上 下
632 / 640
第5章 ルネッサンス攻防編

第632話 魔術発動体は既に手の内にある!

しおりを挟む
 イデア界に接点を持ち、魔法行使に距離の制約を受けないステファノには、土魔法での標的破壊は簡単な課題だった。問題は破壊できるかどうかではなく、「どの方法で破壊するか?」という方法論だ。
 しかし、キケルの方はそうはいかない。

 20メートル先の標的を直接魔術の対象にはできないのだ。
 
「どっちだと思いますか?」
「何を飛ばすか、かね?」

 ドリーはキケルが取る攻略手段をどう予想するか、マランツに問いかけた。
 手が届かず殴れない物を破壊するには、何かを投げつけてやればいい。
 
 魔術発動体を飛ばすか? それとも術で武器を飛ばすか?
 キケルはそのどちらかを選ぶのだろうと、マランツは予想していた。

 試射位置についたキケルは右こぶしを左手で包む拳法家のようなポーズで佇んでいた。その目は閉じられ、唇は小さく動いて無音で呪文を唱えている様子だった。

「投げる様子がない?」
「うむ。発動体にしろ武器にしろ、手に持たぬことには術を使えぬじゃろうに」

 ドリーたちは動きを起こさぬキケルの様子に当惑した。

(いや、魔術発動体は既に手の内にある!)

 ステファノの魔視はを見逃さなかった。
 握った右手の中からするすると水平に伸びた髪よりも細い糸。

 肉眼で視認できなくとも、それに籠められたイドを第3の目が見逃さなかった。土魔術に支えられて水平に伸びる「糸」は、ついに標的まで到達した。

 閉じられていたキケルの両眼が、かっと見開かれた。今までとは比較にならない密度のイドが魔核マジコアとなって、キケルの手から「糸」に送り込まれた。

「鋼線か!」

 ドリーの蛇の目がイドのうねりを知覚した。彼女の目にも宙に渡された細い線がまばゆく輝いて観える。

「押しつぶせ! 竜の手!」

 ガボン!

 低い音を立てて鋼線が触れた鎧の前面が陥没した。胸部装甲部分が背中まで凹んだ。
 それがキケルのイメージなのだろう。鎧は爬虫類の手形を押されたように潰れていた。

「ほう。よく考えた工夫じゃな。目に見えぬ細さの鋼線を標的まで伸ばすとは」
「暗殺術としても、遠距離武器としても使えるわけか。応用が利く技だな」

 ドリーは別の術への応用をも想像して言った。土魔術だけではない。雷魔術の実行手段としても役立つに違いなかった。

(とはいえ所詮20メートルが限界だろうがな)

 それ以上の長さの鋼線を作るのは難しく、使いこなすにも無理があった。20メートルの鋼線は一流の職人が数カ月の時間を費やして、こつこつとたたき出したものだ。材料はただの鉄だが名剣に匹敵する価値がある。
 操るキケルの方も、20メートルの鋼線全体を土魔術で支える術式を維持しなければならない。これもまた大変な集中力を必要とする技であった。

(さて、次はステファノの番だが、どういう術式を使うつもりだ?)

 ステファノなら鋼線など使わずとも、魔法の遠距離行使ができる。
 術の範囲ももっと広いはずだ。

「行きます。生活魔法、『麺打ち』!」
 
 またもや標的の真下に魔法円が輝いた。
 ステファノは標的の上下に手のひらを置いて、標的を挟みつけるように両手を動かした。

「麺打ち」とはステファノが工夫した調理用魔法だ。土魔法の本質である重力を操り、小麦粉などをこねた生地を押し伸ばす技である。
 これを鎧の上下から同時に使い、ステファノは鉄鎧を容赦なく圧縮した。

 ガゴゴゴゴ、ガコン。

 鉄鎧はアイロンをかけた布のように、平たく潰れた。

 ドスン!

 ステファノが術を解くと、が地面に落ちた。

「さすがだな。これでは勝負にもならん」

 土魔術については最初からステファノの勝利を予測していたのだろう。悔しさも見せずにサレルモ師がステファノの手練を称賛した。

「ハンニバル師との土魔術合戦を見てみたいものだな」

 サレルモ師は「土竜もぐら」という二つ名を持つ土魔術の達人、ハンニバル師の名前まで持ち出した。

「とんでもない! 俺などではとても太刀打ちできません」

 ステファノはぶんぶんと手を振って、サレルモ師の言葉を否定した。
 ハンニバル師は常に剣呑な雰囲気を身にまとっている。あの人と技を競うなど、冗談でも勘弁してもらいたかった。

 これまでの試射で、標的の鎧はその都度つけかえられている。特にステファノの標的は原型を留めぬほどに破壊されているので残骸をかたづけるのも大変だった。初めから鎧ではなく、鉄板を的として使用すべきだったかもしれない。

(何だかもったいないな……)

 そうは言いつつ手加減するわけにもいかない。ステファノは頭を振って、次の「光属性試射」に気持ちを切り替えた。

(光魔法か。これが一番難しい)

「最後は光属性だな。何を見せてくれるものやら」

 ドリーはこの種目を楽しみにしていた。光属性には自らが編み出した秘術がある。

「『光龍の息吹』なら鉄鎧を切り裂く威力があるが……」

 ドリーはちらりとステファノに目を向けた。

「それではつまらないと思っているのだろうな、お前は」

 ステファノは、じっと標的を見つめたままだった。

「光龍の息吹はすさまじい術じゃが、あれ以外に鉄鎧を貫く光魔術があるかね?」

 光魔術こそ生活魔術にふさわしい術とも言えた。攻撃に用いても目くらまし程度の効果しか見込めないためだ。
 パルスレーザーにまで調整して威力を高める光龍の息吹は、例外中の例外だった。

 ウニベルシタスに身を置くマランツだが、他にそんな光魔法を見たことはなかった。

「そんな術はない――今までは。だが、ステファノがここにいるからな」
「あれは、何か考えている様子じゃの」

 5人目の魔術師は若い女性だった。リリムと呼ばれた彼女は道具も持たず、手ぶらで試射位置についた。

「光に威力さえ持たせられるなら、遠距離でも術を使えるだろうが……」

 興味深く見守るドリーの視線の先で、リリムは左手を持ち上げた。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第633話 こんなやり方があるのか?」

 リリムは差しのべた左手で標的を指さしていた。

「ん? 変わった指輪をしている。もしやあれが――」

 ドリーはリリムの左人差し指に注目した。そこには赤く輝く宝石があった。
 ルビーと思われる宝石は指輪の台座に納まっていた。変わっているのはその形だ。

「なぜわざわざあんな形にカットした?」

 ……

◆お楽しみに。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

裏切られ追放という名の処刑宣告を受けた俺が、人族を助けるために勇者になるはずないだろ

井藤 美樹
ファンタジー
 初代勇者が建国したエルヴァン聖王国で双子の王子が生まれた。  一人には勇者の証が。  もう片方には証がなかった。  人々は勇者の誕生を心から喜ぶ。人と魔族との争いが漸く終結すると――。  しかし、勇者の証を持つ王子は魔力がなかった。それに比べ、持たない王子は莫大な魔力を有していた。  それが判明したのは五歳の誕生日。  証を奪って生まれてきた大罪人として、王子は右手を斬り落とされ魔獣が棲む森へと捨てられた。  これは、俺と仲間の復讐の物語だ――

二人分働いてたのに、「聖女はもう時代遅れ。これからはヒーラーの時代」と言われてクビにされました。でも、ヒーラーは防御魔法を使えませんよ?

小平ニコ
ファンタジー
「ディーナ。お前には今日で、俺たちのパーティーを抜けてもらう。異論は受け付けない」  勇者ラジアスはそう言い、私をパーティーから追放した。……異論がないわけではなかったが、もうずっと前に僧侶と戦士がパーティーを離脱し、必死になって彼らの抜けた穴を埋めていた私としては、自分から頭を下げてまでパーティーに残りたいとは思わなかった。  ほとんど喧嘩別れのような形で勇者パーティーを脱退した私は、故郷には帰らず、戦闘もこなせる武闘派聖女としての力を活かし、賞金首狩りをして生活費を稼いでいた。  そんなある日のこと。  何気なく見た新聞の一面に、驚くべき記事が載っていた。 『勇者パーティー、またも敗走! 魔王軍四天王の前に、なすすべなし!』  どうやら、私がいなくなった後の勇者パーティーは、うまく機能していないらしい。最新の回復職である『ヒーラー』を仲間に加えるって言ってたから、心配ないと思ってたのに。  ……あれ、もしかして『ヒーラー』って、完全に回復に特化した職業で、聖女みたいに、防御の結界を張ることはできないのかしら?  私がその可能性に思い至った頃。  勇者ラジアスもまた、自分の判断が間違っていたことに気がついた。  そして勇者ラジアスは、再び私の前に姿を現したのだった……

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません

青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。 だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。 女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。 途方に暮れる主人公たち。 だが、たった一つの救いがあった。 三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。 右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。 圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。 双方の利害が一致した。 ※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】  最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。  戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。  目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。  ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!  彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!! ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

(完結)足手まといだと言われパーティーをクビになった補助魔法師だけど、足手まといになった覚えは無い!

ちゃむふー
ファンタジー
今までこのパーティーで上手くやってきたと思っていた。 なのに突然のパーティークビ宣言!! 確かに俺は直接の攻撃タイプでは無い。 補助魔法師だ。 俺のお陰で皆の攻撃力防御力回復力は約3倍にはなっていた筈だ。 足手まといだから今日でパーティーはクビ?? そんな理由認められない!!! 俺がいなくなったら攻撃力も防御力も回復力も3分の1になるからな?? 分かってるのか? 俺を追い出した事、絶対後悔するからな!!! ファンタジー初心者です。 温かい目で見てください(*'▽'*) 一万文字以下の短編の予定です!

処理中です...