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第5章 ルネッサンス攻防編

第635話 とんでもないな、メシヤ流。

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「それで、やってみたらあんなことになりまして……」

 若干申し訳なさそうにステファノは言った。

「あんなに粉々になるとは思っていませんでした。すみません」
「いや、謝ることではないが……、粉々どころか消えてなくなるとはな」
「鉄くずも残らないとは、もったいない壊し方をしました」

 それまでの術では残骸なり、溶けた鉄なりが残っていた。鎧としての価値はなくなったが、溶かして作り直せば何かの役に立つはずだった。
 しかし、最後の術ではすべてが跡形もなく吹き飛んでしまった。ステファノはそれがもったいないと悔やむのだった。

 「何も全部分解しなくてもよかったですね。加減を知らずにやり過ぎました」

 スープに入れた具をすべて溶かしてしまったような口ぶりで、ステファノは失敗を語った。

「アレが失敗だと? 貴様、本気か?」
「サレルモ師、お気を鎮めて! こいつに道理を説いても無駄です」

 顔を赤くして怒鳴ろうとしたサレルモは、あきらめ顔のドリーを見て気が抜けた。こいつらにとってはこれが日常なのだと悟ったのだ。

「とんでもないな、メシヤ流」
「どうにもすみません」

 サレルモ師の語気には「お前も大変だな」とドリーに同情する気持ちも含まれていた。

「『結解』と言っていたか? あの術は何にでもかけられるのか?」
「向き不向きはありますが、恐らくたいていの物には使えると思います」
「――生き物にもか?」

 人に使えるのであれば最強の殺人術となる。思わずサレルモ師の声が低くなった。

「生き物は無理ですね。濃いイドをまとっているので魔法が通りません」

 首を振るステファノをドリーは横眼で見ていた。ついこの間、ステファノがネロのイドを根こそぎ吹きさらうところを見たばかりだ。あんなことができるなら、人にこの術をかけることもできるのではないか。

(こいつに人を殺す正当な理由を与えないでくれ)

 ドリーは内心で祈った。「正当な理由」が与えられてしまったら、魔視まじ脳に刻まれたリミッターでもステファノを止めることができない。
 神がいるなら、そんな悲劇は止めてほしかった。

「まだまだ想像もつかない術があるということがわかった。それだけでも今日の学びは大きかった」
「それはこちらとて同じことじゃ。交流は双方に益があるということじゃな」
「うむ。今後もよろしく頼む」

 最後はサレルモ師とマランツ師が手を握り合って友好を約した。

 休憩後、最後に残っていた5人対1人の試射を行うはずだったが、「結解」以上の威力ある術はないという話に行きついた。
 魔術師協会チームは火魔術2名、風魔術2名、土魔術1名の割り振りで複合魔術を放つ予定だった。この組み合わせなら「大火力爆裂魔術」を放てるのだが、それとて物質崩壊の威力には及ばない。

 複合魔法の研究会はまたの機会にということで、魔術師協会とウニベルシタスとの対決は幕を閉じた。

 ◇

「魔術師協会の連中が変化を求めるとはねぇ。思いがけないことがおこるものだ」

 ドイルはサポリに帰着した3人の報告をなかなか信じようとしなかった。協会が見せた様々な工夫を詳しく説明し、ようやくドイルに事情を理解させることができたのだった。

「ルビーを使った光魔術は興味深いが、何よりもステファノが使った『結解』という術が気になるね」
「うむ。魔法というより錬金術の領域かもしれん。物質の本質に一歩踏み込んだ術だな」

 ドイルもネルソンも物質を崩壊させる現象に興味を示した。
 試みに鉄丸を対象にして術を使わせてみる。

「うーん。やり過ぎないように気をつけます」
「もはや手遅れだと思うが」

 ドリーに茶化されながらステファノは皿に置いた鉄丸の上に手をかざした。

「陰気解放。結解リリース!」

 鉄丸は光を発しながら、皿の上でぐずぐずと崩れて粉になった。

「このくらいがいい感じですね」

 ステファノとしてはこれなら再利用ができると考えたようだ。

「ふうむ。イドの制御とは似て非なるものか。『陰気を帯びた何か』が動いたことは感じたが、何をどうすれば動かせるのかはさっぱりわからん」
「認識力の問題だね。目に見えぬものを認識する能力が必要らしい」

 ネルソンは治療魔法を得意とし、ドイルは錬金術を研鑽している。その2人でもここまでの微細現象を認識・制御することはできなかった。電子顕微鏡の視野下であれば、あるいは電子を認識しえたかもしれないが。

「ステファノの場合はイデア界側から事象サ観てんだッペ」
「それがアバターの能力というわけだな」
「そうだッペナ。ステファノのギフトも関係ありそうだ」

 アバターを持っていれば誰でもステファノと同じ認識力を得られるわけではない。ヨシズミはそう考えていた。
森羅万象諸行無常いろはにほへとちりぬるを」という認識系のギフトを持つがゆえに、ステファノはイデア界の視野という独自の「識」を得るのだろう。

「アンタも『蛇の目』って認識系ギフトさ持ってッペ? ステファノに近ェことならやれッかもしんねェナ」
「なるほど。蛇の目は熱感知を土台にした認識力だからな。熱の放出と吸収に関わる現象なら認識しやすいかもしれん」

 言われてみればドリーには思い当たる節があった。
 全属性持ちのドリーだったが、中でも火魔法、水魔法、風魔法に親和性が高かった。いずれも「熱操作」と関係が深いためかもしれない。

「熱現象を制御するという意識でギフトの特長サ生かせば、術の応用が広がンでねェか?」
「無意識を意識する、ということか」

 ステファノはそれをやってのけている。一見簡単そうに起こしている非常識な現象は、深く自我と向き合い、意識外の意識を見つめ続けた結果なのだ。
 ステファノの術を試行錯誤の過程から見続けてきたドリーは、誰よりもそれを知っていた。

(わたしの術はまだそこまで届いていない。――まだ成長できるということだ)

 ドリーは素直にそう認められるようになっていた。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第636話 ――それがアリスの正体だった。」

 ジェーンは追いつめられていた。
「まつろわぬもの」として人を超えた力を持ってはいたが、かつて神として世界を支配していた力には到底及ばない。

 世界に対する支配力を取り戻そうと動きを起こしても、「神の如きもの」アリスの反撃に合い、逆に追いつめられていた。

 戦を誘発し、階級間の対立を煽ってきたが、アリスは自分の手先を動かしてジェーンの陰謀を阻止した。

 ……

◆お楽しみに。
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