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第5章 ルネッサンス攻防編

第623話 ウニベルシタスは異端だ。

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「久しぶりですね、ネロ君。座ってください」

 マルチェルが3人を代表してネロを迎え入れた。相変わらず口数の少ないネロは、無言でソファーに腰を下ろした。
 マルチェルは自分の胸につけたブローチに目をやり、その傾きを直した。

「早速だが、反魔抗気党というのはどういうつもりかね?」

 マイペースを貫くドイルが、前置きなしに尋ねる。

「騎士は剣技を磨くべきだ」

 視線を下げたまま、ネロはぼそりとつぶやいた。

「そりゃそうだろう。だが現実に、5人がかりでもドリー君1人にかなわなかった。イドの有効性は明らかだと思うが?」

 ずけずけとドイルは「事実」を指摘する。

「それは……弱かったからだ。イドの制御は関係ない」

 ネロはかたくなに言った。

 確かに双子騎士との戦いだけを見れば、イドの有無が勝敗を分けたとは言えない。「鉄壁の型」の練度がドリーに勝利をもたらした。

「ふむ。そこだけ聞けばもっともだが。ウニベルシタスが聖教会の教義に反すると言いふらしているそうじゃないか」

 あおるような口調だが、ドイルの目はネロの全身を油断なく観察していた。あえて火種となりそうな質問をぶつけて全身の非言語表現から情報を収集しているのだ。

「この国の在り方は聖スノーデンが定めた。ウニベルシタスは異端だ」

 唸るようにネロは言った。

「そうかね? スノーデンは国中に分教会を作り、平民に魔力を広めようとしていたが? やり方は違っても、ウニベルシタスが向かおうとしている方向と同じではないのか」
「違う! 聖スノーデンは魔力を与える相手を選んでいた」
「見解の相違だね。そもそも君はその考え方をどこで身につけた?」

 平民出身のネロには聖教会の教義を学ぶ機会がなかったはずだ。どこの誰から学んだのか?

「身につけた? う、知らん……」
「ふうん? 誰かに吹き込まれたわけじゃないのか。面白いね」

 後半はもう会話になっていない。ドイルは非言語表現が語るネロの内面を直接読み取っていた。

「はい。本人も気づいていないようですね」

 黙って見ていたマルチェルが会話に加わった。本人とはもちろんネロのことだろう。
 ドイルとマルチェルの言葉を総合すると、ネロは知らない間に聖教会の教義をすり込まれたということになる。

「ふむ。ネロ君とこれ以上問答しても、事情はわからないということですか」

 首を傾げたマルチェルの視線の先には、下を向いてぶつぶつ独り言を続けるネロの姿があった。

「仕方がありませんね。――ネロ君、これを見てください」

 そう言いながら、マルチェルは自分の胸からブローチを外してネロに差し出した。さりげない仕草につられてネロは顔を上げ、ブローチに手を伸ばした。

「今です」

 マルチェルが短く言うと、室内に「風」が吹き荒れた。音もなく、塵一つ飛ばさぬその風はマルチェルが差し出すブローチから奔流のように噴き出していた。

(陰気の奔流! とんでもない量と勢いだ)

 ドリーの目には途方もない量の陰気が膨れ上がり、ネロの全身を飲み込んで吹き抜けていくのが見えた。
 ネロは魔術師ではない。イドを練り上げ身にまとう術を持っていなかった。奔流となった陰気は靄のようなネロのイドを、蜘蛛の巣を吹き払う突風の勢いで根こそぎ奪い去った。

 思念レベルの体当たりのような放射を受けて、ネロの目が驚愕に見開かれる。しかし、それも一瞬のこと。次の瞬間には意識を失って、木偶のようにくずおれた。

「はい。ネロは意識を失ったようです」

 そう言いながら、マルチェルは素早くネロの脈を取り、呼吸を確かめた。

「大丈夫なようです。脈はしっかりしています」
「マルチェル、は何と言っている?」

 ドイルはマルチェルに呼びかけた。

は払えたのかい?」
「ええ。ネロの中から追い出せたそうです」

 マルチェルはブローチを胸に戻しながら、ドイルの問いに答えた。

 魔撮影器マジビジョン。それがブローチの正体だった。マルチェルの耳には、魔耳話器まじわきが差し込まれている。ネロとの面談に際して、事前にステファノとの遠隔通話を結んでいたのだ。
 ネロが行動を取っている。となれば、精神系の攻撃を受けている可能性を考えなければならなかった。

 精神攻撃系ギフトと実際に対峙した経験があるステファノに、その見極めと対処を依頼したのだ。

 ネロのイドを染める異質の思念体。それは初め自らの存在を薄め、ネロの一部であるように擬態していた。それをあぶり出すためにドイルは強い言葉をぶつけ挑発したのだった。
 間違いようもなく「異物」が表に出たところで、マルチェルはステファノに処理を任せた。

 中継器ルーター経由で魔撮影器マジビジョンとつながったステファノは、ウニベルシタスにいながらにして王都までの距離を無効化した。

 イデア界に距離は存在しない。

 あたかもその場にいるかのごとく、ステファノは大量高密度の陰気をネロに浴びせかけた。常駐するイドを根こそぎ吹きとばされたネロは、1日か2日、体調不良に悩まされるだろう。しかし、命に別状はない。
 健全な体がある限り、やがてイドは自然に回復する。

 気絶したネロは青白い顔をして、抜け殻のようにソファーに沈んでいた。

「しかし、この男はどこで寄生されたんだろうね?」
「寄生ですか? 気持ちの悪い敵ですね」

 顔をしかめて吐き捨てるドイルに対して、マルチェルも眉をひそめた。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第624話 それにしても、敵は誰なのか?」

 その後、目を覚ましたネロにいろいろと尋ねてみたが、誰かに精神攻撃を受けた記憶は残っていなかった。少しずつ、ゆっくりと洗脳されたのか。はたまた抵抗を許さぬほど一気に意識を染められたのか。

 どちらにしても油断のできぬ大敵を思わせる。

「団員が洗脳されるとは、ゆゆしき事態だ」

 王家と国家の安寧を使命とする王立騎士団の団長として、シュルツの心は乱れた。ネロの精神が何者かに乗っ取られていたとは。同じようなことが多発すれば、国防上の危機ともなりえる。

 ……

◆お楽しみに。
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