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〈警告〉
※この話は攻守逆転のリバです。加賀×倉知です。
〈倉知編〉
その日、加賀さんは珍しく酔っていた。
土曜日の夜、職場の送別会がある加賀さんを見送って、一人、アパートで待っていた。何時になるかわからないから、先に寝てろよと言われたのだが、ベッドに寝転がってみても、眠気はやってこなかった。顔を見ないと安心できない。
日付が変わり、深夜の二時少し前。玄関の鍵を解錠する音が聞こえた。
ベッドから跳ね起きて、玄関に出迎える俺を見て、加賀さんが柔和な笑みを浮かべた。
「ただいま」
「おかえりなさい。大丈夫ですか?」
「んー、ちょっと飲み過ぎた」
加賀さんが抱きついてくる。煙草の匂いと、酒の匂いが混じっていて、別人のように感じた。
「シャワー浴びたい」
「手伝います」
「うん、脱がせて」
俺に全体重を預けてくる。自分で歩こうとしない加賀さんの体を抱えて、脱衣所に移動した。
「酔ってますね」
「そうかも。もうなんか、いろいろ飲まされてわけわかんねえ」
「よくここまで帰ってこれましたね」
「タクシーだもん。運転手さんありがとう」
この人でもこんなふうに酔っぱらうのか、と新鮮ではある。
酔って人格が変わる大人を何度か見たことがある。普段優しい人が喚き散らしたり、無口で大人しい人が愚痴りまくったり、泣き上戸だったり、笑い上戸だったりする。わかりやすい変化があると、その人の本性を見た、という気になる。
加賀さんに大きな変化はない。裏表のない人だからだ。
しなだれかかる加賀さんの服を脱がせるのは一苦労だった。ワイシャツのボタンを全部外し終えた俺の手を握って、とろんとした目で見上げてくる。
「倉知君」
「はい?」
「可愛いな」
「は、はあ……」
自然と顔が熱くなる。
「可愛い、俺の、可愛い可愛い宝物」
「な、何言ってるんですか」
「脱がせて。暑い」
「脱がせてます、さっきから。手、放して」
「やだよ。なあ、これちょっと触ってみて」
握っていた俺の手を、自分の股間に導いて、笑った。
「なんか、倉知君見てたら勃起した」
「え、あ、あの」
俺の手で、ズボンの上から股間を擦って甘い吐息を漏らす。
「気持ちいい」
あまりに変態臭くて体が沸騰したように熱くなってきた。下半身にみなぎる、血液。
俺の変化に気づいた加賀さんが、可愛い顔で嬉しそうに笑って、口を塞いできた。きついアルコールの匂い。くら、と頭がふらついた。
唇を舐められ、軽く噛んでくる。堪らず口を開けると、すかさず舌を入れてきた。体の力が抜けて、膝が折れる。
気づくと、押し倒されていた。俺の腹にまたがった加賀さんが、シャツを脱ぎ捨て、ベルトを外し始める。ぎく、として慌てて声を上げた。
「加賀さん、待って」
動きを止めずに「何?」と訊いた加賀さんが前をくつろげて、完全に勃起したペニスを放り出した。
「まさか、俺に挿れようとしてませんか?」
「挿れたい。駄目?」
ペニスをしごきながら、小首を傾げる。可愛さと色っぽさが融合した魅惑的な仕草に思わず生唾を飲み込んだ。
「誕生日まで待たなきゃ駄目?」
「今はその、俺、何も準備してないし……」
言い淀む俺を見下ろして、にこ、と無邪気に笑う。なんて可愛い顔で笑うんだろう、とほだされそうになる。
「お前は可愛いなあ」
「それは、俺の科白です」
「なあ、抱かせてよ」
「駄目です」
「なんで? 俺、上手いだろ?」
俺の服の中に手を突っ込んで、今度は急に男らしい顔になる。
「気持ちよくさせてやるから」
言いながら、舌なめずりをして俺の乳首を指先で撫でてくる。
「うっ、やめて、やめてください」
体を強ばらせて、加賀さんの手首を掴んで止めた。
「泣くよ?」
「え?」
「抱かせてくれなかったら、泣く」
えーん、と言いながらすでに泣き真似を始める。駄目だ、完全に酔っぱらいだ。両手で顔を覆って、しくしくやる加賀さんが、指の隙間から俺を見た。
「……いい?」
はあ、とため息が出た。
「駄目です」
答えながら体を起こして、加賀さんの肩に額をのせて、言った。
「ここでは駄目です。ちゃんとベッド行きましょう」
少し間を置いてから、加賀さんが笑い声を上げた。
「ちょっと顔見せてよ。どんな顔して言ってんの? めっちゃ可愛い」
「嫌です、もう、いい加減にしてください」
ケタケタ笑う加賀さんを抱き上げて、寝室に向かう。
ベッドに加賀さんを下ろすと、速効で組み敷かれた。酔っているから乱暴にされるかも、と危惧していたが、意外にも丁寧に、優しく俺の体をほぐしてくれた。
時間をかけてとろとろにされた体は、自分のものじゃなくなったように言うことを聞かない。何度もイかされ、快楽で自制心は欠片もなくなった。勝手に変な声が出て、それを止めることもできない。
オスの獣と化した加賀さんは、なかなか俺を解放しなかった。
可愛い、可愛いと甘く囁きながら、的確に、快感を与えてくる。何をされても、どこを触られても気持ちがよくて、あらゆる感情を、かなぐり捨てた。
自分が達してからも、俺の反応が楽しいのか、愛撫をやめない。
射精した俺のペニスの先端を、ずっといじくっている。もう何も考えられない俺は、切れそうになる意識をなんとか保ちながら、身を任せて、わけのわからない快感に身を任せていた。
何してるんですか、と訊きたくても、まともに声も出ない。出るのは喘ぎと、声にならないうめきだけ。次第に頭が真っ白になっていく。落ちる、と思った瞬間、感じたことのない快楽が、全身を支配する。
悲鳴を上げた。自分のペニスから、精液とは別の液体が飛び散るのが、かろうじて視界に映る。羞恥で震える体。力が出ない。宙に浮いたように、ふわふわする感覚。
声が出ない。とにかく気持ちがよくて、何もかもどうでもよくなった。
自由だ、と感じた。何にとらわれることもなく、自由に、裸で、空中散歩でもしている気分。
気がつくと、朝だった。
カーテンが開け放されたままの窓から、太陽の日差しが降り注いでいる。もう日が高くなっているようだ。
加賀さんの頭が、俺の腕にのっている。煙草の匂いは消えて、シャンプーの匂いがする。あんなに酔っていても、ちゃんとシャワーできたらしい。ちゃっかり服も着ている。俺の体も、拭いてくれたのか、綺麗になっていた。
「加賀さん」
呼んでみた。う、と声を上げて少し身じろぎをする。
「……おはよう」
掠れた声。
「大丈夫ですか?」
「うん、ちょっと、二日酔いかも」
「水持ってきます。待っててください」
ベッドから下りて、服を着て、冷蔵庫からペットボトルを掴んで寝室に戻る。
加賀さんがうつぶせで、顔をこっちに向けていた。目が半分しか開いていない。
「飲めますか?」
ペットボトルの蓋を開けながら訊いた。
「飲ませて。口移しで」
「え、そ、はず、恥ずかしいです」
逡巡する俺を見て、加賀さんが力なく笑う。あー、とうめきながら体を起こすと、手を差し出してきた。ペットボトルを手渡すと、口をつけて喉を鳴らす。
「昨日俺、すげえ酔ってた?」
水を一気に半分まで減らすと、髪を掻き上げながら訊いた。
「酔ってましたね、珍しく」
「あー、やべえ。記憶が途切れ途切れ」
「え」
もしかして、昨日のことを覚えていないのだろうか。
「なんかひどいことしなかった?」
ひどいこと。あれはひどいことに当てはまるのだろうか。思い出して、体が熱くなる。
「ごめん」
加賀さんがひたいを抑えながら謝った。
「覚えてないんですよね?」
「ところどころ……、飛んでるね」
「どこまで覚えてますか?」
「タクシーに乗ったような気がする」
そこからあやふやなのか。酒は怖い。俺も成人したら気をつけよう、と思った。
「あと……、倉知君が可愛かったのは覚えてる」
「え、……えっ? あの、覚えてるんですか?」
昨夜の一連の情事を、忘れていてくれたほうがよかったのに。俺は多分、すごい痴態をさらしていた。恥ずかしくて消えてしまいたい。
加賀さんが俺を見上げて、「くそっ」と毒づいた。
「あー、一部始終録画しとくんだった。もったいない」
「なんですかそれ」
加賀さんに背を向けて、ベッドの隅に腰掛けた。
「おぼろげなんだよ、全体的に。すげえ可愛かったのだけは確かなんだけど。それは間違いない。もう、悶絶するくらい可愛かった」
昨日から、加賀さんは俺をやたらと可愛いと言う。正直、本気かどうかよくわからない。
「痛くなかった?」
俺の背後から抱きついて、加賀さんが訊いた。俺を抱いたことはちゃんと覚えているようだ。恥ずかしくて顔が火照る。
「大丈夫です」
「俺のこと嫌いになった?」
「え?」
驚いて後ろを振り仰ぐ。加賀さんの頭頂部しか見えない。
「だって、酔っぱらって犯すとか、最低だろ」
「あの、俺、犯されてませんよ?」
「え、そうだっけ?」
「合意です。抱かせてって泣き落としされたんですよ」
記憶が改ざんされているらしい。
「なんか倉知君がやだやだって泣いてる映像が頭に残ってるんだけど」
「それは」
嫌がっている「やだ」とは違う、と言えずに黙って顔を背けた。
「あーもう、ごめんね?」
「無理矢理じゃないから、大丈夫です」
「まあ、そうだよな。お前が本気で抵抗したら俺が押し倒してどうこうできるわけないし」
体格差があるから確かにそれは無理だ。
加賀さんが布団にくるまって「もうしばらく酒はやめる」とぼやいた。多分、無茶な飲み方さえしなければ酔うことはないと思うが、記憶をなくすと怖くなるのだろう。
父も記憶をなくすほど酔ったとき、同じ科白を言っていた。でも数日後、何事もなかったかのようにビールを飲んでいた。
「あの」
「んー」
「俺、昨日、その」
気持ちよすぎて夢か現実か、なんだかよくわからなかったが、とにかく今やらなければいけないことが何かはわかる。
「シーツ、洗わないと」
「ん、おう」
布団から出た加賀さんが、ベッドから下りてシーツを剥ぐ。マットにシミになっていないか気にしていると、「何?」と俺の視線の先を手で撫でた。
「わっ」
「なんだよ?」
「いえ、あの、昨日、俺」
精液とは別のものを漏らした、つまり、失禁したような気がする、と言い出せずに口ごもる。俺の体を綺麗に拭いてくれたようだし、多分、気づいただろう。ただ、酔っていて記憶があやふやなら、忘れてくれている。
「ああ、漏らしたかもって?」
忘れてくれてはいなかったようだ。
「……ごめんなさい」
「あれ、おしっこじゃないよ」
「え?」
「あれは男の潮吹き」
「しお?」
「洗濯機回してくる」
あくびをしながらシーツを引きずって寝室を出て行った。
記憶がない、と言っておきながら、本当は全部覚えてるんじゃないか、と頭を抱えた。抱くのと抱かれるのとでは、どうしてこうも違うのだろう。どっちも余裕がないことには変わりはないのに、抱かれるのは、永遠に慣れない自信がある。
事後のこの恥ずかしさは、本当に、慣れない。痛いとか、気持ち悪いとか、ネガティブな感覚が皆無なだけに、なおさら恥ずかしい。
はあ、とため息が出た。
加賀さんに抱かれるのは二度目で、一度目にもしかして、と思ったのだが、今回で確信した。
加賀さんは、セックスが上手い。
自分がいかに稚拙な抱き方をしているのか、思い知らされるのだ。
こっそりと「潮吹き」というものを調べて、本格的に駄目だと思った。俺ばっかりが気持ちよくなっていては駄目だ。絶対に、加賀さんを満足させてあげられていない。
上手くなりたい、とは思っても、具体的にどうすればいいのかわからない。
こんなことを相談できる相手もいない。
俺の相談相手は決まっている。六花か、丸井か、風香。さすがに姉は無理だし、女の風香は言語道断。今回の場合は丸井に頼るしかない。
「それで、俺を選んでくれたのはありがたいんだけど」
次の日の昼休み。丸井と二人、部室にこもっていた。相談したいことがある、と恥を忍んで説明したのだが、丸井のテンションがどんどん下がっていくのがわかった。
「お前の性の悩みを聞く日が来るとはな」
「俺だって恥ずかしいよ」
「あのな、彼女もいない男に、どうやったらセックス上手くなるかなんて訊くなよ」
「でも丸井、経験はあるんだろ?」
「あるけど、お前みたいなお互いラブラブでエッチするのとは違うんだから。俺にとっては毒だよ、毒」
よくわからないが呆れられたようだ。丸井が股間を押さえながら、「どうすんだよ、ちょっと勃ったじゃん」とうなだれた。
「ごめん」
「あのさあ」
股間から手をどかさずに、丸井が椅子の背もたれに寄りかかる。
「加賀さんが満足してないかも、なんて、別に大した問題じゃなくね?」
「問題だよ。だって、俺ばっかり気持ちよくて、申し訳ないっていうか」
「数ヶ月前まで童貞だった高校生と、確実にモテモテ人生歩んできたイケメンとじゃ、エッチの技術が対等なわけないんだし。経験の差が出てもおかしくないだろ」
経験の差。その言葉が、ずし、と肩にのしかかる。
「そもそも加賀さんは多分、お前にそういうの、求めてないと思うぞ」
「そういうの?」
「エロテク」
「そう、かな」
「むしろ下手くそで、たどたどしいほうが嬉しいって」
首を傾げる俺に、丸井が苦笑する。
「調教しがいがあるってことだよ。自分色に染めやすいし。それに、誰にも手ぇつけられてないって思うと、こう、なんか、嬉しいのわかるだろ」
そうか、なるほど、と妙に納得した。
「俺から言えるアドバイスは一つ。いいか、よく聞け。そして肝に銘じろ」
丸井が真面目な顔で身を乗り出した。俺は姿勢を正してうなずいた。
「とにかく経験を積め。以上」
俺の肩に手を置いて立ち上がると、「あ」と思いついたように声を上げる。
「加賀さん以外の奴で経験値稼ぐなよ」
前に加賀さんにも誤解されそうになったが、それはまず無理だ。
「絶対、ないよ」
「なんか危なっかしいんだよな。風俗でプロに教わろうとかすんなよ?」
「風俗って? なんのプロ?」
丸井が頭を掻いて、「安心したわ」と笑いながら部室のドアを開ける。
「丸井」
「あ?」
「ありがとう」
根本的に解決はしていない。でも確実に、気が楽にはなった。
焦らずに、少しずつ、追いつきたい。
〈おわり〉
※この話は攻守逆転のリバです。加賀×倉知です。
〈倉知編〉
その日、加賀さんは珍しく酔っていた。
土曜日の夜、職場の送別会がある加賀さんを見送って、一人、アパートで待っていた。何時になるかわからないから、先に寝てろよと言われたのだが、ベッドに寝転がってみても、眠気はやってこなかった。顔を見ないと安心できない。
日付が変わり、深夜の二時少し前。玄関の鍵を解錠する音が聞こえた。
ベッドから跳ね起きて、玄関に出迎える俺を見て、加賀さんが柔和な笑みを浮かべた。
「ただいま」
「おかえりなさい。大丈夫ですか?」
「んー、ちょっと飲み過ぎた」
加賀さんが抱きついてくる。煙草の匂いと、酒の匂いが混じっていて、別人のように感じた。
「シャワー浴びたい」
「手伝います」
「うん、脱がせて」
俺に全体重を預けてくる。自分で歩こうとしない加賀さんの体を抱えて、脱衣所に移動した。
「酔ってますね」
「そうかも。もうなんか、いろいろ飲まされてわけわかんねえ」
「よくここまで帰ってこれましたね」
「タクシーだもん。運転手さんありがとう」
この人でもこんなふうに酔っぱらうのか、と新鮮ではある。
酔って人格が変わる大人を何度か見たことがある。普段優しい人が喚き散らしたり、無口で大人しい人が愚痴りまくったり、泣き上戸だったり、笑い上戸だったりする。わかりやすい変化があると、その人の本性を見た、という気になる。
加賀さんに大きな変化はない。裏表のない人だからだ。
しなだれかかる加賀さんの服を脱がせるのは一苦労だった。ワイシャツのボタンを全部外し終えた俺の手を握って、とろんとした目で見上げてくる。
「倉知君」
「はい?」
「可愛いな」
「は、はあ……」
自然と顔が熱くなる。
「可愛い、俺の、可愛い可愛い宝物」
「な、何言ってるんですか」
「脱がせて。暑い」
「脱がせてます、さっきから。手、放して」
「やだよ。なあ、これちょっと触ってみて」
握っていた俺の手を、自分の股間に導いて、笑った。
「なんか、倉知君見てたら勃起した」
「え、あ、あの」
俺の手で、ズボンの上から股間を擦って甘い吐息を漏らす。
「気持ちいい」
あまりに変態臭くて体が沸騰したように熱くなってきた。下半身にみなぎる、血液。
俺の変化に気づいた加賀さんが、可愛い顔で嬉しそうに笑って、口を塞いできた。きついアルコールの匂い。くら、と頭がふらついた。
唇を舐められ、軽く噛んでくる。堪らず口を開けると、すかさず舌を入れてきた。体の力が抜けて、膝が折れる。
気づくと、押し倒されていた。俺の腹にまたがった加賀さんが、シャツを脱ぎ捨て、ベルトを外し始める。ぎく、として慌てて声を上げた。
「加賀さん、待って」
動きを止めずに「何?」と訊いた加賀さんが前をくつろげて、完全に勃起したペニスを放り出した。
「まさか、俺に挿れようとしてませんか?」
「挿れたい。駄目?」
ペニスをしごきながら、小首を傾げる。可愛さと色っぽさが融合した魅惑的な仕草に思わず生唾を飲み込んだ。
「誕生日まで待たなきゃ駄目?」
「今はその、俺、何も準備してないし……」
言い淀む俺を見下ろして、にこ、と無邪気に笑う。なんて可愛い顔で笑うんだろう、とほだされそうになる。
「お前は可愛いなあ」
「それは、俺の科白です」
「なあ、抱かせてよ」
「駄目です」
「なんで? 俺、上手いだろ?」
俺の服の中に手を突っ込んで、今度は急に男らしい顔になる。
「気持ちよくさせてやるから」
言いながら、舌なめずりをして俺の乳首を指先で撫でてくる。
「うっ、やめて、やめてください」
体を強ばらせて、加賀さんの手首を掴んで止めた。
「泣くよ?」
「え?」
「抱かせてくれなかったら、泣く」
えーん、と言いながらすでに泣き真似を始める。駄目だ、完全に酔っぱらいだ。両手で顔を覆って、しくしくやる加賀さんが、指の隙間から俺を見た。
「……いい?」
はあ、とため息が出た。
「駄目です」
答えながら体を起こして、加賀さんの肩に額をのせて、言った。
「ここでは駄目です。ちゃんとベッド行きましょう」
少し間を置いてから、加賀さんが笑い声を上げた。
「ちょっと顔見せてよ。どんな顔して言ってんの? めっちゃ可愛い」
「嫌です、もう、いい加減にしてください」
ケタケタ笑う加賀さんを抱き上げて、寝室に向かう。
ベッドに加賀さんを下ろすと、速効で組み敷かれた。酔っているから乱暴にされるかも、と危惧していたが、意外にも丁寧に、優しく俺の体をほぐしてくれた。
時間をかけてとろとろにされた体は、自分のものじゃなくなったように言うことを聞かない。何度もイかされ、快楽で自制心は欠片もなくなった。勝手に変な声が出て、それを止めることもできない。
オスの獣と化した加賀さんは、なかなか俺を解放しなかった。
可愛い、可愛いと甘く囁きながら、的確に、快感を与えてくる。何をされても、どこを触られても気持ちがよくて、あらゆる感情を、かなぐり捨てた。
自分が達してからも、俺の反応が楽しいのか、愛撫をやめない。
射精した俺のペニスの先端を、ずっといじくっている。もう何も考えられない俺は、切れそうになる意識をなんとか保ちながら、身を任せて、わけのわからない快感に身を任せていた。
何してるんですか、と訊きたくても、まともに声も出ない。出るのは喘ぎと、声にならないうめきだけ。次第に頭が真っ白になっていく。落ちる、と思った瞬間、感じたことのない快楽が、全身を支配する。
悲鳴を上げた。自分のペニスから、精液とは別の液体が飛び散るのが、かろうじて視界に映る。羞恥で震える体。力が出ない。宙に浮いたように、ふわふわする感覚。
声が出ない。とにかく気持ちがよくて、何もかもどうでもよくなった。
自由だ、と感じた。何にとらわれることもなく、自由に、裸で、空中散歩でもしている気分。
気がつくと、朝だった。
カーテンが開け放されたままの窓から、太陽の日差しが降り注いでいる。もう日が高くなっているようだ。
加賀さんの頭が、俺の腕にのっている。煙草の匂いは消えて、シャンプーの匂いがする。あんなに酔っていても、ちゃんとシャワーできたらしい。ちゃっかり服も着ている。俺の体も、拭いてくれたのか、綺麗になっていた。
「加賀さん」
呼んでみた。う、と声を上げて少し身じろぎをする。
「……おはよう」
掠れた声。
「大丈夫ですか?」
「うん、ちょっと、二日酔いかも」
「水持ってきます。待っててください」
ベッドから下りて、服を着て、冷蔵庫からペットボトルを掴んで寝室に戻る。
加賀さんがうつぶせで、顔をこっちに向けていた。目が半分しか開いていない。
「飲めますか?」
ペットボトルの蓋を開けながら訊いた。
「飲ませて。口移しで」
「え、そ、はず、恥ずかしいです」
逡巡する俺を見て、加賀さんが力なく笑う。あー、とうめきながら体を起こすと、手を差し出してきた。ペットボトルを手渡すと、口をつけて喉を鳴らす。
「昨日俺、すげえ酔ってた?」
水を一気に半分まで減らすと、髪を掻き上げながら訊いた。
「酔ってましたね、珍しく」
「あー、やべえ。記憶が途切れ途切れ」
「え」
もしかして、昨日のことを覚えていないのだろうか。
「なんかひどいことしなかった?」
ひどいこと。あれはひどいことに当てはまるのだろうか。思い出して、体が熱くなる。
「ごめん」
加賀さんがひたいを抑えながら謝った。
「覚えてないんですよね?」
「ところどころ……、飛んでるね」
「どこまで覚えてますか?」
「タクシーに乗ったような気がする」
そこからあやふやなのか。酒は怖い。俺も成人したら気をつけよう、と思った。
「あと……、倉知君が可愛かったのは覚えてる」
「え、……えっ? あの、覚えてるんですか?」
昨夜の一連の情事を、忘れていてくれたほうがよかったのに。俺は多分、すごい痴態をさらしていた。恥ずかしくて消えてしまいたい。
加賀さんが俺を見上げて、「くそっ」と毒づいた。
「あー、一部始終録画しとくんだった。もったいない」
「なんですかそれ」
加賀さんに背を向けて、ベッドの隅に腰掛けた。
「おぼろげなんだよ、全体的に。すげえ可愛かったのだけは確かなんだけど。それは間違いない。もう、悶絶するくらい可愛かった」
昨日から、加賀さんは俺をやたらと可愛いと言う。正直、本気かどうかよくわからない。
「痛くなかった?」
俺の背後から抱きついて、加賀さんが訊いた。俺を抱いたことはちゃんと覚えているようだ。恥ずかしくて顔が火照る。
「大丈夫です」
「俺のこと嫌いになった?」
「え?」
驚いて後ろを振り仰ぐ。加賀さんの頭頂部しか見えない。
「だって、酔っぱらって犯すとか、最低だろ」
「あの、俺、犯されてませんよ?」
「え、そうだっけ?」
「合意です。抱かせてって泣き落としされたんですよ」
記憶が改ざんされているらしい。
「なんか倉知君がやだやだって泣いてる映像が頭に残ってるんだけど」
「それは」
嫌がっている「やだ」とは違う、と言えずに黙って顔を背けた。
「あーもう、ごめんね?」
「無理矢理じゃないから、大丈夫です」
「まあ、そうだよな。お前が本気で抵抗したら俺が押し倒してどうこうできるわけないし」
体格差があるから確かにそれは無理だ。
加賀さんが布団にくるまって「もうしばらく酒はやめる」とぼやいた。多分、無茶な飲み方さえしなければ酔うことはないと思うが、記憶をなくすと怖くなるのだろう。
父も記憶をなくすほど酔ったとき、同じ科白を言っていた。でも数日後、何事もなかったかのようにビールを飲んでいた。
「あの」
「んー」
「俺、昨日、その」
気持ちよすぎて夢か現実か、なんだかよくわからなかったが、とにかく今やらなければいけないことが何かはわかる。
「シーツ、洗わないと」
「ん、おう」
布団から出た加賀さんが、ベッドから下りてシーツを剥ぐ。マットにシミになっていないか気にしていると、「何?」と俺の視線の先を手で撫でた。
「わっ」
「なんだよ?」
「いえ、あの、昨日、俺」
精液とは別のものを漏らした、つまり、失禁したような気がする、と言い出せずに口ごもる。俺の体を綺麗に拭いてくれたようだし、多分、気づいただろう。ただ、酔っていて記憶があやふやなら、忘れてくれている。
「ああ、漏らしたかもって?」
忘れてくれてはいなかったようだ。
「……ごめんなさい」
「あれ、おしっこじゃないよ」
「え?」
「あれは男の潮吹き」
「しお?」
「洗濯機回してくる」
あくびをしながらシーツを引きずって寝室を出て行った。
記憶がない、と言っておきながら、本当は全部覚えてるんじゃないか、と頭を抱えた。抱くのと抱かれるのとでは、どうしてこうも違うのだろう。どっちも余裕がないことには変わりはないのに、抱かれるのは、永遠に慣れない自信がある。
事後のこの恥ずかしさは、本当に、慣れない。痛いとか、気持ち悪いとか、ネガティブな感覚が皆無なだけに、なおさら恥ずかしい。
はあ、とため息が出た。
加賀さんに抱かれるのは二度目で、一度目にもしかして、と思ったのだが、今回で確信した。
加賀さんは、セックスが上手い。
自分がいかに稚拙な抱き方をしているのか、思い知らされるのだ。
こっそりと「潮吹き」というものを調べて、本格的に駄目だと思った。俺ばっかりが気持ちよくなっていては駄目だ。絶対に、加賀さんを満足させてあげられていない。
上手くなりたい、とは思っても、具体的にどうすればいいのかわからない。
こんなことを相談できる相手もいない。
俺の相談相手は決まっている。六花か、丸井か、風香。さすがに姉は無理だし、女の風香は言語道断。今回の場合は丸井に頼るしかない。
「それで、俺を選んでくれたのはありがたいんだけど」
次の日の昼休み。丸井と二人、部室にこもっていた。相談したいことがある、と恥を忍んで説明したのだが、丸井のテンションがどんどん下がっていくのがわかった。
「お前の性の悩みを聞く日が来るとはな」
「俺だって恥ずかしいよ」
「あのな、彼女もいない男に、どうやったらセックス上手くなるかなんて訊くなよ」
「でも丸井、経験はあるんだろ?」
「あるけど、お前みたいなお互いラブラブでエッチするのとは違うんだから。俺にとっては毒だよ、毒」
よくわからないが呆れられたようだ。丸井が股間を押さえながら、「どうすんだよ、ちょっと勃ったじゃん」とうなだれた。
「ごめん」
「あのさあ」
股間から手をどかさずに、丸井が椅子の背もたれに寄りかかる。
「加賀さんが満足してないかも、なんて、別に大した問題じゃなくね?」
「問題だよ。だって、俺ばっかり気持ちよくて、申し訳ないっていうか」
「数ヶ月前まで童貞だった高校生と、確実にモテモテ人生歩んできたイケメンとじゃ、エッチの技術が対等なわけないんだし。経験の差が出てもおかしくないだろ」
経験の差。その言葉が、ずし、と肩にのしかかる。
「そもそも加賀さんは多分、お前にそういうの、求めてないと思うぞ」
「そういうの?」
「エロテク」
「そう、かな」
「むしろ下手くそで、たどたどしいほうが嬉しいって」
首を傾げる俺に、丸井が苦笑する。
「調教しがいがあるってことだよ。自分色に染めやすいし。それに、誰にも手ぇつけられてないって思うと、こう、なんか、嬉しいのわかるだろ」
そうか、なるほど、と妙に納得した。
「俺から言えるアドバイスは一つ。いいか、よく聞け。そして肝に銘じろ」
丸井が真面目な顔で身を乗り出した。俺は姿勢を正してうなずいた。
「とにかく経験を積め。以上」
俺の肩に手を置いて立ち上がると、「あ」と思いついたように声を上げる。
「加賀さん以外の奴で経験値稼ぐなよ」
前に加賀さんにも誤解されそうになったが、それはまず無理だ。
「絶対、ないよ」
「なんか危なっかしいんだよな。風俗でプロに教わろうとかすんなよ?」
「風俗って? なんのプロ?」
丸井が頭を掻いて、「安心したわ」と笑いながら部室のドアを開ける。
「丸井」
「あ?」
「ありがとう」
根本的に解決はしていない。でも確実に、気が楽にはなった。
焦らずに、少しずつ、追いつきたい。
〈おわり〉
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私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
ショタ18禁読み切り詰め合わせ
ichiko
BL
今まで書きためたショタ物の小説です。フェチ全開で欲望のままに書いているので閲覧注意です。スポーツユニフォーム姿の少年にあんな事やこんな事をみたいな内容が多いです。
ずっと女の子になりたかった 男の娘の私
ムーワ
BL
幼少期からどことなく男の服装をして学校に通っているのに違和感を感じていた主人公のヒデキ。
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そんなヒデキの幼少期から大人になるまでの成長を描いたLGBT(ジェンダーレス作品)です。
【BL】SNSで人気の訳あり超絶イケメン大学生、前立腺を子宮化され、堕ちる?【R18】
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BL
スーパーダーリンに犯される超絶イケメン男子大学生
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そんな人生を謳歌していそうな彼にも、児童保護施設で育った暗い過去や両親の離婚、SNS依存などといった訳ありな点があった。
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