飯屋のせがれ、魔術師になる。

藍染 迅

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第5章 ルネッサンス攻防編

第647話 これなら加工が楽になるわね。

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「えっ? 何をしたの?」

 目にしたものが理解できず、プリシラは息を飲んだ。

「えと、まず一瞬で凍らせて、それから一瞬で水分を飛ばしたんだ」

 ステファノはたった今使った魔法のことを、そう説明した。
 「結氷フリーズ解氷ドライ」。やっていることは急速冷凍乾燥だ。

 鉄鎧を相手にした際は自由電子を放出させるだけで鉄の金属結合がバラバラになった。しかし、有機物の場合は勝手が異なる。更にミクロなレベルでの分子構造を認識できなければ、物質を分解する術式を組むことができない。

 そこでステファノは考え方を変えた。有機物からなる物体にはほとんどの場合「水」が含まれている。物質中の水分を一気に凍らせて構造を破壊した後一気に水分を奪えば、物質を崩壊させることができるのではないか?
 氷を一気に気化させて奪い去る部分の因果を探すのに苦労したが、ステファノは試行錯誤の末に「結氷~解氷」という有機物分解魔法を発明した。

「へえー。薬草が簡単に粉末になっちゃった。これなら加工が楽になるわね」
「うん。煎じるにしても、他の何かと調合するにしても下処理が要らない。乾燥済みだから保存も効くよ」

 切り刻んだりすりつぶす作業が要らなくなる。薬種問屋にはぴったりの魔法だった。

「すごーい! ……みんながこれを使えたら仕事がはかどるのになあ」

 少し残念そうにプリシラは唇を突き出した。

「そう思って魔道具を用意したんだ。ほら」

 ステファノは床に置いてあった背嚢から短めのを取り出した。
 
「なあに? それが魔道具なの?」
「そうだよ。乾燥させたいものの上に当てて、『フリーズドライ』と唱えるだけでいいんだ」
「随分簡単ね」
「必ず薬草はお皿の上に置いてね。そうしないと、薬草の下にあるものまで乾燥させてしまうかもしれないから」

 正確に言えば、「生き物」には作用しない。魔法具としての術式には生き物を害さないという禁忌が組み込んである。それがステファノなりの安全対策だった。

 ステファノは紙に書き起こした使用法を示しながら、プリシラに「乾燥粉砕具ドライクラッシャー」の使い方をコーチした。
 魔法具は10個用意してある。薬草を下処理する使用人の頭数に足りるはずだった。

「とってもいいわ! これがあれば、薬研やげんも乳鉢も用済みね。ありがとう、ステファノ」
「どういたしまして。使ってみて何か気づいたことがあったら教えてくれ」

 実際に使用してはじめてわかる不具合というものがある。プリシラたちは、ステファノにとってはありがたい実用試験係というわけであった。

 ステファノの用事が終わったので、今度はプリシラが近況を報告する。
 去年からネルソンが発明した抗菌剤が一般向けに解放された。その画期的な薬効が評判を呼び、今に至ってもまだ生産が需要に追いつかないそうだ。

「何しろ原料がキノコでしょう? 急に生産量を増やしたりできないのよ」
「そのキノコは栽培できないの?」
「いろいろ試しているらしいけど……」

 人工栽培ができないとなると、山の中を歩きまわって採取するしかない。膨大な人手と時間の無駄である。
 助けられるものなら手助けしたいが、さすがのステファノもキノコ栽培に関する知識は持っていなかった。

「ドイル先生に相談したら、いい知恵があるかもしれないよ。誰か詳しい人を知っているかもしれないし」
「そうね。あの先生なら手掛かりをくれるかも」
「あとで遠話で聞いてみてあげるよ」

 そう提案する言葉の裏側で、ステファノは別の工夫について考えていた。

「確か抗菌剤の成分は、キノコを煎じて抽出するんだったね?」
「そうよ。大鍋でぐつぐつ煮るの。お鍋当番になると一日中かき回し続けなきゃならないから、そりゃあ大変なのよ」

 すっかり腕が太くなっちゃったと、プリシラは二の腕を掴んで見せた。

「それは大変だね――」

 心のこもらない返事をしてステファノは黙考した。
 一見つれない反応だが、こういう時ステファノは何かに没頭しているのだということを、つき合いの長いプリシラは理解していた。

「――できるかもしれないな」

 30秒ほど沈思していたステファノが、ようやく口を開いた。プリシラを見て明るく微笑む。

「薬効成分を煮出す時間を短くできるかもしれないよ」
「本当? それができたら助かるわ! あ、乾燥粉砕具を使うのかしら?」
「うん。それも役に立つと思うよ。実はもう1つ試してみたい工夫があるんだ」

 そのためには大鍋を使う加工場を実際に見てみたいとステファノは言った。

「それなら窯場を仕切っているジョナサンさんに話を通さなくちゃ」

 ジョナサンはかつてネルソン別宅の執事をしていた。別宅を引き払った際、商会に戻って窯場の担当となった。
 ステファノとも旧知の中なので、話が早い。

「ここはお前の職場みたいなもんだからな。好きに見ていくがいい。邪魔にならねえようにな」

 許可を得て、ステファノはプリシラと共に窯場に入った。
 年中火を絶やさない窯場には熱気が籠り、薬種を煮込む独特の臭気が充満していた。

「ここに来るのは久しぶりだけど、やっぱりきつい職場だね」
「何だど! 文句つけるつもりが?」 

 大鍋の前に立つ熊のような男が、柄杓を手に振り向いた。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第648話 こんたどごろ見でも面白ぐねべに。」

「あれっ? サルコじゃないか!」

 すごまれて怯むどころか、ステファノは懐かしさに声を上げた。
 そこにいたのは、初めてネルソン商会に来たステファノを同僚として迎えてくれたサルコだった。

「ん? 何だ、馴れ馴れしぇな。誰だ、おめだば?」
「俺だよ、ステファノだよ! 久しぶりだね」
「……ああ、ステファノが。変わらねな」

 ……

◆お楽しみに。
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