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第一章 全てをやり直す

20話「許して欲しい」

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 密かに楽しみにしていた鼓膜を刺激するような悲鳴すらも上げずにパウモラは気を失うと、最早この男に価値と呼ばれるものは何一つなくオズウェルの元へと投げて返した。

 そして肉袋と化したパウモラが力なく地面に倒れ込む音が周囲に木霊するとオズウェルはそれを引き金として意識を取り戻したのか、先程まで呆然と立ち尽くしていたのを辞めて懐から折り畳み式のナイフを一本取り出す。

「動くな! こいつがどうなってもいいのか! お前が少しでも変な素振りを見せれば、サツキの首を掻っ切て殺してやるからな!」

 そのまま奴は彼女の元へと近づいて後ろに回り込むと首元に刃先を押し当てながら如何にも雑魚キャラが思いついきそうな安直な手段を講じていた。しかも台詞からは到底知性というものが感じられず、等々オズウェルは落ちるとこまで落ちたということだろう。

「はぁ……やれやれ。貴族という者は全員小型ナイフを携帯しているものなのか? まったく、先程まで聖剣を振るっていた者たちとは考えられんな」

 まさか学院初日でここまで貴族という生き物が下らない者だと思い知らされると、こんな奴らが人界の未来を担う事になるとは何かの罰ゲームかと考えるが、残念ながらこれは紛うことなき現実である。

「だが案ずるな。俺が行動に移した時には既に全て終わりを迎えている」
 
 しかし俺は真なる平和を求めている者であり、皆平等に接しなければならないのだ。
 例え相手が醜い顔を晒してサツキの体に触れている下衆であろうと。

「ぼ、僕は何もしてない! ただオズウェルやパウモラに無理やりやらされていただけなんだ! だから許してくれ!」

 するとオズウェル達から離れていたティレットが足を震えさせながら一定の距離まで近づくと、そのまま地面に両膝を付けては必死に許しを得ようとしているのか簡単に仲間を見捨てていた。
 しかもその際にサツキを拘束していた鎖を解除している辺り本気で負けを認めているのだろう。

 まあ普通の思考の持ち主であれば、これが普通の反応なのだがな。逆にパウモラやオズウェルがおかしい部類なのだ。ちなみにパウモラが気絶した時点で奴が発動していた鎖も解除されている。
 
 つまり残るはオズウェルの鎖だけであり、その気になればサツキは己自身の力のみで強制的に解除できると思われる。だが刃先を首元に押し当てられている以上は下手に動けないのだろう。

 敵に拘束されている時の対処法は……そうだな、近いうちにサツキに教えておいた方がいいのやも知れんな。けれどここで元も子もない話をするのであれば、聖力で生成した鎖如きは俺が指を鳴らせば一瞬にして塵芥となり強制解除できるのだ。

 まあそれを実行すれば直ぐに物事は終わりを迎えられるのだが、ただ終わらせるだけでは面白くないだろう。サツキに手を出した者はそれ相応の報いを受ける義務があるのだ。あとは……そう、個人的に面倒事を引き起こした奴らに対して苛立ちを発散させたいというのが主な理由だ。
 
「な、何を言っている! 俺達を裏切るのかティレット! お前の中には貴族としての誇りがないのか!」

 土下座をして許しを請う彼の姿を見てオズウェルは怒声を浴びせると未だに貴族としての誇りとやらを気にしているようで、本当に自らのプライドに雁字搦めにされている哀れな男に見えて仕方ない。

「そんなものはどうでもいい! 死んだら元も子もないだろ! だから僕は例え貴族の名を剥奪されようとも生きる道を選ぶ!」

 地面に額を押し当てていたティレットが顔を上げてオズウェルの方へと視線を向けると、貴族という概念に捕らわれることなく自らの保身を優先させていた。

「ティレットよ。お前の生への執着心は褒めよう。だがな、例え無理やりやらされたなどと戯言を吐いて友を裏切るなんぞ男の風上にもおけない者だ」

 その二人のやり取りを静観して様子を伺うとティレットの生への拘りには百歩譲って納得がいくが、それでも目の前で殺されそうな友人達を見捨てようとするのは俺としては許せないものがある。そんなことでは仮に学院を卒業したとしても魔族と戦うことは不可能であろう。

「……ああ、そうだ。お前達を殺そうと思っていたが辞めよう。たった今良い事を思いついた。お前達にはこれがもっとも効果的な罰となるだろうからな」

 だがそこで天命を授かるが如く閃が脳裏を駆け巡ると、先程までは全員の腸を引きずり出して蝶蝶結びをさせたあと失血死するまで踊らせようと思っていたのだが、それでは余りにも在り来たり過ぎるとして天命の方を採用することとした。

「くっ、何をする気だ! この女がどうなってもいいのかッ!」

 不穏な空気を察知したのか最後の威勢と言わんばかりにオズウェルが声を荒げてナイフの刃をサツキの首元に食い込ませると僅かにだが皮膚が切れたのか血が滴り落ちていた。

「ははっ、お前は人の話を聞いていないのか? 俺が行動に移した時には既に全て終わりを迎えていると。ほれ、よく見てみろ自身の体をな」

 オズウェルの滑稽な姿を目の当たりにして自然と笑みが込み上げてくると、それは既に俺の攻撃が完了している何よりの証拠となるだろう。

「はっ、そんなはったり風情の言葉を俺が信じると思っているのか馬鹿め! だがお前は警告を無視したな。よってサツキは今この場で死ぬ事になる。後悔しろっ! この平民風情がぁぁあ!」 

 奴は自らの体の変化にすら気が付いていない様子で彼女を殺そうと首元に押し当てたナイフを横に引こうとする。
 ――だがしかしそこへ土下座を披露していたティレットが目を見張りながら、

「ま、待つんだオズウェル! 本当にアイツの言う通りに自分の体を確認した方がいい!」

 という驚愕の声を上げながら手を伸ばすとオズウェルはナイフを引く手を止めていた。

「裏切り者の言葉なんぞ聞く訳がないだろうが! 俺はサツキを殺して平民が咽び泣く姿を目の当たりにするのだぁぁぁあ!」

 しかしそれは火に油を注ぐだけでの行為であり、オズウェルは歯茎を剥き出しにして再びナイフを持つ手に力を込めると一気に横に引こうとする素振りを見せてくるが――――そこで一つの異変が起こることとなった。

 先程まで威勢良く殺す殺すと何度も言っていたオズウェルの動きが時間が止まるように目の前でぴたりと停止したのだ。それは動きだけではなく表情も同様にである。

「ふっ、漸く気が付いたようだな。どうだ? 男の体から女の体に変体した気分は?」
「な、なな、なんだこれは!? 一体どうなっている!」

 オズウェルは自らの体に視線を向けると、そこには男には絶対にありえない豊満な胸が顕となっていて、余りの衝撃的な事にサツキに当てていたナイフの握る手を緩めていた。

「おっと、突然の事に動揺が隠せないようだな。だがそれは最も愚かな行動だと言わざる得ない。何故なら――」

 その一瞬を見逃すことはなく奴が動揺して隙が生まれた瞬間に聖力の鎖を強制排除させると、瞬間移動の魔法を駆使してサツキを自身の手元へと引き寄せた。

 そしてサツキは俺の腕に抱かれると少しだけ安心したように目元を緩ませて、そのあとは眠るように気を失っていた。

 ここまで数々の恐怖に耐え忍んだ彼女は恐らく今後の成長へと繋がるだろう。
 だが無理をさせすぎたという点においては俺としても反省しなければならない。

「こういうことになりうるからだ。一度掴んだ獲物はしっかりと首元を掴んでおけ」

 サツキの事を思いつつもオズウェルへと顔を向けて戦いのアドバイスを送る。
 仮にまた俺と戦う意思があるのであれば、今度はもっと念入りに策を考えて欲しいものだ。

「なっ、しまっ……! ぬ”あ”ぁ”っ”! 巫山戯るなよクソがッ!」
「ははっ、そう怒るなよ。せっかく美少女に生まれ変わったんだ。もっと上品な言葉遣いで楽しむといいぞ」

 オズウェルは男の時から容姿だけは優れていた為に、それを素体として女体化の魔法を施すと容姿端麗の美少女が誕生することは至極当然のことであるのだ。長髪の黒髪に豊満な乳と気が強そうな表情と雰囲気。これはこれでサツキとはまた違った美しさがあり良いのではないだろうか。

「黙れっ! お前が一体どんな聖法を使ったのかは分からないが、依然としてやることは変わらない!」

 人質を取り返されたことが影響しているのか怒りが限界突破しているようなオズウェルがナイフを握り締め直すと、刃先を俺の元へと向けてくるが奴は何一つ現状を理解していないのだろうか。
 ここまできて尚も諦めないとは……ある意味ではオズウェルは勇者向きの性格であろう。

「……はぁ、残念だな。それがお前の答えであるならば最早致し方ない。これからお前達にはサツキが味わった恐怖をそのまま受けて貰う。無論だがパウモラやティレットも同様にだ」

 溜息を吐きつつもこうなることは少なからず予想していたことであり、これも一つの結末だとして指を鳴らすと目の前に三人の小汚い男達を召喚した。

「女……女ぁぁぁあ!」

 一人の男は気が触れている状態でありオズウェルを見ながら叫び声を上げている。

「ひひぃひひぃっ!」
 
 そしてもう一人は極度に痩せていて肉と呼ばれるものは無いに等しく、まるで骨に皮が張り付いているような男である。

「ふごふご! ふごふご!」

 最後はまるまるとした巨体の男であり、体中から強烈な刺激臭を漂わせている。

「な、何者だコイツらは!?」

 その多種多様な男達を目の当たりにしてオズウェルは声を出して驚くが、三人の男達はそれを聞いて興奮しているらしく息遣いが次第に荒くなっていく。

「ん、ああ紹介が遅れたな。俺が前もって確保しておいた浮浪者共だ。まあもっとも今は性欲に呑まれた猿どもだがな。きっと浮浪者共の目にはお前達がご馳走に見えていることだろう」

 だがここで男達の素性を明かすと、それは先程俺が適当に集めた浮浪者達であるのだが、とある魔法を複数ほど施してあるのだ。それは力の強化と性欲の強化と聖法無効の能力だ。

 一見すれば常軌を逸した能力に思うかも知れないが、これは時間の経過と共に効力が薄まりやがて全てを失うのだ。これで一切の証拠はなくなり、奴らには罰だけが与えられるということだ。

 だから何も心配はいらない。しかしこれぐらい魔法を付与してやらねば浮浪者共がオズウェル達を襲うことは出来ないのだ。
 腐っても奴らは貴族の血を引くもの達だからな。これぐらいで漸く対等というもの。

「なにを……何を俺達にさせる気だっ!」

 睨みを利かせているつもなのかオズウェルが視線を向けてくるが、美少女の容姿へと姿を変えた今では何の圧も感じることはなく寧ろ可愛いだけである。

「何を……だと? そんなこと分かりきっているだろう。一々下らない質問をするな。ほれ、いけ浮浪者共。思う存分に楽しめ」

 今から数時間ほどオズウェル達には玩具となってもらうべく性欲のみで動く男達に命令を下すと、浮浪者共はこの瞬間を待ちわびていたのか歓喜のような雄叫びを上げながら奴らの元へと一斉に近づいていく。

「よ、よせ! こっちに来るな!」

 そしてオズウェルは青ざめた顔で聖法を発動すると障壁を築くが、気が触れている男に障壁を簡単に突破されると体を掴まれそうになっていた。

「ぼ、僕は男だぞ! 辞めてくれ頼む! や、辞めて!」

 そんな声が聞こえてくるのはティレットの方からで奴は元から顔が女のようであり、女体化させるまでもないとして放置していたのだが、どうやら骨と皮だけの男にはそういう趣味があるらしい。

「うわっ、なんだこれ! おいどうなって……むぐっ!?」

 それから忘れてはならないのがパウモラだ。コイツにはしっかりと罰を受けて貰わなければならない。故に眼球を抉り取り投げ捨てた際に女体化の魔法と治癒を施しておいたのだ。

 ちなみに今のパウモラは褐色肌に濃い黄色の短髪で胸はそこそこの大きさの女となっている。 
 ……まあ現状は巨体の男に押し倒されて見るに堪えない光景となっているがな。

「ああ、そうだ。一つ伝え忘れていたが、お前達が女体化したことは誰も不思議に思うことはないから安心しろ。だからお前達は精一杯、浮浪者共の相手をしてやってくれ」

 完全に日が落ちた頃そろそろ幕を引こうとサツキを抱えて歩き出すが、そこでオズウェル達が女体化したことを周囲から不信に思われないように記憶操作の魔法を発動すると、その魔法は一夜の間に全員の記憶を改竄し、誰ひとりとして奴らが元男だったという事実は覚えていないだろう。

「ま、待ってくれ! こんな所に置いていかないでくれ! ああクソが俺に触るな! そんな所に手を入れ……っあぁっ!?」

 助けを求めるように手を伸ばして声を掛けてくるオズウェルだが、その背中には気が触れた男がしがみついていて手をズボンや服に入れては奴の弱点を探っているようであった。

「や、やめて……そこだけは許して……嫌だ……」

 その隣ではティレットがズボンを脱がされて四つん這いの姿勢を強要されている。

「げほっかはっ……はぁはぁ……むぅっ!?」

 パウモラの方は先程から光景が変わることはないが顔中が巨体男の涎にまみれていて、これほど因果応報という言葉がしっくりくるのも中々ないであろう。

「さて、これで面倒事は片付いたな。あとはサツキを家まで送るとするか。まったく、やれやれだな」

 全員が罰を受けていることを確認するとこれにて俺のやるべきことは全て終了し、あとは彼女を無事に家に連れて帰るだけなのだが、この状態では色々と誤解を受けてしまいサツキの父に殺されかねない。

「はぁ……まさかサツキの下着姿を見ることなろうとはな。昔の俺ならばこれで興奮していたのだろうか」

 独り言を呟きつつ寝ているサツキの顔へと右手を近づけて魔法を発動させると、最初に切り傷を治癒させていき最後は制服を元通りにして何事もなかったかのような状態にまで復帰させた。

「まあ、これぐらいなら大丈夫だろう。よし、サツキの家に向かうとするか」

 背後から聞こえてくる数多の悲鳴や泣き声を耳に入れつつ歩き出すと、俺の中では久々に対面するであろうサツキの両親達に妙な緊張感が湧いてしまい、魔王としての地位を手に入れたとしても慣れないことはあるようだ。

「だがもし……この光景をサツキが目にしていたならば、きっとこの場で俺を罵り軽蔑していたであろうな」

 だけど俺はお前さえ守れればそれだけでいいのだ。確かに平和を願う者がする行いとしては間違いだろう。しかしそれは優先順位が違うのだ。
 サツキを守ること自体が第一優先であり、平和への願いは二の次というものだ。

――――だから、許して欲しい――――
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