電車の男 番外編

月世

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タダシイヤオイ本の作り方

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1.
 仕事場に一本の電話がかかってきた。担当から進捗を確認する電話だろう、と思ったが、電話に出たアシスタントの森さんが首を傾げながら聞き慣れない名前を口にした。
「安原さんって男の人からですけど」
 保留にした子機を私に差し出してくる。
「誰、それ」
「安原さんでしょ?」
「知らないよ、そんな人。怖いから切ってくれる?」
 ペンを走らせながら言った。呆れたようにため息をついた森さんが保留を解除する。
「もしもし、すみませんが、佐藤は今手が離せなくて。……はい、はあ、そう言われても……、ちょっと待ってください」
 電話口を抑えて、森さんがうっとうしそうに眉間にシワを寄せながら言った。
「怪しい者じゃない、高校の同級生で、安原って言えばわかるって」
 高校時代にいい思い出なんて一つもない。ドッと押し寄せる重苦しいノスタルジー。
「なんか必死だし、出てあげたらどうですか?」
 電話機を押しつけられて、渋々耳に当てる。
「……もしもし?」
『あっ、もしもーし。俺、安原だけど、わかる?』
 高校の頃の同級生で、名前を覚えているのは数人で、安原はそのリストにはない。軽薄そうな口調から、学生時代に敬遠してきたタイプの人間だとすぐに確信する。
「あの、この番号、どうやって……」
 疑わしそうな声が出てしまった。安原と名乗る男は「違う違う」とやけに明るい声で何かを否定した。
『実家かけたらお母さんが教えてくれたんだよ。漫画家になったんだって? すげえじゃん』
 母を恨んだ。勝手にそんな情報を、素性の確かじゃない人物にばらしてしまうなんて。
「用件はなんでしょう」
『ああ、えっと、案内のハガキ出したけど見てないよね? 来月クラス会やるから佐藤も来てよ』
 出席できるか? と問うのならわかる。来てよ、と簡単に言われると、返答に詰まってしまう。
 私が黙っていると、安原は思いついたように言った。
『加賀も来るよ』
 その名前にドキッとした。
「あ……、え?」
 加賀、というのは高校三年のときに同じクラスだった男子だ。忘れようもない。彼は目立つ人だった。かっこよくて、優しくて、スポーツもできて、勉強もできた。誰からも好かれていた。
 高校時代にいい思い出なんて一つもない、という言葉は撤回する。
 彼は、特別だった。
「あの……、どうして……」
 震えた声が出た。どうして、加賀君が来る、という誘い文句を使ったのか。私は彼にあこがれを抱いてはいたが、告白なんてもってのほかだし、誰にも好意を知られていないはずなのに。
『加賀が来るって言えば女子はみんな、じゃあ行くって言うから』
 にわかに頬が熱くなった。私もその浅ましい女子たちの一人なのだ。会いたい、と思ってしまった自分に腹が立つ。
「い、行きません」
 つい、そう答えていた。
『えっ、いやいや、困るよ、来てよ』
「クラス会なんて、興味ないです。それに私が行かなくても誰も困りません」
『俺が困るんだってー。全員出席狙ってんだから』
 そんなものを狙って何になるのか。無意味だ、と思った。
「あの、もう切ります。忙しいんです」
『切らないで、待って! お願い、来てよ、絶対だよ!』
 安原は、わめくようにクラス会の場所と日時を勝手に告げた。
『出席にしとくから! 来てくれなかったら俺泣くからね!』
 佐藤さん、お願い、という悲痛な叫びを遮断するように、電話を切った。
 子機を机の上に転がして、胸を押さえる。呼吸が少し、荒くなっていた。
「クラス会のお誘いですか」
 深呼吸をしていると、森さんが訊いた。もう一人のアシスタントの安藤さんも「いいなあ、いつ?」と身を乗り出してくる。
「行かないし」
「え、なんで?」
 まるで行くことが当然だとでも言いたいようだった。
「高校のクラス会なんて、行ってもつらいだけだよ」
「あー、先生ってぼっちだったっけ」
 うるさい、と睨みつけて、再びペンを取る。
 高校二年までは同じクラスに友人がいた。でも、進級するとクラスが離れ、次第に疎遠になり、私は孤独になった。教室の中で、一人で本を読んでいるか、勉強をしていた。
 いじめられていたわけじゃない。誰も私に興味がなかっただけだ。文字通り空気だったからだ。誰も気にしない。そんなどうでもいい空気にも優しさを向けたのが加賀君で、彼は私が本を読んでいると、「どんなの読んでんの?」と気楽に声をかけてきた。
 美形でモテるのに、まったくそれを鼻にかけない人だった。だから男子からも女子からも、好かれていた。
 男子が怖かった私にも、加賀君は優しく、的確な距離を持って接してくれた。彼だけは、怖くなかった。美しすぎる男の人なのに、人との接し方が上手だからか、彼と話しても変に緊張することがなかったのが不思議だ。
「久々に会いたい人とかいないんですか?」
 勝手に休憩時間に突入した森さんが、インスタントコーヒーの粉をマグカップに入れながら訊いた。
「いないよ。どうせぼっちですから」
「あ、拗ねた」
 安藤さんがにやけながら頬杖をつく。こっちも仕事を放棄したようだ。
「何年前のクラスですか?」
 森さんが自分だけコーヒーをすすって、腰掛けた椅子をくるくると回転させる。
「高校三年だから、十年前かな」
 十年。もうそんなに経つのか、と少しの感慨深さはある。
「二十八歳? あー、いいなあ、私代わりに行こうかな。佐藤の代理です!って」
「はあ? 何それ」
 おかしなことを言う安藤さんだ。別に行きたいなら行けばいい。誰も私を覚えていないだろうし、安藤さんなら誰とでも打ち解けられるから、本人が行くよりはよほどいい。
「だって二十八って結婚意識し始める歳だし、婚活パーティみたいなもんじゃん?」
 安藤さんはまだ二十二歳なのに結婚願望に満ちあふれている。
「ねえ、クラスにいい男いた?」
 ギクッとして体が硬直した。真っ先に浮かぶ、加賀君の顔。
「いない」
「先生、顔赤いですよ」
 森さんが目ざとく指摘する。
「あっ、もしかして好きな人とかいたの? イケメン? そうなんだ?」
「ち……ちが」
 否定しようとしたのに、私の脳みそと口はそれを許さなかった。
「違いません……」
 キャー、と手を叩く安藤さんが席を立ってこっちに飛んでくる。そして私の体を後ろから抱きしめて頬ずりをしてきた。
「先生可愛い!」
「可愛くないし……」
「行ってきたらどうですか?」
 森さんがマグカップを両手で抱え、面白そうに言った。
「そういう刺激も作品にいい影響与えると思いますよ」
 冷静に真面目な助言をされて、行ってみてもいいかもしれない、と思い始めていた。

2.
 今日は早く帰ろう、とデスクの上を片付けているときだった。
 携帯が震え、画面を見ると懐かしい名前が出ていた。高校時代の友人の安原だ。卒業してからも定期的に会う仲だったが、ここ最近はご無沙汰だった。
 電話に出ると、何故か猫なで声で「加賀くぅーん」と第一声を発した。
「キモイ、なんだよ」
『ぼくちん、一生のお願いがあるんだけど』
「なんだよ、キモイ」
 倒置法でキモイを連呼しても安原はめげない。猫なで声をやめずに言った。
『あのね、来月の二十八日って暇かしら?』
「暇じゃない」
『ちょ、即答? 用件くらい訊いてよ』
「ご用件をどうぞ」
 携帯を耳に挟み、パソコンの電源を落とす。同僚に軽く手を挙げてフロアを出た。
『今度三年ときのクラス会の幹事することになったんだけどさ』
「俺に来いってか」
『さっすが、理解が早くて助かるぅ』
「行かないけどね」
『なんでよ!』
「あー、疲れそう」
 酒を飲んで馬鹿騒ぎする年齢じゃなくなってきている。想像するだけで胸焼けがしそうだ。
『そんなおっさんみたいなこと言わないでさ』
「おっさんだよ」
 安原が電話の向こうで泣き真似を始めた。
『もうみんなに加賀が来るって言っちゃったんだよ、頼むよぉ』
「お前はまた勝手なことを……」
『加賀が来なかったら俺、女子にフルボッコにされる!』
「自業自得じゃねえか」
『冷たい! 何よ、昔はあんなに優しくしてくれたのに! 用済みになったらポイなのね!?』
 よくわからない小芝居を始めた安原が、オネエ言葉でまくし立てている。ため息をついて階段の途中で脚を止め、スーツの内ポケットから手帳を出した。
「来月の二十八って日曜? 時間と場所は?」
『加賀君! 愛してる!』
 携帯に吸いついているのか、チュバチュバと気持ち悪い音が耳元で鳴った。
「行けたら行くわ」
 手帳に時間と場所を書き留めて、意地悪く言った。
『それ来ないときの科白じゃね? え? 来るよね?』
「うん、行けたら行く。じゃあまたな。おやすみ」
 えっ、と裏返った安原の声を聞いたあとで、電話を切った。
 すぐにメールが届く。
 俺を助けると思って来て!心の友よ!
 メールを読むと、携帯をポケットに突っ込んだ。
 正直、こういうことに一生懸命になれる安原は若い、と思ってしまう。いまだに実家暮らしのフリーターで、好き勝手に生きている。数年前から奴の周りだけ時空が歪み、心と体の成長が止まっているように感じた。
 職場を出て駅に着く。電車を待っている間、思い立って携帯を取り出した。倉知の番号を呼び出し、通話ボタンを押す。
『お疲れ様です』
 すぐに出た倉知が、嬉しそうに言った。
「こんばんは。今家?」
『家です。どうしました?』
 腕時計で時間を確認する。九時前だ。
「ちょっとだけお邪魔していい?」
『はい、勿論です。あ、ご飯食べました? 何か作りますか?』
「いいよ、すぐ帰るから」
 答えると倉知が黙った。シュンとしている姿が目に浮かぶ。
「お前の顔見たくなっただけなんだけど」
『……な、なんですかそれ』
 声だけなのに、今どんな顔をしているのか手に取るようにわかる。くす、と笑って言った。
「なんか作ってくれるなら食べるよ。サンキュ」
『任せてください』
「電車来た。じゃあ、あとでな」
 ホームに電車が止まる。携帯を切って考えた。
 高校のときのクラス会に行く、と言ったら倉知はまた無意味に心配するだろう。
 女に騒がれることを真っ先に想像するに違いない。
 でも、卒業してから今年で十年だ。俺たちはもうみんないい大人なのだ。安原のように、時の流れを無視していないのであれば、分別のつく大人に成長しているはずだ。
 倉知家に着くと、出迎えたのは六花だった。
「おかえりなさい」
 そう言って、俺を招き入れた。リビングに入ると、キッチンに立つ倉知と目が合った。
「おかえりなさい」
 二人揃って同じことを言う。自然と顔がほころんだ。
「ただいま。なんか俺ここの家の人みたいだな」
「ほとんどそうですよ。ここ座ってください」
 六花がダイニングの椅子を引いて、自分は向かい側に腰かけた。
「あれ、お父さんとお母さんは?」
 リビングには見当たらない。外にヴォクシーが停まっていたので、外出してはいないはずだ。
「お風呂入ってます。二人で」
「え。ああ、そっか。仲良しだね」
「毎日一緒に入ってますよ」
 六花が平然と言うと、倉知が「恥ずかしいからやめてよ」と頬を染める。両親が仲良く二人で風呂に入っているなんて、俺には考えられないが、倉知家だととても自然なことに思えた。
「そういや五月ちゃんは?」
 五月が一人いないだけで静かだ。
「友達と遊びに行ってます」
 六花がスマホを取り出してニヤリと笑った。
「加賀さん来てるって教えてやるか」
 加賀さんなう、と呟きながらスマホの画面をタップしている。十秒もしないうちに六花の携帯が音を鳴らす。
「あ、五月だ。もしもし、何か?」
 かすかに五月の喚き声が聞こえる。
「はいはい、わかったよ、うるさいなあ」
 すぐに通話を終わらせて、スマホを机に滑らせるようにして置いた。
「今から帰るから引き留めておけって」
「仕事で疲れてるのに何言ってんだよ。すいません、そんなことしませんから」
 キッチンから出てきた倉知が俺の前に皿を置いた。
「お、チャーハン。サンキュ」
「母がチャーシュー作ったんで、入れてみました」
「手作りチャーシュー? さすがだな。いただきます」
「おあがりなさい」
 倉知が俺の隣に座って、食べるのを眺めて見ている。
「美味い」
 一口食べて、素直な感想を伝えると、小さくガッツポーズをして「よかったです」と微笑んだ。
「ほんと最近料理ばっかしてるもんね、あんた。料理人にでもなるつもり?」
「家庭の味の領域を越えてきてるよな」
 このチャーハンも、店で食べている感覚になる。倉知は照れ笑いをして頭を掻いている。
「加賀さん、今日は七世に話があったんじゃないですか?」
 立ち上がった六花が、冷蔵庫を開けて、コップにお茶を注ぎながら訊いた。
「私、席外しましょうか」
「うん、まあ話があることはあるんだけど。いてもらっていいよ」
 俺の前にコップを置くと、倉知の様子を窺うようにして腰を下ろした。
「話って、なんですか?」
 身構える倉知の頬を軽くつまむ。
「そんな警戒すんなよ。別に、たいしたことじゃないし」
「出張で一週間いないとか……」
 倉知が深刻な顔で言った。
「いや、違うけど」
「転勤で他県に行くとか……」
「うち転勤ないから」
 本当にネガティブ思考が得意だ。怯えた表情で、すがるように見てくる。
「来月、クラス会あるんだけど」
「クラス会」
 倉知と六花がはもった。
「出席するんですか?」
「うん」
 不安そうに訊く倉知にうなずいて見せると、予想通り顔が不安の色で覆い尽くされた。
「ていうただそれだけの報告」
 チャーハンを口に運びながら倉知を見る。面白いくらいどんよりしている。
「七世が暗い」
 六花が椅子の上で両膝を抱え、体を揺すっている。
「クラス会でしょ? 何もさ、合コン行くんじゃないんだし、いいじゃない」
「そうそう」
「同じです」
 硬い声で否定して、キッと顔を上げて俺を見る。
「どっちでも、加賀さんに女の人が群がるのは同じです」
「いや、群がらないんじゃない? もう大人だよ?」
「年齢なんて関係ありません。絶対、キャーキャー騒がれたり、ベタベタ触られたりするんだ……」
「あー、まあ、絶対ないとは断言できませんが」
「加賀さんは優しいから、ニコニコ笑って受け入れますよね」
「いやいや、受け入れはしないから。お前が嫌なら男と付き合ってるって正直に言おうか?」
「それは……、駄目です」
「俺は構わないけど」
「加賀さんに迷惑かけたくない。ていうか、俺また束縛しようとしてる」
 倉知が頭を抱える。
「迷惑じゃないし束縛してもいいよ」
「やめてください。甘やかしたら、つけあがりますよ」
「何それ」
「束縛が癖になったら絶対うざい。もう俺、なんでこんな嫉妬深いんだろう」
「倉知君ならうざくないし可愛いから大丈夫。なんなら監禁してもいいよ」
「犯罪じゃないですか、それ」
「イチャついてるとこすいませんが、提案があります」
 俺たちの言い合いに、六花が楽しそうに挙手をして、割り込んできた。
「六花さん、どうぞ」
 促すと、六花が手を挙げたまま言った。
「左手の薬指に、指輪をしていくってのはどうですか?」
 おお、と思わず声が出た。拍手してから、「ナイス」と賞賛する。
「フェイクで結婚指輪か。ありだな」
 感心する俺の肩に、倉知が手を置いた。
「加賀さん」
「ん」
「指輪、買いに行きましょう」
 立ち上がって俺の腕を取って、立たせようとしてくる。
「待て待て、落ち着け。なんで今なんだよ」
「そっか、今俺お金ない」
「じゃなくて、来月の話だしそんな急ぐ必要ないっていうか、なんでお前が買うの?」
 倉知が、だって、と俺の脇にしゃがみ込んだ。
「結婚指輪なら、俺が買わないと」
「フェイクだからね? 本物はいずれお前が稼ぐようになったら買ってよ」
 うずくまる倉知の頭を撫でてやると、ぱあっと顔が輝いた。
「お金貯めて、買います。そしたら結婚してください」
「おう」
 倉知の頭を撫で回していると、バン! と音を立てて六花がテーブルに突っ伏した。
「びっくりした。大丈夫?」
「萌え死ぬ。やだもう、可愛い、素敵すぎる。この二人ずっと見てたい」
 テーブルにひたいを打ち付けながら六花がブツブツと呟いている。腐女子とは難儀な生き物だ。
 倉知のチャーハンを完食した頃、風呂から上がった両親がリビングに現れ、その数分後に息を弾ませた五月が帰宅して家族が集結した。
 倉知家の温もりに触れると、冷え冷えとしたアパートに戻りたくなくなる。でも、帰らなければ。
「そろそろ帰ります」
 時計を見て言うと、全員が一斉に「えー」と不満の声を上げる。
「泊まってったら?」
 倉知の父が言う。
「それがいいよ、あたしと一緒に寝ようよ」
 五月が言う。
「また言ってる。七世と一緒に寝るよね、加賀さん」
 六花が言う。
「みんなで一緒に寝ようよ」
 倉知の母が言う。
「明日も仕事だし、疲れてるだろうから」
 倉知が言って、腰を上げた。
「駅まで送ります」
「ん、サンキュ」
 遠慮しようかと思ったが、少し二人になりたかった。
 全員に見送られ、二人で駅に向かう。外は肌寒かったが、倉知は相変わらずの薄着だ。
「寒くない?」
「平気です。加賀さん」
「うん」
「早く、一緒に暮らしたいです」
 さり気なく手を取って、握ってくる。家の近所でこんな真似をして、誰かに見られたらどうするんだ、と思ったが、離したくなくて、黙って握り返した。
「明日の朝、電車で会えるけど……、離れるの、つらいです。どんどんつらくなってます」
「それは俺も同じだよ」
 倉知を見上げると、目が合った。
「俺のがつらいよ」
「え、なんでですか。俺のほうがつらいです」
 倉知には家族がいて、気が紛れる。でも俺は一人だから、今のこの瞬間の名残が、ずっと尾を引く。
 女々しいな、と自嘲する。
「早く、大人になりたい」
 倉知が独り言のように呟いた。
「加賀さんに見合う大人になって、自分でお金稼いで、早く、結婚したい」
 早く、と強調して繰り返す倉知の、あどけない横顔を見上げた。若い時代なんてあっという間に過ぎていく。戻りたい、と思っても戻れない。若い頃にしかできない経験もある。
 急ぐことはない。急がないで欲しい。
「ずっとそばで見ててやるから。ゆっくり大人になれよ、少年」
 倉知は俺を見て、幼い少年の顔で、笑った。

3.
 どんな格好でいけばいいのか。直前まで悩みに悩んで、結局アシスタント二人の見立てで購入したワンピースを着ていくことになった。
「変じゃない? なんか若作りじゃない?」
 鏡に映る自分は、普段とは別人。仕事中はすっぴんで、ぼさぼさの髪なのに、ほんのり化粧を施されて髪もアップにセットされている。恥ずかしくてまともに鏡を見られない。
「変じゃないよ、失礼な。私のセンスを信じて」
 安藤さんが自信満々に胸を張る。森さんもどこか誇らしげだ。
「年相応に落ち着いてて、ナチュラルメイクだし、完璧です」
 二人が顔を見合わせて、やり遂げた顔でうなずき合う。
「先生可愛いですよ」
「可愛い、可愛い」
 人生でここまで誉められたことはない。ただの身内贔屓だ。この私が可愛いわけがない。
「もう、行くよ」
 手を振る二人に見送られ、外に出た。今日は一日オフの日なのに、早い時間から私を着飾るためだけに仕事場にやってきてくれたのだ。頑張って、乗り切らなければ。
 電車を乗り継ぎ、会場のお店に着いた。一軒家タイプのお店で、イタリアンとフレンチのビュッフェだ。入り口のドアに「本日貸し切り」と書かれた紙が貼ってある。ちょうどランチの時間帯だ。何も知らないお客さんがUターンして去って行く。
 恐る恐るお店に入ると受付のような机が置いてあり、男性と女性が一人ずつ、立っていた。多分、元クラスメイトだろう。なんとなく見覚えはあったが、当然名前は思い出せない。
 向こうもそれは同じで、私の顔を見ると、困ったように「えっと」と名簿に目を落とす。
「あの、佐藤です。佐藤弘子です」
 名前を名乗ると、男性のほうが「ああ!」と大声を上げてから私の手を取った。
「佐藤さん! 来てくれたんだ!」
 握られた手が、じわりと汗ばみ、それが恥ずかしくて慌てて振り払う。
「あ、ごめん。俺、安原。ほら、電話した安原」
 そういえばこんな声だった。
「やー、来てくれないと思ってたから嬉しいよ!」
 こういうときなんて返せばいいのか、どういう顔をすればいいのか、まったくわからない。逡巡していると、隣の女性が安原の体を肘で突いた。
「えっと、会費いただけますか? あと、これ席のくじ引きなんで、引いてください」
 元クラスメイトの女性が事務口調で淡々と言った。
 支払いを済ませ、くじを引いて、店の奥へ向かう私の背後でひそひそと声が聞こえた。
「あんな人いたっけ。名前聞いても全然思い出せない」
「安心しろ、俺も覚えてない」
 その会話は攻撃力が高かった。私の内臓を突き破る勢いで、背中にぶつかった。よろめきながら、くじ引きの番号を確認し、うろうろしながら席を探し、やっと見つけて腰を下ろしたときには、マラソンのあとのように全身が疲労していた。
 疲れた。
 帰りたい。
 弱気になる私に追い打ちをかけるように、人が続々と集まってきた。
 この人は確かに同じクラスにいたな、という顔を見つけたが、だからと言って向こうは私をわかるわけじゃない。まともに話したこともないのに、話しかけることなんてできない。
 ああ、来なきゃよかった。どうして出席したんだろう。
 まだ始まってもいないのに後悔ばかりが押し寄せる。
 周囲が懐かしさで賑わっているのに、私は一人、椅子に座ったまま、自分の手を見下ろしていた。
 帰るなら今のうちかもしれない。
 そうだ、用事を思い出した、と言って、帰ろう。
 会費は寄付したと思えばいい。
 でも、おなかが空いたな。どこかでラーメンでも食べて、帰ろう。無性に味噌ラーメンが食べたくなった。
 そうしよう、と腰を上げかけたとき、会場の片隅で悲鳴が上がった。同じテーブルに座っていた女子たちが一斉に立ち上がり、キャー! と甲高い歓声を上げていなくなった。
 バーゲンセールのように猛ダッシュで集まる女子の目当て。鼓動が、速くなる。
「何、誰?」
「加賀だって」
「相変わらずモテ男だな」
 私の後ろの席にいた男性二人の会話が聞こえた。加賀君がいるとおぼしき方向を見る。人垣でよく見えない。まるでアイドルでも現れたかのような賑わいだ。
「はいはーい、皆さん! 全員集まったので席に着いて!」
 安原が両手を大きく振って、騒ぎを収めようと必死だ。
「加賀君、席どこ?」
「やーん、私と同じテーブル!」
「ずるい! 代わってよ!」
 女子数人が謎のバトルを繰り広げるのを笑って見ながら、加賀君が席に着く。私のいるテーブルと、加賀君のテーブルは遠かった。離れていても、遠くから見ても、わかる。加賀君は加賀君だ。
 すごい。
 体が小刻みに震えてきた。
 ますますかっこよくなっている。
 十年という年月が、彼を、さらに洗練させた。どうしてこんな人と、同じ空気を吸っているのだろう。失礼な気がして、息を止めてみた。息苦しさにぜえぜえやる私を、前の席の女子が、気味が悪そうに見ていた。
 派手な化粧と、着飾った衣装。その子の隣にいる女子も、華やかに見えた。
 ひどく場違いな気がした。私はやっぱり、帰ったほうがいい。
 でも、もう少し、加賀君を見たかった。チャンスがあれば、もうちょっと、近くで見てみたい。
 きっと向こうは私を覚えていないし、話すことはないだろう。
 でも、もう少しだけ。
 でも、この空気はつらい。
 でも、でも、と葛藤していると、安原の司会進行で、クラス会が始まってしまった。
「三年三組のみなさん! 本日はお集まりいただきまして、ありがとうございます! なんと、全員参加という偉業を達成いたしました! これもひとえに私、安原の人徳のたまものだと、自分で自分を誉めてあげたい!」
 あはは、と笑いと拍手が起きる。加賀君を見ると、隣の席の男性と、何か喋っていた。笑い合い、肩を組み、握手をしている。
 高校時代、加賀君の周りにはいつも人がいた。十年経っても、変わらない。
 安原が担任だった教師を紹介している。うっすらはげたおじさんだ。そういえば、あんな人だったかもしれない、程度の認識で、特に懐かしいとか、感慨のような感情は浮かんでこない。
 ため息をつく。私は本当に、冷めた青春時代を送っていた。
「えー、それでは今から一人ひとりに近況報告のようなものをして貰いましょう!」
 安原の科白に、耳を疑った。心臓がバクバクいって、血管が破裂しそうなほど激しく脈打つのがわかった。
 いやだ。やめて。絶対無理。
 昔から、教科書を朗読することすら苦手でいつも声が震えた。人前で喋るのが、本当に嫌いだ。
 あんなことはもうこれからの人生、やることがないと安心していたのに。
 身を固くする私の周囲で、「やだー」「うぜー」「無理!」「腹減ったー」と難色を示す声が上がる。
「なんだよ、じゃあいいよ!」
 ブーイングの多さに安原が前言撤回した。途端に笑いが起き、私の心臓も落ち着きを取り戻す。
「美味しいお料理などご用意しておりますので、しばしご歓談を!」
 多くの人が席を立つ。自分の仲の良かった人同士で手を取り合って喜んだり、ハグしたり、携帯を出して連絡先を交換しあったり、忙しそうだった。
 私は黙って席を立ち、料理の並ぶテーブルに向かう。
 こうなったら食べまくって会費分の元を取ってやろう、と思った。それくらいしかすることがない。
 黙々と食べていると、ギャー、イヤーと悲痛な叫びが上がった。加賀君のいるテーブルの辺りが女子の塊になっていて、発信源はそこだった。
「結婚したの!?」
 誰かの叫び声が会場中にこだました。
 結婚。加賀君が?
 やだー、いやー、もう帰る! と散々非難の声を上げる女子たちを、周りの男子は面白そうにニヤニヤと眺めている。そのうちさめざめと泣き声が聞こえた。抱き合って泣く女子も見えた。
 何が嫌なのか、よくわからない。
 加賀君が結婚した、と聞いても、私は逆に嬉しくなった。
 一生、添い遂げたいと思える相手を、見つけたということ。
 喜ばしいことなのに、何が、とモヤモヤした。
 よく、芸能人が結婚すると同じような現象が見られる。
 好きだったのに、と何故か裏切られた感じになり、ファンが減ったりする。盗られた気にでもなっているようだった。
 自分が結婚相手になれるはずもないのに。素直に、おめでとうと言うべきだ。
 加賀君は芸能人じゃない。でも、似たようなものだ。手が届く相手じゃない。
 馬鹿な女たち。
 私は箸でパスタを食べながら、大騒ぎになっている女子たちをこっそり観察していた。ちょっと、面白い。一般的な女子の感覚は、私にはわからないものだった。
 漫画を描くときの参考になる。みんなの表情や、仕草をじっと見て脳内に焼き付けた。
 森さんの言うとおりだった。いい刺激にはなった。
 結局私は漫画のことばかり。クラス会にきて、誰とも会話をせず、人間観察で終わる。
 非常に私らしくていい。
 周りがどんなに盛り上がろうと、私はぶれなかった。料理をよそって食べて、を何度か繰り返し、その間、加賀君の様子を窺うことも忘れない。
 やっぱりカッコイイ。絵に描いたみたいな人だ。
 結婚した、と言われても、加賀君はカッコイイし、美しいので、見ているだけでいい、という女子も少なくないようだ。常に女子が周りにいて、勝手に料理を皿に取ったり、飲み物を持ってきたり、世話を焼いている。ああいうのは、男の人にとったら迷惑でしかないんじゃないか、と男気質な私は勝手に想像する。
 皿に盛った料理を食べ終えて、立ち上がる。次は何を食べようか、と眺めてみたが、もうほとんど食べ尽くしたことに気づく。開始からずっと食べ続けているから仕方がない。最後にデザートを食べて、しれっと退散しよう。
 一口サイズのケーキや、ヨーグルトにゼリー、豊富なラインナップだ。自分で作れるソフトクリームもある。あとで食べよう。とりあえず一通り皿に載せて、ほくほく顔で自分のテーブルに戻り、甘味を堪能していると、後ろのテーブルで聞き覚えのある声がした。
 もしかして、この声は。
 慌てて加賀君の席を見ると、本人は消えて、女子軍団もまばらになっていた。
 じゃあやっぱり、今の声は、加賀君?
「マジでモデルとかやってんじゃないの?」
「普通の会社の営業ですが」
「どこ勤めてんの?」
「高木印刷」
「名刺安いとこ探してんだけど、単価いくらでできる?」
「あー、部数で変わってくるわ」
「連絡先教えるから見積もりくれよ」
 ビジネストークを繰り広げる男の会話を、悪いとは思いつつ、盗み聞きした。それにしても。懐かしい、加賀君の声。加賀君は、声も綺麗だ。綺麗な声で、優しく喋る。
 妙にドキドキして、好物のスイーツが喉を通らない。
 チョコレートケーキにフォークを突き刺して、悶々としていると、前の席に人が座った。会が始まってからずっと席を立ったままだった女性がやっと帰ってきたのか、と顔を上げると、予期せぬ人物が座っていた。
「やっぱり佐藤さんだ。久しぶり」
「……か」
 驚きのあまり、声が出なくなった。
 加賀君が、私の手元を指差して、「すげえ食べるね」と爽やかに笑った。
 十年経った。そのはずだ。でも、目の前の人は、あの頃のまま、美しいまま。あまりのまぶしさに、目を細めた。
「あ、もしかして俺のこと覚えてない? わかる?」
「加賀君」
 やっとのことで名前を呼ぶ。
「よかった、忘れられてなかった」
 加賀君が胸をなで下ろす。加賀君を忘れるクラスメイトがいるだろうか。逆に、私の名前、というか存在を覚えているほうがすごい。
「あの、よく、わかったね。私のこと」
「だって全然変わってないし。女子ですぐわかったの佐藤さんだけだよ」
 泣きそうになるのを堪えた。私のことを覚えていてくれた。話しかけてくれた。嬉しくて、踊り出したい気分だ。
「佐藤さんは、今何してるの?」
 訊かれて、ハッとする。にじんだ涙を素早く拭って、「えっと」とケーキを突いて答えた。
「漫画家になったんだ」
「え、すげえ、プロの漫画家? そういや絵、上手かったっけ」
「全然、たいしたことはないよ」
 誉められて舞い上がる私に、加賀君は興味津々で訊いてきた。
「どんなの描いてるの?」
 まずい。こんなに食いついてくるとは思わなかった。そもそも加賀君が私に興味を持つなんて思いもしない。気を抜いていた。大失態だ。
 どんな漫画を描いているか、言えるはずがない。
「それはその……、あの」
「ペンネーム教えてよ。読んでみたい」
「えっ!? よ、だ、駄目! それは駄目!」
 首を横に振る私を、加賀君が探るように見ている。
「わかった、エロ系?」
「ちが、そういうんじゃなくて、男の人は読まないようなジャンルだし」
「俺、どんなジャンルでも読むよ?」
 確かにそうなのかもしれない。高校時代、私が読んでいた小説を、何度か貸したことがあった。歴史小説も、ライトノベルも、推理小説も、私が好きなものを面白いと言って完読してくれた。
 でも。
 私が描いている漫画を、彼はきっと受け容れられない。
 男の人の大半が嫌悪する、ボーイズラブと呼ばれるものだからだ。

4.
 六花の発案で、フェイクの指輪をはめていった。
 幹事の安原には結婚したふりをする、と話しておいた。理由をいちいち説明しなくても、奴はすんなり理解した。男連中には言っておいたほうがいいだろう、と気を利かせ、前もって知らせてくれたおかげで、無駄に騒がれずに済んだ。
 それなりに効果はあったのかもしれない。結婚した、と指輪を見せると、何故か責められて、泣かれて、怒られた。
 既婚者だとわかっていてあからさまにくっついてくる女はさすがにいなかった。それなりに距離を取りながら、でも、離れない。
 相手はどんな女だとか、馴れ初めとかを訊いてくることはなく、むしろ結婚の話題に誰も触れようとしなかった。それはそれで助かるのだが、若干不気味ではある。
 クラス会が始まって長時間大勢の女にまとわりつかれ、疲弊していた。
 他の奴らと話してくる、と言って席を立ち、女から逃げた。
 数人の友人と会話しながら、会場を見回していると、皿にケーキを山盛りにした女性が目に入った。落ち着いた雰囲気で、誰とも会話をせず、純粋に食べることを楽しんでいるように見えたその女性は、クラスの中でも大人しく、いつも本を読んでいた佐藤だ、と気づいた。
 濃い化粧で原形がわからない女が多い中で、彼女は一目見てわかった。
 十年前と変わらないのが懐かしく、話しかけてみた。彼女も俺を覚えていて、近況を訊ねると漫画家になったと知らされた。
 あらゆる部類の小説を読んでいた彼女が、どんな漫画を描くのか。興味があった。
「どんなの描いてるの?」
 訊くと、急に青ざめて言葉を濁した。読んでみたい、と言っても何故かかたくなに教えようとしない。
 漫画家は人に作品を読んで貰ってなんぼだと思うのだが。佐藤は視線を泳がせて、この場をどう切り抜けようか必死で考えているようだった。
 可哀想になってきた。読まれたくないのは何か理由があるのだろう。追求をやめよう、と思ったとき、ポケットで携帯が震えた。メールだ。
「ちょっとごめん」
「あ、はい、どうぞ」
 佐藤がホッとした顔でケーキを口に運ぶ。画面を見ると、六花からだった。
『作戦成功? さっきからずっと七世がやきもきしてるので、よければ状況報告お願いします』
 本当に心配性だ。でも変に気を遣う奴だから、自分で訊けない、というところがまた倉知らしい。
「あ、あの、加賀君」
「ん?」
 顔を上げると、佐藤が俺の手元を指差して、ほんのりと微笑んだ。
「結婚したんだね。おめでとう」
「え? ああ、これか」
 指輪を見てから、周囲を見回して、小声で言った。
「これ、フェイクなんだよ。結婚はしてない」
「えっ、してないの?」
 佐藤が驚いて声を上げ、慌てて口を抑える。
「男はみんな知ってんだけど、嘘に付き合ってくれてる」
「そっか……、大変だね」
 心からの言葉だと伝わってくる。佐藤は女だが、他とは違う。高校のときからそうだったが、他人の気持ちをくみ取るのが上手い。自分が、と前に出てくる女たちが多い中で、一歩下がって人を優先する。
「佐藤さんは優しいよな」
「えっ? な、なんで?」
「俺が結婚したって言っても誰一人おめでとうなんて言わなかったよ」
 佐藤だけは、祝福の言葉を口にした。本来それが普通なのだが、佐藤が特別に思えてくる。
「私は……」
 佐藤が目を伏せて、フォークを置いた。
「加賀君が、好きな人と結婚して、幸せなんだって思うだけで、嬉しかったから」
「はは、騙してごめんね」
「ううん、教えてくれてありがとう」
 ほんわかした空気が流れる。佐藤は癒し系だな、と思った。こういう人の描く漫画は、いい作品に違いない。俄然、読みたくなってきた。
「で、ペンネームなんていうの?」
「ろ」
 言いかけた佐藤が我に返り、「危なかった」と口を手で塞ぐ。
「ほんと、やめて。言えないから」
「なんで? あ、今メールきた子も、漫画描いてるんだけど」
「そうなの?」
 警戒心が薄れて、表情が和らいだ。
「プロじゃないけど、本も作っててすげえ絵上手いよ」
 仲間意識からか、心なしか前のめりになってきた。
「一般的には男が読むもんじゃないんだけど」
 あ、と思い至る。佐藤が教えるのを拒む理由。
「もしかして佐藤さんが描いてるのって、BL?」
 佐藤が息をのむ。どうやら正解だったようだ。やおら顔を赤くして、机に突っ伏してしまった。
「当たり?」
「……加賀君の口からそんな単語を聞くなんて」
「よし、プロのBL漫画家と話してるって自慢しよう」
 返信画面を開いて文字を打つ。
「私そんな立派なもんじゃないよ。本もまだ二冊しか出してないし、全然有名でもないし」
 佐藤が少し顔を上げて、不安げな声を出す。
「なんて名前なの?」
 この期に及んで口を閉ざす。じっと見つめると、手で顔を隠しながら「ひらがなで、ろっこ、です」と白状した。
「ああ、弘子だからろっこか」
 佐藤は答えずに呻いている。
 ろっこ、っていう漫画家と話してる、と六花に返信すると、すぐに電話がかかってきた。
『どういうことですか!?』
 やたら興奮している。
「うん、同級生が漫画家になったって。知ってる?」
『知ってるも何も、ろっこって、私の好きな作家の五本の指に入りますよ!』
「はあ、そうなの?」
 ストーリー重視で切ない系で、キャラの内面を描くのがすごく上手くて、と語り出す六花が、大きく息を吐いて喚いた。
『羨ましい、私も会いたい! どんな方ですか? ちょ、あっ、サイン! サイン貰ってください!』
「いや、書く物ないし」
『あっ、加賀さん』
「何?」
『今電話大丈夫ですか?』
 急に冷静ないつもの六花に戻った。吹き出してから「いいよ」と答える。背後で倉知の声が聞こえた。加賀さんにかけたの? と責めている。
「みなさーん、あと三十分で二次会の会場に移動しまーす!」
 安原が声を張り上げて宣言した。
「写真撮るから全員集合ー!」
 安原の声が聞こえたらしく、六花が「二次会出るんですか?」と訊いた。
「まさか。あ、佐藤さんは二次会どうする?」
「勿論、帰る」
 力強くうなずいた。勿論がつくのか。腕時計で時間を確認する。昼開催だったおかげで夜まで時間がある。
「これから用事ある? ちょっと付き合ってくれない?」
「え?」
 ポカンとして、もう一度「え?」と繰り返した。
「この子、佐藤さんのファンらしくて。会いたいんだって」
 耳に当てたままの携帯を指差すと、少しの間逡巡していたが、ゆっくりと姿勢を正して頭を下げた。
「私でよければ、よろしくお願いします」
「六花ちゃん、出てこれる?」
『聞いてました。加賀さん、恩に着ます』
「あとで落ち合う場所連絡するわ」
 喋っている途中で、突然腕を引かれた。
「加賀君、写真撮るんだって。行こうよ」
「ねえ、二次会行くよね?」
 数人の女が脅すように詰め寄ってくる。
「いや、このあと用あるし」
 不満顔を並べて、えー! と合唱する。
「なんで? せっかく十年ぶりの再会なんだよ? こっち優先してよ」
「そうだよ、行こうよ」
「クラス会より大事な用なんてなくない?」
 なんだそれは。いくらでも存在すると思う。身勝手すぎて笑えてきた。
「君たちは自由だな。ていうか今電話中なんだけど」
『加賀さん』
 通話中の携帯から、倉知の声が聞こえた。六花から替わったようだ。
『既婚者なのに、モテますね』
 こっちの声が筒抜けらしい。冷や汗が出た。
「え、いや、ごめん、怒んないで」
『怒ってないです。ただの感想です』
 いや、これは怒っている。怒りの矛先は俺ではなく女だ。
 俺の様子から、電話の相手を嫁だと悟った女が「奥さん? 切っちゃえ!」とまたしても勝手なことを言った。
「二次会は出ないから、安心して」
 またしても、えー! の大合唱。ブーイングする女たちの声に負けそうな小声で、倉知が言った。
『行きたいなら止めません』
「いやいや、行きたくないから」
 加賀君の馬鹿、と女が背中を叩いてくる。
『加賀さん』
「はい?」
『愛してます。加賀さんは?』
 言わせる気か。倉知の声はこっち側には聞こえていないようで、女たちは騒ぐのをやめない。
 首の後ろを掻きながら、一度深呼吸をした。
「俺も、愛してるよ」
 しん、と静まり返る女子たち。数秒後、堰を切ったように悲鳴を上げる。
「あのー、一旦切ります」
 片方の耳を塞いで声を張り上げた。
『はい、わかりました』
 満足そうな倉知の声。電話を切ると、佐藤と目が合った。大変だね、とその目が語っている。困ったように微笑んで、席を立つ。写真撮影のために集まっている連中から、少し離れた場所に遠慮がちに立つと、うつむいた。何かに耐えているように見えた。
 こういう場が、苦手なのだ。きっとクラス会なんて来たくなかったに違いない。それでも参加したのは、安原が強引に誘ったからだろう。全員参加にして歴史に名を残してやる、と意味のわからないことを言っていた。
 友人の暴挙を、あとで謝ろう。
 とりあえず、この場から上手く逃げ出すのが先決だ。

5.
 写真撮影、という苦手な儀式が終わり、二次会に行くメンバーが続々と店を出て行く。
 やっと終わった。肩の荷が下りた。これで私の日常が戻ってくる。
 と思ったが、今から私のファン、という奇特な方と会わなければならない。正直、恥ずかしい。面と向かって自作品の話題を振られるなんて、とんだ羞恥プレイだ。
 しかも相手は、おそらく加賀君の、彼女。
 さっき電話で、愛してる、と言っていた。結婚は嘘でも、大事にしている彼女がいるのだ。
 愛してるよ、と優しく囁いた加賀君の声が、まだ耳に残っている。
 店の外に、ベンチが置いてあった。そこに座り、耳を塞いだ。
 なんて素敵なんだろう。
 愛してるよ、という甘い響きを反芻していると、肩を叩かれた。顔を上げると、声の主が立っていた。
「大丈夫? 具合悪い?」
「あ、ううん、ちょっと考えごと」
「行けそう?」
 立ち上がり、キョロキョロと辺りを見回した。同級生の姿がない。ごねていた女子たちも、大人しく二次会の会場に向かったのだろう。
「解放されたんだね」
「嫁の存在は偉大だな」
 加賀君は左手の薬指を私に見せて、笑った。
「待ち合わせ、近くのファミレスにしたから、行こうか」
 この辺は来たことがなく、土地勘がない。うなずいて、先に立って歩く加賀君の後ろに、距離を取ってついていった。
 加賀君の後姿を見ながら、少しずつ現実感を取り戻していた。
 誰とも喋らず、誰からも認知されず、終わると思っていた。
 来てよかった、と心が温かくなる。
 加賀君はファミレスに着くまで、一度私を振り返っただけで、何も喋らなかった。多分私が離れて歩いているせいだ。でも、隣歩けば? とか、遠くない? とか、提案することはない。
 加賀君は高校のときからそういう人だった。人との距離感を大事にする人だ。相手の都合のいいようにして、無理強いしない。だから、間近で見たら卒倒するほど美しい人でも、私は意識を失わずに会話することができるのだ。
「今日、ごめんね」
 ファミレスに着いて、席に座り、飲み物を注文すると、加賀君がそう言った。謝られるようなことは何もされていない。脳内が疑問符で埋め尽くされる。
「安原が参加しろってしつこく言ったんじゃない?」
 ああ、そういうことか。
「確かに、来たくはなかったけど」
「だよね」
 しつこい、というほどでもないし、最終的に自分の意思で参加した。というより加賀君が謝る必要はない。
「でも、来てよかったよ」
 目を伏せて、膝の上で両手を握りしめた。
「料理が美味しかったから」
 はは、と笑って「そうだね」と同意してくれる。本当は、料理なんてどうでもよかった。
 誰も私のことをわからないと思っていた。でも加賀君が覚えてくれていて、こうやって話してくれている。来なかったら、絶対に後悔した。
 加賀君にまた会えて、話すことができて、よかった。
 ここ数年で、今のこの時間が何よりも特別に思えた。
 高校時代、牢獄に閉じ込められた気持ちになっていた私を、救ってくれたのは加賀君だ。彼はきっと、何も気負わず、自然に振舞っていただけだと思う。一人ぼっちで可哀想な女に話しかけてやろうという同情や、仲間に入れてやろうという見下した感情は、一切抱いていなかっただろう。
 かっこよくて、優しくて、欠点がない。こんな人は大変だと思う。
 今も他の客がじろじろと見ている。女の人はうっとりしたような顔で、目を離さない。見られることに慣れているからか、気づいていないからか、加賀君は動じていない。
 私なら、これだけの視線の集中砲火には耐えられない。終始震えて赤面していると思う。
 加賀君の彼女が来るのを待っている間、気づまりは感じず、しばらく小説の話で盛り上がった。
 加賀君は教室で本を読むことはなかったが、読書家だ。
 今、あの作者が熱いだとか、二人揃って読んでいたシリーズ物の新刊の話だとか、圧縮された十年分の会話を一気に解凍した感じだった。
「佐藤さんって高校の時から腐女子だったの?」
「はっ、う、えっと、実は、うん」
 普通、男の人は腐女子を嫌う。でもどうやら免疫がある様子なのは、彼女が同類だからだ。
「そっか、まったく気づかなかった」
 気づかれるようなへまはしない。一般的な小説で、男同士の恋愛を妄想できる作品はたくさんある。そういう小説を、加賀君に勧めたことはない。ボロが出そうで怖かったからだ。腐女子はあくまでひっそりと自分だけで嗜むべき趣味だ。
「加賀君の彼女も、腐女子なんでしょ?」
「え?」
 加賀君が目をぱちくりさせる。
「だって、今から来る、電話の子、彼女だよね?」
「いやいや、違うよ」
 困ったように笑って否定する。違う? でも、確かに愛してる、と言っていた。あれは冗談? 周りの女子を騙すための嘘?
 嘘には聞こえなかった。あれが嘘のはずはない。
「ああ、愛してるよって言ったからか」
 加賀君が気づいた。
「途中で電話の相手が替わってたんだよ」
 なるほど、そうだったのか。
 加賀君は左手の指輪を見ながら、うーんとうなった。
「佐藤さんには言っても問題なさそうだけど、どうしようかな」
「え、何を?」
 左手をかざして眺めていた加賀君が、あ、と声を上げた。
「来た」
 そのまま左手を挙げて、呼び寄せるように振った。
 振り向くと、背の高い女性が小走りで駆け寄ってきた。
「ろっこ先生ですか?」
 輝く笑顔でペンネームを言われて、恥ずかしくなった。あまり公衆の場でその名前を呼ばれたことがなく、むず痒い。
「はい、そうです」
 おどおどと答えると、右手を差し出された。
「ファンなんです、握手してください!」
「あ、ありがとう」
 普段私が接触を持たないタイプの人だ。多分二十歳前後だろう。美人でスタイルが良く、物おじしない。こんな子が漫画を描いていて、私の漫画が好きな腐女子だとは信じられなかった。
「なんだ、ついてきたのか」
 加賀君が言った。私の手を掴んで離さない女の子の隣に、背の高い男の子が立っていた。
「だって」
 それだけ言うと、私に視線を移す。目が合うと、やたらと行儀よくお辞儀をした。
「すみません、お邪魔してもいいですか?」
「えっ、はい、勿論。二人とも、座ってください」
 男の子がホッとした顔で笑って、加賀君の隣に座った。高校生くらいだろうか。背は高いのに、なんとなく可愛い、と思ってしまった。
「先生、サイン貰っていいですか? 単行本、二冊とも持ってるんです」
 女の子が私の隣に座って、バッグから本を二冊取り出した。恥ずかしい。加賀君の前で自作品をさらされるなんて。
「私、名前りっかって言うんです。漢数字の六に、フラワーの花で、六花です。六花さんへ、って入れてください」
 素早く本とペンを受け取って、表紙をめくり、見返しのところにサインを描いた。早く片付けて、という意味で裏返して六花さんに返すと、加賀君が恐ろしいことを言った。
「それあとで読ませてよ」
 ひい、と悲鳴が出た。
「よよよ読むの?」
「ろっこ先生の作品は、男の人でも読みやすいと思いますよ。モロなエロ描写もないし、内面重視ですよね」
 胸に漫画を抱いて、優しくフォローしてくれたが、恥ずかしさは消えない。
「前から思ってたんですけど、ろっことりっかって似てますよね。なんか嬉しいです」
 興奮した六花さんが声を弾ませるのを、加賀君が笑って見ている。隣の男の子は加賀君の横顔をじっと見つめていた。
「あ、これ、私の弟です。ついてくるって聞かなくて」
 まさか彼も私のファンなのだろうか。腐男子? と思ったが、私に興味はないようだ。
 姉が私の作品への愛を語っている間、加賀君とこそこそと話していた。
 私の脳が腐っているから、そう見えるのだろうか。二人の距離が異様に近く、「そういう仲」に見えてしまった。一度気になると、駄目だ。六花さんが一生懸命感想を伝えてくれているのに、二人が気になって仕方がない。
 ちらちらと気にしていると、弟君がふいに加賀君の手を取った。
「これ、外さないんですか?」
 言いながら、薬指の指輪を親指でなぞっている。
「外したら失くしそうだし」
「結婚してても結局モテましたね」
「いや、でも、わりと効果あったよ?」
「あれで? さっきの電話、女の人に囲まれてる感じでしたけど」
「囲まれてました、すいません」
 ただの友人関係の男二人が、カップルに見えることはたまにある。それは私の腐った脳が幻覚を見せているのだが、今目の前で展開されているこれはちゃんと現実だ。と思う。
 軽く混乱していた。
 もしかして、いや、もしかしなくても、加賀君が電話口で「愛してるよ」という言葉を向けた相手は。
「加賀さんは、先生に本当のこと言ったの?」
 六花さんの声で、我に返る。
「ああ、これのこと?」
 弟君が握ったままの左手を、目で示す。
「結婚はフェイクだとは言ったけど」
「その先は言ってないんですね?」
「あー、言ってもいいかなあって迷ってる」
「言わなくてもばれたと思いますよ」
 六花さんが、私の顔を覗き込んで「ねえ」と同意を求める。
「この二人、いっつもこんな感じで無自覚にイチャイチャするんですよ」
「イチャイチャしてないよな、別に」
「まだしてないです」
 手を繋ぎながら言われても説得力がまるでない。というか、まだって何?
「あの、本当に……?」
 口を手で覆って、いろんなものを、堪える。
 体の震えと、叫びそうになる欲求と、独り歩きどころか走っていきそうになる妄想。
 加賀君は高校時代、女子と付き合っていた。恋愛対象が、女性なのは知っている。でも今、男の子と付き合っている。普通は、それを不思議に思うのだろう。
 同性愛者じゃなかったのに、どうしてそうなった、と。
 私はそんな野暮な疑問は抱かない。
「まあいろいろあって、付き合ってます」
 さわやかに宣言する加賀君は、幸せそうに見えた。その幸せが、じわりと伝染する。
 涙ぐむ私に気づき、六花さんが「あ、そうだ」と高い声を出して、バッグの中を探り始めた。その隙に、涙を拭う。
「先生、これ、邪魔かもしれないけど、貰ってくれますか?」
 角形封筒を差し出してくる。
「私が描いた漫画なんですけど」
「六花ちゃん、それ、まさか例の?」
 加賀君が封筒を指さして半笑いになる。
「え、いいですよね? バレたんだし」
「うーん、まあ、いっか。佐藤さんなら」
 よくわからないが加賀君に信用されている気持ちになって、誇らしさで背筋が伸びた。
「いただいていいの?」
「ぜひ読んでください。ここだけの話、ほぼノンフィクションです」
「こらこら」
 加賀君が笑ってコーヒーカップに口をつける。封筒を受け取って、加賀君と見比べる。今の反応からすると、この二人を題材にした漫画なのだろうか。
 それは、見てみたい。
「続編もそろそろ完成するんです」
「ちょ、それ、やばいやつ?」
 加賀君がカップを置いて、少しむせた。
「続編は十八禁です」
 にこやかに言って、六花さんがスマホを取り出した。
「もしよければですけど、連絡先交換させていただけませんか? 悪用しません、約束します。鬱陶しかったら削除して構いませんから」
「いえ、あの、是非、お願いします」
 私はうなずいて、携帯を取り出した。
「あ、俺もいい? 漫画読んだら感想送るよ」
 加賀君が言った。加賀君の番号が自分の携帯に登録されるなんて。信じられないことで、とてつもなく嬉しいのだが、感想を送られるのは猛烈に恥ずかしい。
「あ、駄目?」
 加賀君が弟君をちら、と見て確認する。一応私は女だ。女性と連絡先を交換するとなれば、こんな私でも多少不安ではあるのだろう。弟君は逡巡しているようだった。
「先生、すいません。この子すごい嫉妬深くて、めちゃくちゃラブラブで愛されてる自覚もあるくせに、加賀さんが女の人に見られるのすら嫌で、監禁して自分だけの物にしたいとか常日頃から口癖のように」
「そんなこと言ってない」
 目を輝かせて滔々と語り出した姉を、弟が恥ずかしそうに止めた。なんだか可愛らしい子だ、と失礼かもしれないが、微笑ましく感じた。
「あの、少しでも気になるなら、やめましょう。二人の間に、わだかまりを作りたくない、……です」
 三人が一斉に私を見てきて、最後は尻すぼみになってしまった。
「先生、さすがです」
 六花さんが私の手を取った。
「ますますファンになりました」
 別に全然大したことは言っていない。恐縮する私の手を握ったまま、連載中の漫画の話題に突入し、男性二人を置き去りにして暴走を始めた六花さんが、「あ」と何かに気づいた。
「二人とも、もう帰っていいよ」
「何それ、用済み?」
 笑って肩をすくめる加賀君に、六花さんが馬鹿正直にうなずいて見せた。
「私は先生と女だけで話したいんです。そっちも早く二人きりでイチャつきたいでしょ?」
 六花さんに直球を投げられた二人が、顔を見合わせた。弟君が、ふらふらと、吸い寄せられるように加賀君の顔に、唇を。
「あー、じゃあもう帰るわ」
 寸前で、加賀君が制止した。弟君の顔面を押しのけて、咳払いをする。
 伝票を取ろうとするのを六花さんが止めて、「ここは私が」と胸を叩く。加賀君は「ごちそうさま」と素直に応じて、弟君の体をどかし、席を立った。
「佐藤さん」
「はっ、はい」
 目の前で繰り広げられる、素晴らしい光景にトリップしかけていた私は、慌てて返事をした。
「この子置いていっても大丈夫?」
 訊かれて、すぐにうなずいた。腐女子仲間ができたようで、嬉しかった。もう少し話していたい。人見知りのくせに、図々しくそう思った。
「十年ぶりに話せて楽しかった。ありがとね」
 柔らかく微笑む加賀君は、やっぱり十年前とは違う。一段と、綺麗になった。男の人なのに、そんなふうに思うのは失礼だろうか。
 こくこくとうなずくことしかできない。ありがとうと言わなきゃいけないのは、私のほうだ。
 加賀君には、感謝しかない。高校時代から、ずっと、感謝している。
「六花、あんまり迷惑かけないでよ。加賀さんの友達なんだから」
「はいはい」
 弟君に釘を刺され、六花さんは口を尖らせている。内心で、友達だなんておこがましいです、とわたわたする私に向き直り、びし、と姿勢を正して頭を下げた。
「面倒な姉ですみませんが、よろしくお願いします。お先に失礼します」
 呆気にとられながらも、いい子だ、と感動に包まれていると、加賀君が笑い声を上げて、弟君の背中を押し、私に向かって「またね」と手を振った。
「あっ、うん、またね」
 思わずそう答えて手を振り返す。
 また、会えるのだろうか。
 ただの社交辞令だとわかっていても、期待してしまう。
 店を出て、外を歩く二人の背中。仲が良さそうに、じゃれ合いながら遠ざかる二人に、また会いたい、と強く願う。

〈おわり〉
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