電車の男 番外編

月世

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その後の日常ー年末年始ー

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〈加賀編〉

 倉知が冬休みの宿題をしている後ろで、ソファに寝転がり、本を読んでいる。
 一時間ほど経った頃、倉知が「わー」と叫んで両手を突き上げ、後ろに倒れこんできた。
「どした」
「ちょっと休憩します」
「ん、なんか温かい飲み物淹れてやる」
 ソファから立ち上がろうとする俺に飛び掛かり、力いっぱい抱きしめてくる。
「充電させてください」
「別に一気に片づけなくてもよくない? まだまだ日数あるんだし」
「やってしまわないと落ち着かなくて。俺、夏休みの宿題も七月中に終わらせるタイプです」
「それすげえな」
 感心して言うと、倉知が俺の鎖骨に顔をうずめて、匂いを嗅いできた。
「いい匂い」
「欲情すんなよ?」
「加賀さんが実家帰らないんだったら、俺も帰りたくない」
 年末年始を実家で過ごす、というのが一般的かもしれないが、うちは父が毎年海外旅行で日本にいない。実家に帰っても誰もいないから帰らないだけだ。
「お前はまだ子どもだから。家族で過ごしなさい」
「加賀さんといたい……」
 鎖骨にキスをしながらそんなことを言われたら、甘やかしたくなる。
「加賀さんと初詣行きたい」
 倉知の家族の年始は、一日に初詣、二日に親戚の家を回るというのが恒例らしい。一緒にいられる貴重な二日間なのに、とずっと悔しがっている。
「三日に行けばいいじゃん。どっか近所に神社なかったっけ」
「そうじゃなくて、一年の初めに、一月一日に、加賀さんと、初詣に行きたいんです。新しい年の初めに、加賀さんと、一緒にいたい」
 言い聞かせるように言葉を噛みしめながら倉知が熱弁する。
 別に、家族が帰ってこいと言っているわけじゃない。むしろ、俺のところに入り浸っているのを、諦め半分で、生暖かい目で見ている。
 じゃあいいか、とは思わない。未成年を元日に帰さないのは良識ある大人として間違っている。今は連泊しているが、大晦日には帰れ、と言ってある。
「一緒に、ゆく年くる年見たい」
「渋いもん見るんだな」
「加賀さんと一緒にいたい」
「うん、わかるよ。でもやっぱお前は家族といるべきだ。高校生なんだぞ」
 俺の声色で、倉知が何かを察知した。ゆっくりと体を離して、伏し目がちに「そうですね」と呟いて、再び机に向かう。倉知の頭を撫でて、ソファから立ち上がり、キッチンに向かう。
 温かいほうじ茶を淹れて、リビングに戻ると、倉知がスマホを触っていた。
 どうやら集中力が切れたらしい。
「お茶」
 テーブルに湯呑を置くと、倉知がうわの空で「ありがとうございます」と答えた。
「加賀さん」
「ん」
「俺、大晦日に帰ります」
「うん」
 やっと納得してくれた。よしよし、と後ろから抱きついて慰めていると、スマホの画面を俺に見せてきた。
「うちの家族が、加賀さん連れて帰ってこいって」
「え?」
 画面に目をやると、倉知家の緩い会話が展開されていた。

母『おおみそかは帰ってきますか?』
七世『加賀さんといたい』
五月『女々しくてつらい!』
六花『かわいくてつらい!』
父『帰ってこなかったらお年玉あーげないo(´Д`*)o』
五月『よっしゃー七世のお年玉もーらい』
七世『別にいい』
父『いや、やはり帰ってきなさい(`ω´)キリッ』
六花『↑精一杯の父の威厳www』
父『加賀さん連れて帰ってきなさい(・∀・)キリッ』
五月『さんせい!!!!!!!!!!!!!!』
六花『賛成ーーー』
七世『大晦日に帰ります』
母『七世はお年玉いらないの?』
六花『母がついてきていない件』
五月『かがさあああああああああああああn』

 俺がお茶を淹れていた間にそういう話にまとまったらしい。
「お前んとこの家族はほんと……」
 背後から、首に抱きついてうなだれる。
「すいません。迷惑なら、俺一人で帰ります」
「逆だよ。家族水入らずの場に俺がいていいの?」
「みんな、加賀さんに来て欲しいと思います」
 前に泊まったときはとにかく歓迎されたが、大晦日から元日にかけて他人の俺が居座るのは、想像してもおかしな光景だ。
「変だよね?」
「何も変じゃないです。でも、気疲れしそうなら、やめましょう」
「気疲れはしないよ」
「じゃあ、一緒に帰ってくれますか?」
「……うん」
 諦めて返事をすると、倉知が嬉しそうに俺を振り返り、キスをした。
 毎年一人だし、それに慣れている。でも多分、今年は、一人だと寂しい。
 難儀な体質になってしまった。

〈倉知編へつづく〉

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〈倉知編〉

 大晦日の夕方、自宅に帰ると五月がリビングから飛び出してきた。
「おかえりなさい!」
 俺ではなく、加賀さんに向けてそう言った。加賀さんが笑って、「ただいま」と答える。
 リビングに入ると、六花がこたつに潜って顔だけ出して眠っていて、父はソファに寝そべって映画を観ていた。
 キッチンに立っている母が、「あっ、帰ってきた!」と包丁を持って飛び出してきた。
「お母さん、危ない」
「あっ、ごめんごめん」
 えへへ、と舌を出して包丁を後ろ手に隠す。隠せばいいという問題でもない。
「おーかえり」
 俺たちを見て、父が夢から覚めたように目を瞬かせた。
「ただいま」
「お邪魔します」
「こたつ入って、こたつー」
 五月が加賀さんを無理矢理座らせて、こたつに押し込んだ。くっついて座ろうとする五月を引っぺがし、加賀さんの背後から抱きつくようにしてこたつに脚を突っ込んだ。
「普通にいちゃつかないでくれる?」
 五月が冷めた目で俺を見る。
「加賀さん」
 父が硬い表情で加賀さんを呼んで、リモコンで音量を下げた。
「訊いておかなきゃいけないことがあった。すごく、重要なことだ」
 来て早々に一体何事だ、と背筋が伸びた。加賀さんは特に緊張した様子もなく、平然とした声で訊いた。
「はい、なんでしょうか」
「麻雀できる?」
「え」
 はあ、とため息が出て、体の力が一気に抜けた。もしかして、帰ってこいと言ったのはこのためか?
「これこれ、麻雀」
 父が、両手を開いて、並べた牌を倒す仕草をした。
「あ、はい、できます」
「よっしゃ」
 父が小さくガッツポーズをする。
「すいません、うち、毎年家族で年越し麻雀してるんです」
 年が明ける瞬間、牌を握っている。俺が説明すると、加賀さんが顔を綻ばせて「いいね」と言った。
「五月ちゃんも六花ちゃんも打てるの?」
「打てるよー」
 五月がこたつに潜りながら、答えた。打てるが、強くはない。毎年優勝争いは俺と父と六花の三人で、母と五月は、ルールは知っているがセンスの問題なのか、ほとんど勝てない。
「あんまりお前と麻雀が結びつかないな」
 加賀さんが俺を見上げて言った。
「ギャンブル似合わないのに」
「うちの麻雀は賭けの要素ないんで、単にゲームとして楽しんでます」
「なるほど。健康麻雀だな」
「ねえねえ、加賀さん強い? なんか強そう!」
 五月が目を輝かせて訊いた。加賀さんは少し考えて「普通かな?」と答えた。この言い方はきっと、強い。大抵なんでもこなしてしまう人で、隙がない。
「そうだ、脱衣にしない?」
 五月が大声を上げて鼻息を荒くする。
「えっと、それ誰得?」
「あたし得! 加賀さんを脱がす!」
「そんなことは俺が許さない」
 加賀さんを抱きしめて五月を睨む。
「お前、クソ弱いだろ」
 父がツッコミを入れると、五月が頬を膨らませて「本気出す!」と拳を振り上げた。
「よし、今年は脱衣にしよう」
 いつの間にか目覚めた六花が参戦した。
「身ぐるみ剥いでやりますよ」
 うつろな目でそう言うと、にや、といやらしく笑った。
「アホ、却下だ、却下。六花はともかく五月なんてすぐ全裸だぞ」
 父が真顔で首を横に振る。
「ていうか、二人何くっついてこたつ入ってんの?」
 六花の半開きだった目が、全開になる。素早くスマホを取り出し、当然のような顔をして撮影してくる。
「あー、目ぇ覚めた。くそかわ、やばい」
「その写真あたしにもちょうだい」
 五月が六花のスマホを覗き込んで言った。もはや咎める気もおきない。
「お母さん、もうそばできる?」
 父がキッチンに向かって訊いた。母が「あと五分!」と答える。
「食べたら即、試合開始だな」
「ねえ、今年はなんか賭けようよ。加賀さんと一緒に寝る権利とかさあ」
「五月、しつこい」
 以前泊まったときも一緒に寝ると駄々をこねた。そんなことをさせるわけがない。
「まあご褒美があると燃えるよね」
 六花が何か企んでいるような顔をしている。
「優勝賞品は加賀さんを好きにできる権利にするか」
 父が妙なことを言い出した。
「はあ? 何それ」
「賛成!」
「そうしよう。お父さんたまには役に立つね」
 三人が勝手に話を進めるのを、加賀さんは「なんでそうなる?」と笑いながら見守っている。
 みんな、わかっているのだろうか。加賀さんは俺と付き合っている。
「加賀さんは俺のなんだけど」
 語気を強めて、思い切り不機嫌な声で言った。三人が俺を見て、声を揃えて言った。
「知ってる」
「じゃあなんで好きにできる権利とか……。好きにしていいわけないだろ」
「いいよ」
 半ギレの俺を少し振り返って微笑んだ。
「負けなきゃいいだけだし」
 麻雀は運の要素もあるし、そもそも相手の実力もわかっていないのに自信満々に勝つ気でいる。この人はどんなジャンルでも、勝負事になると手を抜かない。負けず嫌いだと思う。
「お、言うね」
 挑戦的な加賀さんの科白に、父が目を光らせた。
「ちょっと待って。先に確認させて。加賀さんを好きにする権利を得て、どうする気?」
 三人が顔を見合わせた。父が挙手をして、先に口を開く。
「じゃあ一緒に風呂でも入ろうかな」
 加賀さんの裸を父に見せるのは嫌だ。次に五月が手を挙げて、声高に宣言する。
「一緒に寝る!」
 五月が勝つことはまず考えられないから、どうでもよかった。
「六花は?」
 俺が訊くと、六花は口に手を持っていって、考える素振りを見せた。
「迷うなあ。加賀さんって大抵のことは頼めば了承してくれるから、やっぱここは、どぎついやつを……。あ、私の目の前でオナ」
 言いかけて、父の顔を見てやめた。
「オナ? お前何言おうとした?」
「別に。内緒」
 父が六花を険しい顔で見つめる。六花が一番厄介だということはわかった。
「で、俺が勝ったらどうなるの?」
 加賀さんが素朴な疑問を口にした。
「七世を好きにしていい権利をあげよう」
 父がニヤニヤしながら言った。優勝しなくてもいくらでも好きにしていいし、もうしている、と思ったが、六花もニヤニヤして俺を見ていたから口を閉ざした。
「ああ……、まあ、じゃあ、頑張って勝ちにいきます」
 加賀さんの優勝賞品は実質何もないことになるが、みんなの気持ち悪い要望に応えなくて済む。それにしてもどうしてうちの家族は加賀さんに執着するのだろう。
「おそばできたー」
 母がキッチンから叫んで、みんながはーいと返事をする。
「よし、食ったら試合開始な」
 おー! と五月と六花が拳を突き上げる。変な感じになってしまった。
 嫌がっていないだろうか、と不安になったが、加賀さんはニコニコと楽しそうだ。理不尽な賭けを強いられているのに、変わった人だ。本当に心が広い。
 年越しそばを平らげ、片付けをし、いよいよ決戦のときだ。
 俺はメンツから外れているから、加賀さんの後ろに、邪魔にならない程度にくっついて見守ることにした。
「あー、年末って感じだねえ」
 点けっぱなしのテレビでは、紅白が流れている。母がソファに背を預け、一人だけのほほんとみかんを食べている。
「今年は加賀さんと出会えたし、すごくいい年だったね」
 牌をかき混ぜる音に、母の声がかき消されそうだったが、俺を筆頭に全員が「うん」と同意した。
「来年もよろしくね」
 母がソファの上で正座をして、加賀さんに頭を下げた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
 よろしくお願いします、と父と五月と六花が、次々と頭を下げる。あと数時間で来年だが、日付が変わったらまたこの光景を見ることになりそうだ。
「よし、それでは開局」
 父が姿勢を正し、今年最後の大勝負が始まった。

〈加賀編へつづく〉

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〈加賀編〉

 配牌を見て、思わず「やべえ」と声が出た。後ろで倉知が「何がですか?」と訊く。
「ちょっとそこ、二人がかりはずるい! 相談禁止!」
 五月が吠えた。
「相談なんてしないよ」
 倉知が、不満げに言った。
「うん、いや、ごめん。相談じゃないんだけど、ちょっと見てろよ」
 倉知が俺の肩に顎をのせて、配牌をじっと覗き込んだ。
 理牌しなくてもわかる。怖くなってきた。
 もしかして後ろに倉知がついているから、二人分の運気がきているのかもしれない。
 手牌を整えて並び替えて見せると、倉知が「あ」とやっと気づいた。
「えー、なんですか? もう上がってるとか?」
 六花が冗談まじりに言った。俺は頷いて、「イエス」と答え、牌を倒した。
「すいません、テンホーです」
 一瞬、静まりかえり、すぐに全員が「ええええええ」と声を上げた。
「ちょ、え? よく見せて」
 倉知の父が身を乗り出して倒された牌を凝視している。
「役なしだけど、確かに……」
「怖い、加賀さん怖い」
 六花が身震いしている。役満自体、上がったことは何回かあるが、テンホーは一度もない。
「俺も怖いよ」
 初っ端からこんな手で上がるとは思わなかった。
「加賀さん強い! このままじゃ一緒に寝られない!」
 五月は俺と寝てどうしようというのだろう。
「くそ……、だが、夜は長いぜ」
 倉知の父が一万六千点分の点棒を投げて寄越した。五月と六花がそれに倣う。
「なんか安心しました。負ける気しないですね」
 牌を混ぜる俺の後ろで倉知が嬉しそうに言った。
「そうでもないよ」
 この局は勝てるだろうが、次はわからない。そもそも何時までやるつもりだろう。
 テレビには紅白が映し出されていて、倉知の母が一人でぼんやりとそれを眺めている。と思ったら、どうやら眠っている。こんなやかましい中でよく眠れるな、と感心した。
「加賀さん、明日一緒に初詣行く?」
 倉知の父が牌を切りながら訊いた。
「行こう、一緒に行く!」
 五月が俺の代わりに答えた。当然のような顔で倉知も頷いた。
「うん、行きますよね」
「お邪魔でなければ」
「邪魔なもんか! やったー」
 五月が雄叫びを上げて切った牌に、六花が反応する。
「あ、それロン」
「えっ、りっちゃんずるい!」
「何が? リーチ、タンヤオ、三暗刻、ドラ三。跳満だね」
 六花が淡々と告げる。
「やばい、あたし死んだ!」
 五月が頭を抱えた。
「もうこの局勝ち目ないから一旦リセット」
 六花が本気で勝ちにきていることがわかった。目が真剣だ。六花が勝って俺に何をさせたいのかはなんとなくわかる。真の敵は一人だ。
「六花ちゃん強いね」
「ふふ、優勝賞品はいただきます」
「おいおい、父もいるからね。父だって強いからね」
 その言葉通り、次の局からは倉知の父も本領を発揮した。
 倉知は俺の後ろで、口を挟まず黙って見守っていた。何時間もそうしていた。自分が打っているわけでもないのによく耐えられるな、と思ったが、俺にくっついていられればどれだけでもこうしていられるのかもしれない。
 やがて紅白が終わり、ゆく年くる年が始まった。もうすぐ来年だ。
「よし、じゃあこれでラストな」
 倉知の父が言うと、五月が「えー」と不満げな声を上げた。
「あたし追いつけないよ!」
「あんたはどんだけやっても追いつけないよ。ものすごいマイナス」
 六花がノートに書いたそれぞれの点数を計算している。
「今んとこ一位加賀さんだね」
 六花が言うと、俺の後ろで倉知が「ふふ」と力なく笑った。多分、もう眠くて限界なのだろう。こたつ以上に倉知の体が熱い。
「二位は私、三位がお父さん。どっちも逆転可能な点差ではある」
 六花が冷静に告げて、ノートを投げた。そして両手を天井に突き上げて伸びをすると、俺に向かってにこりと微笑んだ。
「加賀さんは優しいから勝ちを譲ってくれますよね」
「ごめんね、わざと負けるの嫌いだから」
 微笑み返すと、倉知の父がヒューと口笛を吹き、五月がキャーと悲鳴を上げた。
「俺、加賀さんのそういうとこ好きです」
 倉知が俺の肩にひたいをのせてスリスリ始めると、六花が真顔で「いいぞ、もっとやれ」と拳を握り締めた。
「もうあんたたち二人眺めてるだけで私は幸せだよ。あ、よだれ出た」
「あたしも加賀さんの美しい顔眺めてるだけで幸せ。眼福!」
 よだれを拭う六花の隣で五月が身もだえる。
「はいはい、じゃあラストいくぞー」
 倉知の父がサイコロを高々と放り投げ、最終局が始まった。

〈倉知編へつづく〉

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〈倉知編〉

 麻雀大会が終わったあと、二人一緒に風呂に入り、ベッドに直行した。
 眠くて、意識が朦朧としている。
「明日、朝早いの?」
「いえ、多分昼近くに出ると思うんで、ゆっくりできます」
 風呂上がりで火照った体に、冷えた布団が気持ちいい。加賀さんを抱きしめて、目を閉じたらすぐにでも寝てしまいそうだ。
「眠い?」
「……ん、はい。結構、限界です」
「優勝賞品をいただこうと思うんだけど」
 さらっと言った科白に、閉じかけた目が自然と見開いた。じわ、と汗がにじむ。
「あ、あの、今?」
「今」
「俺の部屋ですよ」
「うん」
「隣、六花の部屋です」
「うん」
「聞かれたら、またネタにされますよ」
「聞かれなくてもネタにされるし」
 それはそうなのだが。
 困っていると、加賀さんの手が、俺の尻を撫でた。必要以上に体がびくついた。その反応が面白かったのか、笑いながら人の尻を撫でまわしている。
「ダメですよ」
「お前を好きにしていい権利を持ってるんだけど」
「そんなのは……、麻雀で勝たなくても最初からそうです」
「だよな」
 至近距離で意地悪く笑ってから、俺の頬を撫でた。
「寝るか」
「……え、はい」
「ちょっとがっかりした?」
「し、……ません。してません」
 むきになって否定する。
 家の中に家族がいるのに、できるはずがない。別に、何も期待はしていない。
「素股する?」
 加賀さんが、俺の耳に唇を当てて股間を握ってきた。
「しません!」
「声でかい」
「もうこれ以上煽らないでください。離して、揉まないで……っ」
 布団の中で必死に抵抗する。
「大きくなったな」
「当たり前です」
「嫌がってる倉知君が新鮮でそそる」
 俺の肩を押して、上にのしかかってきた。
「加賀さん」
「ちょっとだけ。ダメ?」
 ねだるように可愛く訊かれると弱い。
「ちょっとじゃすまないんで、ダメです」
「倉知君でも理性保てるときあるんだな。でも硬くなってるぞ」
 自分の股間を擦りよせて、俺の股間を刺激してくる。
「うっ、動かないで、気持ちいい」
 腰が揺れそうになるのを必死で堪える。加賀さんはお構いなしだ。俺の顔を見下ろしながら、楽しそうに腰を動かしている。
「加賀さん……」
 震える声で呼ぶと、「うん」と言って俺の首に吸いついた。
「挿れたいです」
「はは、うん。挿れる?」
「ダメです」
「かたくなだな」
「だって、コンドームない」
「あれ、そういう問題? あったらするの?」
「いろいろ、揺らいでくるんです。誰かさんのせいで」
 頑張って我慢していたのに、誘惑してくるのは誰だ。
「拒まれると逆に燃えるっていうか」
「偏屈ですね」
「うん、できないってなると余計したくなる」
「わかりますけど、やっぱりつけないでやったら中に出しちゃうんで」
 そこまで言うと、隣の部屋でがたがたと物音がした。六花がまだ起きている。別に珍しいことじゃない。
「結構壁薄い?」
「電話してたら聞こえることもあります」
「じゃあ、この会話も」
 壁に張り付いて聞き耳を立てていれば別だが、普通は聞こえない。
 六花の部屋のドアが開いた音がした。そして、すぐにノックの音。
「な、何?」
「ちょっと開けていい? 大丈夫? 服着てる?」
 六花の声が訊いた。服は着ているが、下半身が、姉に見せられる状態ではない。
 加賀さんが暗闇で起き上がり、俺に布団を被せてベッドから下りた。
 ドアを少しだけ開けて「どうしたの?」と訊ねると、六花が「差し入れです」と言って何かを手渡した。
「私はもう寝ますので、気にしないで。おやすみなさい」
 ふふふふ、と不気味な笑いとともにドアが閉まると、加賀さんがため息をついた。
「それなんですか?」
「ゴム。タイミングよすぎない?」
 ベッドに戻ってきた加賀さんが、コンドームの箱を枕元に置いた。
「……寝るか」
「……寝ましょう」
 すっかり大人しくなった加賀さんを抱きしめて、目を閉じる。そうやっていると、興奮した下半身も沈静化し、やがて眠気がやってきた。
「あ」
 加賀さんが声を上げる。
「どうしました?」
「あけましておめでとう。言うの忘れてた」
「ほんとだ」
 慌てて体を起こし、ベッドの上で正座をして頭を下げた。
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
「すげえ律儀」
 俺の頭を撫でて、加賀さんが笑う。
「今年も一緒にいてね」
 来年も、その先も、ずっと一緒にいたい。
 その言葉を飲み込んで、大好きな人を、抱きしめて、眠る。

〈おわり〉
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