電車の男 番外編

月世

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〈倉知編〉

『四月から転校することになりました!学校が別になっても親友でいてね゜(゜´Д`゜)゜。』
 丸井から、変なメッセージがきた。全員が春休みなので、兄弟三人でゲームをしているときだった。スマホの画面を見てポカンとする俺に気づき、六花が「誰から?」と訊いた。
「丸井だけど、なんか言ってる意味がわからない」
 丸井の家は自営業で、親の転勤の可能性はゼロだし、転校する理由がない。
 それに、急すぎる。来週から新学期が始まるのに、今になっていきなり転校するなんて不自然だ。
「どれ」
 六花が画面を覗き込んでくる。一瞥して、ふっと鼻で笑った。
「今日四月一日だからね。嘘ついてみたくなったんじゃない?」
「あ、エイプリルフールか」
「がっきくさー」
 バリバリと音を立てながらせんべいをかじっていた五月が、心底馬鹿にした口調で言う。
「嘘つくならもっと面白いこと言えっての」
「たとえば?」
 俺が訊くと、五月は「うーん」と首をひねった。
「今から死にます、とか。今から飛びます、とか」
「それ怖いんだけど」
 丸井がそんなメールを送ってきたら、心配で駆けつけると思う。
「そういう陰湿な悪意のある嘘はやめたほうがいいよね」
「えー、何よ、じゃあどんなの? あ、宝くじ当たったーとか?」
「そうそう。明らかに嘘だってわかるやつのほうがいいんだよ」
「じゃあさ、ちょっと丸井の奴からかおうよ。スマホ貸して」
 五月が俺の手からスマホを奪って、コントローラーを代わりに押しつけてきた。鼻歌を歌いながら、スマホの画面を素早くタップしている。
「何、変なこと送らないでよ」
「いいから、見とけって」
 はい、と言ってスマホを返してきた。画面を見ると、送信済みのメッセージが目に入る。
『そんなことより二人の姉が、丸井と付き合いたいって言ってるけど、五月と六花、どっちにする?』
 悪びれない五月がソファの上で脚をジタバタさせて、「どっちかなー」とほくそ笑んでいる。
「こんなの信じるはずない」
 あからさまな嘘だ。画面を見た六花も、呆れ顔だ。
「今日エイプリルフールだってわかってて、こんな嘘信じたらもうあいつ馬鹿としか」
 スマホが震えた。丸井からの着信だった。
「なんかかかってきた」
「ちょ、出て出て!」
 五月が馬鹿笑いをしながら言った。電話に出ると、丸井の切羽詰まった声がまくし立てた。
『ホントか!? どっちもじゃ駄目なのか!?』
 耳を寄せていた五月がブハーッと吹き出した。
「……あの、ごめん、でもわかるよな?」
『いや、わかるよ。そりゃそうだよな、どっちもなんて都合よすぎだよな……』
 五月が腹を抱えて笑い転げている。
「まあ、付き合うならどっちかだろうけど、あの、今日」
 エイプリルフールだから、と言おうとする俺の声にかぶさって、丸井が大声を上げた。
『りっ、六花さんでお願いします!』
 笑い転げていた五月が「はあっ!?」と裏返った声を出して、俺の手からスマホを奪った。
「テメー、なんであたしじゃないんだよ!」
 激昂する五月。我が姉ながらめちゃくちゃだ。
「うわ、私なの? 嬉しくなーい」
 六花は冷静にコントローラーを操作している。
「あたしのおっぱい見たくせに、りっちゃんのがいいっての!? あんたそれでも男!?」
 電話越しに散々理不尽な罵倒を浴びせられる丸井が可哀想になった。
 やっぱり、いくら嘘をついてもいい日だとしても、俺はこういうのは好きじゃない。
 悪意のない嘘なんてあるのだろうか。
「クソむかつくー、丸井のくせに!」
 真っ二つに折るような仕草をする五月の手から、俺のスマホを救出した。通話は終了している。あとで謝っておこう。
「ねえ!」
 五月が俺の隣にくっつくようにして座って、再びスマホを取り上げようとしてくる。
「ちょっと貸して」
「何、やめてよ」
「今度は加賀さんを騙してみようよ」
「はっ? ぜっっったい、イヤだ!」
 ソファから立ち上がり、スマホを取られまいと頭の上に高く掲げる俺の脇を、五月がくすぐってくる。
「寄越せ、コラー」
「イヤだ、なんて送るつもりだよ!」
 五月が俺の体をよじ登ってくる。すごい執念だ。
「他に好きな人ができたんで、俺と別れてください、とか?」
「そんなの、嘘でも言いたくない! 六花助けて!」
 六花は「ふむ」と呟いてからコントローラーを置くと、ニヤリと笑った。
「面白そうだね」
 いつも味方のはずの六花が、裏切った。青くなる俺の手から、五月がスマホを奪った。
「りっちゃん」
 五月が六花にスマホを投げた。二人に連携されると敵わない。六花が俺から距離を置きながら、スマホを操作している。
「六花、やめて、お願い」
 追いかけようとする俺の脚に、五月がまとわりついてくる。
「七世、落ち着いて。加賀さんがそんな嘘信じると思う?」
「思わないよ。でも、じゃあなんで面白がってんの?」
「どんな反応するかなって興味?」
 歩きながらスマホをいじっていた六花が、足を止めて「送った」と画面を見せてくる。
「……ひどい」
「大丈夫だって。加賀さんだよ?」
「これで二人の関係がぎくしゃくし始めて、別れることになったら、あたしの勝利!」
 五月が拳を突き上げる。わけがわからない。落ち込む俺の手にスマホを握らせて、六花がソファに座ってコントローラーを手に取った。
「こんなことで二人の関係は揺るがない、に一票」
「えー、でも、何が地雷かわかんないよ? エイプリルフールとか、何やってんの、どん引きーって愛が冷めるに一票!」
 なんて勝手な姉たちだ。とにかく早く、弁解しなくては、と作成画面を開こうとすると、メールを受信した。
「あ、きた?」
「なになに、なんて?」
 メールを開くと、「いいよ」の三文字がすぐに目に入った。硬直していると、二人の姉が画面を盗み見てきた。
「あ、これ、怒ったんじゃない?」
 五月が無責任なことを言った。
「そんなわけない」
 六花も無責任に笑うだけ。
「違う、加賀さん違う」
 慌てて電話をかけた。仕事中だろうに、こんなくだらないことで、と思ったが、放っておけない。
『もしもし』
 加賀さんがすぐに出た。声色は、いつも通り、だと思う。
「すいません、違うんです、聞いてください」
『うん』
「仕事中に、ホントすいません」
『いいよ、今昼休憩』
「お、怒ってますか?」
『全然。お前の声聞けてラッキー、って逆に喜んでますが?』
 体の力が抜けた。その場にへたり込んで、膝を抱えて丸くなる。
『五月ちゃんか六花ちゃんが勝手に送ったとか?』
「二人が結託して、俺、イヤだって言ったのに」
 じわ、と涙がにじむのがわかった。
『泣くなよ、こんなことで』
「泣いてません」
 隣で五月が「泣いてる」と俺の脇を指で突いてくる。
「あの、すぐ嘘だってわかりましたか?」
『四月一日じゃなくても嘘だと思うよ』
 さらりと言ったその科白が、なんだか嬉しかった。
『昨日まで好き好き言ってくっついてきてた奴が、他に誰を好きになるんだって』
「……ですよね、すいません」
『あー、でも俺も嘘ついたな、ごめん』
「え……?」
『ほら、メールの返事』
 いいよ、の三文字がフラッシュバックする。素っ気ない返事は、本気じゃないとわかっていても胸が痛くなる。
『いいわけないから。もし別れるって言われたら』
 加賀さんがそこで切って、何か思案しているのか、黙り込んだ。
『うーん、とりあえず、泣く』
「泣かないで」
『はは、泣くよ。泣いて、すがって、別れたくないって駄々こねる』
 そんな加賀さんは、想像できない。
『とにかく、愛してるから』
 胸がつまって声が出てこない。一度唾を飲み込んでから、急いで言った。
「俺も、愛してます」
『うん、じゃあ切るわ。二人にお礼言っといて』
 文句を言ってもいいくらいなのに、加賀さんの心の広さは計り知れない。
 電話を切ると、全身の緊張がほどけていく。
 気づくと二人の姉が至近距離にいて、俺の顔を覗き込んでいた。
「ね、予想通り」
 六花が嬉しそうに言った。
「加賀さんってどんだけ大人なのよ。惚れ直す!」
 五月が絨毯の上をゴロゴロ転がって悶絶している。
「うん、本当に……、惚れ直す」
 惚れ直す、と言うより、毎日、どんどん惚れていっている。上限がない。
 積み重なって、宇宙に到達しても、ずっと好きは止まらない。
 俺は永遠に、あの人に惚れ続けるのだ。

〈おわり〉
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