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第二章 イタリア少女と中国少女

35話「訪れし休日という名の悲劇―後編―」

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 一人の少年と一人の少女が同じ部屋で隣同士に座り、テレビに映る美少女アニメキャラが出会い頭に男性キャラとぶつかって下着が顕になると、すかさず望六がその場で停止ボタンを押す。
 そして画面に映る光景をナタリアがじっくり見定めると暫くしてからそっと口を開いた。

「……ふーん。確かに望六が言っていた通りに水色で尚且つボーダラインの下着だったね、この娘」

 彼女は何故か悔しそうな表情を浮かべて言ってくる。

「だ、だろ? 俺がお前に対して嘘を付く訳がないんだからさ。ははっ」

 望六は人生に何度訪れるか分からない危機的な場面を無事に乗り越えた事で安堵していた。
 だがしかしナタリアは何を思ったのか彼が用意したお茶を一口飲むと、そのままテレビから視線を外して再びベッドの方へと飛び込んで動かなくなった。

「お、おい……? 一体なにをやっているんだ……?」

 そのいきなりの行動に望六は理解が追いつかず困惑してしまう。 
 けれどナタリアはうつ伏した状態になったまま、顔だけ動かして彼の方へと視線を合わせた。

「ねえ望六。実は今……僕がそのアニメのキャラと同じ下着をはいていると言ったら、どうする?」
 
 そして彼女は視線を微動だに動かさず、意図が掴めない質問をしてきた。

「えっ? それってどういう……」

 当然その質問に望六は困惑の色が隠せないでいた。しかしきっと何らかの意味があるのだろうと、彼は必死に今まで会話を振り返ってその意図を探ろうとする。

「あははっ、そんなに深く考えることじゃないよ。望六はさ……その、僕の下着とかって見たいと思うのかなって」

 ナタリアはうつ伏した状態から起き上がると姿勢を正してベッドの上で正座をしながら訊ねてきた。一体さっきから彼女はどうしたのだろうかと望六は焦る脳内を酷使して考えると、もしかしたら自分が入れたお茶に何か怪しい物でも入っていたのかと購買で売っていたお茶に疑惑を向けた。

「……ねえってば、ちゃんと聞いてるの望六?」

 だがそんな事を考えている間にナタリアがベッドに両手を付けて身を乗り出していたらしく、顔を望六の直ぐ近くにまで寄せていた。
 それによって彼女から漂う温かな体温によって望六は気が付くと、

「っ!? あ、ああ……しっかりと聞いているぞ! もちろん一男いちおとことして見たくないと言えば嘘になる。……だけど、その質問の意味は一体なんなんだ?」

 一瞬だけナタリアの顔の近さに驚きはしたが考える事を止めて返事をする事にした。
 このまま黙っていては何処か気まずいものになってしまうのと、純粋にこの質問の意味が気になったのだ。

「……望六って普段はあんな変態なのに、なんでこういう時だけ察しが悪いのかな。あれかな? 僕の口から直接言わせたいって言う魂胆なのかな?」

 ナタリアは首を傾げながらむすっとした表情を依然として向けてくる。

「いや……本当に意味が分からなくて困ってるんだが……」

 望六としては彼女が何を訴え掛けてきているのか分からない。
 現状として分かるのは彼女が自分の下着が見たいかどうか訊ねて来ていることであり、望六は状況を改めて整理すると益々訳がわからなくなった。

「もぉっ! 望六って意外と一樹と似ている所があるよね! ……もういいよ。本当に意味が分からないのなら僕が身を持って教えてあげるから」

 ナタリアはそう言って身を乗り出した姿勢から徐々に近づいてくると、そのまま一気に倒れ込んでくる。

「な、ナタリア? ちょっちょ!? 急に何を――」

 望六は急な出来事に為すすべもなく背中から床に倒れると、お腹の上には彼女が馬乗りとなって視線を向けて来ていた。

 幸いにも下にはクッションがあったことから望六は傷を負わなかったが、ナタリアの様子を見るに大人しく退いてくれる雰囲気はなさそうであった。

「僕はさ……恥ずかしいけど望六に下着を見て貰いたいんだよ。でも、これだけだと痴女に思われるから一応理由は説明するね。僕は見ての通り嫉妬深いタイプの人間だから……例えアニメのキャラだろうと望六がそれを見て興奮することが許せないんだ。ああ、本当に。だから僕は望六に二次元よりも三次元の方が良いってことを今からお・し・え・て・あげる」

 彼女はそう言って顔を近づけくると後半につれて瞳の輝きを失っていき、望六はここで漸くナタリアが何をしようとしているのか何となくだが理解出来た。
 そしてナタリアは近づけていた顔を離すとワンピースの丈を両手で掴むと、

「な、ナタリア待てって!! 俺は別にアニメのキャラの下着を見て邪な事は思っていないぞ! ただ一男として気になっただけであって!」

 徐々にだがゆっくりとスカートを捲り上げていくと望六は自分でも何を言っているか分からなかったが言い訳を述べた。本来なら望六は黙ってスカートが捲り上がるのを待ってじっくりと下着を鑑賞したい所なのだが、どう考えても冷静な状態じゃないナタリアに焦りを募らせているのだ。

 理由としてはふと冷静な思考を取り戻した時にナタリアが可能性として『なんであの時止めなかったの』と言ってくるのが一番、望六としても困るからだ。

「黙っててよ。僕だって恥ずかしいのを我慢してやってるんだからさ。次なにか喋ろうとしたら……そのまま口を塞いで襲うからね?」

 ナタリアが丈を掴んだまま一定の所まで捲るとそこには傷のない綺麗な太ももが顕となって、望六は焦っているにも関わらず視線が釘付けとなってしまう。

「……ッ」

 そして声を出す事を封じられると一体どうするべきかと、もはや手段は選んで要られずに無理矢理にでもナタリアを退かすべきかと望六は思い始める。

「んっ……よく見ててね望六。これが僕の――」

 だがしかし彼は目の前から妖艶が混ざったような彼女の声を聞いて考えを中断させられると、既にナタリアはぎりぎりの所までスカートを上げていてあと少しでも手を上にあげれば下着が姿を現してしまう所であった。

「ま、待て本当に!! これは真面な状態では――っ!?」

 そのまま正気を失くした瞳を彼に向けながら彼女が手を上にあげようとすると、望六はナタリアが身につけているであろう下着を想像してしまい鼻に違和感を覚えると何か生暖かいのが流れ出した。

「あっ……こ、これは鼻血か?」

 咄嗟に手の甲で拭って正体を確認するとそれは血であって、恐らくナタリアの下着を想像した事により興奮して流れ出したものだろう。

「ああぁぁああ! の、望六の血だぁ……はぁはぁ……ちょうだい……望六の血を僕に舐めさせてよ……」

 彼が血を流すと同時にナタリアはスカートの丈から手を離すと、次は自身の胸あたりの服を息苦しそうに掴んでそう言ってきた。
 しかし望六から見るに彼女は先程までよりも酷い状態となっている。

 何故ならナタリアは胸を抑えながらも口の端から涎を垂らして、彼の手の甲に付いた血をじっと見てきているのだ。
 それはまるで野生の動物が極限の状態で久々に獲物を捉えたかのような感じである。

「な、何も言わないって事は良いってことだよね。ねぇ、そうだよね? いいよね? はぁはぁ……」

 望六が止血する為に右手で鼻を抑えて黙っていると、何かを勘違いした様子のナタリアが涎の雫を彼の服に落としながら左手へと顔を近づけてきた。

 だが流石に鼻から出てきた血は汚いだろうと望六は思うと、何を犠牲にこの場を乗り切れるか光の速さで脳を回転させて答えを探し始める。
 ――そして彼は一つ案を導き出した。

「い、いくらナタリアだって流石にそれは駄目だ!! ……だけど腕からなら問題はないと……思われる」

 それは自らの腕を犠牲にすることであり、このまま何もかもを駄目で終わらすと今のナタリアは何を仕出かすか分からない状態である事から、これが一番穏便に済ませられる方法だと望六は思ったのだ。多少の痛みと吸血は仕方がない。軽い献血だと思えば乗り切れるだろうと。

「望六の血が……数年ぶりに飲める……ふふふっ……あははっ!! もう抑えられないよ! 言ったからね、望六は今確かに腕からなら大丈夫だって言ったからね」

 ナタリアは気が狂ったかのように笑い出すと何度も確認するように”腕”という言葉を主張してきた。そして彼女は視線を彼の腕へと注ぐと徐に左手を掴んで自分の口元へと持っていき――

「あー……ぐっ!!」

 ナタリアはなんの躊躇もなく歯を腕に突き刺さしてくると、いとも簡単に皮膚を突き破って血を吸い始めた。そして望六が腕から感じられるのは彼女の歯が突き刺さっている事と、舌が何度も血を舐めとるようにして動いている事であった。

「痛ったぁぁあ!?」

 しかしそれよりも彼は腕から伝わってくるジンジンとする痛みが想像以上のもので声を荒らげた。少なからず望六は美少女に腕を舐められているという背徳感だけで何とかやり過ごそうとしていたのだが、そんな些細な妄想だけではこの痛みを和らげる事は不可能であった。

 それはまさに極太の注射器を何本も同時に刺されるようなもので、望六はいっそのこと泣きたいぐらいであった。

 ……それから三分程が経過しただろうか、ナタリアは満足気な表情を浮かべて腕から口を離すと望六の上からも降りてクッションに座り直していた。

「ああ、やっと体の疼きが収まったよぉ。これで暫くは大丈夫そうかな」

 彼女は自分を抱きしめるよう仕草をして体を小さく左右に揺らしている。

「し、暫くって事はまたあるのか……?」

 望六はナタリアから聞こえた言葉に悪寒が全身を駆けた。
 
「まあそうだね。だけど大丈夫だよ。よっぽど僕が不安定になったり、望六が変な事をしなければ月一ぐらいで済むよ」

 そう真剣な顔付きで言ってくるナタリアの瞳は笑っていなかった。血を吸っていた時は多少なりとも光が戻っていたのだが、あれは気のせいなのだろうかと望六は頭を悩ませる。
 ――がしかしそんな事よりも、
 
「月一でも多いようなきがするのだが……って!! もう吸血はさせないからなっ!」

 望六はつい彼女の話に乗せられて月一で吸血させるような流れになっていることに気が付くと、根本的に吸血行為自体を駄目だと言って話を強引に終わらせた。
 その際にナタリアがこの世の終りのような顔をして、

「何を言ってるの? 望六にそんな権利ある訳ないでしょ。そもそもキミが僕をこんな風にしたんだから、きちんと責任は取ってよ」

 と責任云々の話を瞳孔の開いた瞳を向けたまま低い声で告げてくるのだった。
 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 それからナタリアと望六が互いに一歩も譲らずに”吸血する、させない”の話を繰り広げていると時刻は既に午後六時となっていて、一樹達が外から帰ってくる時間となると話しはそこで中断となり解散となった。

 しかしナタリアが部屋から出て行く間際にニヤ付いた表情でワンピースの丈を思いっきりたくしあげて下着を見せてきた事は望六とて意外なことであった。しかも彼女の下着は本当に水色のボーダーラインの物であり、望六は瞬時に記憶と目にそれを焼き付けると暫くは困らないだろうと確信した。

 ――それからナタリアが自分の部屋へと戻ってから二十分ほどが経過すると一樹が紙袋を二、三個携えた状態で帰ってきた。
 どうやら紙袋の中身はお土産らしく一樹がお茶を飲んで一息つくと、
 
「ほれ、頼まれた通りに例の物を買ってきたぞ」

 と言って一つの紙袋を持って望六に差し出してきた。

「おお親友よ! 俺はずっと心待ちにしていたぞ!」

 彼は直ぐにその意味を理解すると震える手でそれを受け取り、早速中身を確認しようと中に入っている物を取り出す。
 
「へへっ。こっちはこれだけが楽しみで待っ……てい……お、おい一樹! なんだこれは!!」

 望六は取り出した物を陽気な気分で確認しようとすると、それは直ぐに陰気なものへと変わって未だにお茶を飲んでいる彼に声を掛けた。

「ん? 何ってそれじゃないのか? 望六が俺に頼んできた本って」

 お茶を飲む手を止めると一樹は気の抜けたような顔を見せながら返してくる。

「ちっげーよ!! 誰が全年齢版の物を買って来いと言ったぁ!! しかもタイトルも表紙も全然違うじゃねか! なんだよこの【年上お姉さんは今日も弟くんを甘やかす】って!! 完全に姉萌の純情ものじゃぁないか!! そもそも、俺が頼んだのは妹萌えのR18ものだぞ!」

 望六は頼んだもの余りにもかけ離れた物を買ってきた彼に今日は夜通しで妹萌がなんたるかと言う教えを施そうかと思っていると、一樹は何を思ったのか急に淡白な口調でこう言ってきた。

「いや、そもそも俺がR18物を買える訳が無いだろ? 年齢的にもそうだが、周りには月奈達も一緒に居たしな。それに何とか隙を見つけて買ってきたんだから少しは感謝しろよ」

 一樹がジト目のまま静かに睨んでくると確かにそれもそうかと納得してしまう自分が居ることに望六は形容しがたい気持ちを抱いた。

「……そうだよな、すまん。ちょっと今日は色々とあって感情が複雑なんだ」

 取り敢えず言いたい事を言った望六は落ち着きを取り戻すと、親友が買ってきてくれた同人誌はあとで寝ながら読もうとベッドの端に置いた。
 
「なんだ、ナタリアと何かあったのか? まあ深くは聞かないけど、その腕が関係していそうだな」

 一樹は視線を彼の腕をへと向けると絆創膏が貼ってあることに違和感を抱いたのかそんな事を言ってきた。そこで望六は意外と一樹は人のことを見ているのだなと思うと同時に適当な事を言って誤魔化すと、そのままスマホで通販サイトを開いて妹萌のR18同人誌を二冊ほど購入するのだった。
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