上 下
5 / 5

閉ざされるドア

しおりを挟む
「えぇ? そんなこと……」
「そのために、英語には力を入れましたよ。無料で参加できる外国人との交流会に参加したりもしたし。金さえあれば、世界中どこでも生きていけますよ」

 こいつ、日本を捨てる気か? そこまで覚悟を決めていると?

「ビザか永住許可が取れればいいんですが、それまではちょくちょく行ったり来たりするつもりです。世界は狭いですから」

 地方勤務くらいに考えているのか? わたしの時代では考えられなかった……。

「もう、なんと言っていいかわからん。先生に少し考えさせてくれ」

 良識ある教師として、大人として、止めてやるべきなのだろうが、止める言葉が思いつかなかった。

「そうですよね。急にこんな話をされても、困りますよね」
「ああ、すまんな。良いアドバイスができなくて」

 こんな調子で三者面談などできるのだろうか? まさか盗品横領を職業にしようとしているとは言えないだろう。

「できればもっと穏当な職業についてもらいたいものだが、たとえば官憲側に立って犯罪を取り締まるとか?」

 そういうと、初めて多田の目が険しくなった。

「それでは裁けない罪があり、届かない人間がいるからこういう道を選んだんです。失礼します」

 多田は席を立って、ドアまで進んだ。ドアノブを引いて扉を開けた。

「ああ、それにしてもなんだってこんな話を俺にしたんだ。秘密にしておきたい内容じゃないのか?」

 多田はぴたりと動きを止めると、背中を向けたままで言った。

「だって先生、生徒の個人情報を横流ししているじゃないですか。あれって、反社の資金源になっていることご存じですか? もうじき仕事を始めますので、開業前のご挨拶ですよ。――将来のお得意様への」

「おい!」

 わたしが声を掛けた時には既に多田の姿はなく、閉まりかけたドアがわずかな隙間を閉ざそうとしていた――。

 (完)
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

きっと、勇者のいた会社

西野 うみれ
ミステリー
伝説のエクスカリバーを抜いたサラリーマン、津田沼。彼の正体とは?? 冴えないサラリーマン津田沼とイマドキの部下吉岡。喫茶店で昼メシを食べていた時、お客様から納品クレームが発生。謝罪に行くその前に、引っこ抜いた1本の爪楊枝。それは伝説の聖剣エクスカリバーだった。運命が変わる津田沼。津田沼のことをバカにしていた吉岡も次第に態度が変わり…。現代ファンタジーを起点に、あくまでもリアルなオチでまとめた読後感スッキリのエンタメ短編です。転生モノではありません!

蠍の舌─アル・ギーラ─

希彗まゆ
ミステリー
……三十九。三十八、三十七 結珂の通う高校で、人が殺された。 もしかしたら、自分の大事な友だちが関わっているかもしれない。 調べていくうちに、やがて結珂は哀しい真実を知ることになる──。 双子の因縁の物語。

霧崎時計塔の裂け目

葉羽
ミステリー
高校2年生で天才的な推理力を誇る神藤葉羽は、幼馴染の望月彩由美と共に、異常な霧に包まれた街で次々と起こる不可解な失踪事件に直面する。街はまるで時間が狂い始めたかのように歪んでいき、時計が逆行する、記憶が消えるなど、現実離れした現象が続発していた。 転校生・霧崎璃久の登場を機に、街はさらに不気味な雰囲気を漂わせ、二人は彼が何かを隠していると感じ始める。調査を進める中で、霧崎は実は「時間を操る一族」の最後の生き残りであり、街全体が時間の裂け目に飲み込まれつつあることを告白する。 全ての鍵は、街の中心にそびえる古い時計塔にあった。振り子時計と「時の墓」が、街の時間を支配し、崩壊を招こうとしていることを知った葉羽たちは、街を救うために命を懸けて真実に挑む。霧崎の犠牲を避けるべく、葉羽は自らの推理力を駆使して時間の歪みを解消する方法を見つけ出すが、その過程でさらなる謎が明らかに――。 果たして、葉羽は時間の裂け目を封じ、街を救うことができるのか?時間と命が交錯する究極の選択を迫られる二人の運命は――。

リアル

ミステリー
俺たちが戦うものは何なのか

ナガヤマをさがせ~生徒会のいちばん長い日~

彩条あきら
ミステリー
中学生徒会を主役に、行方不明の生徒会長を探し回るミステリー短編小説。 完全無欠の生徒会長ナガヤマ・ユウイチがある日、行方不明になった!彼が保管する文化祭実行のための重要書類を求め、スバルたち彩玉学園中学生徒会メンバーは学校中を探し始める。メンバーたちに焦りが募る中、完璧と思われていた生徒会長ナガヤマの、知られざる側面が明らかになっていく…。 ※別サイトの企画に出していた作品を転載したものです※

怪奇事件捜査File1首なしライダー編(科学)

揚惇命
ミステリー
これは、主人公の出雲美和が怪奇課として、都市伝説を基に巻き起こる奇妙な事件に対処する物語である。怪奇課とは、昨今の奇妙な事件に対処するために警察組織が新しく設立した怪奇事件特別捜査課のこと。巻き起こる事件の数々、それらは、果たして、怪異の仕業か?それとも誰かの作為的なものなのか?捜査を元に解決していく物語。 File1首なしライダー編は完結しました。 ※アルファポリス様では、科学的解決を展開します。ホラー解決をお読みになりたい方はカクヨム様で展開するので、そちらも合わせてお読み頂けると幸いです。捜査編終了から1週間後に解決編を展開する予定です。 ※小説家になろう様・カクヨム様でも掲載しています。

マスクドアセッサー

碧 春海
ミステリー
主人公朝比奈優作が裁判員に選ばれて1つの事件に出会う事から始まるミステリー小説 朝比奈優作シリーズ第5弾。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...