくりながら翼が言った。無視して階段を降りる。
「カズ」
「ほっとけ」
 わーっ、と泣き叫ぶ声が外に出るまで聞こえていた。
 時生と並んで、黙って歩く。校門にさしかかった辺りでようやく時生が口を開いた。
「どうすんの、あれ」
「どうって」
「なんか悲惨じゃん、あのままじゃ」
「じゃあどうしろってんだよ、あいつと付き合えってのか?」
「いや、そうじゃなくってさ……」
「そういやお前も今朝俺に話があるって言ったな」
「え、ああ……」
「お前も俺に告白すんのか」
 時生は真顔になって立ち止まる。俺は立ち止まらずに、一人で校門をくぐった。
 クラクション。
 恐る恐る振り返った。
 織田の車。クソ、何から何まで思い通りにいかない。
「暇だから迎えに来ちゃったよ」
 ウインドウを下ろして顔を覗かせた織田が言った。
 考えた。車に乗ったら終わりだ。走って逃げるのはどうだ? 車の通らない狭い道に逃げ込めば大丈夫な気がする。でも、とてもじゃないが、走る気力がない。
「一騎、乗って」
 織田が優しく言う。俺が睨んでも笑顔に変化はなかった。
「うちに忘れ物したんじゃない?」
「確信犯だろ」
「うちに来れば返してあげるよ」
「行かねーよ」
「君には選択する権利がないんだよ」
「あ?」
 段々むかついてきた。どいつもこいつもむかつく。拳を握りしめた。このにやけた鼻面に一発ぶちこんで、それで終わらせよう。そう思った。織田が俺の心を読んだように「おっと、待って」と声を上げた。
「君に殴られたところ、結構腫れて痛いんだよね」
 口に痣ができていた。それくらいの痛みがなんだ。織田は指を自分の唇に当てると、囁いた。
「ママに喋っちゃうよ」
 ドクッと心臓が鳴った。
「ママの大事な一騎をまた犯しちゃったって知ったら、どう思うだろうね」
 足が震えた。
「そんなこと……、母さんは信じない」
「信じるよ。一緒に病室にお見舞いに行こうか?」
「やめろっ……」
 声を振り絞る。
「じゃあ、大人しく乗りなさい」
 握りしめていた拳を解いた。助手席側に回って、シートに腰を落とす。織田は上機嫌で車を発進させた。窓の外に立ち尽くす時生と目が合う。眉間にシワが寄り、口が「カズ」と動く。目を逸らす。
「もう君は私に逆らえない」
 口笛を吹くかのように、リズミカルに、織田が呟いた。
 俺は絶望した。
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