上 下
627 / 640
第5章 ルネッサンス攻防編

第627話 試合でなく、試射なら良いのではないか?

しおりを挟む
「ウニベルシタス反対派ですと? さて、そんなものがあるともないとも。そもそも魔術は流派に分かれ、相争うのが伝統のようなものですし」

 10分ほど当たり障りのないやり取りを続けた後で、マランツは『反ウニベルシタス派』の存在有無について聞いてみた。サレルモ師の答えは肯定とも否定とも取れるものだった。
 言っていることはもっともだった。流儀が違えば意見が異なる。魔術各流派同士は決して一枚岩にまとまったものではなかった。

 流派の勢力を伸ばそうとすれば互いに衝突する。弟子の勧誘でもめ事が起きるのはよくある話だった。
 そうでなくともどちらが優れているかという競争は当たり前に存在する。

 王国魔術競技会はそういう争いを公正に、あと腐れなく決着する場でもあるのだ。

「マランツ先生は公の場から退かれて随分たつようですが、最近は『メシヤ流』を押し立てているようですね」

 サレルモ師は当然ながらウニベルシタスの近況について情報を集めていた。魔術師協会から送り込まれた生徒も1人や2人ではない。
 ネルソンたちはそれを知りながら平然と受け入れてきた。

 かりそめにもメシヤ流に染まれば、思うと思わざるにかかわらず、メシヤ流の伝道者となる。それはメシヤ流魔法に技術、手法として伝統流派を超越した利点があるからだ。

「単なる手伝いに過ぎぬよ。既に魔力を失った身じゃ」

 マランツは淡々と答えた。彼の本心である。
 自分の弟子はジローで終わった。いまの自分は「教師」であって「指導者」ではない。

 マランツにとって「師」とは、命を懸けて流派の神髄を弟子に伝承する者だ。今の自分に、最早その情熱と信念はない。そう思っていた。

「ご謙遜を。人を選ばず、属性を選ばぬ教授法、前例を見ない実績ですな」

 ウニベルシタスでは素質を問わない。誰でも魔力を活性化できると言う。
 ウニベルシタスは属性を語らない。地上の現象はすべて魔法の対象であると言う。

「5年前ならそんな馬鹿なと言うところでした。しかし、その成果がこうしてわたしの目の前にいる」

 サレルモ師は長いまつ毛を動かしてステファノに目をやった。当人は急に話題に載せられて、居心地悪そうに身を固くしている。

「あれから稽古は重ねているかね? そうだろうな。またいつか手合わせしてみたいものだ」

 優しげな顔でそう言うが、サレルモ師の目の奥は笑っていなかった。

「俺の専門は生活魔法と魔道具ですから」

 ステファノはやんわりとサレルモ師の誘いを断った。「どちらが強いか」という尺度はステファノの価値基準ではない。自分たちを脅かす者から身を守れれば、それで十分なのだった。

「試合でなく、試射なら良いのではないか?」

 さりげない顔でドリーがけしかけた。

「協会長自らが競い合うのは何かと差しさわりがある。ここは双方の代表選手同士の模範演技ということでいかがですか?」
「なるほど。試射か。標的を撃ち合って威力と精度を競うわけだな」
「ウニベルシタス側からはステファノを出しましょう」

 ドリーがそう言うと、明らかにサレルモ師の表情が動いた。

「相手にとって不足はないな。さて、こちらは誰を選んだものか……」

 思案顔で腕を組むサレルモ師に、ドリーはしたり顔で畳みかけた。

「1人に絞り込まなくても結構です。がありますから。5人対1人くらいでちょうど良いのでは?」

 涼しい顔でサレルモ師をあおる。

「ほう。強気だな。ならばそうさせてもらおうか。競技方法もこちらで決めさせてもらって良いな?」
「お任せしましょう。試射会です。互いに研鑽ができれば十分ですからな」

 鷹揚に言い放ち、ドリーはにっこりとほほ笑んだ。

 ◆◆◆

「あそこまであおる必要ありましたかねぇ」

 翌日、協会に向かいながらステファノがぼやいた。協会員の敵意を浴びることになるのは自分なのだ。勝手に火を大きくされては迷惑である。

「本気になってもらわなくては意味がないからな。あのくらい言ってやれば、『反ウニベルシタス派』が黙っていないだろう」
「もしいるとすればでしょう?」

 ドリーにしてみれば作戦通りというわけだが、当事者のステファノとしてはいい迷惑だと思う。

「こういうことをするなら、ドリーさんが試射をやってもいいんじゃ?」
「わかっておらんな。『王国魔術競技会準優勝者』という肩書が大事なのだ。ステファノは涼しい顔をして、いつも通り人を食った術を使ってくれればいい」

 文句を言うステファノをドリーは適当にあしらった。
 3人は魔術師協会に到着し、5分ほどで中庭にある試射場に通された。

「約束通り5人のメンバーを選出させてもらった。早速始めるかね?」
「結構です。ステファノ、準備は良いな?」

 サレルモ師とドリーの掛け合いにステファノは小さく頷いた。事魔法に関して、ステファノはいつでも準備ができていた。いつ戦いに巻き込まれても即応できる。
 ドリーもそれは熟知していた。ステファノへの問いは単なる形式だった。

「それではこちらの5名と1人ずつ試技を競い合ってもらおう」
「1対1で良いので?」
「まずは小手調べだ。5名との試技が終わったら、5対1で競い合ってもらう」

 5回の試技は、火属性、水属性、風属性、土属性、光属性で争う。最後の1戦は属性縛りなしの自由演技となる。

「なるほど。それなら全属性持ちのステファノと対等の条件で試技ができるな」

 火属性しか使えない術者でも、火属性縛りを入れた競技でなら全属性を持つステファノと対等に競い合える。よく考えられた競技条件だった。

「各属性が最も得意な人間を選べばいいわけだ。さすがですな」

 サレルモ師の競技設定に賛辞を贈りながら、「無駄なことだがな」という冷めた感想をドリーは相槌に籠めていた。

「まずは火属性! 選手はそれぞれの位置につけ!」

 ドリーの皮肉に気づかぬ風にして、サレルモ師は試合開始の準備を進めた。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第628話 ステファノの標的は倍の距離にしてもらう。」

「第1試合は火属性だ。20メートル先の標的に火魔術を当ててその威力を競う。そちらでは火魔法と呼ぶのだったな? 的を外したら、もちろん負けだ」

 標的としてつるされていたのは全身鎧の胴体部分だった。頭部と手足はついていない。大きな亀か、コガネムシに似ていなくもない。
 鉄素材の鎧はもちろん不燃性だ。火魔術の的としてはダメージの入りにくい相手であった。

「面白い。競技者の工夫が見どころじゃな」

 ……

◆お楽しみに。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

落ちこぼれの貴族、現地の人達を味方に付けて頑張ります!

ユーリ
ファンタジー
気が付くと見知らぬ部屋にいた。 最初は、何が起こっているのか、状況を把握する事が出来なかった。 でも、鏡に映った自分の姿を見た時、この世界で生きてきた、リュカとしての記憶を思い出した。 記憶を思い出したはいいが、状況はよくなかった。なぜなら、貴族では失敗した人がいない、召喚の儀を失敗してしまった後だったからだ! 貴族としては、落ちこぼれの烙印を押されても、5歳の子供をいきなり屋敷の外に追い出したりしないだろう。しかも、両親共に、過保護だからそこは大丈夫だと思う……。 でも、両親を独占して甘やかされて、勉強もさぼる事が多かったため、兄様との関係はいいとは言えない!! このままでは、兄様が家督を継いだ後、屋敷から追い出されるかもしれない! 何とか兄様との関係を改善して、追い出されないよう、追い出されてもいいように勉強して力を付けるしかない! だけど、勉強さぼっていたせいで、一般常識さえも知らない事が多かった……。 それに、勉強と兄様との関係修復を目指して頑張っても、兄様との距離がなかなか縮まらない!! それでも、今日も関係修復頑張ります!! 5/9から小説になろうでも掲載中

裏切られ追放という名の処刑宣告を受けた俺が、人族を助けるために勇者になるはずないだろ

井藤 美樹
ファンタジー
 初代勇者が建国したエルヴァン聖王国で双子の王子が生まれた。  一人には勇者の証が。  もう片方には証がなかった。  人々は勇者の誕生を心から喜ぶ。人と魔族との争いが漸く終結すると――。  しかし、勇者の証を持つ王子は魔力がなかった。それに比べ、持たない王子は莫大な魔力を有していた。  それが判明したのは五歳の誕生日。  証を奪って生まれてきた大罪人として、王子は右手を斬り落とされ魔獣が棲む森へと捨てられた。  これは、俺と仲間の復讐の物語だ――

二人分働いてたのに、「聖女はもう時代遅れ。これからはヒーラーの時代」と言われてクビにされました。でも、ヒーラーは防御魔法を使えませんよ?

小平ニコ
ファンタジー
「ディーナ。お前には今日で、俺たちのパーティーを抜けてもらう。異論は受け付けない」  勇者ラジアスはそう言い、私をパーティーから追放した。……異論がないわけではなかったが、もうずっと前に僧侶と戦士がパーティーを離脱し、必死になって彼らの抜けた穴を埋めていた私としては、自分から頭を下げてまでパーティーに残りたいとは思わなかった。  ほとんど喧嘩別れのような形で勇者パーティーを脱退した私は、故郷には帰らず、戦闘もこなせる武闘派聖女としての力を活かし、賞金首狩りをして生活費を稼いでいた。  そんなある日のこと。  何気なく見た新聞の一面に、驚くべき記事が載っていた。 『勇者パーティー、またも敗走! 魔王軍四天王の前に、なすすべなし!』  どうやら、私がいなくなった後の勇者パーティーは、うまく機能していないらしい。最新の回復職である『ヒーラー』を仲間に加えるって言ってたから、心配ないと思ってたのに。  ……あれ、もしかして『ヒーラー』って、完全に回復に特化した職業で、聖女みたいに、防御の結界を張ることはできないのかしら?  私がその可能性に思い至った頃。  勇者ラジアスもまた、自分の判断が間違っていたことに気がついた。  そして勇者ラジアスは、再び私の前に姿を現したのだった……

女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません

青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。 だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。 女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。 途方に暮れる主人公たち。 だが、たった一つの救いがあった。 三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。 右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。 圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。 双方の利害が一致した。 ※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】  最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。  戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。  目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。  ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!  彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!! ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

処理中です...