飯屋のせがれ、魔術師になる。

藍染 迅

文字の大きさ
672 / 694
第5章 ルネッサンス攻防編

第671話 追い詰められたステファノは「奥の手」を出した。

しおりを挟む
 ステファノは杖の先端50センチをロープに戻した。
 杖全体に働いていた回転力が先端のロープに集中して加速させる。そのスピードはマルチェルの拳を上回っていた。

 ぱあんっ!

 2人の間で鋭い音が破裂した。

 マルチェルが左拳から飛ばしたイドがステファノのロープを弾き返したのだ。

 そこからは目まぐるしい接近戦となった。
 互いに相手の周りを巡りながら杖を、ロープを、手足を繰り出しせめぎ合う。

 観戦する団員にはどちらが攻めているのかすらわからなくなっていた。
 やがてマルチェルの手足の動きが徐々に小さくなっていき、いつの間にかステファノもロープを捨てて素手で戦っていた。

 団員の目には見分けがつかなかったが、ステファノは徐々に行動の自由を奪われていった。
 どこに撃ち込んでもマルチェルの手足にさばかれ、次の動きに誘導される。

 ステファノには自分の動きが果たして自分の意思から生まれたものかどうか、わからなくなってきた。

 マルチェルの受けがわずかに遅れ、顔面に隙が見えた。その瞬間、ステファノは躊躇うことなく右の拳を突き出していた。
 
(撃たされた!)

 気づいた時にはすでに腕を取られ、背負い投げで宙に飛ばされていた。
 
 地面にたたきつけられる衝撃を吸収しようと、ステファノは体を丸めながらイドの鎧を背中にまとう。
 引き延ばされた意識の中で、空を見上げる視界の端に振り下ろされようとしているマルチェルの拳が見えた。
 
 投げ飛ばされた態勢では攻撃も防御も効かない。追い詰められたステファノは「奥の手」を出した。

いかずち丸っ!」
「ピィイーッ!」

 ステファノの頭髪から雷丸が飛び出した。魔法なしという申し合わせだが、従魔を使わないという約束はなかった。
 雷丸はイドの鎧をまとい、つぶてとなってマルチェルに迫る。
 
蛇尾くもひとで!」

 初めてマルチェルが声に出して気合を発した。撃ち出す右拳からイドを発し、まとわりつく触手を広げる。
 
「ピピピ?」

 雷丸の突進は蛇尾くもひとでに抑え込まれた。親指ほどの体ではイドの塊をはねのけることができない。
 蛇尾くもひとでは勢いをそのままに雷丸もろともステファノを絡めとった。
 
「うっぷ!」

 地面に貼りつけられたステファノの顔面、紙一重にマルチェルの右拳がぴたりと止められた。
 
「参りました」

 ステファノは負けを認め、蛇尾くもひとでの縛めから自らを解放した。
 
「ピー……」

 胸の上で押さえつけられていた雷丸が申し訳なさそうな声を立てた。
 
「雷丸、お前のせいじゃないよ。俺の攻めが甘かったんだ」
「さあ、ステファノ。立ちなさい」

 マルチェルは拳を解いて、ステファノに手を差し伸べ、立ち上がるのを手伝った。
 
「隠し技として従魔を使う考えは悪くなかった。ただ、ネルソン商会でその手・・・は見せてもらいましたからね」

「まつろわぬもの」を調伏する際、隠しておいた雷丸に陰気を注入させた。その印象がまだ新しいタイミングでは、従魔の投入は奇襲としての効果が弱くなっていた。

「従魔と一直線に並んだのも工夫が足りません。むしろ異なる方向から攻撃させて、共闘する形の方が相手を困らせるでしょう」
「雷丸を出すタイミングも遅すぎましたね。撃ち合いの段階で出すべきでした」

 ステファノは頭をかいた。戦いの最中、戦術を考える暇もなくステファノを追い込んだマルチェルの作戦勝ちであった。

「お見事でした!」
「恐縮です。ただの稽古ですが、団員たちの参考になれば幸いです」
「あれがただの稽古ですか……」

 目にも留まらぬ技の応酬であった。
 イドの攻防に至ってはマーズでさえ半分もついていけていない。

 あきれ返ってマルチェルたちを眺めれば、あれほどの組手の直後だというのに涼しい顔でたたずんでいた。
 マルチェルは言うに及ばず、ステファノの息にもまったく乱れがない。

(これが「鉄壁」! いや、その片鱗か……)

 マーズは深く感服し、2人に何度も礼を述べたことであった。

 ◆◆◆

「2人ともすっきりしたようだな」

 王都からの復路、ネルソンはマルチェルに語りかけた。
 
「ははは。久しぶりに緊張感のある組手ができました」

 もちろん本気で戦ったわけではない。しかし、技に手を抜いた部分は存在しなかった。
 緻密な手順、緩急、そしてスピードと力。その充実をマルチェルは「緊張感」と表現した。
 
「おかげで頭を空っぽにできました」

 考えていてはマルチェルの動きに追いつけない。ステファノは技に没入し、イドに意識を溶け込ませていた。
 あそこまでの集中は一人稽古ではできないものだった。

「シュルツ団長の手当に成功してよかった」
「プリシラに比べて憑依された期間が長かったようなので心配しましたが」
「うむ。ステファノが工夫した送気核イドメーカーのおかげだな」

 完全とは言えないが、シュルツ団長は日常生活に困るようなことはないだろう。
 
「剣士として働けないのは、彼にとって残念でしょうな」
「そういうものか。私には想像するのが難しいが」
「戦場での怪我、そして老い。いかなる武人でもやがて戦えなくなる日が来ますが、その日を一日でも遅らせたいのが人情というものです」

 それはマルチェル本人にも当てはまることだった。既に体力のピークは過ぎている。
 いつまで「現役」にしがみついていられるか。
 
「ふふふ。見苦しくとも、死ぬまであがき続けたいとは思っています」
「見苦しくても構わんだろう。生き様の価値は己が決めることだからな」

 そう言うネルソンにも自分自身の戦いがある。「誰もが自分の望みを語ることができる世界」。その訪れを早めるために、ウニベルシタスを世に残さねばならない。
 
「まだまだなすべきことがある。できることがある。幸せなことだな」
「誠にさようで」

 ネルソンには、マルチェルには、既に続く者たちがいる。志や技術を引き継ぎ、やがて来る次の時代に発展させるであろう若者たちが。
 
「ありがたいことです」

 その一人の背中を見ながら、マルチェルは目を細めた。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第672話 そう思えば、心底危なかった。」

 ネルソンはシュルツ団長を疲れさせない範囲で聞き取りをしたが、いつから「まつろわぬもの」に憑依されていたのかはわからなかった。かなり長い期間であったことは間違いない。
 その間にネロの精神を支配し、「反魔抗気党」を立ち上げさせたので、4年以上ではあるはずだった。

 それだけの長い間、誰にも気づかれることはなかったのだ。それどころか、直接面会したマルチェルやドリーたちも気づくことができなかった。それほど「まつろわぬもの」の偽装は完璧だということになる。

 ……

◆お楽しみに。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます

六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。 彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。 優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。 それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。 その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。 しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。 ※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。 詳細は近況ボードをご覧ください。

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

【完結】魔法大戦 〜失われた古代魔法で無双する!〜

加瀬 一葉
ファンタジー
 王立魔法学校。高等部に編入してきた冴えない生徒ラフィト。エリートが集うこの学校で、辺境出身のラフィトは落ちこぼれの劣等生なのだが……。  実は彼は、失われたはずの古代魔法を操る一族の末裔。魔族の脅威が増す時代に、ラフィトは人類を救うことができるのか?  過去と現在が交錯する、魔法ファンタジー。

詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~

Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」 病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。 気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた! これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。 だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。 皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。 その結果、 うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。 慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。 「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。 僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに! 行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。 そんな僕が、ついに魔法学園へ入学! 当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート! しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。 魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。 この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――! 勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる! 腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...