電車の男 番外編

月世

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打ち明ける おまけ

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〈後藤編〉

 二人が帰ったあとで、残された私たちは当然の如く彼らの話で盛り上がった。
 特に炸裂したのは前畑で、隠れ腐女子だったらしく、いつも以上に加賀君の美化がすごい。
 受けとか攻めとかリバとか、普通の人は知らない専門用語をポンポン出して、高橋君を困惑させていた。
「十センチ以上身長差ありそうなのがまたいいよね、可愛いよね」
 前畑がうふっ、うふふふと不気味な思い出し笑いをする。
「僕も主任と十センチ以上差がありますよ?」
「あんたのことはどうでもいい」
 可哀想になるくらい軽んじられている。前畑が五歳年上というのも二人の関係性に影響しているかもしれない。
「でもまさか、加賀君が男の人と付き合ってるなんて……夢のよう!」
「あんたも結構おかしなこと言ってるよね」
 呆れて言うと、前畑は何がおかしいのかわからない、という顔で首を傾げる。
「加賀君のこと好きなのに、男ならいいや、わーいってなるんだもん。どんだけ腐女子なの?」
「べっ、別に腐女子とかじゃないし!」
「腐女子でしょ? 加賀君と七世君をモデルにした漫画あったら買っちゃうでしょ」
「買っちゃう!」
「あのぅ」
 高橋君が手を挙げた。
「質問なんですけど」
「何よ、ゆとり」
「男同士って、エッチできるんですか?」
 馬鹿丸出しの顔で高橋君が訊いた。前畑を見ると、眉間に縦皺を何本も刻んで、高橋君を睨んでいた。
「は? なんで今更? さっきからわかってるような顔して調子合わせてなかった?」
「はい、でも、ふと気づいたんです。主任も七世君も男なのに、どうやってエッチするのかなって」
「ふと気づくの遅すぎだよね」
 思わず笑ってしまった。高橋君ならではのズレっぷりだ。
 前畑は高橋君のこのとろくさいところが大嫌いだ。イライラした顔で、「いい?」と講釈を始めようとする。
「待って待って」
 慌てて止める。前畑が不思議そうに私を見る。
「何よ、めぐみさん」
「別に、知らないままでもよくない? ほら、なんていうか、今ここで説明しちゃったら、そのままあの二人に当てはめて想像しちゃうじゃない?」
 私がいわんとすることを、前畑は理解したようだ。
「そうね……、加賀君のことそういう目で見始めたら困るかも」
 そうじゃなくて、二人の名誉のためだったのだが、それも一理ある。高橋君は加賀君を敬愛しているし、主任になら抱かれてもいいとか言い出しかねない。
「もぉ、なんですかぁ? 気になるんで教えてください」
「あんたには教えない」
「いいですよーだ、自分で調べます」
 高橋君がスマホを取り出して、何か検索し始めた。
「やだこいつ、どんだけ興味あるのよ」
「案外本気で加賀君のこと好きだったりして」
「キモイ!」
 男同士で大喜びしているくせに、高橋君が相手だと全然受け付けなくなるのが謎だ。でも加賀君と高橋君がどうにかなっているところを想像しても、ちっとも楽しくないのは事実だ。加賀君の相手が七世君だからこそ、前畑も納得してここまで喜べるのだろう。
「私もさ、最初に会ったとき、どっちがどっちだろうって思ったんだよね」
「やだ、めぐみさんたら! ……やっぱ思うよね!?」
「七世君って童貞臭いもんね。大きいけど可愛くて、少年って感じだし。でも、加賀君のこと見る目がぎらついてるっていうか、男になる瞬間があるんだよね」
 加賀君の過去の恋愛を匂わせる言葉が出た瞬間も、オスの顔になっていた。
「わかるー、なんか押し倒しそうな雰囲気してたよね!」
「やっぱ、逆じゃない?」
「加賀君が受けなの?」
「わかんないけど、好きですって飛びかかってくる男の子を、そのまま押し倒すより、押し倒されるままに受け入れるほうがすんなりこない?」
「そうかも!? やだ! やだ、エロい! 加賀君エロい! 加賀君ったら、エロいんだからあっ!」
 前畑がハアハア言って悶絶する。
「ていうか私たちも本人いないとこでネタにして、ひどいよね」
「加賀君なら許してくれるよ」
 確かに。馬鹿みたいに優しいから、笑って「いいんじゃない」で終わりだろう。
「あの」
 高橋君が声を上げた。こいつの存在を忘れていた。
「あんたいたの?」
「調べてみたんですけど、なんか動画出てきて」
 ブッと前畑が枝豆を吹き出した。
「馬鹿! 何観てんのよ! それちゃんと安全なサイト?」
「よくわかりませんけど、これどうなってるんですか?」
 高橋君がスマホの画面をこっちに向けてくる。可愛い感じの男の子二人が、合体してあんあんやっている。
「ちょっと! 見せなさいよ!」
 前畑がスマホをひったくる。
「やだっ、入ってる!」
「調べるって言ってなんで動画見てるの?」
「手っ取り早いかなと思ったんですけど、モザイクもかかってるし、よくわかりません」
「よくわかりませんって、ここまでずっぷしいっちゃってるのに!? あんたどんな頭してるのよ」
「えー? どういうことですかぁ?」
 面倒になってきた。ししゃもを頭から囓りながら思いついた。
「前畑が高橋君の体で教えてあげればいいじゃない?」
「……はあっ!? どういうこと!? 私にチンチンついてるとでも!?」
 前畑が大声で怒鳴った。
「チンチンやめれ」
 唇に人差し指を当ててシーッとやる。
「別についてなくてもさ、ラブホいけばそれなりに道具とかあるでしょ」
「嘘、あるの?」
「さあ? あるとこにはあるよね」
 前畑が黙った。動画を見ながら、何か思案している。高橋君はまったく会話についてきていない。ぼけっと口を開けて私たちを眺めている。
「わかった」
 真面目な顔をして前畑がうなずく。
「ゆとり」
「はいー?」
「今日、ラブホ行くわよ」
「え、えぇーっ、ホントですかぁ?」
「ねえ、変なプレイに目覚めないでよ?」
 私の忠告を、聞いているのかいないのか、二人がいそいそと帰り支度を始めた。
 二人とも、そこまで酔ってはいないと思うが、ノリがおかしい。
 関係を持ったことがバレた途端、たがが外れたのだろうか。
「お金、置いておくんで、お願いします」
 高橋君が財布から一万円札を出した。
「行くわよ! 徹底的に教えてやるから!」
「はい、お願いします」
 肩を組んで出て行った。
 一人きりになった座敷で私は静かにししゃもを噛む。
「若いっていいわあ」
 そういうおばさん臭い感想しか出ない。前畑が高橋君を組み敷いて調教している図を、思い浮かべそうになって吐き気がした。
「グロイ」
 失礼な発言をして、今度は加賀君と七世君の絡みを想像する。
「美しい」
 粛々と、酒を飲み、妄想する。
 私も立派な変態の仲間入りを果たしたかもしれない。

〈おわり〉
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