10 / 52
第一章
10話「いよいよ、俺達は学園へと出発する」
しおりを挟む
敬明から学園の説明を聞いてからまた日数がある程度経過すると、優司はやっと全ての特訓を終えて悪霊と戦う為の基礎体力と霊力を培う事が出来た。
それに優司が日々無駄だと思っていた川に全身を浸ける特訓も、実は霊力を呼び起こす為のものだと幽香が言っていた時は流石の彼も度肝を抜かれていた訳だが。
原理とかの方は詳しく分からないが、幽香がぼそっと言っていた限りでは昔から川というのは異界に近い場所とされているらしい。例えば三途の川とかが有名な所だろう。
だから御巫家は代々川に身を浸けて異界に干渉する事で霊力を解放する特訓をしているらしい。
確かに川というか水辺には幽霊が集まり易いと言われているぐらいで、あながち嘘ではないのかも知れない。
「ねえ優司、明日はいよいよ学園の入学式だ。また同じ学校に通えるなんて私は本当に嬉しいぞ!」
「ああ、そうだな! だけどその前に……今から急いで荷造りをしないといけないな……」
学園入学を前日に控えた二人は今、部屋に散らかった衣類や教科書やその他諸々を見て気分が重くなっている。
……いや、幽香は現実逃避しているのかそこまで気分が重くなっている様子ではなさそうだ。
しかしこの部屋の惨状を分かりやすく言うのなら、まさしく足の踏み場もない状況だろう。
一体何故ここまで部屋が散らかってしまったのかと聞かれると、それにはちゃんと理由があるのだ。
「……あ、うん。そうだね。まさか名古屋第一高等十字神道学園が”全寮制”の学校だったなんて……。私もついさっき気がついたよ……すまない優司」
「気にするな。幽香のせいではない。それに今から荷造りすればギリギリ朝までには間に合うと思うしな」
そう、幽香の言う通り学園は全寮制となっていたのだ。
更に言うならば本当にこれは偶然なのだが、優司が風呂を上がってゆっくりと学園のパンフレットを見ていた時にそれに気がづいたのだ。
「よし、俺は衣類とスマホの充電器と……。って、思ったより荷物少なかったな」
「うっ……。私は男子用と女子用の下着と服がぁぁ……」
横から幽香の悲痛な声が聞こてくるが、それは優司にもどうしようも出来ない事だ。
だから彼は心の中で「頑張れ幽香、それ以外の事でなら手伝ってあげるからな」と呟いた。
「あぁっ……終わらない終わらない終わらない。終わらない!! 優司……すまないが手伝って欲しい……」
幽香が半狂乱になりながら服と下着をキャリーバッグに詰めていくと、既にバッグの中はぎっちりと詰まっていて許容限界を軽く超えているようだった。
「ま、任せろ! 俺のバッグにはまだ空きがあるから、こっちに半分いれてくれ!」
彼は直ぐに自分のバッグを開けて幽香に溢れている荷物を入れるように言う。
「くっ……すまない! ありがとう優司ぃ!」
すると彼女は何故か、本当に何故か女性用の下着と服を入れ始めたのだ。
「……おい待て幽香。なぜ俺のバッグに女性用の物を入れるんだ。これでは荷物検査があった時に俺が女装趣味を持っているように思われてしまうぞ」
「大丈夫だ。何か言われても私の私物だと言えば問題なかろう」
優司は妙に自信気な幽香の台詞を聞くと、それはそれで別の問題が起こるではと思えた。
そもそも優司の方に男用の衣類を入れればそれで済むのだが、何で女性用のをそんなに多く彼の方に入れてくるのだろうか。
「ふぅ。これでばっちりだ優司! おかげ持っていく用の荷物が全部収まったよ! ありがとう!」
「あ、ああそれは良かった。……俺は荷物検査がないことを祈るしかないか」
幽香が次々と彼のバッグに衣類を詰めていと今更男用のと換えてくれとは言えなかった。
何故なら幽香のバッグにぎっちりと詰め込まれた物をまた取り出して入れ換える作業は途轍もなく面倒な事だと優司は思ったからだ。
「大丈夫だ問題ない。寧ろそんな事言っているとフラグになってしまうぞ。まあ、後の問題は学園に着いてからかな……」
「うむ、そうだな。俺と幽香が一緒の寮部屋になるとは限らんし」
取り敢えず優司は学園側が決めた寮部屋の関係によっては、女性用の下着が入ったバッグを抱えて寮内を駆けて幽香の元へと届けないといけなくなるだろう。
願うことなら幽香となるべく近い部屋になることを彼は切に思う。
「じゃあ今日はもう寝ようか。予定通りなら明日は朝から沼さんが迎えに来てくれる筈だからね」
「そう言えばそうだったな。では早く寝るとしよう。初日から遅刻は嫌だからな……」
部屋に散乱していた数々の物が優司と幽香のバッグへと収納されると、やっと下の畳が見えて布団が敷ける準備が整った。
二人は流れるような手際で布団をその場に敷いていくと、この部屋と地元も今日で最後なのだと優司は何だが胸に込み上げてくるものを感じていた。
日々の特訓は辛くて苦しいものであり、地元は田舎だけど長閑で過ごしやすい場所だったと彼は今全てに対して感謝の念でいっぱいだ。
「俺はここでの経験や思い出を決して忘れない。次ここに戻ってくる時はアイツら三人と一緒にだ」
優司が声に出しながらそう心に誓うと、
「ん? 何か言ったか?」
幽香が自分の布団に入りながら顔を覗かせきた。
「いや何でもない。さあ寝るとするぞ! もう時刻は深夜の一時だしな!」
「うん。おやすみ優司」
「ああ、おやすみだ幽香」
二人は寝る時の挨拶を交わすと幽香が部屋の電気を切って真っ暗な空間となった。
この物音一つしない静寂な夜や、お寺特有の甘い線香の香り。
それら独特な風情は思いのほか優司は好きで、きっとこの経験は生涯忘れる事はないだろう。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
それから優司が意識を闇に落としてどれぐらい時が経過したのだろうか。
何やら彼の耳元ではけたたましい声が鼓膜を刺激してくる。
「起きてくれ優司! もう沼さんが外で待っている! ほら急いで起きてってば!」
その声と共に優司は体を揺すられている事に気づくが、いまいち体に力が入らない。
というより体が起きる事を拒否しているようだ。
そのまま優司は抗えぬ睡魔に呑まれようと体を揺すってくる人物に文句を言おうとしたが、
「んだよ、まだ寝かせ…………どぅぁ”ぁ”!? し、しまった今日は学園初日じゃねえか!」
昨日の記憶が僅かに脳裏を過ぎって無理やり寝ていた脳を覚醒させた。
そしてその勢いで一気に布団から飛び起きると視線を幽香へと向けた。
「い、いま何時だ!? まだ間に合うか!?」
「大丈夫だよ、まだ間に合う。……と言っても優司のせいでギリギリの範囲だけど」
見れば幽香は既に学園の制服に身を包んでいた。新品の服にはよく独特な匂いが付いているが、これも同じようで彼の鼻腔を独特な匂いが突き抜けていく。
しかしこの学園の制服は特殊な繊維を使って作られているらしく、体の内に流れる霊力の循環を良くさせる効果があるらしい。あとは対悪霊に特化していて悪霊の攻撃からある程度は身が守れる防御力を持っているとの事だ。
「お、やっと起きたね優司君。前もって私と幽香で荷物を車に運んどいたから後は優司君が着替えれば何とか時間内かな」
「あ、ありがとうございます鳳二さん!」
彼の粋な計らいのおかげて後は優司自身が着替えれば良いだけとなっているようだ。
それに幽香にもちゃんと感謝しとないけないだろう。
起こしてくれた上に荷物まで手伝ってくれたのだから。
「幽香もありがとうな! このお礼はどっかで返すぜ!」
そう幽香に言いながら適当に服を脱ぎ散らかすと、優司は昨日のうちに前もって準備しておいた制服に手を伸ばして着替えを始める。
「……はぁ。期待しないで待っているよ」
隣では幽香が溜息を吐きながら彼の脱いだ服を回収して畳んでいるようだ。
本当に彼は良い嫁に……じゃなくて良い主夫になれると優司は思った。
「よし、着替え終わったぞ! 急いで沼さんの所に行こう!」
彼が幽香の手を引いて敬明が待っている外へと向かおうとする。
「うん。……あ、そうだ。一応言っとくけどこれで遅刻したら優司のせいにするからね」
冷めた声でそんな事を言ってくる幽香。
どうやら彼は静かに優司の寝坊に対して怒っているようだ。
「……あっ、やっと来ましたね! 優司くん幽香さん!」
二人は急いで靴を履いて外へと出ると目の前には黒色の車が止まっていて、その車の影から敬明が声を掛けてきた。
「遅れて申し訳ないです……本当に」
優司は直ぐに遅れた事を謝るが、敬明の表情は依然として難しいもので事態の深刻さが伝わってくる。これはもしかしたら自分の思っている以上にやらかしてしまったのかも知れない。
そんな後悔の念が優司の中にふつふつと湧いてくると、
「まあ大丈夫ですよ、この私に任せといて下さい。これでも今まで数多くの方を学園に送り届けてきた実績があります。故に中には優司君のような方もいました。ですから何としても遅刻は回避できるよに毎年やっておりますのご安心を!」
敬明は今日も覇気がない感じだと優司は勝手に思っていたが全然そんな事はなく、急に顔付きが変わったと思ったら言動まで変わって彼と幽香は唖然としている。
だけどきっと敬明には何か譲れないプライド的なのがあるのだろう。
遅刻回避の”送迎者”としてのプライドみたいなものが。
「さあ早く乗って下さい! 今からかっ飛ばして行きますからねッ!」
「「あ、……はいっ!」」
敬明の覇気のある声に圧倒されると唖然としていた二人は急いで車の後部座席へと乗り込んだ。
そして中には空気清浄機が置かれているのか無臭で清楚感があるイメージだ。
「じゃぁ頑張ってね二人とも。学園ではきっと色々な出会いと苦難が待っているだろうけど、二人ならきっと乗り越えられると私は信じているよ」
車窓から鳳二が優しく微笑むように二人に声を掛けてくれると、まるで今生の別れとまではいかないが何故か不思議と優司の目頭は熱くなった。
「はい! 行ってきますお父さん」
「短い間でしたがお世話になりました! この御恩は一生忘れません!」
優司と幽香が各々の別れの言葉を言うと同時に車のエンジンが掛かると、敬明の「行きますよ」という声が前の座席から聞こてくる。
「はい頼みます! なるべく安全運転で尚且つ遅刻回避でお願いします!」
優司が車窓から意識を外して全部座席に顔を向ける。
「滅茶苦茶頼みますね……ははっ。ですが任せといて下さい。私としても譲れないものがありますからね……!」
すると敬明は苦笑いしていたがアクセルペダルを踏み込むと、いよいよ二人を乗せた車は学園を目指して出発するのであった。
それに優司が日々無駄だと思っていた川に全身を浸ける特訓も、実は霊力を呼び起こす為のものだと幽香が言っていた時は流石の彼も度肝を抜かれていた訳だが。
原理とかの方は詳しく分からないが、幽香がぼそっと言っていた限りでは昔から川というのは異界に近い場所とされているらしい。例えば三途の川とかが有名な所だろう。
だから御巫家は代々川に身を浸けて異界に干渉する事で霊力を解放する特訓をしているらしい。
確かに川というか水辺には幽霊が集まり易いと言われているぐらいで、あながち嘘ではないのかも知れない。
「ねえ優司、明日はいよいよ学園の入学式だ。また同じ学校に通えるなんて私は本当に嬉しいぞ!」
「ああ、そうだな! だけどその前に……今から急いで荷造りをしないといけないな……」
学園入学を前日に控えた二人は今、部屋に散らかった衣類や教科書やその他諸々を見て気分が重くなっている。
……いや、幽香は現実逃避しているのかそこまで気分が重くなっている様子ではなさそうだ。
しかしこの部屋の惨状を分かりやすく言うのなら、まさしく足の踏み場もない状況だろう。
一体何故ここまで部屋が散らかってしまったのかと聞かれると、それにはちゃんと理由があるのだ。
「……あ、うん。そうだね。まさか名古屋第一高等十字神道学園が”全寮制”の学校だったなんて……。私もついさっき気がついたよ……すまない優司」
「気にするな。幽香のせいではない。それに今から荷造りすればギリギリ朝までには間に合うと思うしな」
そう、幽香の言う通り学園は全寮制となっていたのだ。
更に言うならば本当にこれは偶然なのだが、優司が風呂を上がってゆっくりと学園のパンフレットを見ていた時にそれに気がづいたのだ。
「よし、俺は衣類とスマホの充電器と……。って、思ったより荷物少なかったな」
「うっ……。私は男子用と女子用の下着と服がぁぁ……」
横から幽香の悲痛な声が聞こてくるが、それは優司にもどうしようも出来ない事だ。
だから彼は心の中で「頑張れ幽香、それ以外の事でなら手伝ってあげるからな」と呟いた。
「あぁっ……終わらない終わらない終わらない。終わらない!! 優司……すまないが手伝って欲しい……」
幽香が半狂乱になりながら服と下着をキャリーバッグに詰めていくと、既にバッグの中はぎっちりと詰まっていて許容限界を軽く超えているようだった。
「ま、任せろ! 俺のバッグにはまだ空きがあるから、こっちに半分いれてくれ!」
彼は直ぐに自分のバッグを開けて幽香に溢れている荷物を入れるように言う。
「くっ……すまない! ありがとう優司ぃ!」
すると彼女は何故か、本当に何故か女性用の下着と服を入れ始めたのだ。
「……おい待て幽香。なぜ俺のバッグに女性用の物を入れるんだ。これでは荷物検査があった時に俺が女装趣味を持っているように思われてしまうぞ」
「大丈夫だ。何か言われても私の私物だと言えば問題なかろう」
優司は妙に自信気な幽香の台詞を聞くと、それはそれで別の問題が起こるではと思えた。
そもそも優司の方に男用の衣類を入れればそれで済むのだが、何で女性用のをそんなに多く彼の方に入れてくるのだろうか。
「ふぅ。これでばっちりだ優司! おかげ持っていく用の荷物が全部収まったよ! ありがとう!」
「あ、ああそれは良かった。……俺は荷物検査がないことを祈るしかないか」
幽香が次々と彼のバッグに衣類を詰めていと今更男用のと換えてくれとは言えなかった。
何故なら幽香のバッグにぎっちりと詰め込まれた物をまた取り出して入れ換える作業は途轍もなく面倒な事だと優司は思ったからだ。
「大丈夫だ問題ない。寧ろそんな事言っているとフラグになってしまうぞ。まあ、後の問題は学園に着いてからかな……」
「うむ、そうだな。俺と幽香が一緒の寮部屋になるとは限らんし」
取り敢えず優司は学園側が決めた寮部屋の関係によっては、女性用の下着が入ったバッグを抱えて寮内を駆けて幽香の元へと届けないといけなくなるだろう。
願うことなら幽香となるべく近い部屋になることを彼は切に思う。
「じゃあ今日はもう寝ようか。予定通りなら明日は朝から沼さんが迎えに来てくれる筈だからね」
「そう言えばそうだったな。では早く寝るとしよう。初日から遅刻は嫌だからな……」
部屋に散乱していた数々の物が優司と幽香のバッグへと収納されると、やっと下の畳が見えて布団が敷ける準備が整った。
二人は流れるような手際で布団をその場に敷いていくと、この部屋と地元も今日で最後なのだと優司は何だが胸に込み上げてくるものを感じていた。
日々の特訓は辛くて苦しいものであり、地元は田舎だけど長閑で過ごしやすい場所だったと彼は今全てに対して感謝の念でいっぱいだ。
「俺はここでの経験や思い出を決して忘れない。次ここに戻ってくる時はアイツら三人と一緒にだ」
優司が声に出しながらそう心に誓うと、
「ん? 何か言ったか?」
幽香が自分の布団に入りながら顔を覗かせきた。
「いや何でもない。さあ寝るとするぞ! もう時刻は深夜の一時だしな!」
「うん。おやすみ優司」
「ああ、おやすみだ幽香」
二人は寝る時の挨拶を交わすと幽香が部屋の電気を切って真っ暗な空間となった。
この物音一つしない静寂な夜や、お寺特有の甘い線香の香り。
それら独特な風情は思いのほか優司は好きで、きっとこの経験は生涯忘れる事はないだろう。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
それから優司が意識を闇に落としてどれぐらい時が経過したのだろうか。
何やら彼の耳元ではけたたましい声が鼓膜を刺激してくる。
「起きてくれ優司! もう沼さんが外で待っている! ほら急いで起きてってば!」
その声と共に優司は体を揺すられている事に気づくが、いまいち体に力が入らない。
というより体が起きる事を拒否しているようだ。
そのまま優司は抗えぬ睡魔に呑まれようと体を揺すってくる人物に文句を言おうとしたが、
「んだよ、まだ寝かせ…………どぅぁ”ぁ”!? し、しまった今日は学園初日じゃねえか!」
昨日の記憶が僅かに脳裏を過ぎって無理やり寝ていた脳を覚醒させた。
そしてその勢いで一気に布団から飛び起きると視線を幽香へと向けた。
「い、いま何時だ!? まだ間に合うか!?」
「大丈夫だよ、まだ間に合う。……と言っても優司のせいでギリギリの範囲だけど」
見れば幽香は既に学園の制服に身を包んでいた。新品の服にはよく独特な匂いが付いているが、これも同じようで彼の鼻腔を独特な匂いが突き抜けていく。
しかしこの学園の制服は特殊な繊維を使って作られているらしく、体の内に流れる霊力の循環を良くさせる効果があるらしい。あとは対悪霊に特化していて悪霊の攻撃からある程度は身が守れる防御力を持っているとの事だ。
「お、やっと起きたね優司君。前もって私と幽香で荷物を車に運んどいたから後は優司君が着替えれば何とか時間内かな」
「あ、ありがとうございます鳳二さん!」
彼の粋な計らいのおかげて後は優司自身が着替えれば良いだけとなっているようだ。
それに幽香にもちゃんと感謝しとないけないだろう。
起こしてくれた上に荷物まで手伝ってくれたのだから。
「幽香もありがとうな! このお礼はどっかで返すぜ!」
そう幽香に言いながら適当に服を脱ぎ散らかすと、優司は昨日のうちに前もって準備しておいた制服に手を伸ばして着替えを始める。
「……はぁ。期待しないで待っているよ」
隣では幽香が溜息を吐きながら彼の脱いだ服を回収して畳んでいるようだ。
本当に彼は良い嫁に……じゃなくて良い主夫になれると優司は思った。
「よし、着替え終わったぞ! 急いで沼さんの所に行こう!」
彼が幽香の手を引いて敬明が待っている外へと向かおうとする。
「うん。……あ、そうだ。一応言っとくけどこれで遅刻したら優司のせいにするからね」
冷めた声でそんな事を言ってくる幽香。
どうやら彼は静かに優司の寝坊に対して怒っているようだ。
「……あっ、やっと来ましたね! 優司くん幽香さん!」
二人は急いで靴を履いて外へと出ると目の前には黒色の車が止まっていて、その車の影から敬明が声を掛けてきた。
「遅れて申し訳ないです……本当に」
優司は直ぐに遅れた事を謝るが、敬明の表情は依然として難しいもので事態の深刻さが伝わってくる。これはもしかしたら自分の思っている以上にやらかしてしまったのかも知れない。
そんな後悔の念が優司の中にふつふつと湧いてくると、
「まあ大丈夫ですよ、この私に任せといて下さい。これでも今まで数多くの方を学園に送り届けてきた実績があります。故に中には優司君のような方もいました。ですから何としても遅刻は回避できるよに毎年やっておりますのご安心を!」
敬明は今日も覇気がない感じだと優司は勝手に思っていたが全然そんな事はなく、急に顔付きが変わったと思ったら言動まで変わって彼と幽香は唖然としている。
だけどきっと敬明には何か譲れないプライド的なのがあるのだろう。
遅刻回避の”送迎者”としてのプライドみたいなものが。
「さあ早く乗って下さい! 今からかっ飛ばして行きますからねッ!」
「「あ、……はいっ!」」
敬明の覇気のある声に圧倒されると唖然としていた二人は急いで車の後部座席へと乗り込んだ。
そして中には空気清浄機が置かれているのか無臭で清楚感があるイメージだ。
「じゃぁ頑張ってね二人とも。学園ではきっと色々な出会いと苦難が待っているだろうけど、二人ならきっと乗り越えられると私は信じているよ」
車窓から鳳二が優しく微笑むように二人に声を掛けてくれると、まるで今生の別れとまではいかないが何故か不思議と優司の目頭は熱くなった。
「はい! 行ってきますお父さん」
「短い間でしたがお世話になりました! この御恩は一生忘れません!」
優司と幽香が各々の別れの言葉を言うと同時に車のエンジンが掛かると、敬明の「行きますよ」という声が前の座席から聞こてくる。
「はい頼みます! なるべく安全運転で尚且つ遅刻回避でお願いします!」
優司が車窓から意識を外して全部座席に顔を向ける。
「滅茶苦茶頼みますね……ははっ。ですが任せといて下さい。私としても譲れないものがありますからね……!」
すると敬明は苦笑いしていたがアクセルペダルを踏み込むと、いよいよ二人を乗せた車は学園を目指して出発するのであった。
0
お気に入りに追加
33
あなたにおすすめの小説
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

劣等生のハイランカー
双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
ダンジョンが当たり前に存在する世界で、貧乏学生である【海斗】は一攫千金を夢見て探索者の仮免許がもらえる周王学園への入学を目指す!
無事内定をもらえたのも束の間。案内されたクラスはどいつもこいつも金欲しさで集まった探索者不適合者たち。通称【Fクラス】。
カーストの最下位を指し示すと同時、そこは生徒からサンドバッグ扱いをされる掃き溜めのようなクラスだった。
唯一生き残れる道は【才能】の覚醒のみ。
学園側に【将来性】を示せねば、一方的に搾取される未来が待ち受けていた。
クラスメイトは全員ライバル!
卒業するまで、一瞬たりとも油断できない生活の幕開けである!
そんな中【海斗】の覚醒した【才能】はダンジョンの中でしか発現せず、ダンジョンの外に出れば一般人になり変わる超絶ピーキーな代物だった。
それでも【海斗】は大金を得るためダンジョンに潜り続ける。
難病で眠り続ける、余命いくばくかの妹の命を救うために。
かくして、人知れず大量のTP(トレジャーポイント)を荒稼ぎする【海斗】の前に不審に思った人物が現れる。
「おかしいですね、一学期でこの成績。学年主席の私よりも高ポイント。この人は一体誰でしょうか?」
学年主席であり【氷姫】の二つ名を冠する御堂凛華から注目を浴びる。
「おいおいおい、このポイントを叩き出した【MNO】って一体誰だ? プロでもここまで出せるやつはいねーぞ?」
時を同じくゲームセンターでハイスコアを叩き出した生徒が現れた。
制服から察するに、近隣の周王学園生であることは割ている。
そんな噂は瞬く間に【学園にヤバい奴がいる】と掲示板に載せられ存在しない生徒【ゴースト】の噂が囁かれた。
(各20話編成)
1章:ダンジョン学園【完結】
2章:ダンジョンチルドレン【完結】
3章:大罪の権能【完結】
4章:暴食の力【完結】
5章:暗躍する嫉妬【完結】
6章:奇妙な共闘【完結】
7章:最弱種族の下剋上【完結】
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

大地のためのダンジョン運営
あがつま ゆい
ファンタジー
剣と魔法が息づき、そしてダンジョンを造るダンジョンマスターと呼ばれる者たちがいる世界。
普通の人々からは「地下にダンジョンを造って魔物を召喚し何か良からぬことをたくらんでいる」と思われ嫌われている者たちだ。
そんな中、とある少女がダンジョンマスターの本当の仕事内容を教えてもらい、彼に協力していく中で色々と巻き込まれるお話。
「ダンジョン造りは世界征服のため? 興味ないね、そんなの。俺たちは大地のために働いているのさ」
初回は3話同時公開。
その後1日1話朝6:00前後に更新予定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる